学位論文要旨



No 123795
著者(漢字) 西澤,知江
著者(英字)
著者(カナ) ニシザワ,トモエ
標題(和) 皮膚・排泄ケア認定看護師が病院において褥瘡管理体制を組織化するためのコンピテンシーモデルの構築
標題(洋)
報告番号 123795
報告番号 甲23795
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3134号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 健康科学・看護学教授 村嶋,幸代
 東京大学 国際保健学准教授 黒岩,宙司
 東京大学 健康科学・看護学講師 高橋,都
 東京大学 健康科学・看護学講師 佐々木,美奈子
 東京大学 外科学講師 門野,岳史
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

高齢社会が進む本邦において、褥瘡の予防及び管理は急務の課題となってきたため、病院では、特定の教育機関にて皮膚・排泄分野の専門教育を受けた皮膚・排泄ケア認定看護師(皮膚・排泄ナース)が褥瘡管理の中心的な役割を担ってきた。その一方で、厚生労働省により2002年に褥瘡対策未実施減算が施行され、全国の病院の褥瘡に対する関心は一気に高まった。それと同時に、皮膚・排泄ナースは資格取得直後から高いレベルの褥瘡管理技術を要求されると共に、病院全体の褥瘡管理を期待されるようになった。しかし、皮膚・排泄ナースは、褥瘡管理活動を行うための労働環境の不整備や個人の褥瘡管理能力の問題により、褥瘡管理体制を組織化し、十分に活動を行うことができていない。そのため、これらの現状を解決し、病院における褥瘡管理の質を確保するためには、皮膚・排泄ナースが病院において褥瘡管理体制を組織化し、円滑に活動するための能力を身につけられるような継続教育が必要である。

継続教育ではその専門に特化した教育を行わなければならないが、従来では知識やスキルのみに焦点が当てられていたため、その範囲が限定されていた。この問題を解決する方法としてコンピテンシーの概念に着目した。コンピテンシーとは「個々の職務においてヒトが効果的なパフォーマンスを示し、成果を生み出していくための能力要件」であり、動機、特性、セルフコンセプト、態度、価値観、知識、スキルから構成される。この概念を皮膚・排泄ナースの継続教育に用いることで、知識、スキルの教育だけでなく、動機や態度等の強化が可能となり、病院において褥瘡管理体制を組織化するために発揮すべき能力を身につけることが期待できる。しかし、皮膚・排泄ナースが病院で褥瘡管理体制を組織化するために、どのようなコンピテンシーを発揮しているのか明らかでない。

II.目的

皮膚・排泄ナースが病院において褥瘡管理体制を組織化する上で発揮する知識、スキルに関するコンピテンシーを明らかにし、そのプロセスを記述する。さらに、どのような動機、特性、セルフコンセプト、態度、価値観に関するコンピテンシーを備えているのか明らかにし、コンピテンシーモデルを構築する。

III.方法

研究デザインは質的因子探索型研究であった。皮膚・排泄ナースもしくはEnterostomal Therapistナースとしての経験年数が3年以上あり病院に勤務している者を対象に半構造化インタビューを行い、グラウンデッド・セオリーアプローチの継続的比較分析法を用いて分析した。

IV.結果

研究対象者28名の平均年齢は39.7±6.3歳、平均皮膚・排泄ナース経験年数は7.8±6.8年であった。データはコードが7,070個抽出され、それらを集約し、最終的に< >で示されるサブカテゴリーの下位概念が47個、<< >>で示されるサブカテゴリーが22個、〔 〕で示されるカテゴリーが10個、『 』で示されるコアカテゴリーが1個生成された。

1.皮膚・排泄ケア認定看護師が病院において褥瘡管理体制を組織化するためのコンピテンシーモデル

本研究で明らかになったコンピテンシーは『褥瘡を治癒させることを目指し、卓越した褥瘡管理技術を駆使しながら、横断的活動をするために多職種との関係を調整する能力』に集約された。これは、(1)動機、(2)態度、(3)スキルに関するコンピテンシーから構成された。(1)は〔患者のQOLを高める褥瘡ケアを提供することへの願望〕と〔皮膚・排泄ケア認定看護師としてのアイデンティティの保持欲求〕だった。(2)は〔褥瘡管理に対する執着〕と〔スペシャリストとしての自信〕だった。(3)は〔卓越した褥瘡管理技術で褥瘡を治癒させる〕、〔信頼関係を築き協力を得る〕、〔適切な褥瘡ケアを普及する〕、〔皮膚・排泄ケアのスペシャリストとして理解を得て協働する〕、〔活動実績を上げ専門性をアピールし、褥瘡管理活動を拡大する〕、〔多職種が専門性を発揮できる環境をつくりチームとしてまとめる〕であった。

