学位論文要旨



No 123814
著者(漢字) 赤岩,路則
著者(英字)
著者(カナ) アカイワ,ミチノリ
標題(和) (-)-レモノマイシンの合成研究
標題(洋)
報告番号 123814
報告番号 甲23814
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1241号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 宮地,弘幸
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

(-)-レモノマイシン(1)は1964年、放線菌の一種であるStreptomyces candidusより単離され、2000年に構造決定されたテトラヒドロイソキノリンアルカロイドである。近年MRSAやVREに対して優れた抗菌活1生を示すことが報告されており1、新規医薬品のリード化合物として重要な化合物である。構造上の特徴としては窒素原子を含むビシクロ[3.2.1]骨格が挙げられ、また、類似のアルカロイドには例をみない2,6-ジデオキシ-4-アミノ糖を有しているという点で合成化学的にも興味深い化合物である。しかし、その全合成の報告はStoltzらによる一例のみであり2、我々は誘導体合成にも適用可能な合成ルートの確立を目指し、全合成研究に着手した。

(-)-Lemonomycin (1)

【逆合成解析】

アミノ糖部位は合成の終盤にグリコシル化反応を用いて導入することとし、四環性化合物である鍵中間体2を設定した。2におけるB環構築の鍵反応としては、Pictet-Spengler反応を用いることとした。3のC、D環に相当するビシクロ[3.2.1]骨格は、イミニウムカチオン4を生成させ、分子内Hosomi-Sakurai反応により構築することとした3。A,C環を有するプロパルギルシラン誘導体5はPerkin型の縮合反応を利用することで効率的に合成できると考えた4。その出発物質として、芳香族アルデヒドユニット6と光学活性体のジケトヒ.ペラジンユニット7を用いることとした(Scheme 1)。

【結果・考察】

芳香族アルデヒドユニットの合成は以下のように行った(Scheme2)。

出発原料である2,6-ジメトキシトルエン8をホルミル化し、アルデヒド9とした。続いてBaeter-Billiger酸化を行いホルメートとした後に、塩基処理することでフェノール10へと変換した。最後にフェノール性水酸基をメシル化し、その後、位置選択的なホルミル化を行うことで目的の芳香族アルデヒドユニット11を合成した。

続いて、光学活性体であるジケトピペラジンユニットの合成を行った(Scheme3)。

不斉補助基を有するグリシン誘導体124を用い、プロバルギルヨージドとの不斉アルキル化を行うことで単一のジアステレオマーとしてアルキル化体13を得た。続いて酸性条件下ベンゾフェノンイミンを加水分解し、生じたアミンをBoc基で保護し、化合物14とした。14は塩基性条件下、不斉補助基を除去することでプロパルギルグリシン誘導体15へと変換した。15はグリシンエチルエステル塩酸塩と縮合させ化合物16とした後に、Boc基の除去と続く環化によりジケトピペラジン骨格を構築し化合物17へと導いた。最後に二つのアミド部位のNHにBoc基を導入し、望みであるジケトピペラジンユニット18を合成した。

以上、高度に官能基化された芳香族アルデヒド8と光学活性体であるジケトピペラジン18を合成したので、それらを用いた(-)-レモノマイシン(1)のアグリコンユニットの合成を以下に示す(Scheme 4)。

