No | 123797 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Ramraj,Gautam | |
著者(カナ) | ラムラジ,ゴータム | |
標題(和) | ネパールにおける世代間の連帯と葛藤 : 高齢者の精神健康への影響 | |
標題(洋) | Intergenerational solidarity and conflict on the mental health of older adults in Nepal | |
報告番号 | 123797 | |
報告番号 | 甲23797 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3136号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 先進諸国においては高齢者にケアを提供するのは家族と行政の福祉サービスであるが、経済的に発展途上の国においては高齢者ケアの責任は家族に課せられている。家父長制度が一般的なアジア諸国では、高齢者は息子夫婦と同居するという居住形態が特徴的である(Bhat & Dhruvarajan, 2001)。本研究では、儒教の社会的影響が強く、既婚の息子は家族内の高齢者の世話をすることが当然とみなされている社会において、高齢者と息子及びその配偶者( daughter-in-law、以下DILと省略)間の関係を連帯と葛藤に着目して検討する。 世代間の人間関係は、高齢期の健康と心理的well-beingに重大な影響を及ぼすとされている。高齢期の親子関係を説明する2つのパラダイムは連帯と葛藤であり(Bengtson & Roberts, 1991; Parrott & Bengtson, 1999)、 この両者の概念を取り入れた研究が必要とされている(Bengtson et al., 2002)。高齢者にとって、子は愛情の源にも葛藤の原因にもなり、それらは高齢者の精神健康と関連していることが示されている。しかしながら、発展途上国においては、これらの要因と高齢者の精神健康との関連に関する研究の蓄積は少ない(Jang, Haley, Small & Reynolds, 2000)。 世代間関係の肯定的側面に関する先行研究では、ソーシャル・サポート(以下、単にサポートと省略)の量と質、情緒的サポートや手段的サポート等のサポートの種類、また、家族のネットワーク等のサポート源について検討が行われてきた(Lakey & Cohen, 2000)。本研究では、情緒的サポート授受と手段的サポート授受、及び、サポート受領可能性(将来において介護や経済支援等のサポートが必要となったときにそれを受けることが可能であるという認識や期待感)という、先行研究で広く使われてきた世代間機能的連帯の3つの下位構成概念 (Haber, Cohen, Lucas & Baltes, 2007)について検討する。ネガティブな世代間関係としては葛藤のみに着目する(Lincoln, 2000)。葛藤は関係性において慢性的に精神的な緊張をもたらすと報告されている。 先行研究(Durden, Hill & Angel, 2007)によると、サポートはストレスバッファーとして直接的あるいは間接的に精神健康に影響を与えるとされている。また、サポートに関する最近の研究(Reinhardt, 2001)は、ポジティブ・サポートとネガティブ・サポート両方について同時に検討する必要性を強く示唆している。本研究では、特に、葛藤が抑うつ度に及ぼす悪影響が連帯によって緩衝されるという仮説(buffering effect hypothesis)を性差に着目して検討する。 仮説 本研究のおもな目的は、高齢期の世代間関係と高齢者の抑うつ度との関係を検討することである。先行研究の知見とネパールでの家族に関する社会経済的な観点から、本研究では以下の仮説を検証することとした。 1)連帯は抑うつ度と負の相関を有し、葛藤は抑うつ度と正の相関を有する。 2)高齢女性は高齢男性よりも低連帯と高葛藤が抑うつ度にもたらす影響を受けやすい。 3)葛藤が抑うつ度に及ぼす悪影響は連帯によって緩衝され、具体的には、葛藤と抑うつ度との正の相関は連帯の度合いが高まると消失する。 対象と方法 本研究は、2006年9月に、ネパールの首都カトマンズに居住する60歳以上の男女489名を対象に、1対1の構造化面接によってデータを収集した横断研究である。 従属変数は抑うつ度であり、Yesavageら(1983)が開発したGeriatric Depression Scale(GDS)を用いて測定し、記述統計、t-検定、対応のあるt-検定、重回帰分析によって解析した。