2.スキルに関するコンピテンシーの段階的発揮プロセス

皮膚・排泄ナースはスキルに関するコンピテンシーを褥瘡管理に関わる職種に対して段階的に発揮していた。皮膚・排泄ナースは実践を行うため、まず初めに病棟のキーパーソンである看護師長に対して、〔信頼関係を築き協力を得る〕コンピテンシーを発揮し、横断的活動をするための場を獲得していた。また、看護師長と信頼関係が築かれると次には、実践を通して一般看護師に〔適切な褥瘡ケアを普及する〕ための活動を行っていた。一方、医師に対しては、褥瘡の治癒を通して卓越した褥瘡管理技術について認められ、〔皮膚・排泄ケアのスペシャリストとして理解を得て協働する〕体制を築いていた。また看護師長、一般看護師、医師に対して発揮していたコンピテンシーは〔卓越した褥瘡管理技術で褥瘡を治癒させる〕ことが核となり成り立っていた。これらの職種と連携した活動によって褥瘡の治癒を積み重ねることで、看護部長に対して〔活動実績を上げ専門性をアピールし、褥瘡管理活動を拡大する〕コンピテンシーを発揮していた。看護部長に認められることにより、褥瘡管理に関わる看護師長、一般看護師、医師及びコメディカルからなる多職種に対して〔多職種が専門性を発揮できる環境をつくりチームとしてまとめる〕ことが可能となった。そして活動を通して多面的なアプローチが可能となり、褥瘡管理体制が組織化された。

3.動機及び態度に関するコンピテンシー

スキルに関するコンピテンシーの基盤には、動機と態度に関するコンピテンシーがあった。

動機に関するコンピテンシーである〔患者のQOLを高める褥瘡ケアを提供することへの願望〕の下位概念は<<褥瘡を治癒させたい>>と<<患者の快適状態を維持したい>>であった。〔皮膚・排泄ケア認定看護師としてのアイデンティティの保持欲求〕の下位概念は<<認定看護師として責任をもたなければならない>>と<<医師から独立して専門性を発揮できる権限が欲しい>>であった。

態度に関するコンピテンシーである〔褥瘡管理に対する執着〕の下位概念は<<地道に褥瘡管理活動を続ける姿勢>>と<<褥瘡管理が定着するまで諦めない姿勢>>であった。〔スペシャリストとしての自信〕の下位概念は<<卓越した褥瘡管理技術を発揮できると確信する>>と<<周囲の要求に応え、認められていると確信する>>であった。

また〔皮膚・排泄ケア認定看護師としてのアイデンティティの保持欲求〕と〔スペシャリストとしての自信〕は〔卓越した褥瘡管理技術で褥瘡を治癒させる〕ことによって強化されていた。

V.考察

本研究の新規性は皮膚・排泄ナースが病院において褥瘡管理体制を組織化するためのコンピテンシーモデルを構築したことである。このモデルから明らかになった皮膚・排泄ナースが目標とするコンピテンシーとは、褥瘡を治癒させることと、調整力を発揮することであった。

本来の褥瘡管理はその予防に重点が置かれるが、皮膚・排泄ナースにとって、最も重要なコンピテンシーは、予防技術ではなく、治癒に向けての卓越した技術であったことは注目すべき点である。この褥瘡を治癒させることには2つの意味があったと考えられる。1点目は他職種との差別化である。皮膚・排泄ナースの特徴として、卓越した褥瘡管理技術によって、褥瘡を根治させることができる点があげられる。これは皮膚・排泄ナースのもつコンピテンシーの特徴であり、他職種からスペシャリストとしての理解を得るための有効な手段と言えた。そのため、褥瘡治癒を目指すチームでは、スペシャリストとしての位置づけが明確になり、皮膚・排泄ナースは褥瘡管理者として中心的な役割を担うことができたといえる。2点目は、褥瘡を治癒させることによって、褥瘡管理に関わる多職種にポジティブフィードバックが作用したことである。皮膚・排泄ナースが発揮する卓越した褥瘡管理技術は、その効果が褥瘡の変化として目に見えるという特徴をもつ。そのため、介入成果の喜びを多職種で共有することにより自己効力感を高め、チームとしての結束力の強化につながったと言える。