まず一つ目の鍵反応であるPerkin型の縮合反応を行った所、反応は速やかに進行し、目的のカップリング体19を高収率、かつZ体選択的に得ることに成功した。続いて19の三重結合部位は部分還元することでアリルシラン20とし、次に二つ目の鍵反応である分子内Hosomi-Sakurai反応を行った。つまり、イミド部位を還元してヘミアミナールとした後、トリフルオロ酢酸で処理した所、イミニウムカチオンの生成、続くアリルシランからの環化が進行し、完全な立体選択性にてビシクロ[3.2.1]骨格を有する化合物21を得た。21の二級アミンをCbz基で保護した後、酸性条件下エナミド部位の還元を行った所、ビシクロ骨格の立体的により空いているexo側から還元が進行し、望みの立体化学を有する化合物22を得た。22はその後、五段階にてフェノール23へと変換した。23は水素化ジイソブチルアルミニウムを用いアミド部位の還元を行いヘミアミナールとした後、シアン化ナトリウムを作用させることでアミノニトリル24とした。次に三つ目の鍵反応であるPictet-Spengler反応により、B環構築を試みた。種々条件検討を行った結果、シンナムアルデヒド、カンファースルホン酸、シアン化トリメチルシリルを用いて加熱条件下反応を行った所、単一のジアステレオマーとして目的の四環性化合物25を高収率にて得ることに成功した。最後に25は二重結合の酸化的切断の後、生じたアルデヒドを還元することで、レモノマイシンのアグリコンユニットであるアルコール26へと変換した。以上、(-)-レモノマイシン(1)の鍵中間体である四環性化合物の効率的合成法を確立した。

次に、アミノ糖部位の合成を以下に示す(Scheme 5)。

ケトン27は不斉還元により光学活性体のプロパルギルアルコール28とし、その後28anti-2,3-エポキシアルコール29へと変換した。続くアジド基の導入は予想に反し、より立体的に混んでいる3位に導入され、その後、二級水酸基の一つをTBS基で保護しアルコール30を得た。次に、アジド基の還元、生じた一級アミンをNsアミドへと変換し化合物31とした。31は光延反応条件により、速やかにアジリジン環を形成しNsアジリジン32を与えた。ここで、アジリジン環の位置、ジアステレオ選択的な開環を試みた。結果として酸性条件下、立体的に混んだ四級炭素上で水の付加反応が進行し、ジアステレオ選択的なアジリジン開環反応に成功し、ジオール33を得た。最後に、33を数段階にてアミノ糖のトリクロロアセトイミデート体34へと変換した。

最後に、先に合成したアグリコンとトリクロロアセトイミデートを用いグリコシル化反応を検討した。その結果、ジクロロメタン溶媒中、低温下、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体を用いた所、反応は進行し、目的のカップリング体26を得ることに現在まで成功している。今後はアミノ糖の窒素原子のメチル化と保護基の除去を経て28とし、その後はStoltzらの方法に習い酸化を経て全合成を達成する予定である。

1) (a)Whaley, H. A.; Patterson, E. L; Dann, M.; Shay, A. J; Porter, J. N. Antimicrob. Agents Chemother. 1964, 8, 83.(b) He, H; Shen, B.; Carter, G. T. Tertrahedron Lett. 2000, 41, 2067. 2) Ashley, E. R.; Cruz, E. G.; Stoltz, B. M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 15000. 3) Rikimaru, K.; Mori, K.; Kan, T.; Fukuyama, T. Chem. Commun. 2005, 394. 4) Fukuyama, T.; Nunes, J. J. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 5196. 5) Oppolzer W.; Moretti, R.; Thomi, S. J. Tetrahedron Lett. 1989, 30, 6009. 6) Fukuyama, T.; Nunes, J. J. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 5196.

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

Scheme 5

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(-)-レモノマイシン(1)は1964年、放線菌の一種であるStreptomyces candidusより単離され、2000年に構造決定されたテトラヒドロイソキノリンアルカロイドである。近年MRSAやVREに対して優れた抗菌活性を示すことが報告されており、新規医薬品のリード化合物として重要な化合物である。構造上の特徴としては窒素原子を含むビシクロ[3.2.1]骨格が挙げられ、また、2,6-ジデオキシ-4-アミノ糖を有しており合成化学的にも興味深い。しかし、その全合成の報告はStoltzらによる一例のみであり、赤岩は誘導体合成にも適用可能な合成ルートの確立を目指し、全合成研究を行った。

(-)-Lemonomycin (1)

