学位論文要旨



No 123808
著者(漢字) 人見,祐基
著者(英字)
著者(カナ) ヒトミ,ユウキ
標題(和) 全身性自己免疫疾患におけるBCRシグナル抑制型受容体遺伝子多型 : FCGR2B, CD22, CD72の疾患感受性およびその分子機構
標題(洋) Polymorphisms of BCR Signal Inhibitory Receptor Genes (FCGR2B, CD22, and CD72) in Systemic Autoimmune Diseases : Disease Susceptibilities and Their Molecular Mechanisms
報告番号 123808
報告番号 甲23808
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3147号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 准教授 渡邊,洋一
 東京大学 准教授 野入,英世
内容要旨 要旨を表示する

自己免疫疾患とは、本来非自己から自己を防衛するために機能すべき免疫系が、何らかの原因により、自己をも攻撃し発症する疾患である。そのなかでも、全身性の症状を引き起こすものとして、全身性エリテマトーデス (Systemic Lupus Erythematosus: SLE) および全身性強皮症 (Systemic Sclerosis: SSc) などが挙げられる。SLEは全身性の炎症・組織障害・自己抗体産生を特徴とし、SScは重要臓器の線維化・血管炎症状・自己抗体産生を特徴とする疾患である。しかしながら、これまでの精力的な研究による知見の蓄積にもかかわらず、これらの疾患の本質的な発症メカニズムは未だ明らかにはされていない。

これらの全身性自己免疫疾患は、遺伝要因と環境要因の総合的な寄与により発症する多因子疾患であることが知られている。遺伝要因のうち、特にSLEでは、免疫系を構成するT細胞やB細胞の活性化および生存に関与する数々の遺伝子のノックアウトマウスやトランスジェニックマウスがSLE様の自己免疫症状を示すこと、そして、ヒトSLEにおける連鎖解析や関連解析によりHLA・補体成分・Fcγ受容体群などをはじめとする多数の遺伝子が人種を越えた疾患感受性遺伝子であることが報告されている。

FcγRIIB・CD22・CD72は、いずれもB細胞受容体 (BCR) から伝達される活性化シグナルに対する抑制型受容体である。これらの細胞内領域にはImmuno-receptor tyrosine based inhibitory motif (ITIM) と呼ばれる共通の抑制性モチーフが保存されており、リン酸化されたITIMのチロシン残基とチロシンフォスファターゼが会合することによりBCRシグナルを抑制する。これらの抑制型受容体のノックアウトマウスが示す症状などにより、これらの抑制型受容体の遺伝子多型の全身性自己免疫疾患への関与が示唆されていたが、我々の研究以前には全身性自己免疫疾患との関連は報告されていなかった。

過去に我々のグループでは、ヒトFCGR2B遺伝子の膜貫通領域に存在する多型 (Ile232Thr) を検出し、アジア人集団(日本人・タイ人・中国人)にてThr/Thr遺伝子型を有する集団における有意なSLE発症リスクの上昇を観察している (OR=2.3, P=0.018: Kyogoku et al., 2002)。この関連は、その後の機能解析により、BCRとその共受容体とが共に存在するためのシグナル伝達の「場」である脂質ラフトへの親和性が、Thrアリル産物では低下し、その結果BCRシグナル抑制能が減弱するためであることが明らかになっている (Kono et al., 2005)。

私はこれまでに、アジア人集団を対象にして、CD72遺伝子多型とSLE感受性との関連解析を実施し、4箇所のヒトCD72遺伝子多型により構成されるハプロタイプの一つ (CD72-*2) が、腎症を合併したSLE患者にて有意に減少することに加え、CD72-*2 を有する集団でのFCGR2B-232Thr/ThrによるSLE発症リスクの減弱を併せて見出した (OR=4.6, P=0.009)。さらに私は、CD72遺伝子の選択的スプライシングにより生ずるCD72 AS型アイソフォームの存在を新たに確認し、CD72-*2を持つ集団におけるCD72 AS型アイソフォームの発現量の有意な上昇を観察した (P=0.000038: Hitomi et al., 2004)。すなわち、このCD72 AS型アイソフォームは何らかの理由によりSLEに対する疾患抵抗性を持つと推測されていた。

本研究では第一に、CD72 AS型アイソフォームがSLEに対する疾患抵抗性に関与する分子機構を明らかにするため、2種類のCD72選択的スプライシングアイソフォーム (flCD72, CD72 AS型アイソフォーム) の全長を健常者の末梢血単核球より採取し、それぞれを内在性のヒトCD72による影響のないマウスの細胞株へ導入し、それらの機能を比較した。

SLE発症にB細胞のアポトーシスの異常が関与するという知見や、マウスCD72によるBCRシグナル抑制がB細胞のアポトーシスに必須であるという知見を背景にし、まずはマウスB細胞株であるWEHI-231.5細胞のヒトCD72安定発現株におけるアポトーシスの惹起の差を検討した。それぞれの細胞を抗IgM抗体にて架橋し、24h, 48h後の細胞をPI染色しフロー・サイトメトリーにてアポトーシス細胞の割合を測定したところ、このCD72 AS型アイソフォーム産物を発現する細胞におけるアポトーシスが有意に亢進していた (P<0.001)。

