学位論文要旨



No 123820
著者(漢字) 清原,宏
著者(英字)
著者(カナ) キヨハラ,ヒロシ
標題(和) ケイ素エノラートとエンカルバメートを用いる触媒的付加反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 123820
報告番号 甲23820
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1247号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 准教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

1.イミノボスホネートを用いる触媒的不斉Mannich型反応の開発(1))

含窒素化合物には、医薬品をはじめとして生理活性を有するものが数多く存在するが、そのなかでもアミノ酸は、生体分子との相互作用などの観点から最も盛んに研究されている化合物群の一つである。多種多様な需要に伴い、有機合成においてはその効率的合成法の研究が行われてきた。それらのアミノ酸合成法の中で、イミノエステルに対する求核的炭素一炭素結合生成反応は、最も直接的にアミノ酸前駆体を与えるため、非常に有用である。当研究室では、多様な変換を視野に入れた、窒素原子上に脱保護容易な置換基を有するイミノエステル遼)触媒的不斉反応の開発を行ってきた。そこで筆者は、アミノホスホン酸が、アミノ酸等価体として医薬学的に非常に有用であることに注目し、イミノエステルのボスホン酸アナログであるイミノホスホネート1の触媒的不斉反応の開発研究を行った。

筆者はまず、本学修士課程に於いて開発したイミノホスホネートに対するケイ素エノラートの触媒的不斉付加反応勿の樹薄解析研究とともに、更なる触媒回転頻度の改善のための研究に着手した。

初期検討により、(1)イミノホスホネート1とケイ素エノラート5とを混合すると速やかに反応が進行すること、(2)キラル銅触媒を量論量用いると得られる生成物の鏡像体過剰率(ee)は95%であること、並びに(3)イミノホスホネート1の低速添加によりエナンチオ選択性が改善されるということがわかった。これらの結果から、Table1,entry3の結果を理解すると、付加後の中間体からの銅触媒の解離が非常に遅いために銅触媒が十分に機能せず、触媒を介さない経路での反応が優先的に進行しエナンチオ選択性が低く留まってしまったものと考えられる。次にヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HHP)の存在下、ケイ素エノラートの添加時間を種々検討した(entry6-8)。HHP存在下では添加時間を8時間にまで短縮することが可能であるが、さらに短縮するとエナンチオ選択性の低下が確認された(entry vs.8)。このことから、HHPによる触媒回転促進効果をもってしても8時間という長時間を要することがわかる。

以上の結果から、ケイ素の転位ではなくプロトンの転位を伴う反応ではより高い触媒回転頻度が観測されるのではないかと考えた。そこでアセトフェノン求核剤としてそのケイ素エノラートの等価体といえるエンカルバメート2aを用いて反応を検討したところ、驚くべきことに添加時間を3分間としても高いエナンチオ選択性は維持された(Table1,entry2)。次に種々の芳香族ケトン由来のエンカルバメートを用いて検討を行ったところ、良好な収率・エナンチオ選択性で目的物が得られた(Table2)。

本研究は、触媒の被毒化を起こしやすいヘテロ原子含有化合物の触媒的不斉合成法に新たな知見を加えるだけでなく、有用なアミノホスホン酸化合物群の触媒的不斉合成法に新たな指針を与えるものであると考えられる。また、プロトン性のエノラート等価体であるエンカルバメートの触媒回転という観点からの有用性を示すものである。

2.エンカルバメートをイミン等価体として用いる反応の開発(3))

前述のように当研究室では、エンカルバメートを求核剤として用いる触媒的反応について報告してきた。その過程でエンカルバメートはBrφnsted酸により電子豊富な炭素一炭素二重結合がプロトン化を受け、対応するアシルイミニウムを生成し、求電子剤として機能することを見いだしていた。そこでアルデヒド由来のエンカルバメートを用いることで、一般には単離・保存が困難とされている脂肪族アルデヒド由来のイミンの等価体の反応が実現できるのではないかと考えた。

そこで種々反応条件の検討を行った結果、二価の銅やスカンジウムのトリフルオロメタンスルホン酸塩存在下、エンカルバメート6に1,3一ジカルボニル化合物7を作用させると、目的とする付加体が高収率で得られることを明らかにした。

3触媒量のケイ素Lewis酸を活性化剤として用いるアミドの直接的Mannich型反応の開発

アルドール反応やMannich反応に代表されるエノラートの付加反応は有用な炭素骨格構築反応であるため、これまで様々な研究が行われてきた。なかでも、触媒量の活性化剤を用いて系中にてカルボニル化合物からエノラートを発生させ、求核付加を行う反応はアトムエコノミーの観点から優れた反応であるため、現在でもなお盛んに研究がなされている。