皮膚・排泄ナースの業務が診療報酬の対象となって以来、病院は、皮膚・排泄ナースに対して認定看護師の役割である実践、指導、相談の機能を資格取得直後から同時に要求したため、皮膚・排泄ナースの中には、これらの機能を円滑に遂行できない者が存在する。このことは、彼らの自己効力感を低下させ、さらにはバーンアウトを引き起こしかねない。今回の結果から、3つの機能を円滑に遂行するためには、段階的にコンピテンシーを発揮する必要性が明らかとなった。つまり、これらのプロセスを辿ることこそが、多職種をチームとして組織化するための調整力を発揮する上で不可欠であると言える。

さらに、今回皮膚・排泄ナース特有の動機と態度に関するコンピテンシーが抽出された。それは、局所管理において競合する可能性がある医師との調整を行う能力であった。このコンピテンシーを発揮するにはスペシャリストとしてのアイデンティティと自信をもつことが重要であり、それらを強化するための手段として褥瘡を治癒させる成功経験をするための褥瘡管理技術の向上が必要であることが示唆された。

VI.結論

本研究により皮膚・排泄ナースが病院において褥瘡管理体制を組織化するためのコンピテンシーモデルが明らかとなり、皮膚・排泄ナースは褥瘡を治癒させることと、調整力を発揮することを目標としていたことが明らかとなった。また独立した立場で医師と協働して褥瘡管理を行うためにスペシャリストとしてのアイデンティティと自信をもつことが重要であり、それらを強化するためには第一に褥瘡管理技術の強化が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

皮膚・排泄ケア認定看護師が病院で褥瘡管理体制を組織化するために、スキルに関するコンピテンシーを発揮するプロセスにおいて、その基盤に存在する動機、態度に関するコンピテンシーを明らかにし、コンピテンシーモデルを構築した。下記の結果を得ている。

データは、コードが7,070個抽出され、それらを集約し、最終的に< >で示したサブカテゴリーの下位概念が47個、<< >>で示したサブカテゴリーが22個、〔 〕で示したカテゴリーが10個、『 』で示したコアカテゴリーが1個生成された。分析の結果、以下の点が明らかとなった。

1.皮膚・排泄ケア認定看護師は病院において褥瘡管理体制を組織化するために、『褥瘡を治癒させることを目指し、卓越した褥瘡管理技術を駆使しながら、横断的活動をするために多職種との関係を調整する能力』を発揮していた。このことから皮膚・排泄ケア認定看護師は褥瘡を治癒させることと、調整力を発揮することを目標としていたことが明らかとなった。

2.皮膚・排泄ケア認定看護師は褥瘡管理に関わる職種別に異なるコンピテンシーを発揮していた。この中で特に処置において競合する可能性の高い医師に対して<<卓越した褥瘡管理技術によって褥瘡を改善または治癒させ専門性の理解を得る>>ことと<<裁量権を脅かさないことを保証し協働する>>コンピテンシーを発揮し、皮膚・排泄ケアのスペシャリストとして理解を得て協働する関係を築くことは重要であった。

3. 皮膚・排泄ケア認定看護師はスキルに関するコンピテンシーを段階的に発揮していた。このプロセスでは、皮膚・排泄ケア認定看護師が最終的に多職種をチームとしてまとめ、様々な職種の専門性を引き出すことを可能としていた。これは、医師を含む多職種からなるチームのリーダーである皮膚・排泄ケア認定看護師にとって重要なプロセスであった。

4.スキルに関するコンピテンシーを発揮する際に基盤となる動機、態度に関するコンピテンシーを明らかにした。その結果、<医師から独立して活動したい>と<医師と対等に意見を交わしたい>という動機に関するコンピテンシーが、褥瘡管理活動の原動力になっていたことが示唆された。さらに<自分が提供する褥瘡管理技術が最善であると自負する>という態度に関するコンピテンシーは、独立して専門性を発揮する上で重要であった。

以上、本研究によって明らかになったコンピテンシーモデルは、経験の少ない皮膚・排泄ケア認定看護師が褥瘡管理体制を組織化する上で目指すべき「褥瘡を治癒させる卓越した褥瘡管理技術」と「調整力」の発揮といったゴールを示すことが可能となった。さらに、その目標に向かってどのようにコンピテンシーを発揮すべきかプロセスを提示した。このモデルは、皮膚・排泄ケア認定看護師への継続教育に貢献するだけでなく、今後、組織で横断的に活動する他分野の認定看護師への適用が期待でき、学位の授与に値するものと考えられる。

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