学位論文要旨



No 123822
著者(漢字) 小西,英之
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ヒデユキ
標題(和) ヒドラゾンおよびアンモニアを窒素源として用いる触媒的炭素-炭素結合生成反応の開発
標題(洋)
報告番号 123822
報告番号 甲23822
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1249号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

含窒素化合物は自然界に広く分布しており、それの有する多彩な生理活性や機能に興味が持たれるため、これらの合成および機能性分子の創製は多くの研究者の興味を惹いている。そこで筆者は、求核剤によるC=N結合への付加反応に着目し、含窒素化合物のより効率的な合成法の開発を目指すと共に、新規触媒系の開発ならびに反応機構について研究を行った。

1.ブレンステッド塩基およびルイス酸触媒を用いるN-アシルヒドラゾンのシアノ化反応の開発(1))

筆者は本学修士課程において、スルホキシドやホスフィンオキシドなどのルイス塩基がケイ素求核剤に配位することにより求核剤を活性化し、例えばN-アシルヒドラゾンとのアリル化反応が高収率、高立体選択的に進行することを報告した2)。この概念を他の反応へ適用しようと試みたところ、脂肪族アミン存在下でトリメチルシリルシアニド(TMSCN)を用いるN-アシルヒドラゾンのシアノ化反応が促進されることを見出した。本反応系は脂肪族アルデヒド由来のヒドラゾンに限定されたが、脂肪族アミンと同時にルイス酸であるスカンジウムトリフラート(Sc(OTf)3)を添加することにより、低反応性の基質についても反応が進行することを見出した(Tabb1)。NMRを用いる反応系の観測により、シアノ基がN-アシルヒドラゾンに付加した中間体1が観測されたことから、本反応の反応機構はScheme1ように推定される。すなわち、脂肪族アミンはルイス塩基としてTMSCNに配位しているのではなく、ブレンステッド塩基として基質のアミド水素の引き抜きに関与し、TMSCN存在下でO-シリル体2の生成と同時にアンモニウムシアニドが生成する。生じたシアニドアニオンは基質に付加した後、反応終了時に加水分解することによって目的物を与えると考えられる。Sc(OTf)3は基質のC=N部位に配位することで、シアニド付加段階の活性化エネルギーを低下させ、反応が促進されているものと考えられる。

2.低原子価インジウム触媒を用いるアリルボロネートの形式的α-付加反応の開発

最近、触媒量のInを用いるケトンへのアリルボロネートの付加反応が当研究室により報告された3)。通常、アリルホウ素求核剤を用いるカルボニル化合物への付加反応は求核剤のγ位が求核付加することが広く知られているが、筆者はα位に置換基を有するアリルホウ素のN-アシルヒドラゾンへの求核付加が形式的にα位で進行することを見出した。本反応の詳細を検討したところ、アルコール類を添加することにより反応性ならびにジアステレオ選択性が大きく変化することを見出した。本反応は広範な基質に対して適用可能であり、概ね高収率、高い位置ならびにジアステレオ選択性をもって目的のα一付加体が得られることを明らかにした。(Table2)。

当研究室ではすでに亜鉛触媒存在下、アリルホウ素求核剤のイミノエステルへの付加反応において、形式的なα-付加反応が進行することを見出しているが、本反応はそれに続くアリルホウ素求核剤を用いてα-付加体を選択的に与える反応例であり、反応機構的にも興味深い。現在、より詳細な反応機構の解明に向けて検討を行っている。

3.白金触媒を用いる活性水素化合物のアミノメチル化反応の開発

アンモニアは安価で最小の分子量を有する含窒素化合物であり、これを用いる有機反応は高い原子効率が期待される。しかし、アンモニアの求核性の低さ、ならびに生成物の過剰反応などが合成化学上問題となり、その使用はごく限られていた。筆者はアンモニアを有機合成反応に積極的に用いることにより、これまで多段階を要する化学変換を短工程で行えるのではないかと考え、アンモニアとホルムアルデヒドの脱水縮合によって生じるホルムイミンへの活性水素化合物の付加反応の開発を行った。本反応は、カルボニル化合物のα位にアミノメチル基を導入する古典的Mannich反応であるが、これまで適用できる基質が限定され、また多くの場合低収率であることが知られていた(4))。

当初予想されたとおり、本反応では生成物の第一級アミン部位における過剰反応が問題となったが、ホルムイミンを選択的に活性化できるような金属触媒の検討を行ったところ、白金一ビスホスフィン錯体が目的のアミノメチル化反応を促進すると同時に、過剰反応を抑制することを見出した(Table3)。さらに、本反応を詳細に調べたところ、求核剤とホルムアルデヒドによるヒドロキシメチル化反応、および系内で生成したモノアミノメチル化体がさらに別のホルムアルデヒドと縮合し、もう1分子の求核剤が付加する反応が併発しており、最終的には平衡状態に達することが判明した(Figure1)。この平衡をモノアミノメチル化体に偏らせるようにさらなる条件検討を行ったところ、アンモニア源として気体状アンモニア、ホルムアルデヒド源としてパラホルムアルデヒドを脱水剤存在下で用いる条件が最適であることが判明した。また、アンモニア圧を上げることにより収率が向上することも見出した。この条件下において種々の活性水素化合物のアミノメチル化反応を行ったところ、中程度から高い収率で目的物が得られることがわかった(Scheme2)。本反応は白金触媒を用いるMannich反応の初めての例であり、窒素原子上に置換基を持たないアミノメチル基を直接導入できる点が特徴である(Scheme3)。現在、さらなる基質一般性の拡大を目指し検討を行っている。

