学位論文要旨



No 123817
著者(漢字) 生長,幸之助
著者(英字)
著者(カナ) オイサキ,コウノスケ
標題(和) 一価銅触媒を用いる不斉四置換炭素構築型アルドール反応および関連する多成分連結型反応の開発
標題(洋) Deve1opment of Copper(I)-Catalyzed Asymmetric Aldol Reacti and Related
報告番号 123817
報告番号 甲23817
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1244号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
内容要旨 要旨を表示する

不斉四置換炭素は、様々な生物活性化合物に広く見られる重要キラルユニットである。本ユニットは、最も達成度の高い不斉合成法の一つ、不斉還元法では原理的に合成できず、現代合成化学技術の粋を尽くしても効率的合成の難しいユニットの一つとされている。そのようなキラルユニットへの直接的アプローチとして、炭素求核剤のケトンへの触媒的不斉付加反応があげられる。本法は不斉四置換炭素と炭素-炭素結合の両者を一挙に構築できるため、高い変換効率が期待される。しかしながら、ケトンの低反応性、カルボニル両置換基の類似性に起因した不斉面認識の困難さ、生成物の熱力学的不安定性に起因するレトロアルドール反応など、多くの克服すべき本質的問題を抱える。このため、アルデヒドを求電子剤とする場合に比して、触媒反応開発は困難をきわめる。

触媒的不斉多成分連結型反応(Catalytic Asymmetric Multicomponent Reactions: CAMCRs)は、精密立体制御された複雑なキラルビルディングブロックを、三成分以上の単純な合成ユニットからワンポットで与える反応である。触媒量のキラル源から、多官能基性・多様性指向型化合物ライブラリへの迅速なアクセスが可能であり、医薬品・生化学ツールの開発観点から特に重要性が高いとされる反応形式である。しかしながら、炭素一炭素結合形成を介しつつ不斉四置換炭素を構築できるCAMCRは、現代においても極めて開拓度が低い。そのような反応を促進する触媒には、(1)多成分系に起因する数多くの反応経路から最適なものだけを促進させる機能(2)基質の低反応性・不斉発現の難しさを克服しうる力量の両者が要求されるためである。

私は博士課程研究において、一般性高いケトンへの不斉四置換炭素構築型触媒的アルドール反応を開発し、さらにはそれを多成分連結型反応へと展開することに成功した。これにより、既存法では効率的合成の困難であった「不斉四置換炭素を有する多官能基性キラルビルディングブロック」を多様性高く短工程にて合成しうる、新規方法論の確立に成功した。

第1章.一価フッ化銅錯体を用いるケトンへの触媒的不斉アルドール反応の開発

当研究室では既に、触媒量のCuF(PPh3)3・2EtOHおよび当量の添加剤(EtO)3SiFを用いる、ケトンおよびケテンシリルアセタール間の触媒的アルドール反応の開発に成功している。本条件はきわめて穏和に進行し、様々なケトンおよびケテンシリルアセタールにおいて、一般性高く、高収率にてアルドール付加体を与える。この高い反応性は、動的リガンド交換を介した高活性な銅エノラートの生成に起因することが反応機構解析により強く示唆されている。

本条件を触媒的不斉反応へと展開すべく、様々な条件検討を行った。不斉配位子として懐の深い不斉環境を構築できる二座リン配位子を用いた場合、有意に不斉が誘起されることを見いだした。さらなる検討ののち、Schemelに示すTaniaphos配位子を最適配位子として見いだすことに成功した。この際、反応性の低下が顕著であったため、改善目的で添加剤効果の検討を行った。その結果、触媒量のPhBF3Kの添加によって、選択性を損なうことなく反応性を向上させることができた。

本最適条件を用いて種々のケトンに対する触媒的不斉アルドール反応を行った。様々な芳香族ケトン、複素環を有するケトンに対して、良好な収率および選択性でアルドール体が得られる。既存法には適用の難しい脂肪族ケトンに対しても、合成化学的に有用な水準での不斉発現が観測されている。また、α位側鎖を持つ光学活性アルドール体の合成にも成功した。これは、ケテンシリルアセタールを用いたケトンへのジアステレオおよびエナンチオ選択的触媒的アルドール反応の初の報告例である。

PhBF3Kによる反応加速効果についてNMRを用いて解析を行った。その結果、PhBF3Kはフッ素源として機能し、系中で求電子性の高いフッ素豊富なケイ素化学種を生成させ、律速段階である銅アルコキシド捕捉段階を加速しているものと結論づけられた(Scheme 2)。

第2章.ケトンへの触媒的還元的不斉アルドごノヒ反応の開発

第1章で述べた不斉アルドール反応では、合成化学的に有用な水準の選択性にて、不斉四置換炭素をもつキラルビルディングブロックが得られる。しかしながらシリルエノラートの前調整が必須であり、実用観点において未だ改善の余地を残していた。そこで、α,β-不飽和カルボニル化合物の1,4-還元によって銅エノラート種を系中生成させる、還元的アルドール反応への展開を考えた。入手容易な試薬で実施可能な点や、操作の簡便性など、シリルエノラート法に比してさらなるメリットが期待できる。

