学位論文要旨



No 123805
著者(漢字) 末松,卓真
著者(英字)
著者(カナ) スエマツ,タクマ
標題(和) 線虫ミトコンドリアタンパク質合成系に関する研究
標題(洋)
報告番号 123805
報告番号 甲23805
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3144号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

(背景と目的)

生物の遺伝情報を有用な機能分子として変換する細胞内のタンパク質合成の過程は開始、伸長、終止過程の3段階に分けられる。中でも主要な過程である伸長反応では、アミノ酸を3'末端に付加したtRNA(アミノアシルtRNA)が、mRNA上の遺伝暗号(コドン)に従ってペプチド鎖合成反応の場であるリボソームへ運ばれる。この機構は原核生物から高等生物に至るまで高度に保存されていると考えられてきた。特に原核生物と、真核生物の細胞小器官の一つであるミトコンドリア内のタンパク質合成系を構成する因子は基本的には同じであり、翻訳伸長因子EF-TuがアミノアシルtRNAをリボソームへと運び、EF-Gがリボソームのtranslocationを司る。ところが、動物ミトコンドリアのタンパク質合成系では、保存構造や塩基を一部失って変形したtRNAや、原核生物に比べ縮小化したRNAと肥大化したタンパク質から構成されるリボソーム、またミトコンドリアのみで見出されているEF-Gの2種類のisoformなど、種々の独特な性質を有することが発見されてきた。その中でもとりわけ独特な性質を有すると考えられているのが線形動物ミトコンドリアである。例えば、立体構造上また機能上必須とされていたT armを欠失したtRNA(20種)と、D armを欠失し、かつT armの短縮化したtRNASer(2種)という2種の異常構造を持つtRNAのみが存在し、それぞれに対応する特異的な2種のEF-Tuが存在する、また、哺乳類ミトコンドリアリボソームと比較しても、リボソームRNAが更に縮小し、リボソームタンパク質の含有率がさらに増加している、という例が挙げられる。このように、線形動物ミトコンドリアのタンパク質合成系の構成因子は、原核生物や哺乳類ミトコンドリアの因子と比較して、アミノ酸配列やRNA配列、または立体構造、更に、含まれる因子の種類に関しても非常に独特な性質を有するものを含んでいることから、タンパク質合成系自体も他と比べ特異的な性質を有すると想像できる。しかし、哺乳類ミトコンドリアについては研究が進められているものの、線形動物も含め、無脊椎動物のミトコンドリアタンパク質合成系に関する研究は未だ少ない。

そこで本研究では、線形動物ミトコンドリアタンパク質合成系の独自性を明らかにするとともに、我々哺乳類の系との相違点を見出すために、自由生活性線虫Caenorhabditis elegansを対象に、タンパク質合成に必須の段階である、ポリペプチド鎖伸長反応サイクルの詳細な解明を目的としている。また、本研究の成果を通じて、近縁種である寄生性線形動物のミトコンドリアタンパク質合成系の独自性をターゲットとした抗寄生虫薬剤の発見に繋がることも期待している。

本研究では、線形動物ミトコンドリアの翻訳因子の中で詳細な解析の進んでいないEF-G及びリボソームについて、精製及び解析を試みた。EF-Gに関しては、他生物種のEF-G及びヒトミトコンドリアEF-G1/EF-G2の配列を元にした相同性検索より、C. elengasミトコンドリアEF-G1/EF-G2候補遺伝子として同定されたcDNAを利用し、これらの相同タンパク質の大腸菌発現系による大量精製を試みた。リボソームについては、ミトコンドリアリボソームタンパク質にペプチドタグを付加した組換え体を発現する形質転換線虫より、そのペプチドタグを用いてミトコンドリアリボソームの精製を試みた。また、これと平行して、ショ糖密度勾配遠心によるミトコンドリアリボソーム精製法を改善するため、更に純度の高いミトコンドリア精製法の検討を行った。

(結果)

