No | 123825 | |
著者(漢字) | 脇,紀彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワキ,ミチヒコ | |
標題(和) | マスト細胞に発現するヘパラナーゼの生物学的な役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123825 | |
報告番号 | 甲23825 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1252号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章序論 ヘパリンはイズロン酸あるいはグルクロン酸とグルコサミンの2糖繰り返し構造で構成され高度に硫酸化修飾された多糖であり、結合組織型マスト細胞(CTMC)のみによって産生され、分泌顆粒中に分布する。ヘパリンは分泌顆粒の成熟およびヘパリン結合性を有するいくつかの顆粒内酵素の蓄積に必須であることがヘパリン生合成の一段階に必須な遺伝子を欠損するマウスを用いた遺伝学的検討により示された。CTMCにおける生合成の最終段階でヘパリンは低分子化されるが、その機構と生物学的な意義は不明であった。 ヘパラナーゼは哺乳類では唯一のヘパラン硫酸およびヘパリンに特異的なエンド型β-グルクロニダーゼである。ヘパラナーゼ組換え型蛋白質はin vitroでヘパリンを分解すること、および骨髄細胞誘導マスト細胞にヘパラナーゼ活性が検出されることからヘパラナーゼがマスト細胞内におけるヘパリンの低分子化に関与することが推測されてきた。 以上より本研究において私はヘパラナーゼが細胞中でヘパリンを低分子化し顆粒中のヘパリン結合性分子の機能を間接的に制御すると仮説を設定した。当研究室において樹立されたヘパラナーゼに対するモノクローナル抗体(mAb)RIOの特異性を明らかにし、この抗体と細胞モデルを用いて仮説を検証した。 第2章抗ヘパラナーゼモノクローナル抗体の特異性解析 ヘパラナーゼはプレ前駆体として生合成されシグナル配列の切断を受け前駆体となった後、細胞内におけるN末端付近の配列の酵素的な除去に伴い成熟体へ変換される。一方ヘパラナーゼのC末端配列もまた酵素的に除去され、これによりヘパラナーゼはC末端欠損体へ変換される。mAbRIOのクローンに由来する抗体がこれらのプロセシング体を識別するかどうかを確かめるため、各プロセシング体のヘパラナーゼ組換え型蛋白質を作製し、これらの蛋白質に対するmAbR10の結合を検出した。 ヘパラナーゼのプロセシング体に対するmAbRIOの特異性 ELISA法により前駆体、成熟体、およびC末端を欠損する前駆体ヘパラナーゼ組換え型蛋白質に対するmAbRIOの結合を検出した。mAbRIO-6および7はいずれの組換え型蛋白質に対しても高い結合を示した。一方C末欠損体に対するmAbRIO-1および3の結合は前駆体に対する結合に比べ著しく低いものであった。すなわちmAbRIO-1および3はヘパラナーゼC末端配列を認識した。 第3章マスト細胞に発現するヘパラナーゼの生物学的役割 生体内のCTMCにおけるヘパラナーゼの細胞内局在を調べた。さらにCTMC様細胞株であるMST細胞にヘパラナーゼを導入することで顆粒内のヘパラナーゼを再構成し、この系を用いてCTMCにおけるヘパラナーゼの機能を検証した。 CTMCにおけるヘパラナーゼの細胞内局在 皮膚および腹腔のCTMCにおけるヘパラナーゼの細胞内局在をmAbRIO-1免疫組織化学染色および免疫細胞化学染色により調べた。細胞内顆粒に抗体の結合が検出され、この結合は脱顆粒に伴い失われたことから、ヘパラナーゼはCTMCの機能的な分泌顆粒に局在することが示された。 CTMCへのヘパラナーゼの導入 MST細胞の培養上清に前駆体ヘパラナーゼ組換え型蛋白質を添加し培養した後、mAbRIO-1を用いた細胞染色によりヘパラナーゼを検出した。培養2時間後にヘパラナーゼは細胞内に取り込まれ細胞内顆粒に集積した。 導入されたヘパラナーゼの分泌顆粒への集積 ヘパリンと相互作用するためにヘパラナーゼは分泌顆粒に局在する必要がある。取り込まれたヘパラナーゼが分泌顆粒に集積することを確かめるため、脱顆粒に伴い細胞内のヘパラナーゼが分泌されるか否かを調べた。