CD72はBCRシグナルに対する抑制型受容体であり、CD72 AS型アイソフォーム産物を発現する細胞におけるアポトーシスの亢進がCD72によるBCRシグナル抑制能の差により生ずる可能性が考えられるため、次に、内在性のマウスCD22およびマウスCD72が欠損しているマウスB細胞株であるK46-μv細胞を用いて、これら2種類の選択的スプライシングアイソフォーム産物によるBCRシグナル抑制能の検討を行った。K46-μv細胞に発現するBCRに対する特異的抗原であるNP-BSAによるBCR架橋後、それぞれのCD72選択的スプライシングアイソフォーム産物を発現する細胞におけるERKリン酸化をウエスタン・ブロッティング法にて、細胞内Ca2+ 濃度をFulo-4染色後フロー・サイトメトリーにて、CD72のITIMのリン酸化およびチロシンフォスファターゼとの会合を免疫沈降法にて検討したところ、flCD72産物はマウスCD72と同様にITIMを介したBCRシグナル抑制能を有するのに対し、CD72 AS型アイソフォーム産物はその機能を喪失していた。よって、CD72 AS型アイソフォーム産物を発現する細胞におけるアポトーシスの亢進の原因は、CD72によるBCRシグナル抑制能の差による可能性は少ないと考えられた。

ところで、真核生物のタンパク質は小胞体 (ER) 内でフォールディングを受けるが、ミスフォールディングされたタンパクの処理が滞る状態をERストレスと言い、アポトーシスが誘導されることが知られている。さらに、B細胞のアポトーシスにこのERストレスが関与するという知見から、CD72 AS型アイソフォーム産物によるアポトーシスの亢進にERストレスが関与しているか否かを検討するため、先ほど用いたWEHI-231.5細胞を抗IgM抗体にて架橋し、4h, 12h後のERストレス応答の構成要素の発現およびリン酸化をウエスタン・ブロッティング法にて検討した。その結果、ERストレス応答の構成要素であるCHOP発現・eIF2αリン酸化・成熟型XBP-1発現のいずれもがCD72 AS型アイソフォーム産物を発現した細胞において上昇していた。

続いて、CD72 AS型アイソフォーム産物はその表面発現量がflCD72と比較し減弱し、ERストレスを介したアポトーシスの亢進を導くため、CD72 AS型アイソフォーム産物のERへの局在を検討した。マウス線維芽細胞株であるBalb/c-3T3細胞を各細胞小器官特異的なマーカータンパク質に対する抗体およびCD72に対する抗体で染色後、共焦点顕微鏡にてその共局在を観察したところ、CD72 AS型アイソフォーム産物のERへの蓄積を確認した。

最後に、過去に行ったCD72 AS型アイソフォームのmRNAレベルでの研究と同様に、末梢血B細胞における内在性CD72 AS型アイソフォーム産物の発現がCD72-*2を有する集団においてタンパクレベルで上昇しているか否かを、CD72 AS 型アイソフォーム産物特異的な抗体を用いたウエスタン・ブロッティング法にて検討した。各CD72遺伝子型を有する健常者数名ずつの末梢血B細胞におけるCD72 AS 型アイソフォーム産物の発現量を比較したところ、mRNAレベルでの結果と同様に、CD72-*2を有する集団における内在性CD72 AS型アイソフォーム産物の発現上昇が観察された。

以上より、CD72-*2を有する集団では内在性CD72 AS型アイソフォーム産物の発現上昇が観察されるが、このCD72 AS型アイソフォーム産物の小胞体への局在がERストレス応答を介してアポトーシスを惹起し、おそらく活性化した自己免疫性B細胞を除去することで、SLE発症を予防している可能性が推測される。

本研究ではさらに、SScモデルマウスのTight skin mouse (TSK/+ mouse) におけるCD22の機能異常を根拠にし、日本人集団におけるCD22遺伝子多型とSSc感受性との関連解析を併せて実施した。我々の研究グループでは過去に健常者・SLE患者・関節リウマチ (RA) 患者を対象にしたCD22遺伝子多型スクリーニングを行っているが (Hatta et al., 1999)、本研究ではその際に検出された4箇所の遺伝子多型を用いた。

関連解析の結果より、第12エクソンに存在する同義置換の多型 (c.2304 C>A) におけるAA遺伝子型がSSc患者のみに存在し、それらの患者はすべてSScの病型の一つである限局性皮膚硬化型 (limited cutaneous SSc: lcSSc) へと分類された (P=0.008)。また、AA遺伝子型を有する患者のCD22遺伝子の全翻訳領域に渡って変異スクリーニングを実施したところ、この多型以外の遺伝子変異は検出されなかった。

