学位論文要旨



No 123813
著者(漢字) 宮下,リサ
著者(英字)
著者(カナ) ミヤシタ,リサ
標題(和) KIRファミリー遺伝子群多型とリウマチ性疾患感受性の関連の検討
標題(洋) Association of Killer Cell Immunoglobulin-like Receptor (KIR) Family Genes with Rheumatic Diseases
報告番号 123813
報告番号 甲23813
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3152号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 准教授 田中,輝幸
 東京大学 講師 高橋,強志
内容要旨 要旨を表示する

キラー細胞免疫グロブリン様受容体(Killer cell immunoglobulin-like receptor、KIR)ファミリーは、NK細胞と一部のT細胞サブセット上に発現する活性化および抑制性受容体群である。ヒト第19番染色体短腕13.4上に位置するKIR遺伝子ファミリーは、遺伝子座の数および各遺伝子座における塩基配列の著しい多型が存在する。とくに抑制型KIRはHLAクラスI分子をリガンドとして認識することが知られているが、HLAも高度に多型的であることから、KIRとHLAの多様な組み合わせが免疫応答の個体差に関連する可能性が推測されている。これまでにアメリカ人集団における関節リウマチの血管炎合併例や乾癬性関節炎、I型糖尿病など自己免疫疾患の患者において活性化型KIR遺伝子が高頻度で観察されているほか、エイズの進行やC型肝炎ウイルスのクリアランスなど、ウイルス感染症との関連も報告されている。

顕微鏡的多発血管炎(Microscopic Polyangiitis、MPA)は急速進行性腎炎や肺出血などの臓器障害を伴う稀少疾患であり、好中球顆粒酵素のmyeloperoxidase (MPO)に対する抗体(MPO-ANCA)が患者において高頻度に検出されることによって特徴づけられる。病因は不明だが遺伝的および感染などの環境要因の影響が示唆されている。

関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis、RA)は炎症性関節破壊を特徴とする自己免疫疾患である。世界の人口の約0.24-1%が罹患し、特に35-55歳の女性に多く発症する。疾患多発家系の存在や双生児における研究などからRAは複数の遺伝的要因と環境要因が発症に関与する多因子疾患と考えられている。これまでに多数の関連研究が行われており、HLA-DRB1をはじめとする疾患感受性遺伝子が検出されている。

本研究は、日本人集団におけるリウマチ性疾患の疾患感受性にKIR遺伝子多型が関与する可能性を検討することを目的に行われた。MPA患者43例を含むMPO-ANCA陽性血管炎患者57例、RA患者193例、健常対照239例の末梢血中のゲノムDNAを用い、KIRの14遺伝子座の有無をPCR-SSP法によりタイピングし、各遺伝子座の陽性率と疾患との関連を検討するとともに、KIRとHLAの遺伝子型の組み合わせと疾患感受性との関連を検討した。

MPA患者群において、活性化型受容体遺伝子であるKIR2DS3の陽性率が4.7%と健常対照群の16.7%に比して有意に減少していた(P=0.038、オッズ比[OR] 0.24、95%信頼区間[CI] 0.06-0.94)。さらに、相同性の高い抑制性および活性化型KIRの遺伝子多型の組み合わせのうち、機能的に抑制的であると予想される遺伝子型「KIR3DL1とHLA-Bw4」陽性かつ「KIR3DS1とBw4 80Iエピトープを有するHLA-AまたはHLA-B」陰性群がMPA患者群において48.8%と、健常群の26.8%と比較して有意に増加していた(P=0.0057、OR 2.61、95%CI 1.30-5.23)。以上の結果は、MPA患者群において抑制的なKIR遺伝子多型が優勢であることを示し、KIRを介するNK細胞およびT細胞の抑制がMPA発症リスクに関連する可能性が示唆され、感染に対する脆弱性が本疾患に関与することが推測された。

一方、RA患者群では、KIR遺伝子陽性率や、HLAと抑制性および活性化型KIR遺伝子の組み合わせにおける各遺伝子型の頻度は健常対照群と似ており、統計的に有意な関連は検出されなかった。しかしX線画像による骨破壊進行度との関連について同様の検討を行ったところ、重度の関節破壊を示すRA患者において、リガンドHLA遺伝子を持つKIR2DL1遺伝子の陽性率が健常群より多い傾向が見られ(25.5%対15.5%、P=0.048、OR 1.89、95%CI 1.00-3.57)、抑制的なKIR遺伝子多型がRA関節破壊の重症化に関与する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本人集団における抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎および関節リウマチの発症リスクに関与する遺伝素因を明らかにするため、免疫受容体ファミリーKiller cell immunoglobulin-like receptors (KIR) をコードする遺伝子群多型と疾患感受性との関連を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.顕微鏡的多発血管炎患者43例を含むMPO-ANCA陽性血管炎患者57例、RA患者193例、健常対照239例のゲノムDNAについて、KIR14遺伝子座の有無を特異的プライマーを用いたPCR法(PCR-SSP)により判定し、各遺伝子座の陽性率を比較したところ、活性化型受容体をコードするKIR2DS3の陽性率が顕微鏡的多発血管炎患者群において4.7%と健常対照群の16.7%に比して有意に減少しており(P=0.038、オッズ比 0.24、95%信頼区間 0.06-0.94)、KIR2DS3による発症抑制効果が示唆された。

2.KIRのリガンドであるHLA遺伝子をPCR-MPH法、PCR-reverse SSO法により判定し、HLAとKIRの遺伝子型を組み合わせた解析を行った。相同性の高い抑制性遺伝子KIR3DL1と活性化型遺伝子KIR3DS1、およびそれぞれのリガンドHLAの遺伝子多型の組み合わせについて検討したところ、機能的にもっとも抑制的であると予想される遺伝子型「KIR3DL1とHLA-Bw4」陽性かつ「KIR3DS1とBw4 80Iエピトープを有するHLA-AまたはHLA-B」陰性群が顕微鏡的多発血管炎患者群において48.8%と、健常群の26.8%と比較して有意に増加していた(P=0.0057、オッズ比 2.61、95%信頼区間 1.30-5.23)。

3.健常対照の8.8%に存在するKIR遺伝子型プロファイル(ある個体におけるKIR14遺伝子座の有無の組み合わせ)のうち、活性化型遺伝子KIR2DS3とKIR3DS1を含むKIR遺伝子型プロファイルが顕微鏡的多発血管炎患者群には存在しなかった。

4.関節リウマチの疾患感受性とKIRとの関連は検出されなかった。

以上、本論文は顕微鏡的多発血管炎患者群において抑制的なKIR遺伝子多型が優勢であることを示し、KIRを介するNK細胞およびT細胞の抑制がMPA発症リスクに関連する可能性を示唆した。本研究は顕微鏡的多発血管炎の病因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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