なお、重回帰分析の際には、高齢者の属性、健康、社会経済的な特徴と、息子とDILの属性の変数をコントロールし、サポートと葛藤の変数を1つずつ投入した。 結果 対象者は男性が50.5%、平均年齢は69.9歳(SD±8.1歳)で、配偶者が生存していたのは54.0%であった。識字率は男性で68.0%、女性で18.2%であった。息子の平均年齢は38.5歳(SD±8.4歳)、DILの平均年齢は33.9歳(SD±8.3歳)であった。従属変数であるGDSの平均値は11.3(SD±8.0)であった(Cronbach's α=.93)。 二変量解析の結果、男性対象者は息子への情緒的サポート提供が女性対象者に比べて有意に多かった(p<.05)。女性対象者は男性対象者よりも有意に多くの手段的サポートを息子(p<.05)とDIL(p<.0001)から受領していた。女性対象者では、息子よりもDILとの間で葛藤の程度が有意に高かった(p<.05)。また、対象者は男女ともに、DILよりも息子との間で連帯の度合いが高く、息子よりもDILとの間で葛藤の程度が高かった。 抑うつ度に対してサポートと葛藤が及ぼす主効果を検討した。その結果、息子及びDILとの手段的サポートの授受と情緒的サポートの授受が多く、息子及びDILからのサポート受領可能性が高い対象者では、抑うつ度が低い傾向が認められた。息子及びDILとの葛藤の程度が高い対象者では抑うつ度が高い傾向が認められた。 性別とサポート/葛藤との検討では、女性は男性に比べて、息子からの情緒的サポートが少ない場合(p<.05)、息子(p<.05)及びDIL(p<.005)からの手段的サポートが少ない場合、息子からのサポート受領可能性が低い場合(p<.05)、息子(p<.05) とDIL(p<.05)との葛藤の程度が高い場合に、有意に抑うつ度が高いことが示された。 また、サポートは葛藤が抑うつ度に及ぼす悪影響を緩衝することが示され、息子(p<.05)とDIL(p<.05)からの情緒的サポート受領、息子への情緒的サポート提供(p<.005)、DILからのサポート受領可能性(p<.05)は、葛藤が対象者の抑うつ度に及ぼす悪影響を緩衝することが示唆された。 考察 本研究は、ネパールの高齢者を対象として、サポート授受とサポート受領可能性及び葛藤と抑うつ度の関係を検討した最初の研究の1つであり、儒教的価値が支配的であるネパールにおいて、高齢者と同居している既婚の息子とDILの関係を分析した。先行研究(Ikkink et al., 1999)の知見と同様に、女性対象者は男性対象者よりも多くの手段的サポートを受領していた。本研究では、女性対象者は男性対象者に比べて教育年数が短く、配偶者に先立たれている者が多く、遺産相続額が少なかった。 対象者は男女ともにDILよりも息子と緊密な関係を有しているとしたが、葛藤はDILとの関係でより多く感じていると回答した。その理由として、息子とは親子関係が存在していることが考えられる。 これまでに行われた複数の研究が、サポートは高齢者の健康に良い影響をもたらすと報告しているが、米国で行われた先行研究(Liang et al., 2001)は、サポート受領は高齢者の自立度を低下させるため、高齢者にとってより多くの苦悩をもたらすと報告している。本研究のネパール人高齢者においては、他のアジア諸国の研究が報告しているように、世代間連帯の度合いが高いほど、高齢者のwell-beingの度合いがより高い傾向が認められた。ネパールでは儒教思想が親子関係のあり方を示しており、既婚の息子及びDILとのサポート授受は高齢者の社会的威信とみなされている。ネパールでは高齢者対象の社会保障政策が不在であるため、息子夫婦とのサポート授受及び息子夫婦からのサポート受領可能性は高齢者の精神健康に良好な影響をもたらしているといえる。一方、葛藤がwell-beingに及ぼす悪影響は先行研究(Krause & Rook, 2003) の報告と同様であった。 本研究において、サポート受領が少なく息子及びDILとの葛藤が多い場合に、女性高齢者では男性高齢者に比べて抑うつ度が高くなることが示された。これは、先行研究(Schuster et al., 1990)が報告しているように、女性は男性に比べて葛藤による影響を受けやすいことによると考えられる。また、家父長制の家族構造における女性の社会的役割が女性の精神健康に影響している(Takeda et al., 2004)ことも考えられる。 サポート授受とサポート受領可能性は、高齢者において、葛藤による抑うつ度への悪影響を緩衝することが示された。これはOkun & Keith(1998)の報告と異なる結果であるが、Okunらの研究では異なるサポート源について検討したためであると考えられる。