No | 123815 | |
著者(漢字) | 新井,謙三 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アライ,ケンゾウ | |
標題(和) | ニオブ触媒を用いる新規不斉合成反応の開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123815 | |
報告番号 | 甲23815 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1242号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 有機金属触媒を用いる触媒的不斉合成反応は、光学活性化合物を効率的に得る上で最も有用な方法論の一つである。ここで、未開発な金属を活用して新規な触媒を設計することは、不斉反応の新たな可能性を見出すという点で非常に重要な研究テーマである。5価のニオブは強いLewis酸性を持つことが知られているが、その強いLewis酸性や対アニオン数の制約などから、高い立体制御能を有する高機能Lewis酸としての開発例は限られており、なかでも触媒量で機能する高選択的不斉触媒は報告例がなかった。最近筆者らはニオブを活性中心とし、多座型ビナフトール誘導体1を用いる光学活性ニオブ触媒が不斉Mannich型反応において有効に機能することを見出している1)。これらのニオブ触媒は強固な二量体構造を有していると考えられ、その嵩高さゆえに高い立体認識能が期待できる。そこで、光学活性ニオブ触媒を活用する種々の不斉合成反応の開発を行った。 1.エポキシドのアニリンによる不斉開環反応2) エポキシドは酸素原子を有する三員環であり、キラルLewis酸触媒存在下で窒素求核剤を作用させると光学活性1,2-アミノアルコールが生成する。ここで、ニオブは配位子との多数の共有結合を介して安定な錯体を形成できることから、触媒は高度な立体制御が可能であると考えられ、エポキシドのような単点で配位する基質に対しても有効に機能するのではないかと考えた。配位子の検討の結果、従来の三座型配位子1にさらにフェノール側鎖を増やした四座型配位子2が有効であり、cis-2,3-エポキシブタン(R=メチル基)のアニリンによる不斉開環反応が高エナンチオ選択的に進行することを見出した。これは、ニオブを四点で不斉修飾することによって、より高度な立体制御が可能となったことを意味する。反応条件を最適化した後に反応基質の検討を行ったところ、二環式エポキシドや厩cis-2,3-エポキシブタン(R=メチル基)を用いたときに反応は円滑に進行し、高収率かつ高いエナンチオ選択性をもって目的とするアミノアルコールを得られることがわかった。その一方で、興味深いことにエポキシドの置換基Rがエチル基やそれ以上に嵩高い置換基のときには反応があまり進行しないことがわかった(Table 1, entries 1 ad 5-8vs. entries 2-4)。この結果は本ニオブ触媒が基質であるエポキシドの立体を厳密に認識していることを示していると言える。そこで、この効果についてさらに検証を行うために、置換基の片方にメチル基を持ち、もう片方に嵩高い置換基を有する左右非対称なエポキシドを合成し速度論的光学分割の検討を行った(Table 2)。その結果、エポキシドの置換基の片方がメチル基であれば、他方は嵩高い置換基であっても反応は進行し、得られた生成物は良好な位置選択性、高いエナンチオ選択性を示した。さらに、生成物の構造と反応性との相関について考察を行ったところ、エポキシドの根元から2つ目の炭素原子の有無が反応を進行させるかどうかの鍵となっていることが明らかとなり、本触媒系が極めて高い立体認識能を有していることが示唆された。 a) NMR yield, naphthalene was used as internal standard. b) -25 ℃, 48 hr. c) 0 ℃. a) Enantiomeric excess of Pro2. 2.アジリジンのアニリンによる不斉開環反応3) アジリジンは窒素原子を含む歪んだ三員環構造を有し、窒素求核剤を用いて反応させると1,2-ジアミンが生成する。光学活性ジアミンは、生理活性物質や天然物、さらに不斉配位子の合成前駆体としても非常に重要な化合物群である。しかしながら、これまでにキラル触媒を用いてアジリジンをアニリンなどの反応性の低いアミンで開環した例はほとんど知られていなかった。そこで筆者は、キラルニオブ触媒を用いるアジリジンの不斉開環反応の研究を行った。