1. C. elegansミトコンドリア翻訳伸長因子EF-G1及びEF-G2の大量発現系の確立

大腸菌発現系を用いてEF-G1及びEF-G2の組換え体の大量調製を試みた。EF-G1については、Novagen社のpET52b(+)を元に構築した発現ベクターにより、BL21(DE3)codon-plus(RIL)株を形質転換し、可溶性タンパク質として組換え体を発現させることに成功した。一方、EF-G2は、大腸菌シャペロンタンパク質の一つであるトリガーファクター(TF)を、可溶化タグとして利用しているタカラバイオ株式会社のpCold-TFを元に構築した発現ベクターにより、BL21(DE3)codon-plus(RIL)株及びRosetta(DE3)株を形質転換し、組換え体の発現を試みたところ、両者の株からTFとの融合タンパク質という形ではあるが可溶性タンパク質として得ることができた。

EF-G1は、6×His-tagを利用してアフィニティー精製を行った後、陰イオン交換クロマトグラフィーにより更に精製することで、95%以上の純度を持つ精製標品を得ることができた。得られた精製タンパク質について、ポリウリジル酸鎖をmRNAとしたE. coliリボソームによるポリフェニルアラニン鎖合成能を測定し、translocation活性を保持していることを確認した。また、原核生物型のタンパク質合成系で、リボソーム及びGDP型EF-Gと安定な三者複合体を形成することでタンパク質伸長反応を阻害する薬剤であるフシジン酸に対して、EF-G1の感受性の有無を調べたところ、E. coli EF-Gでは完全にタンパク質合成が停止する0.5 mMという濃度においても、EF-G1では合成能が50%程度残存していた。この結果より、C. elegansミトコンドリアEF-G1はフシジン酸に対し抵抗性を有することが示された。

2. ペプチドタグ付き組換えミトコンドリアリボソームタンパク質を用いたC. elegansミトコンドリアリボソームのアフィニティー精製の確立に向けて

本研究では、リボソームの構成因子であるリボソームタンパク質にペプチドタグを付加した組換え体をC. elegans内で発現させ、リボソームに取り込ませることにより、このペプチドタグを利用して、リボソームをアフィニティー精製する方法を試みた。5種類のミトコンドリアリボソームタンパク質候補遺伝子を選定し、それらについてC末端側に4種類のペプチドタグを融合した発現ベクターを作製し、C. elegansへの導入を試みた。そのうち、小サブユニットのMRP4タンパク質の相同タンパク質にS-tag及び6×His-tagの並列タグを融合した組換え体について、C. elegans内での発現を確認できた。そこで、この形質転換体から、ミトコンドリアを粗精製して、ミトコンドリアリボソームを粗精製したところ、この組換えタンパク質はミトコンドリアで発現し、粗ミトコンドリアリボソーム画分中にも含まれていることが確認できた。

このタグ付きタンパク質を利用して、アフィニティー精製を試みたが、現時点では、S-tag、6×His-tagのいずれのペプチドタグを利用しても、特異的に十分量のタグ付きタンパク質を担体に吸着させることはできなかった。また、非特異的に担体に吸着するタンパク質が非常に多い、という問題点も挙がった。

細胞質リボソームの混入を最小限に抑えるための、ミトコンドリア調製法の改善策として、Percollの密度勾配遠心による精製を試みた。その結果、Percoll濃度が40%、20%及び10%の不連続な密度勾配を利用し、かつα-amylaseを添加することで、20%と40%の界面に濃縮され、かつ細胞質リボソームの混入が比較的抑えられたミトコンドリアを得ることができた。

(考察)

EF-Gについて、EF-G1は活性を保持した組換えタンパク質の精製に成功し、機能解析に踏み出すことができた。本研究で、C. elegansミトコンドリアEF-G1は哺乳類ミトコンドリアEF-G1と同様に、E. coliリボソーム上で機能でき、またフシジン酸に対して抵抗性を有することが示された。この性質は、哺乳類ミトコンドリアEF-G1でも見られる性質であり、C. elegansと哺乳類のミトコンドリアEF-G1についてE. coliリボソーム上での機能的性質が類似していることが示唆された。

EF-G2は、TFと融合した状態ではあるが、可溶性タンパク質として発現させることに成功した。現在、TFを除去する条件検討を行っているが、TFとEF-G2の相互作用が強固であるためか、現段階では困難であり、界面活性剤や塩濃度などの更なる条件検討が必要になる。

