学位論文要旨



No 123799
著者(漢字) 顔,海念
著者(英字) Yan,Hainian
著者(カナ) イェン,カイネン
標題(和) 先天性サイトメガロウイルス感染の分子疫学的研究 : ウイルス遺伝子型と臨床病態の関連
標題(洋) MOLECULAR EPIDEMIOLOGICAL STUDY ON CONGENITAL CYTOMEGALOVIRUS INFECTION : A RELATIONSHIP BETWEEN VIRAL GENOTYPE AND CLINICAL OUTCOME
報告番号 123799
報告番号 甲23799
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3138号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 准教授 渡邊,洋一
 東京大学 准教授 上妻,志郎
 東京大学 講師 渡辺,博
内容要旨 要旨を表示する

ヒトサイトメガロウイルス(CMV)感染症は宿主胎児の脳・中枢神経や複数の臓器に損傷を与えるため、公衆衛生上の重要な問題である。先天性CMV感染症の発生頻度は、世界中で全出生児のおよそ0.2-1%であると報告された。先天性感染児の約1割は、重篤な疾病を伴って生まれ、さらに、出生時に症状がなかった児の1-2割に数年以内に遅発性感音性難聴や知能障害のような後遺症が生じる。先天性CMV 感染の病態を影響する因子としては、母体側の免疫状態や妊娠中CMV感染・再活性の時期、ウイルス側の遺伝子多型など複数の因子が考えられる。CMV遺伝子の特徴は、主にウイルス粒子糖蛋白と細胞性ホモローグをコードする遺伝子の塩基配列の多形に依存することとされてきた。特定の遺伝子型と病態との関連性に関しては、肯定・否定の両方の報告があった。CMV遺伝子型(遺伝子多型及び特定の変異)と臨床病態との関連についてより深い理解を得ることは、CMV感染症対策において重要である。本研究は、CMV遺伝子型の臨床病態との関連及びCMVの多型のある遺伝子間の連鎖や組換えを明らかにすることを目的としている。

64日本人小児のCMV感染児を対象者とした。先天性感染33例と後天性感染31例から乾燥臍帯、尿など合計72検体を採集した。中では一部の先天性感染児からペア検体を得た。検体からDNAを調製し、リアルタイムPCRを用いてCMV DNA定量した。ウイルス粒子表面糖蛋白複合物をコードする遺伝子gB (UL55)、gH (UL73)、gN (UL74)、gO (UL75)、とUL144とUL149の高変異領域(図1参照)をPCRにより増幅し塩基配列を解析し、遺伝子型を同定した。系統学的分析と統計学的分析を行なった。実験の流れは図2で示す。

結果と考察を2部に分ける。第I部では、遺伝子型と臨床病態との関連について記述する。主な結果として下記の通り: i) 後天性感染群で検出された全ての遺伝子型は、先天性感染群(神経学的異常・後遺症の有無にかかわらず)でも検出された。 ii)後天性群よりも先天性群(p<0.05)、特に難聴症例群(p=0.009)ではgB3遺伝子型の割合が有意に高かった。 iii) 先天性群において、gB遺伝子型と尿・乾燥臍帯のウイルスDNA量との間に相関は認めなかった。 iv) gB以外の遺伝子については、先天性感染群に対し有意な分布の偏りは認められなかった。 本研究対象者のCMV遺伝子型の分布パターンを過去の内外の報告と比較することで、その疫学的類似点と相違点が示唆された。例えば、gB型の分布(高頻度のgB1とgB3株に対しgB2とgB4株は検出されなかった)はアメリカの報告と異なるが、田中らと村山ら(日本)のデータとほぼ一致している。本研究により、gB3型株はより胎児に感染しやすい傾向が示唆された。Meyer-KonigらはgB3がgB1よりもT リンパ細胞に感染しやすいデータを公表した。すなわちgB3型は宿主免疫を乱しやすく、より強い毒性をもつ可能性が考えられた。本研究の結果はそのデータによって支持されると考えられる。今後gBのたん白としての生物学性質と宿主免疫や病態との深い関わりを研究する。