種々検討の結果、様々なケトンに対しほぼ完全なγ-cis-選択性、極めて高い不斉収率にて不斉四置換炭素を有するアルドール体を与える条件を見いだすことに成功した。即ち、ヒドリド源としてピナコールボラン、エノラート前駆体としてアレニックエステル、CuOAc/DTBM-SEGPHOS/Pcy3触媒系を用いる必要があった。アキラルなホスフィン添加剤PCy3は収率および位置選択性の向上に劇的な影響を及ぼした。さらに興味深いことに、条件を選ぶことで位置選択性の完全なスイッチングが観測されることも分かった。すなわち、CuF(PPh3)3・2EtOH錯体および新規にチューニングしたTaniaphos配位子L1を触媒として用いれば、種々のα-アルドール付加体を良好な不斉収率およびジアステレオ選択性で得ることができた(Scheme3)。

第3章. アレニックエステル・ケトン・有機亜鉛試薬を用いるアルキル付加型触媒的不斉アルドール反応への展開

先述の還元的アルドール反応において、ヒドリド源の代わりに有機金属試薬を共役付加求核剤として用いることができれば、更なる炭素骨格・官能基の導入が可能となる。これにより、更に複雑なキラルビルディングブロック合成へと展開できると考えられた。そこで私は、官能基受容性に優れた有機亜鉛試薬に着目し、ケトン・アレニックエステルを用いたアルキル付加型触媒的不斉アルドール反応の開発に着手した。

種々検討の結果、銅源としてCu(OAc)2もしくはCuTC(copper thiophen-2-carboxylate)、不斉配位子としてDIFLUORPHOSを用いることで、三成分連結型触媒的不斉アルドール反応が、高エナンチオ選択的に進行することを見いだすことができた。本法は二つの炭素一炭素結合および不斉四置換炭素を一挙に構築可能な強力な手法である。還元的アルドール条件の場合とは異なり、本条件で得られる主生成物は系中で環化が進行したラクトンであった。収率良くラクトンを得るためには、活性化したMS4Aおよび触媒量のルイス塩基の添加が必須であった(Scheme 4)。

本触媒系は不要な副生物を選択的に分解し、望みの生成物に組み替えるという、いわば「校正機能」とも言うべきユニークな性質を備えていることが明らかとなった。即ち、添加剤の存在によって、副生しノてくるα-付加体のレトロアルドール反応が促進される。再度生じた銅エノラートが再びケトンと反応してラクトンへと変換される(Scheme 5)。この経路の存在はTLCモニタリングによって示唆され、別途対照・交差実験を行うことでも確かめられた。

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

審査要旨 要旨を表示する

生長は「一価銅触媒を用いる不斉四置換炭素構築型アルドール反応および関連する多成分連結型反応の開発」と題し、主に以下の3点の成果を挙げた。

1. 一価フッ化銅錯体を用いるケトンへの触媒的不斉アルドール反応の開発

生長が修士課程にて開発した、触媒量のCuF(PPh3)3・2EtOHおよび当量の添加剤(EtO)3SiFを用いる、ケトンとケテンシリルアセタール間の触媒的アルドール反応の不斉化に成功した。不斉配位子として独自にチューニングしたTaniaphos配位子を用い、反応性を向上させるために触媒量のPhBF3Kを上記反応条件に添加することによって、様々なケトンに対して高いエナンチオ選択性を発現する一般性の高い触媒的不斉アルドール反応を開発した(Scheme 1)。特にα位側鎖を持つケテンシリルアセタールを用いたケトンに対するジアステレオおよびエナンチオ選択的触媒的アルドール反応は世界初の成功例である。PhBF3Kによる反応加速効果についてNMRを用いて解析を行い、PhBF3Kはフッ素源として機能し、系中で求電子性の高いフッ素豊富なケイ素化学種を生成させ、律速段階である銅アルコキシド捕捉段階を加速していることを見出した。

Scheme 1.

2. ケトンへの触媒的還元的不斉アルドール反応の開発

α,β-不飽和カルボニル化合物の1,4-還元による銅エノラート種の系中生成を契機とする、ケトンに対する触媒的不斉還元的アルドール反応の開発に成功した(Scheme 2)。様々なケトンに対しほぼ完全なγ-cis選択性、極めて高い不斉収率にて不斉四置換炭素を有するアルドール体を与える条件(Scheme 2上段)を見いだすとともに、条件を選ぶことで位置選択性の完全なスイッチングが観測される(Scheme 2下段)ことを明らかとした。

Scheme 2.

3. アレニックエステル・ケトン・有機亜鉛試薬を用いるアルキル付加型触媒的不斉アルドール反応への展開

ヒドリド源の代わりに有機金属試薬を共役付加求核剤として用いた、ケトン・アレニックエステルを用いるアルキル付加型触媒的不斉アルドール反応を開発した(Scheme)。銅源としてCu(OAc)2もしくはCuTC(copper thiophen-2-carboxylate)、不斉配位子としてDIFLUORPHOSを用いることで、三成分連結型触媒的不斉アルドール反応が高エナンチオ選択的に進行することを見いだした。本法は二つの炭素-炭素結合および不斉四置換炭素を一挙に構築可能な強力な手法である。収率良くラクトンを得るためには、活性化したMS4Aおよび触媒量のルイス塩基の添加が必須であった。Lewis酸は、速度論的に生成するα-アルドール体を逆反応によって原料に戻し、熱力学的に安定なラクトンへと変換する校正の役割を担っていることを明らかとした。

Scheme 3.

以上の業績は、医薬合成において有用なキラルビルディングブロックの触媒的不斉合成の分野において顕著な貢献をするものと考えられることから、博士(薬学)の授与に値するものと結論した。

UTokyo Repositoryリンク