これまでにケトンや一部の特殊なエステル等価体を除き、エステルやより酸性度の低いニトリル、アミドの触媒的かつ直接的な付加反応はほとんど報告例がない。そこで筆者は、ケイ素とカルボニル化合物の高い親和性を利用した触媒量の活性化剤を用いるMannich型反応の開発に着手した。

種々の検討から、ケイ素Lewis酸と三級アミンを触媒として、またTs基を有するイミンを用いた場合に反応は円滑に進行し、活性なケイ素種の再生が起こることを見いだした。次に種々のカルボニル化合物に本反応条件を適用したところ、単純なアミドを用いた場合にも反応が円滑に進行することが分かった。そこで最適条件であるトリフルオロメタンスルホン酸トリイソプロピルシリル(TIPSOTf)とトリエチルアミンを触媒として用いて種々のイミンとの反応を検討したところ、良好な収率で目的物が得られることがわかった(Table3)。特に、2一ニトロベンゼンスルホニル(2-Ns)基を有するイミンを用いても高い収率で目的物が得られること(entry2)、またN-メトキシ-N-メチルアセタミド(Weinrebamide)を用いても反応は定量的に進行すること(entry3)を明らかにした。

次に、α位に置換基を有するアミドを用いてベンズアルデヒド由来のイミンとの反応を検討したところ、反応は全く進行しなかった。これは系内で生成するケイ素エノラートの求核性が十分でないためであると考えられた。そこで金属Lewis酸を共触媒として用いる検討を行ったところ、トリフルオロメタンスルホン銅(1)を用いた場合に良好な収率で目的物が得られることがわかった。本反応条件により、直鎖状や環状のいずれのアミドを用いても反応が円滑に進行する(Table4)。

これらの結果を総合的に判断して、現在のところFigure2に示すような反応機構を想定している。ケイ素Lewis酸非存在下では、トリフルオロメタンスルホン銅(I)を用いても反応は全く進行しないことから、銅触媒はイミンを、ケイ素Lewis酸はアミドを活性化しケイ素エノラートを形成していると考えられる。

最後に、2-フリル基を有するイミンを用いて検討を行った。銅触媒の非存在下では、イミンの低い求電子性のために反応がほとんど進行しなかったが、一価の銅塩を共触媒として用いることで、中程度の収率ながら目的物を得ることができることがわかった。さらに、この鋤虫媒による反応加速を活かして、不斉反応への展開を試みたところ、一価のトリフルオロメタンスルホン酸銅とtol-BINAPとからなる不斉触媒を用いた場合に良好なエナンチオ選択性が発現することが分かった。

〈参考文献〉1) H. Kiyohara, R. Matsubara, S. Kobayashi, Org. Lett. 2006, 8,5333.2) S. Kobayashi, H. Kiyohara, Y. Nakamura, R. Matsubara, J. Am. Chem. Soc. 2004, 126,6588.3) S. Kobayashi, T. Gustafsson, Y. Shimizu, H. Kiyohara, R. Matsubara, Org. Lett. 2006,8,4923.

Table 1.Comparison of enecarbamate vs.silicon enolate

Table2: Enantioselective addition of enecarbamate and enamide

Scheme 1. Enecarbamates as imine surrogates

Figure 1: Acidity of carbonyl compounds

Table 3: Direct-type Mannich reaction of N,N-dimethylacetamide

Table 4: Diastereoselective Addition of Amides

Figure 2: Proposed Catalytic Cycle

Scheme 2: Enantioselective Mannich-type reaction of an amide

審査要旨 要旨を表示する

アミノ酸は、創薬の観点からも含窒素化合物の中でも最も盛んに研究されている化合物群であり、有機合成化学の分野でもその効率的合成法の研究が活発に行われてきた。これまで知られているアミノ酸合成法の中で、イミノエステルに対する求核的炭素一炭素結合生成反応は、最も直接的にアミノ酸前駆体を与えるため、非常に有用である。当研究室では、多様な変換を視野に入れた、窒素原子上に脱保護容易な置換基を有するイミノエステルの触媒的不斉反応の開発を行ってきたが、本論文では、アミノホスホン酸が、アミノ酸等価体として医薬学的に非常に有用であることに注目し、イミノエステルのホスホン酸アナログであるイミノボスホネートの触媒的不斉反応の開発研究を行うている。

まず、第一章では、イミノボスホネートに対するケイ素エノラートの触媒的不斉付加反応の機構解析研究とともに、触媒回転頻度の改善のための研究を行っている。初期検討により、イミノホスホネートとケイ素エノラートとを混合すると速やかに反応が進行すること、キラル銅触媒を化学量論量用いると得られる生成物の鏡像体過剰率(ee)は95%であること、並びに、イミノボスホネートの低速添加によりエナンチオ選択性が改善されることを明らかにしている。これらの結果から、付加後の中間体からの銅触媒の解離が非常に遅いために銅触媒が十分に機能せず、触媒を介さない経路での反応が優先的に進行し、エナンチオ選択性が低く留まってしまったものと考察している。そこで、次にヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)の存在下、ケイ素エノラートの添加時間を種々検討し、HFIP存在下では添加時間を8時間にまで短縮できることを明らかにしている(第二節)。