コンカナバリンAによる細胞表面受容体架橋の脱顆粒刺激を加えた後、細胞染色およびWestern blotting法によりヘパラナーゼを検出した。ヘパラナーゼは脱顆粒後のMST細胞中には検出されなかった。マスト細胞内に集積したヘパラナーゼは機能的な分泌顆粒に局在することが判明した。 CTMCに導入されたヘパラナーゼの成熟体への変換 効率よくヘパリンを低分子化するために、取り込まれた前駆体ヘパラナーゼは成熟体に変換されることが推測されたため、蓄積されたヘパラナーゼが成熟型かどうかを調べた。取り込まれた前駆体ヘパラナーゼの分子量の経時変化をWestern blotting法により解析した。培養上清中の前駆体ヘパラナーゼは経時的に減少した一方で、細胞ライセート中に検出されたヘパラナーゼは成熟体であり、これは経時的に増加した。前駆体ヘパラナーゼは取り込まれた後に成熟体に変換され細胞内に集積することが明らかになった。 ヘパラナーゼによるCTMC内ヘパリンの低分子化 ヘパラナーゼが細胞内でヘパリンを低分子化することを確かめるため、ヘパラナーゼ導入に伴いヘノパリン分子量が低下するか否かを調べた。MST細胞内のヘパリンをNa235SO4によりパルス標識した後へパラナーゼを細胞内に導入し24時間培養し、細胞可溶化物をゲル濾過カラムクロマトグラフィーに供することでヘパリンの分子量を調べた。未処理のMST細胞に由来するヘパリンは約60kDaのピークとして検出されたのに対し、ヘパラナ―ゼを導入した細胞のヘパリンは25kDaよりも小さい分子量の単一のピークとして検出された。すなわちヘパラナ―ゼ依存的にヘパリンが低分子化されることが判明した。 ヘパラナ―ゼによるCTMC内トリプターゼの活性化 トリプタ―ゼ(mousemastcel―pr。tease-6、7)はマスト細胞特異的に発現し、分泌穎粒内蛋白質の25%を構成する主要な穎粒内プロテアーゼである。ヘパリンはトリプタ―ゼの主要な活性調節因子であり,トリプタ―ゼと結合することでトリプターゼ活性の顕著な上昇を引き起こす。しかしながらヘパリンの分子量変化がトリプターゼ活性を調節するのかは明らかでなかった。そこでヘパリンを低分子化するヘパラナーゼの導入によりマスト細胞内のトリプターゼ活性が変化するか否かを調べた。MST細胞にヘパラナーゼを導入し24時間培養した後、細胞可溶化物中のトリプターゼ活性を比較した。MST細胞由来の細胞ライセ―トをトリプタ―ゼのモデル基質であるフィプロネクチンと反応し、フィプロネクチンホモニ量体の単量体への分子量変化をWesternb―otting法により検出しトリプタ―ゼ活性の指標とした。ヘパラナーゼを導入した細胞由来の細胞可溶化物によるフィプロネクチン分解は未処理の細胞由来の細胞可溶化物による分解に比べ著しいものであった。Westernb―。tting法により細胞可溶化物中の蛋白質に対する抗トリプターゼ抗体の結合を検出したところ、未処理およびヘパラナ―ゼ導入時の細胞可溶化物の間に顕著な違いは認められなかった。ヘパラナ―ゼによりマスト細胞内のトリプターゼ活性は正に調節されることが示唆された。 第4章マスト細胞様細胞株MSTによるヘパラナ―ゼの取り込み機構 第3章で見出されたMST細胞への細胞外ヘパラナーゼの取り込みがどのような分子機構によるものであるか調べた。 ヘパラナ―ゼ取り込みを担う細胞表面分子の同定 ヘパラン硫酸プロテオグリカンが取り込みを担うのかを明らかにするため、競合的に作用する物質を反応させることもしくは薬剤処理により細胞の性状を変化させることが取り込みを阻害するか否かを調べた。硫酸化分子とヘパラナ―ゼの結合を競合的に阻害するヘパリン、硫酸化阻害剤である過塩素酸細胞内輸送阻害剤であるBrefe―dinAないしはヘパラン硫酸分解酵素であるヘパリチナーゼによりMST細胞を処理し取り込みを行った。いずれの処理によっても生細胞率は変化せず、ヘパラナーゼを細胞内穎粒に蓄積した細胞の割合は顕著に減少した。ヘパラナ―ゼは細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカンを受容体とし細胞内輸送依存的に細胞内に取り込まれることが示唆された。 ヘパラナーゼ取り込みを担うヘパラン硫酸プロテオグリカンの推定 ヘパラン硫酸プロテオグリカンであるシンデカンファミリ―はPDZ領域を持つアダプター蛋白質に細胞内領域を介して結合し、ヘパラン硫酸結合性分子の細胞内局在を制御することから、MST細胞においてシンデカンが発現するかどうかを調べた。