精神健康へのサポートの緩衝効果はサポート源とサポートのタイプによって異なるとされている。本研究は、息子とDILという同一のサポート源からのサポートの緩衝効果が高齢者の精神健康に及ぼす影響を検討した最初の研究である。 結論 ネパールの高齢者を対象とした本研究において、世代間の連帯は抑うつ度と負の相関を有し、葛藤は抑うつ度と正の相関を有するという仮説は支持された。また、高齢女性は高齢男性よりも低連帯と高葛藤が抑うつ度にもたらす影響を受けやすいという仮説も支持された。同様に、連帯は葛藤が抑うつ度に及ぼす影響を緩和するという仮説も支持された。 ネパールにおいて、家族関係とそれが高齢者の精神健康に及ぼす影響を検討した本研究は、同国で高齢者とその同居家族のニーズに沿った政策を策定する上で重要な知見となることが期待される。女性高齢者は男性高齢者に比べて、サポート受領が少なく葛藤が多い場合に、精神健康への悪影響を受けやすいことが示唆されたことから、今後、性差に着目したより詳細な検討が行われる必要がある。また、変数の因果関係を把握するため、縦断研究の実施が必要である。 | |
審査要旨 | 高齢者人口における抑うつ問題が世界的に注目され、高齢者の精神健康に関する研究の重要性が高まるなか、本研究では、ネパールにおける高齢者と同居子及びその配偶者間のサポート授受が高齢者の精神健康に及ぼす影響を測定するため、高齢者を対象とする構造化面接調査を実施し、以下の知見を得た。 1.2006年にネパールの首都カトマンズに居住する60歳以上の男女489名を対象に、1対1の構造化面接を実施し、Geriatric Depression Scaleを用いて抑うつ度を測定し、世代間のサポート授受と葛藤と抑うつ度との関連を検討した。二変量解析の結果、男性対象者は息子への情緒的サポート提供が女性対象者に比べて有意に多かった(p<.05)。女性対象者は男性対象者よりも有意に多くの手段的サポートを息子(p<.05)とDIL(p<.0001)から受領していた。女性対象者では、息子よりもDILとの間で葛藤の程度が有意に高かった(p<.05)。また、対象者は男女ともに、DILよりも息子との間で連帯の度合いが高く、息子よりもDILとの間で葛藤の程度が高かった。 2.抑うつ度に対してサポートと葛藤が及ぼす主効果と緩衝効果を検討した。その結果、息子及びDILとの手段的サポートの授受と情緒的サポートの授受が多く、息子及びDILからのサポート受領可能性が高い対象者では、抑うつ度が低い傾向が認められた。息子及びDILとの葛藤の程度が高い対象者では抑うつ度が高い傾向が認められた。 3.性別とサポート/葛藤との検討では、女性は男性に比べて、息子からの情緒的サポートが少ない場合(p<.05)、息子(p<.05)及びDIL(p<.005)からの手段的サポートが少ない場合、息子からのサポート受領可能性が低い場合(p<.05)、息子(p<.05) とDIL(p<.05)との葛藤の程度が高い場合に、有意に抑うつ度が高いことが示された。これは、先行研究が報告しているように、女性は男性に比べてネガティブなサポート授受による影響を受けやすいことによると考えられる。また、家父長制の家族構造における女性の社会的役割が、女性の精神健康に影響を及ぼしていることも考えられる。 4.サポートは葛藤が抑うつ度に及ぼす悪影響を緩衝することが示され、息子(p<.05)とDIL(p<.05)からの情緒的サポート受領、息子への情緒的サポート提供(p<.005)、DILからのサポート受領可能性(p<.05)は、葛藤が対象者の抑うつ度に及ぼす悪影響を緩衝することが示された。本研究においては、他のアジア諸国での研究で報告されているように、世代間連帯の度合いが高いほど、高齢者のwell-beingの度合いがより高い傾向が認められた。 以上、本研究は、先行研究が稀少ななか、ネパールにおいて同居している息子及びその配偶者との関係が高齢者の精神健康に及ぼす影響の一端を明らかにした。本研究は、サポート授受と葛藤、抑うつ度の関係を検討した同国で最初の研究の1つであり、ネパールのように儒教思想の影響が強く、同居している息子とその配偶者が老親の世話をする責任を有するとみなされている社会においては、高齢者と息子夫婦間でのサポート授受のあり方とそれが高齢者の精神健康に及ぼす影響を明らかにしたことには意義があると考える。今後、同国で高齢者とその同居家族のニーズに沿った政策を策定する上で重要な知見となることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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