学位論文要旨



No 123796
著者(漢字) 八重,ゆかり
著者(英字)
著者(カナ) ヤジユウ,ユカリ
標題(和) 心血管疾患予防におけるHMG-CoA還元酵素阻害剤の効率的使用方法に関する検討: システマティック・レビュー
標題(洋)
報告番号 123796
報告番号 甲23796
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3135号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,英樹
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 客員准教授 久保田,潔
 東京大学 客員准教授 小出,大介
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

背景

心血管疾患(冠動脈疾患、脳卒中)の予防を目的とし、現在、種々のコレステロール低下剤が使用されているが、その中心をなしているのがHMG-CoA還元酵素阻害剤のスタチン剤である.スタチン剤の冠動脈疾患予防効果については、大規模臨床試験やメタアナリシスにより一次、二次予防効果のエビデンスがほぼ確立されてきている.一方、脳卒中予防効果についてはまだcontroversialな段階にある.また、冠動脈疾患、脳卒中ともに、治療必要数(Number Needed to Treat: NNT)には数十から百数十という幅が存在し、集団としての効果をみた場合には効率的な使用とは言い難い現状がある.またスタチン剤は、稀ではあるが重篤な有害反応が報告されている薬剤でもある.生活習慣病予防薬として長期投与される薬剤であることも考慮すれば、より確実かつ効率的に効果が得られる対象において適切に使用することが求められる薬剤である.

目的

ランダム化試験(Randomized Controlled Trial: RCT)のメタ解析により、冠動脈疾患と脳卒中予防におけるスタチン剤の効果に影響する要因を探索し、集団としてより効率的な効果が得られる投与対象条件(リスク因子)を明らかにする.

方法

レビュー対象論文は、MEDLINE (PubMed, 1966-2007年6月27日)とCochrane Library 2007 issue 2の2つのデータベース検索で抽出されたものの中から、スタチン剤の心血管疾患予防効果を検証したRCTであり、かつ予め定めた基準に合致するものを選択した.レビュー全体における効果の主要評価項目は「致死性心臓疾患または非致死性心筋梗塞(CHDと略)」と「致死性または非致死性脳卒中(strokeと略)」とし、副次評価項目に脳出血イベントを設定した.得られたRCT論文のデータを基に、グラフによる視覚的評価、メタアナリシス、および重回帰分析を行った.重回帰分析ではlog NNTを反応変数とし、説明変数候補には、対照群でのCHDまたはstroke発症率、年齢、女性割合、LDL-C値、HDL-C値、収縮期血圧、拡張期血圧、BMI、糖尿病者割合、現在喫煙者割合の10種類のべースライン・データを用いた.変数選択は総あたり法により、モデルの当てはまりのよさはMallowsのC(p)統計量を基準に判断した.

結果

基準に合致するものとして36 RCT論文が採択された.最初に、試験期間中に達成したLDL-C値とCHD・stroke発症率との関連について、グラフでの視覚的評価を行った.CHDについてはLDL-C値低下とともに発症率も低下するという明らかな傾向が認められたが、strokeでは同様の傾向は明らかには認められなかった.

つぎに、NNTと試験対象集団のベースライン発症率(対照群の疾患発症率)との関連を検討した.対照群の疾患発症率とlog NNTの間の相関係数は、CHDではr = -0.60 (P = 0.0003)、strokeではr = -0.38 (P = 0.072)であり、対照群の疾患発症率とlog NNTの間の関連は、CHDでより強い傾向が認められ、かつCHDでは有意の相関が認められたが、strokeでは認められなかった.CHDにおいてはベースライン発症率がスタチン剤の効果の大きさに影響し、ベースライン発症率の高い集団ほどスタチン剤による予防効果が大きいことが期待されるが、strokeでは、ベースライン発症率はスタチン剤の効果に影響していない可能性が示唆された.

スタチン剤の効果に影響するベースライン因子についてさらに検討するため、試験対象者のベースライン因子で分類したサブグループでのメタアナリシスを実施し、それぞれのサブグループにおける効果の推定を行うことにより、ベースライン因子の違いによる効果の有無や大きさの違いを確認した.CHD予防効果における各サブグループでの相対リスク(Relative Risk: RR)とその95%信頼区間(95% Confidence Interval: 95%CI)は、CHD既往あり0.70(95%CI 0.64, 0.77)、CHD既往なし0.65(0.58, 0.73)、喫煙者または喫煙歴のある人0.74(0.66, 0.84)、日本人0.52(0.32, 0.85)、男性0.71(0.67, 0.75)、女性0.81(0.71, 0.92)、65歳以上0.76(0.69, 0.83)、糖尿病患者0.78(0.68, 0.88)であり、いずれの場合もCHDを有意に低下させるという結果であった.男女の効果を比較すると、男性よりも女性のほうがRR値は大きく、効果が劣るという結果であった.