さらに、ここで関連が検出された多型は同義置換であり、アミノ酸配列変化は生じないため、この遺伝子多型がCD22の発現強度に関与する可能性を考え、フロー・サイトメトリーにより、このAA遺伝子型を有するSSc患者におけるCD22発現強度を他の遺伝子型のSSc患者と比較した。その結果、AA遺伝子型を有するSSc患者におけるCD22発現強度の有意な減弱が観察された (P=0.0032)。

以上より、CD22遺伝子多型により生じるアリル産物はその発現強度が減弱するため、過剰なBCRシグナル伝達による自己免疫性B細胞の生存および活性化を介してSSc発症に関与している可能性が示唆された。

以上の結果を総合すると、本研究により、BCRより伝達されるB細胞活性化シグナルに対するこれら3つの抑制型受容体に生じた遺伝子多型は、BCRシグナル伝達に対する抑制能やB細胞のアポトーシスの閾値を変化させ、結果として自己免疫性B細胞の活性化・生存あるいは除去により全身性自己免疫疾患の感受性と関連していることが、関連解析および分子機構の解明という両面から明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、全身性自己免疫疾患の発症における重要性が示唆されていたB細胞受容体(BCR)シグナル抑制型受容体の遺伝子多型について明らかにするため、特にヒトCD22およびヒトCD72の遺伝子多型と全身性自己免疫疾患の疾患感受性との関連解析・機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.BCRシグナル抑制型受容体であるFCGR2Bの遺伝子多型による全身性エリテマトーデス(SLE)発症リスクを減弱させるCD72-*2アリルを有する集団において発現増強するヒトCD72選択的スプライシングアイソフォーム(CD72 AS型アイソフォーム)を、マウスB細胞株であるWEHI-231.5およびK46-μvへ導入したところ、もう一つのアイソフォームであるflCD72と比較してCD72 AS型アイソフォーム産物の表面発現量は減弱していた。

2.CD72 AS型アイソフォームとflCD72のそれぞれを発現したK46-μvにおいて、BCRを特異抗原のNP-BSAにて刺激後のCD72のリン酸化・CD72とSHP-1との会合・ERKのリン酸化・Ca2+ influxを比較したところ、flCD72の発現株ではCD72を介したBCRシグナルの抑制が観察されたが、CD72 AS型アイソフォームの発現株においてはBCRシグナル抑制能を喪失していた。

3.CD72 AS型アイソフォームとflCD72をそれぞれ発現したWEHI-231.5において、BCRをanti-IgMにて刺激後のアポトーシスを比較したところ、CD72 AS型アイソフォームの発現株において有意なアポトーシスの亢進が観察された。

4.CD72 AS型アイソフォームとflCD72のそれぞれを発現したWEHI-231.5において、BCRをanti-IgMにて刺激後の小胞体(ER)ストレス構成要素のタンパク発現・リン酸化の上昇を比較したところ、CD72 AS型アイソフォームの発現株においてCHOP・前駆体XBP-1・成熟型XBP-1の発現上昇およびeIF2αのリン酸化の亢進が強く観察された。

5.CD72 AS型アイソフォームを発現したマウス線維芽細胞株であるBalb/c-3T3において、CD72 AS型アイソフォーム産物の細胞内局在を検討したところ、CD72 AS型アイソフォーム産物のERへの局在が観察された。

6.各CD72遺伝子型を持つ健常者より末梢血B細胞を採取し、内在性ヒトCD72 AS型アイソフォーム産物のタンパクレベルでの発現量をCD72遺伝子型間にて比較したところ、過去のmRNAレベルでの結果と同じく、CD72-*2アリルを有する群におけるCD72 AS型アイソフォーム産物の発現上昇が観察された。

7.日本人集団におけるCD22遺伝子多型と全身性強皮症(SSc)の疾患感受性との関連解析を実施したところ、CD22遺伝子の第12エクソンに存在する同義置換のSNP(c.2304 C>A)において、A/A遺伝子型がSSc患者のみに検出された。それらの患者はすべて限局性皮膚硬化型SSc(lcSSc)に分類され、統計学的有意差に到達した。

8.CD22遺伝子のSNP(c.2304 C>A)における各遺伝子型を有するSSc患者間でのCD22表面発現量を比較したところ、A/A遺伝子型の患者でのCD22表面発現量が有意に減弱していた。

以上、本論分はCD72遺伝子多型が選択的スプライシングにより新たな機能を獲得することによりSLE感受性との関連を示し、CD22遺伝子多型がその表面発現量に影響を与えることによりSSc感受性との関連を示すということを機能的な側面より明らかにした。本研究は、ヒトではこれまで明らかにされていなかった、B細胞活性化を抑制する受容体群の遺伝子多型が果たす役割のみならず、シグナル伝達以外の機能を経て疾患感受性と関連するシグナル伝達分子の遺伝子多型の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものだと考えられる。

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