アジリジンの窒素上の保護基の検討を行ったところ、芳香族置換基が最適であり、トシル基等の電子吸引性基を有する活性化アジリジンでは反応性は低く不斉誘起はほとんど起こらず、脂肪族置換基は生成物による反応阻害が起こるために有効でなかった。また、触媒調製についてもエポキシドの反応では必須であったモレキュラーシーブスが非選択的に反応を促進することが明らかとなり、これを抑制することによって選択性を改善することができた。次に反応の基質一般性を検討し、中程度から良好なエナンチオ選択性をもって目的の化合物が得られることを明らかとした。さらに生成物の多くは一度の再結晶によって光学純度を容易に高められることを確認した(Table 3)。 a) Data in parentheses are the results after a single recrystallization. 3.アキラルなアセタールに対する不斉置換反応 アセタールはカルボニル化合物の保護基として広く用いられている化合物群であり、Lewis酸存在下で容易に活性化され種々の求核剤と反応することが知られている。しかしながら、対称アセタールからの不斉誘起については、ジオール由来の環状アセタールを用いる例が知られているものの、鎖状アルコール由来の非環状アセタールを用いて不斉誘起を行う例は、隣接基関与が利用できないなどの困難さからこれまでに報告例がない。そこで、筆者らが開発したキラルニオブ触媒の高い立体認識能を利用すれば、有効な不斉誘起が行えるのではないかと考え検討を開始した。基質としてアセタールの立体障害を抑えるために最も単純なアセタールであるジメチルアセタールを選択し、求核剤としては珪素エノラートを用いて検討を行った。その結果、Scheme 1に示すようにニオブアルコキシドと光学活性四座型配位子2からなる触媒を用いることでアルドール型反応が円滑に進行し、高いエナンチオ選択性で目的の化合物を得ることができることが明らかとなった。このように隣接基関与のない非環状アセタールを用いて不斉誘起を行う例は初めてであり、その反応機構や不斉発現の機構などに興味が持たれる。現在、反応条件の最適化と基質一般性、詳細な反応機構について検討を行っている。 4.斉アザDiels-Alder反応開発 イミンとDanishefskyジエンとの不斉アザDiels-Alder反応は、光学活性ピペリジン誘導体を与える反応であり、高度に修飾された含窒素6員環を与え、後に様々な誘導が可能であることから有用な反応である。これまでに本反応の触媒的不斉合成に関する報告はあるものの、適用できるイミンが芳香族イミンに限られるという問題点があった。筆者らはすでに、不斉Mannich型反応の検討において光学活性ニオブ触媒を用いるイミンの活性化に成功している。そこで、その有効性をさらに拡張すべく、不斉アザDiels-Alder反応の開発研究に着手した。三座型配位子1を用いる触媒の検討を行ったところ、芳香族イミンに対する反応は円滑に進行し、高収率かつ高いエナンチオ選択性をもって目的とする付加体が得られることがわかった。一方脂肪族イミンに対する反応も、中程度の収率ながら高いエナンチオ選択性をもって反応が進行することを明らかにした。また、得られた生成物から天然由来のニコチンアルカロイド(+)-Anabasineへと高収率で誘導した。 a) Imine derived from 2-amino-4-cresol was used. Figure 1. Chiral Table 1. Asymmetric ring opening of epoxides with aniline. Table 2. Kinetic resolution of unsymmetrical cis-epoxides. Table 3. Asymmetric ring opening of meso-aziridines. Scheme 1. Asymmetric addition of silicon enolate to achiral acetal. Table 4. Asymmetric Aza Diels-Alder reaction. | |