Stroke予防効果における各サブグループでのRRはつぎのとおりであった.CHD既往あり0.80(0.73, 0.89)、CHD既往なし0.83(0.76, 0.90)、男性0.76(0.69, 0.84)、喫煙歴のない人0.73(0.60, 0.91)、65歳未満0.82(0.69, 0.96)、糖尿病患者0.66(0.51, 0.85)であり、スタチン剤介入によりstroke発症を有意に低下させるという結果が得られた.一方、日本人0.84(95%CI 0.60, 1.18)、女性0.89(95%CI 0.68, 1.17)、現在喫煙者0.83(95%CI 0.64, 1.06)、65歳以上0.82(0.66, 1.01)では、発症率の低下傾向は認められるものの、統計学的に有意な効果としては確認されなかった.

脳出血イベントについては、抗血小板剤併用者割合が特定できた6試験の統合値を求めたところ、RR 1.30(0.94, 1.79)であった.80%以上の対象者で抗血小板剤を併用していた2試験に限ると、1.74(1.19, 2.53)となり有意な増加が認められた.

最後に、重回帰分析を用いてスタチン剤の効果に影響しているベースライン・リスク因子の探索を行った.CHD予防効果には「対照群のCHD発症率」および「LDL-C値」が影響し、それぞれが高い場合に低い場合よりも、より大きい予防効果が得られるが、一方「女性割合」が高い場合には予防効果が小さくなる傾向が認められた.この傾向は、メタアナリシスでの、女性のほうが男性よりもRRが大きく効果が劣るという結果と一致していた.

Strokeについては、「対照群のstroke発症率」が高い集団では低い集団よりも、より大きい予防効果が得られるが、「喫煙者割合」の高い集団では予防効果が逆に小さくなる傾向が認められた.この喫煙の影響に関する点は、メタアナリシスでの、喫煙歴なしの集団では有意な低下効果が確認されるが、喫煙者では有意な低下効果が確認されないという結果と整合性のある結果であった.またstrokeではLDL-C値が効果に影響する要因として認められなかった点も注目された.

考察

重回帰分析でのモデル検討過程においてCHDでは変数選択パターンの一貫性が認められたが、strokeではそれが認められない等の問題点が明らかとなり、strokeの重回帰分析結果の妥当性には疑問が残ると考えられた.理由としては、strokeデータについては線形性の仮定そのものに問題がある可能性、また、今回選択した10変数が候補変数として必要かつ十分でなかった可能性の2点が考えられた.また、レビュー対象としたRCT論文から得られるstrokeに関するデータについては、診断の正確性の問題、また脳出血と脳梗塞を区別していないなど病態を特定した詳細なアウトカム・データの不足等の問題点が認められた.

結論

CHD予防では、スタチン剤の効果とLDL-C値との間に明瞭な関連が認められ、またベースライン発症率の高い集団ほどより大きい効果が得られるが、女性割合が高い場合には効果は小さくなることが示された.CHD予防においては、スタチン剤の投与対象を、LDL-C値が低い人よりも高い人、ベースライン発症率が高い人(たとえばCHD既往歴のある患者、糖尿病患者等)、男性、といった条件で投与対象を絞ることにより、より効率のよい予防効果が得られることが明らかとなった.Stroke予防については、ベースライン発症率の高い集団ほどより大きい効果が期待される可能性が示されたが、CHDほどの明瞭な関連ではなかった.またスタチン剤のstroke予防効果には喫煙が影響している可能性も示唆された.Stroke予防においては、ベースライン発症率が高い(たとえばstroke既往歴のある患者)、非喫煙者という条件で投与対象を絞ることで、より効率のよい予防効果が期待される可能性が示唆された.しかし、CHDと同様の検討方法では、予防効果に影響する明瞭な関連要因は見出されず、そこからは、新たな要因が影響している可能性も示唆された.本研究の知見は、臨床の場においてスタチン剤が効率的に使用されるための、適切な投与対象選択の参考情報となることが期待され、また、今後のスタチン剤臨床試験やメタアナリシスを実施する上での事前参考情報となることも期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、心血管疾患(冠動脈疾患、脳卒中)予防の目的で使用されているHMG-CoA還元酵素阻害剤(以後、スタチン剤)について、集団として効率的な効果が得られる投与対象条件(リスク因子)を明らかにすることを目的とし、ランダム化試験のメタ解析(グラフによる検討、メタアナリシス、および重回帰分析)によりスタチン剤の効果に影響する要因を探索したものであり、下記の結果を得ている.