第II部では、多型のある遺伝子間の連鎖や組換えについて記述する。主な結果として下記の通り: i) gN、gOとgHの間で遺伝子型は明らかに連鎖していたが、gB遺伝子型とは連鎖しない。7つのgN-gO-gH連鎖群で各遺伝子型の決まった臨床株56株の79%を占めた。 ii) アミノ酸コドンに基づいた塩基配列の解析により、gN、gO、gHそれぞれの遺伝子の高変異領域で淘汰選択が起こった可能性が示唆された。 iii) gO-3'末端上流200bp近傍で相同組換えが発生したことが確認できた。 本研究の結果から欧米株で報告されているgN、gO遺伝子間の連鎖を日本人由来の株についても認めた。また、新しいgN4-gO5連鎖群を同定した。さらにgN、gO遺伝子型にgH遺伝子型も連鎖していることを明らかにした。遺伝子型間の連鎖をより一層理解するために、非同義置換と同義置換解析を行った。gN-gO-gH連鎖群の中での淘汰選択または自然選択の対応した関係を見出すことができなかった。従って、遺伝子型の連鎖が淘汰選択によっては解釈できず、むしろCMV自然選択のほうが本来の塩基配列を維持する傾向にあると考えられた。今回gO遺伝子内で相同組換えが発生したことが確認できた。以前はgB、gO遺伝子相同組換えの可能性を検討した文献があったが、直接的な解析データを示さなかった。gN-gO-gH遺伝子型の連鎖群に分類できなかった少数の株について、相同組換えがその一因として解釈できるものと考えられる。

まとめると本研究はCMV臨床株をウイルスゲノムの6遺伝子(gB, gN, gO, gH, UL144, UL149)の高変異領域の解析から、同定した遺伝子型の中でいずれの遺伝子型の組合せをもったCMV株も母体から胎児に感染し、神経学的障害を引き起こすことが可能であることを示した。特に、gB遺伝子型と臨床病態との間に有意な相関が示唆された。また、本研究により初めて、gN、gO、gHの3遺伝子間で型連鎖があること、gO遺伝子内で相同組換えが起こった直接的証拠が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトサイトメガロウイルス(CMV)遺伝子型の臨床病態との関連及びCMVの多型のある遺伝子間の連鎖や組換えを明らかにすることを目的としている。健常者を含む64人の日本人小児から得たCMV臨床株について、多型がありかつ重要だと思われる6遺伝子(gB, gN, gO, gH, UL144, UL149)の高変異領域の塩基配列を解析し、下記の結果を得ている。

1.本研究対象者のCMV遺伝子型の分布パターンを過去の内外の報告と比較することで、その疫学的類似点と相違点が示唆された。後天性感染群で検出された全ての遺伝子型が、先天性感染群でも検出されたことから、いずれの遺伝子型の組合せをもったCMV株も母体から胎児に感染し神経学的障害を引き起こすことが可能であると考察された。

2.後天性感染群よりも先天性感染群(p<0.05)、特に難聴症例群(p=0.009)ではgB3遺伝子型の割合が有意に高いことが示された。gB以外の遺伝子については、先天性感染群に対し有意な分布の偏りは認められなかった。本研究により、gB3型株はより胎児に感染しやすい傾向が示唆された。

3.先天性感染群において、gB遺伝子型と尿・乾燥臍帯のウイルスDNA量との間に相関は認めなかった。

4.多型のある遺伝子間の相関を検討し、既に欧米株で報告されているgN、gO遺伝子間の連鎖を日本人由来の株についても認めた。また、新しいgN4-gO5連鎖群を同定した。さらにgN、gO遺伝子型にgH遺伝子型も連鎖していることを明らかにした。

5.アミノ酸コドンに基づき非同義置換と同義置換解析を行ったところ、gN、gO、gH遺伝子の高変異領域で淘汰選択が起こった可能性を示した。しかし、gN-gO-gH連鎖群の中での淘汰選択または自然選択の対応した関係を見出すことができなかった。従って、遺伝子型の連鎖が淘汰選択によっては解釈できず、むしろCMV本来の塩基配列を維持する傾向にあると考えられた。

6.gO-3'末端上流200bp近傍で相同組換えが発生したことが確認できた。gN-gO-gH遺伝子型の連鎖群に分類できなかった少数の株について、相同組換えがその一因として解釈できるものと考えられる。

以上、本論文はCMV臨床株をウイルスゲノムの6遺伝子(gB, gN, gO, gH, UL144, UL149)の高変異領域の解析から、同定した遺伝子型の中でいずれの遺伝子型の組合せをもったCMV株も母体から胎児に感染し、神経学的障害を引き起こすことが可能であることを示した。特に、gB遺伝子型と臨床病態との間に有意な相関が示唆された。本研究により初めて、gN、gO、gHの3遺伝子間で型連鎖があること、gO遺伝子内で相同組換えが起こった直接的証拠が示された。本研究はCMV遺伝子型と臨床病態の関連及びCMV遺伝子間の連鎖・相同組換えに関する知識と理解をより深めることに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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