<参考文献>1) Konishi, H; Ogawa, C.; Sugiura, M.; Kobayashi, S. Adv. Synth. Catal. 2005, 347, 1899.2) (a) Kobayashi, S.; Ogawa, C.; Konishi, H.; Sugiura. M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 6610.;(b) Ogawa, C.; Konishi, H.; Sugiura. M.; Kobayashi, S. Org. Biomol. Chem. 2004, 2, 446.3) Schneider, U.; Kobayashi, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 5909.4) Blicke, F. F. Org React. 1942, 1, 303.
審査要旨 要旨を表示する

含窒素化合物は自然界に広く分布しており、多彩な生理活性や機能に興味が持たれるため、これらの合成および機能性分子の創製は多くの研究者の興味を惹いている。本論文では、求核剤によるC=N結合への付加反応に着目し、含窒素化合物のより効率的な合成法の開発を目指すと共に、新規触媒系の開発ならびに反応機構についての研究を行っている。

まず第一章では、本学修士課程において見出した知見、すなわち、スルホキシドやボスフィンオキシドなどのルイス塩基がケイ素求核剤に配位することにより求核剤を活性化し、例えば準アシルヒドラゾンとのアリル化反応が高収率、高立体選択的に進行することを他の反応へ適用しようと試み、脂肪族アミン存在下でトリメチルシリルシアニド(TMSCN)を用いるN-アシルヒドラゾンのシアノ化反応が促進されることを明らかにしている。本反応系は脂肪族アルデヒド由来のヒドラゾンに限定されたが、脂肪族アミンと同時にルイス酸であるスカンジウムトリフラート(Sc(OTf)3)を添加することにより、低反応性の基質についても反応が進行することを見出している(第二節)。さらに、NMRを用いる反応系の観測により、シアノ基がN-アシルヒドラゾンに付加した中間体が観測されたことから、本反応の反応機構について推定している。すなわち、脂肪族アミンはルイス塩基としてTMSCNに配位しているのではなく、ブレンステッド塩基として基質のアミド水素の引き抜きに関与し、TMSCN存在下でσシリル体の生成と同時にアンモニウムシアニドが生成する。生じたシアニドアニオンは基質に付加した後、反応終了時に加水分解することによって目的物を与え、一方、Sc(OTf)3は基質のC=N部位に配位することで、シアニド付加段階の活性化エネルギーを低下させ、反応が促進されているものと推定している(第三節)。

続いて第二章では、低原子価インジウム触媒を用いるアリルボロネートの形式的α-付加反応の開発について述べている。最近、触媒量のInを用いるケトンへのアリルボロネートの付加反応が当研究室により報告された。通常、アリルホウ素求核剤を用いるカルボニル化合物への付加反応は求核剤のγ位が求核付加することが広く知られているが、本論文はα位に置換基を有するアリルホウ素の澤アシルヒドラゾンへの求核付加が形式的にα位で進行することを見出している。反応の詳細を検討したところ、アルコール類を添加することにより反応性ならびにジアステレオ選択性が大きく変化することを明らかにし、本反応は広範な基質に対して適用可能であり、概ね高収率、高い位置ならびにジアステレオ選択性をもって目的のα-付加体が得られることを見出している(第二節)。当研究室ではすでに亜鉛触媒存在下、アリルホウ素求核剤のイミノエステルへの付加反応において、形式的なα-付加反応が進行することを見出しているが、本反応はそれに続くアリルホウ素求核剤を用いてα-付加体を選択的に与える反応例であり、反応機構的にも興味深い検討を行っている(第三節)。さらに、触媒的不斉合成への展開も行っている(第四節)。

第三章では、白金触媒を用いる活性水素化合物のアミノメチル化反応の開発について述べている。アンモニアは安価で最小の分子量を有する含窒素化合物であり、これを用いる有機反応は高い原子効率が期待される。しかし、アンモニアの求核性の低さ、ならびに生成物の過剰反応などのため、その使用はごく限られていた。本論文は、アンモニアを有機合成反応に積極的に用いることにより、これまで多段階を要する化学変換を短工程で行うことを目標にして、アンモニアとホルムアルデヒドの脱水縮合によって生じるホルムイミンへの活性水素化合物の付加反応の開発を行っている。

ホルムイミンを選択的に活性化できるような金属触媒の検討を行い、白金―ビスホスフィン錯体が目的のアミノメチル化反応を促進すると同時に、過剰反応を抑制することを見出している(第二節)。さらに、本反応を詳細に調べ、求核剤とホルムアルデヒドによるヒドロキシメチル化反応、および系内で生成したモノアミノメチル化体がさらに別のホルムアルデヒドと縮合し、もう1分子の求核剤が付加する反応が併発しており、最終的には平衡状態に達することを明らかにしている。この平衡をモノアミノメチル化体に偏らせるようにさらなる条件検討を行い、アンモニア源として気体状アンモニア、ホルムアルデヒド源としてパラホルムアルデヒドを脱水剤存在下で用いる条件が最適であることを見出し、さらに、アンモニア圧を上げることにより収率が向上することも明らかにしている。この条件下において種々の活性水素化合物のアミノメチル化反応を行い、中程度から高い収率で目的物が得られることを示している(第三節、第四節)。(Scheme3)。現在、さらなる基質一般性の拡大を目指し検討を行っている。本反応は、カルボニル化合物のα位にアミノメチル基を導入する古典的Mannich反応であり、これまで適用できる基質が限定され、また多くの場合低収率であることが知られてきた中で、本論文は白金触媒がMannich反応に有効であることを初めて明らかにし、窒素原子上に置換基を持たないアミノメチル基を直接導入できる点は評価される。

以上、本論文はヒドラゾンおよびアンモニアを窒素源として、新規な炭素一炭素結合生成反応の開発を行ったものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク