学位論文要旨



No 123802
著者(漢字)
著者(英字) Khamrin,Pattara
著者(カナ) カムリン,パターラ
標題(和) タイ国において急性胃腸炎に感染したヒトおよびブタから分離したロタウイルスの分子疫学と稀な株の特性に関する研究
標題(洋) Molecular Epidemiology of Rotaviruses and Characterization of Unusual Stains Isolated from Humans and Piglet with Acute Gastroenteritis in Thailand
報告番号 123802
報告番号 甲23802
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3141号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 准教授 渡邊,洋一
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 准教授 関根,孝司
内容要旨 要旨を表示する

要 旨

A群ロタウイルスは乳幼児や新生仔ブタを含む多くの若い動物に急性胃腸炎や重篤な下痢を引き起こす最も重要な病因である。チェンマイ州におけるロタウイルス感染の研究は約20年前に始まった。蓄積されたデータからそれぞれの年でロタウイルス最頻出ゲノタイプは変化することがわかった。この研究ではタイ国、チェンマイ州でA群ロタウイルスのゲノタイプ分布パターンが変化していることを示し、ヒトと仔ブタから分離したロタウイルスの稀な株の分子的特性について報告する。2002-2004年の研究では、下痢で入院した小児の便検体からRT-PCR法でA群ロタウイルスの存在を調べ、そのGおよびPゲノタイプを異なったプライマー・セットのプールを使用したmultiplex-PCR法で同定した。下痢で入院した小児患者合計263の便検体の結果から、98検体(37.3%)はA群ロタウイルス陽性であった。4種類のG、Pゲノタイプの組み合わせ、G1P[8]、G2P[4]、G3P[9]、G9P[8]がこの研究で見いだされた。年間の流行におけるG/Pゲノタイプ組み合わせの比較頻度を調べると、驚くべきことに2000-2002年のみ、G9P[8]が最も優勢なゲノタイプであることがわかった。しかし、2003年から2004年の間ではその流行頻度は急激に低下した。一方G2P[4]は2003年の一年間に再び増加し、G1P[8]は2004年度の最頻出株となった。これらの観察の結果からタイ国、チェンマイ州で流行しているA群ロタウイルスゲノタイプの分布は年ごとに変化することがわかる。

さらにこの研究では二つの一般的でないヒトロタウイルスG3P[3]とG3P[9]ゲノタイプの株を見いだし、その分子遺伝的解析を行った。これらの株はヒトに時折見いだされるが一般的ではないゲノタイプである。ヒトロタウイルスG3P[3](CMH222株)のVP4、VP6、VP7、NSP4遺伝子分節の配列解析によりその特性を調べ、GenBankのデータベース上の参照株の配列と比較した。CMH222株のVP4配列はヤギのP[3](GRV株)と核酸レベルで90.6%、アミノ酸レベルで96.4%と最も相同性が高かった。興味深いことにVP7配列はサルのG3ロタウイルス(RRV株)と核酸レベルで88.0%、アミノ酸レベルで98.1%と最も相同性が高かった。これに対してヒトロタウイルスG3P[3]の参照株(Ro1845とHCR3株)とくらべるとVP4とVP7の同一性は低かった。さらに、VP6とNSP4の配列解析ではサルロタウイルスVP6のSubgroup I (SG I)、ヤギロタウイルスgenetic group Cとそれぞれ関連性が高かった。これらの結果からCMH222株はリアソータント株、すなわち複数回の種間感染を繰り返した結果として、ヒト、ヤギ、サル由来のウイルスの分節集合が起きたと考えられる。この研究で特性を調べたほかの稀なロタウイルス株はG3P[9]である。これらの2株、すなわちCMH120/04株とCMH134/04株は2004年に分離された。この二つの株についてはVP6、VP7、VP8*、NSP4遺伝子分節の分子解析を行った。この二つの株のゲノム配列を参照株と比較すると、G3P[9]であるAU-1 prototype株との近い関係が明らかとなった。すなわちVP8*遺伝子の解析をしたところ、P[9]である ヒトロタウイルスやネコの参照株と、アミノ酸配列が高レベル(94.9-98.3%)で一致した。最も高い同一性はヒトロタウイルスAU-1株との間にあった。VP7遺伝子配列の解析結果ではG3ヒトロタウイルスであるKC814株と最も一致した。これらVP7 とVP8*遺伝子の結果から、CMH120/0株とCMH134/04株はG3P[9]ゲノタイプに属することがわかった。さらにVP6遺伝子の分類ではSG Iに、NSP4遺伝子ではgenetic group Cに分類されることがわかった。これら小児科患者からの稀なG3P[9]ロタウイルスに関する知見は、タイ国のチェンマイ州におけるヒトA群ロタウイルスが遺伝的にも、抗原的にも多様性を持つことを示している。我々の知る限り、タイ国においてロタウイルスG3P[3]とG3P[9]の同定は初めてである。

タイ国チェンマイ州におけるブタロタウイルス感染の疫学調査を2000年6月から2001年7月までおこなった。A群ロタウイルスが陽性であった一検体(CHP034株)では、この株のGゲノタイプ、Pゲノタイプはゲノタイピング用multiplex RT-PCR法では決定できなかった。そこでこの研究ではこのブタロタウイルス(PoRV)CMP034株についてVP4、VP6、VP7、NSP4、NSP5/6遺伝子の核酸配列を調べることでさらに検討した。VP4遺伝子の分子特性の結果から、現在まで確認されている26種類のPゲノタイプとはアミノ酸レベルで56.7-76.6%と低い一致率であることがわかった。このVP4配列の系統樹解析の結果、CMP034株は他の既知の26種類のPゲノタイプとは離れた関係にあり、別の分枝上に存在した。VP7遺伝子の配列解析ではPoRVのG2様参照株34461-4とアミノ酸レベルで94.7%の一致であったが、ヒトのG2ロタウイルスとは低い同一性であった。VP7遺伝子の系統樹解析ではG2ロタウイルスには宿主由来を基盤として2つの主たるlinkageがある。ブタロタウイルスCMP034株はPoRV 34461-4株とともに、主たるG2ヒトロタウイルスとは別の新しいlinkageに分類された。さらに、この株はブタロタウイルス類似のNSP5/6に、そしてVP6 はSG Iに分類される一方、NSP4ではgenetic group Bのヒトロタウイルスに似た特性を持っていた。これらの知見よりCMP034株は新しいP[27] ゲノタイプと考えられた。

まとめると今回の研究ではタイ国チェンマイ地方で2002年から2004年において下痢で入院した小児から得たロタウイルスのG、Pゲノタイプの頻度を調べその分布が変化していることを示した。さらにロタウイルスのいくつかの稀な株や新しいP[27]ゲノタイプを報告した。これらの株の遺伝子配列の分子解析からヒトロタウイルスの進化が動物のロタウイルスの進化と強く関連しておきることがはっきりした。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はタイ国チェンマイ州において下痢症で入院した小児のロタウイルス感染症および同地域のヒトと仔ブタから分離したロタウイルスの稀な株についてその特性を研究したものである。さらにロタウイルス感染の疾病負担に関する情報、ウイルスの多様性、異種動物とヒトとの間のロタウイルス遺伝子伝達についても報告した。さらにこの研究では過去のワクチン投与によって誘導された免疫防御からすり抜ける可能性のある新しい株や新しい変異株出現を監視するためにはロタウイルス検索を続けていくことの重要性を強調した。

1.この研究では2002-2004年の間、タイ国チェンマイ州で下痢症のため入院した小児においてA群ロタウイルスゲノタイプの分布パターンの変化を示した。この期間当地ではG9P[8]ロタウイルスの検出が減少し、G1P[8]とG2P[4]が再流行した。この調査ではA群ロタウイルスは37.3%検出された。この中で40.8%は G9P[8]、33.7%はG1P[8]、23.5%はG2P[4]、2.0%はG3P[9]であった。この結果はタイ国チェンマイ州に流行しているA群ロタウイルスゲノタイプの分布が変化したことを示している。

2.稀なヒトロタウイルスG3P[3]であるCMH222株について分子遺伝学的解析を行ったところ、ヒト-動物の異種間感染を繰り返したことが明らかとなった。CMH222株のVP4配列はヤギのP[3]ロタウイルス(GRV株)と最も同一性が高かった。一方VP7配列はサルのG3ロタウイルス(RRV株)と最も同一性が高かった。これらの知見はロタウイルス株が自然界でヤギ、サル、ヒトの間で複数の異種間感染を繰り返したことを強く示唆し、ヒトロタウイルスの進化は動物ロタウイルスの進化と強く関連していることを確信させる証拠となった。

3.新しいブタロタウイルスP[27]ゲノタイプ(CMP034株)を報告した。配列解析によるVP4遺伝子の分子遺伝学的特性から現在まで知られている26種類のPゲノタイプとのアミノ酸レベルでの同一性は56.7-76.6%と低かった。VP7遺伝子の配列解析からブタロタウイルスG2様参照株34461-4とアミノ酸レベルで最も同一性(94.7%)が高かったが、ヒトロタウイルスG2との同一性は87.7-88.0%と低かった。これらの知見はCMP034株が新しいVP4ゲノタイプであると考えられる証拠であり、これをP[27]と提唱した、

4.急性胃腸炎で入院した小児から分離した稀なロタウイルスG3P[9]株(CMH120/04とCMH134/04)の分子遺伝学的特性を調べた。これらの株のVP8*遺伝子を解析し、ヒトおよびネコのP[9]ロタウイルス参照株とアミノ酸レベルの同一性を調べた。VP7遺伝子配列の解析ではG3ヒトロタウイルスKC814株と最も一致した。VP7およびVP8*遺伝子解析をもとにCMH120/04とCMH134/04株はG3P[9]に属することがわかった。そしてこれはヒトでは稀なタイプであった。我々の知るところ、タイ国でヒトG3P[9]ゲノタイプのロタウイルス同定は初めてである。

この研究ではタイ国でのロタウイルスによる疾病負担を示した。また、タイ国で流行しているロタウイルスの遺伝的多様性を示し、ヒトの中で稀な株の検出を監視するためにはロタウイルスの調査を継続することの重要性を強調した。ここで得られた結果は次世代のロタウイルスワクチン開発のために重要であることから、この研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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