1. LDL-コレステロール(以後、LDL-C)低下量とスタチン剤の冠動脈疾患(Coronary Heart Disease: CHD、以後CHD)、脳卒中(以後stroke)予防効果との関連について、グラフを用いた検討を行ったところ、CHD予防の場合にはスタチン剤介入によるLDL-C低下とともに疾患発症率も低下するという明らかな傾向が認められたが、stroke予防効果においては同様の傾向は確認されなかった.

2. 疾患のベースライン発症率とCHD、stroke予防効果との関連については、まずL'Abbe plotを用いた検討を行い、CHDでは、ベースライン発症率とスタチン剤による予防効果の大きさが明らかに関連しており、ベースライン発症率が高いほど効果も大きくなる傾向が確認された.一方strokeにおいては、ベースライン発症率の大きさによらず予防効果が得られている可能性が示されたが、ベースライン発症率が上昇しても予防効果が変化しない可能性も同時に示された.

3. 疾患のベースライン発症率とCHD、stroke予防効果との関連についてはさらに、ベースライン発症率と5年間での治療必要数(Number Needed to Treat: NNT)の関連をグラフにより検討したところ、CHD、strokeともに、ベースライン発症率が低下するにしたがいNNTの値は指数関数的に上昇する傾向が認められ、ベースライン発症率が低いほどスタチン剤による予防効果が小さくなることが確認された.しかし、ベースライン発症率とlog NNTとの関連を相関係数により評価したところ、CHDでは相関係数-0.60 (P = 0.0003)、strokeでは-0.38 (P = 0.0072)であり、CHDでより強い相関ありの傾向が認められ、かつ有意水準0.05で有意な相関として確認された.

4. 投与対象者をベースラインのリスク因子で分類したサブグループにおける、効果の有無と大きさを確認するためにメタアナリシスを実施し、サブグループごとの効果の推定を行ったところ、CHDでは、女性では男性よりも効果が劣る、喫煙歴なしの集団では有意な低下効果が確認されない、また喫煙の影響が大きいほど効果も大きい、65歳未満の集団では有意な低下効果が確認されない、という結果が示され、スタチン剤介入によるCHD発症率の低下効果には、性別、喫煙状況、年齢が影響している可能性が示された.一方strokeにおいては、日本人、女性、喫煙者、65歳以上の集団、においては有意な低下効果が確認されず、また、抗血小板剤併用者割合が80%以上の集団では脳出血が増加する傾向が認められ、スタチン剤介入によるstroke予防効果には、性別、喫煙状況、年齢、また抗血小板剤の併用状況が影響している可能性が示された.

5. スタチン剤の効果に影響するベースラインのリスク因子について、重回帰分析によりさらに探索した結果、CHD予防効果にはベースライン発症率、LDL-C値が影響し、それぞれの値が高い場合に、低い場合よりもより大きい予防効果が得られるが、対象者集団における女性割合が高い場合には低い場合よりも効果が小さくなる傾向が確認された.また、stroke予防効果には、ベースライン発症率、喫煙者割合が影響し、ベースライン発症率が高い場合には低い場合よりも効果が大きいが、喫煙者割合が高い場合には低い場合よりも効果が小さくなる可能性が示唆された.ただし、重回帰分析におけるstrokeの結果については、モデルの当てはまり等に関する問題点が変数選択過程で明らかとなり、その妥当性には問題が残ることも示唆された.なお、このstrokeの重回帰分析過程での問題点からは、本研究で検討したリスク因子(ベースライン発症率、年齢、女性割合、LDL-C値、HDL-C値、収縮期血圧、拡張期血圧、BMI、糖尿病者割合、喫煙者割合)以外にも、スタチン剤のstroke予防効果に影響している要因が存在する可能性も示唆された.

以上、本論文は心血管疾患予防の目的で今日、日常診療で広く使用されているスタチン剤について、その効果に影響している投与対象者のリスク因子を明らかにしたものである.本研究の知見は、スタチン剤が臨床の場において効率的に用いられるための、適切な投与対象選択の参考情報となることが期待され、また、今後のスタチン剤臨床試験やメタアナリシスを実施する上での事前参考情報となることも期待され、学位の授与に値するものと考えられる.

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