しかし、8時間を要する低速添加は必ずしも満足出来る結果ではないため、本論文ではさらに検討を加え、ケイ素の移動ではなくプロトンの移動を伴う反応でより高い触媒回転頻度が観測されるのではないかという考えのもと、エンカルバメートを用いて反応を検討している。その結果、添加時間わずか3分間で高いエナンチオ選択性が維持され、種々の芳香族ケトン由来のエンカルバメートについて、良好な収率・エナンチオ選択性で目的物が得られることを見出している(第三節)。

これらの成果は、触媒の被毒化を起こしやすいヘテロ原子含有化合物の触媒的不斉合成法に新たな知見を加えるだけでなく、有用なアミノボスホン酸化合物群の触媒的不斉合成法に新たな指針を与えるものであり、また、プロトン性のエノラート等価体であるエンカルバメートの触媒回転という観点からの有用性を示した点からも評価される。

続いて第二章では、アルデヒド由来のエンカルバメートを用いることで、一般には単離・保存が困難とされている脂肪族アルデヒド由来のイミンの等価体の反応を実現している。ここでは、第一章で明らかにしたエンカルバメートを求核剤として用いる触媒的反応において、エンカルバメートはBronsted酸により電子豊富な炭素一炭素二重結合がプロトン化を受け、対応するアシルイミニウムを生成し、求電子剤として機能することにヒントを得ている。反応条件の最適化を行い、二価の銅やスカンジウムのトリフルオロメタンスルホン酸塩存在下、エンカルバメートに1,3-ジカルボニル化合物を作用させると、目的とする付加体が高収率で得られることを明らかにしている。

第三章では、ケイ素とカルボニル化合物の高い親和性を活用した、触媒量の活性化剤を用いるアミドのMannich型反応を開発した結果について述べている。アルドール反応やMannich反応に代表されるエノラートの付加反応は、有用な炭素骨格構築反応であるため、これまで様々な研究が行われてきた。なかでも、触媒量の活性化剤を用いて系中にてカルボニル化合物からエノラートを発生させ、求核付加を行う反応はアトムエコノミーの観点から優れた反応であるため、現在でもなお盛んに研究がなされている。これまでにケトンや一部の特殊なエステル等価体を除き、エステルやより酸性度の低いニトリル、アミドの触媒的かつ直接的な付加反応はほとんど報告例がなかった。

様々な検討を行い、ケイ素Lewis酸と三級アミンを触媒として、また炉トルエンスルポニル(Ts)基を有するイミンを用いた場合に反応は円滑に進行し、活性なケイ素種の再生が起こることを見出している。種々のカルボニル化合物に本反応条件を適用し、単純なアミドを用いた場合にも反応が円滑に進行することを明らかにしている。最適条件であるトリフルオロメタンスルホン酸トリイソプロピルシリル(TIPSOTf)とトリエチルアミンを触媒として用いて種々のイミンとの反応を検討したところ、良好な収率で目的物が得られることを明らかにしている。特に、2-ニトロベンゼンスルポニル(2-Ns)基を有するイミンや、冊メトキシ-N-メチルアセタミド(Weinrebamide)を用いても反応は高収率で進行することを明らかにしている(第二節、第三節)。さらに、α位に置換基を有するアミドの反応では、金属Lewis酸を共触媒として用いることが有効であり、特に、トリフルオロメタンスルホン銅(I)を用いた場合に良好な収率で目的物が得られることを明らかにしている(第四節)。これらの結果を総合的に判断して、反応機構および触媒サイクルを提唱している。ケイ素Lewis酸非存在下では、トリフルオロメタンスルホン銅(I)を用いても反応は全く進行しないことから、銅触媒はイミンを、ケイ素Lewis酸はアミドを活性化しケイ素エノラートを形成していると推定している。最後に、2-フリル基を有するイミンを用いて検討を行い、銅触媒の非存在下では、イミンの低い求電子性のために反応がほとんど進行しなかったが、一価の銅塩を共触媒として用いることで、中程度の収率ながら目的物を得ることができることを明らかにしている。さらに、この銅触媒による反応加速を活かして、不斉反応への展開を試み、一価のトリフルオロメタンスルホン酸銅とtol-BINAPとからなる不斉触媒を用いた場合に良好なエナンチオ選択性が発現することを明らかにしている。

以上、本論文はアミノ酸合成において、現代有機合成化学で汎用されているケイ素エノラートの触媒化、さらにはエンカーバメートの活用による触媒回転の飛躍的向上など、触媒および触媒サイクルについて新たな知見を得たものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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