まず、出発原料であるジメトキシトルエン2をホルミル化し、アルデヒド3とした(Scheme 1)。続いてBaeyer-Villiger酸化と塩基処理によりフェノール4へと変換し、フェノールをメシル化後に、位置選択的なホルミル化を行うことで目的の芳香族アルデヒド5を合成した。

Scheme 1

次に、赤岩は光学活性ジケトピペラジンの合成を行った(Scheme 2)。グリシン誘導体6をヨウ化プロパルギルで不斉アルキル化して単一のアルキル化体7を得た。続いてイミンを加水分解し、生じたアミシをBoc基で保護して化合物8とした。8を塩基性条件下で加水分解してプロパルギルグリシ』ン誘導体9を得た。9をグリシンエチルエステルと縮合させ化合物10とした後に、Boc基の除去と続く環化によりジケトピペラジン骨格を構築し化合物llへと導恥な。最後に二つのアミド部位の窒素原子にBoc基を導入し、望みとするジケトピペラジンユニット12を合成した。

Scheme 2

二つのユニットの合成を終えたので、次にScheme 3のように(-)-レモノマイシン(1)のアグリコン合成を行った。まず、カップリング体13をZ体選択的に得た後、13の三重結合部位の部分還元でアリルシラン14とし、鍵反応である分子内Hosomi-Sakurai反応により、立体選択的に化合物15を得ることに成功した。15の二級アミンをCbz基で保護した後、酸性条件下エナミド部位の還元を行い、立体選択的に化合物16を得た。16はその後、五段階にてフェノール17へと変換した。17のラクタ.ムはDIBAL還元後シアン化ナトリウムを作用させることでアミノニトリル18とした。次にPictet-Spengler反応により、B環構築を試み、シンナムアルデヒド、カンファースルホン酸、シアン化トリメチルシリルを用いて加熱することにより、熱力学的に有利な四環性化合物19を単一のジアステレオマーとして得る事に成功した。19は常法により二段階で、レモノマイシンのアグリコン子ニットであるアルコール20へと変換した。以上、赤岩は(-)-レモノマイシン(1)の鍵中間体である四環性化合物20の効率的合成法を確立した。

Scheme 3

アグリコン部分の合成を終えたので、次に赤岩はアミノ糖部位の合成を行った(Scheme 4)。ケトン21の不斉還元で得た光学活性プロパルギルアルコール22は常法によりanti-2,3-エポキシアルコール23へと変換した。続くアジド基の導入は、より立体的に混んでいる3位に導入された。二級水酸基の一つをTBS基で保護し、アジド基の還元、Nsアミド化により化合物25とした。25は光延反応条件により、速やかにアジリジン環を形成し26を与えた。続いて、Ns基をBoc基へとかけかえ27とした後、アジリジン環の位置およびジアステレオ選択的な開環を試みた。種々の条件を検討した結果、酸性条件下、立体的に混んだ3位の四級炭素上で水の付加反応が進行し、ジアステレオ選択的なアジリジン開環反応に成功し、ジオール28を得た。28はベンジル基の除去の後、酸化することでラクトン29とした。続いてラクトン29を部分還元し、ラクトールとした後にアセチル化することで30とした。最後に、三級水酸基をTMS基で保護し、アセチル基の除去、生じたアノマー位の水酸基に対し、トリクロロアセトニトリルを作用させることで、トリクロロアセトイミデート体31へと変換した。

Scheme 4

得られたアグリコン20とトリクロロアセトイミデート31を用いて最後の鍵反応であるグリコシル化反応を検討した。その結果、ジクロロメタン溶媒中、低温下、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体を用いる事により目的のカップリング体32を得ることに成功した。今後はアミノ糖の窒素原子のメチル化と保護基の除去を経て33とし、全合成を達成することができると期待される。

Scheme 5

以上のように、赤岩は興味深い構造を有するレモノマイシンの全合成を目的として研究を行い、その基本骨格を立体選択的に構築する効率的な合成経路を確立し、全合成への道を切り開いた。この成果は薬学研穽に寄与するところ大であると考えられ、従って博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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