審査要旨 | 触媒的不斉合成反応は、光学活性化合物を獲得する上で最も有用かつ効率的な手法を提供する。従って、新たな不斉触媒およびそれを用いる触媒的不斉合成反応の開発は、現代有機合成化学において最も重要な研究課題の一つになっている。本論文はこの課題に取り組み、これまでこの分野ではほとんど用いられてこなかったニオブに着目し、これを中心金属とする新たな不斉触媒およびそれを用いる触媒的不斉合成反応の開発を行った結果について述べたものである。 ニオブは第5族の元素であり、安定酸化数は5価である。高酸化数であるため強いルイス酸性を有することが知られているが、しばしば活性が高すぎその制御が困難で、高い立体制御能を有する高機能ルイス酸としての開発例は非常に限られていた。なかでも、ニオブを中心金属として用い触媒量で機能する高選択的不斉触媒は、これまでに報告例がなかった。本論文では、ニオブの新たな配位子を開発し、これによって反応性および立体選択性の制御を実現した。 さて、エポキシドは酸素原子を有する三員環であり、窒素求核剤との反応で1,2一アミノアルコールを与える。光学活性アミノアルコールは、生理活性物質や天然物などに多く含まれる部分構造であることから、エポキシドと窒素求核剤との触媒的不斉合成反応はこれらの化合物を与える重要な反応として位置づけられている。しかしながら・通常金属触媒はエポキシドに単座で配位するため・高収率・高立体選択性を実現するのは容易でない。そこで本論文第一章では、ニオブ錯体の高度な立体制御能に着目し、エポキシドの有効な活性化の検討を行っている。その結果、新たに開発した四座型配位子が有効であることを見出している。反応条件の検討の結果、2環式のエポキシドや2,3-エポキシブタンを用いたときに良好な収率とエナンチオ選択性をもって目的とする化合物が得られることを明らかにしている(第二節)。その一方で、エチル基やそれ以上の嵩高い置換基を有するエポキシドを用いたときには、反応がほとんど進行しないことも見出している。この原因を解明するために非対称エポキシドを合成し、反応条件に付した結果、片方の置換基がメチル基であれば他方は嵩高い置換基であっても反応が進行することを明らかにしている。得られた目的物は中程度から良好な位置選択性およびエナンチオ選択性を示すことから、ラセミ体のエポキシドにおいて速度論的光学分割が起こっていることを明らかにしている(第三節)。さらに、ニオブ触媒の構造に関する検討も行っている(第四節)。 続いて、第二章では、窒素原子を含む歪んだ三員環構造を有するアジリジンの不斉開環反応を検討している。アジリジンの不斉開環反応によれば、生理活性物質や天然物、さらに不斉配位子の合成前駆体としても非常に重要な化合物群である、光学活性1,2-ジアミンが生成する。このような背景のもと本論文では、キラルニオブ触媒を用いるアジリジンの不斉開環反応の研究を行っている。まず、アジリジンの窒素上の保護基の検討を行い、電子吸引性基を有する活性化アジリジンでは反応性は鈍く不斉誘起はほとんど起こらないことを見出している。また、生成物阻害が起こるために脂肪族置換基は有効ではなく、アジリジンの保護基は芳香環である必要があることも明らかにしている。また、触媒の調製方法についても非選択的経路で反応が進行することを見出し、これを抑制する方法論を明らかにしている。このような知見をもとに、本論文は反応の基質一般性を検討し、中程度から良好なエナンチオ選択性をもって目的の化合物が得られることを明らかとし、さらに生成物の多くは簡単な再結晶操作によって光学純度を容易に高められることを確認している。 第三章では、ニオブが酸素原子と高い親和性を有するという知見を踏まえて、アセタールに着目している。これまでにアセタールからの不斉誘起については、カルボニル化合物とジオールから成る環状アセタールを用いる例が知られているが、ジメチルアセタールなどの非環状アセタールを用いて不斉誘起を行う例は、その困難さからかこれまでに報告例がない。そこで、本論文で開発された高い立体識別能を有するキラルニオブ触媒を用いれば、不斉誘起が行えるのではないかと考え、検討を開始している。基質としては、アセタールの立体障害を抑えるために最も単純なアセタールであるジメチルアセタールを選択し、求核剤としてはケテンシリルアセタールを用いて検討を行い、種々の反応条件を最適化した結果、ニオブアルコキシドと不斉四座型配位子からなる触媒を用いることで、反応は円滑に進行し、高いエナンチオ選択性で目的の化合物を得ることができることが明らかにしている。このように非環状アセタールを用いて不斉誘起を行う例はこれまでに報告されておらず、初めて例である。 第四章では、多座型ビナフトール誘導体を配位子とする光学活性ニオブ触媒が、イミンとDanishefskyジエンとの不斉Aza Diels-Alder反応の有効な触媒として働き、光学活性piperidienoneを高収率かつ高い立体選択性をもって与えることを明らかにしている。 以上、本論文はこれまで不斉合成の分野ではこれまでほとんど用いられてこなかったニオブに注目し、その配位子を適切に設計することで、ニオブを中心金属として用い触媒量で機能する高選択的不斉触媒の開発を行ったものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。 | |
UTokyo Repositoryリンク |