今後、EF-G1についてはミトコンドリアリボソーム上での機能解析から、C. elegansと哺乳類との相違点を検討していきたい。EF-G2については、活性を保持したタンパク質としての精製を試み、EF-G1との機能的相違点を探りたいと考えている。

リボソームに関しては、本研究で発現株の構築に成功したMRP4ホモログタンパク質が、ミトコンドリア内で発現し、粗ミトコンドリアリボソーム画分に含まれていたことから、C. elegansにおいて、このMRP4ホモログがミトコンドリアリボソームタンパク質として機能していることが示唆された。また本研究では、タグ付きタンパク質がリボソームに組み込まれるところまでは確立できたので、多細胞生物におけるミトコンドリアリボソームのアフィニティー精製技術の確立の第一歩を踏み出せたものと考えている。今後は、アフィニティー担体に対して多種のタンパク質が非特異的に吸着することや、担体へのタグ付きタンパク質の吸着量が少量である、という問題点を解決するため、精製段階の条件検討や、利用するペプチドタグもしくは担体の更なる検討が必要となる。

本研究で検討したミトコンドリア調製法で、従来の手法に比べ細胞質リボソームの混入を比較的抑えることに成功した。完全には除去できてはいないが、この調製法を用いることで、より純度の高いミトコンドリアリボソームの調製が可能になると考えている。またこの調製法を用いることで、アフィニティー精製で問題になっていた、非特異的なタンパク質の吸着も抑えられることができるのではないか、と考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、線虫ミトコンドリアにおけるポリペプチド鎖伸長反応を解明するため、大腸菌発現系を用いた線虫Caenorhabditis. elegansミトコンドリアEF-G1及びEF-G2の精製とその解析、そして、高純度なC. elegansミトコンドリアリボソームを精製するため、組換えタンパク質を利用したアフィニティー精製によるC. elegansミトコンドリアリボソーム精製法の確立及び、C. elegansミトコンドリア精製法の改善を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.pET52b(+)ベクターを基に作製したEF-G1の発現ベクターによる、BL21(DE3)codon-plus (RIL)株の形質転換体を用いることで、C. elegansミトコンドリアEF-G1組換え体の大量発現系の構築に初めて成功した。この組換えタンパク質は、大腸菌リボソーム上でのtranslocation活性を保持していた。更に、C. elegansミトコンドリアEF-G1は、哺乳類ミトコンドリアEF-G1と同様、フシジン酸に対する抵抗性を持つことが示された。

2.pCold-TFベクターを基に作製したEF-G2の発現ベクターによる、BL21(DE3)codon-plus (RIL)株の形質転換体を用いることで、大腸菌のtrigger factorと融合した状態で可溶性タンパク質として発現させることに成功した。

3.C. elegansにおける、ミトコンドリアリボソームタンパク質であるMRP4のホモログタンパク質にS-tag及びHis-tagの並列タグを付加した組換えタンパク質を、C. elegansミトコンドリア内で発現させることに成功した。更に、この組換えタンパク質が粗ミトコンドリアリボソーム画分に含まれていたことから、このMRP4相同遺伝子産物は、C. elegansにおいてもミトコンドリアリボソームタンパク質として機能していることが示唆された。

4.ショ糖密度勾配遠心法を用いて精製したミトコンドリアリボソームの純度を改善するため、特に細胞質リボソームの混入を抑えるため、Percoll密度勾配遠心を用いた、より高純度なミトコンドリア精製法の検討を行った。その結果、Percoll濃度が10%、20%と40%という組み合わせの不連続な密度勾配でミトコンドリアを分画する方法を用いた場合、細胞質リボソームの混入がより少ないミトコンドリア画分を得ることに成功した。

以上、本論文は、線虫ミトコンドリアタンパク質合成系の主要な因子である、EF-Gの生化学的解析を可能にし、また、より高純度なリボソームを得るための精製法を進展させた。本研究の成果は、線虫ミトコンドリア翻訳因子を用いた試験管内タンパク質合成系の再構築に、ひいては線虫ミトコンドリアタンパク質合成系の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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