MST細胞におけるシンデカンファミリーの発現をmRNAおよび蛋白質レベルで検証したところ、シンデカン-1のみの発現が確認された。取り込まれたヘパラナーゼとシンデカン-1の細胞内分布を蛍光二重染色により比較したところ、両分子は細胞内において部分的に共局在した。ヘパラナ―ゼはシンデカン-1により細胞内へ取り込まれることが推測された。 第5章総括 本研究において私は、mAbRIO-1および3がヘパラナーゼC末端配列を認識する抗体であることを明らかにした。ヘパラナーゼがマスト細胞の分泌顆粒中でヘパリンを低分子化すること、およびヘパラナーゼがマスト細胞内のトリプターゼ活性を正に制御することを発見した。またMST細胞へのヘパラナーゼの取り込みは細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカンに依存するものであった。 トリプターゼの活性亢進はヘパラナーゼの作用によって細胞内で形成された低分子量ヘパリンがトリプターゼに結合したことにより、あるいはトリプターゼと高分子量ヘパリンの複合体にヘパラナーゼが作用したことによるものであると考えられる。トリプターゼ阻害剤は炎症性腸疾患および呼吸器疾患動物モデルにおける症状を抑制し、トリプターゼの基質の一つであるprotease-activated receptor(PAR)-2を欠損するマウスは関節炎モデルにおいて関節の腫脹を生じない。すなわちトリプターゼは炎症における主要なエフェクター分子であり、ヘパラナーゼは炎症抑制の標的因子となりうることが示唆された。 ヘパラナーゼが多糖基質を切断する際は2糖単位への完全分解ではなくおおよそ10糖から20糖の断片を生じる限定分解を行うことが知られていたが、このことの生物学的意義は不明であった。低分子量ヘパリンの結合がトリプターゼ活性を上昇させるという考えは、その意義を考察する上でマスト細胞の分泌顆粒中分子の活性制御という観点を新たに提起するものである。 MST細胞が細胞外のヘパラナーゼを取り込み分泌顆粒に蓄積するという事実は、この分子機構がヘパラナーゼの細胞内局在を制御する因子として機能することを推測させる。生体内のマスト細胞においてもこの機構が存在するかどうかを確かめることが今後の課題である。 | |
審査要旨 | 「マスト細胞に発現するヘパラナーゼの生物学的な役割」と題する本論文は、ヘパリンとヘパラン硫酸のエンド型分解酵素であるヘパラナーゼが、アレルギー性炎症の担い手として重要な役割を持つ免疫細胞であるマスト細胞の機能調節に重要であるζとを発見し、検証した経過が述べられている。序論、抗ヘパラナーゼモノクローナル抗体の特異性解析、マスト細胞に発現するヘパラナーゼの生物学的役割、マスト細胞様細胞株MSTによるヘパラナーゼの取り込み機構、及び総括のタイトルを持つ全5章から成り立っている。 序論の主な部分は、ヘパリンとヘパラン硫酸及びそのエンド型分解酵素(脊椎動物では唯一)であるヘパラナーゼ発見の経緯とこれまでの研究の発展経過、及びヘパリンを産生する唯一の細胞である結合組織型マスト細胞の機能の重要性に関する概論である。さらに、これまでの他研究室からの報告からヘパラナーゼがマスト細胞内におけるヘパリンの低分子化に関与することが推測されてきたこと、ヘパラナーゼが細胞中でヘパリンを低分子化し顆粒中のヘパリン結合性分子の機能を間接的に制御するとの仮説がたてうること、当研究室において樹立されたヘパラナーゼに対するモノクローナル抗体(mAb)RIOシリーズがこの仮説の検証に役立つ可能性があると考えたことが述べられている。 第2章は、抗ヘパラナーゼモノクローナル抗体の特異性解析を主要な研究対象としている。ヘパラナーゼはプレ前駆体として生合成されシグナル配列の切断を受け前駆体となった後、細胞内におけるN末端付近の配列の酵素的な除去に伴い成熟体へ変換されることが知られていた。一方ヘパラナーゼのC末端配列もまた酵素的に除去され、これによりヘパラナーゼはC末端欠損体へ変換されることが知られていた。RIOシリーズの抗ヘパラナーゼモノクローナル抗体のうちRIO-6および7はいずれの組換え型蛋白質に対しても高い結合を示したが、RIO―1および3の結合は前駆体に対するよりもC末端欠損体に対して著しく低かった。RIO-1および3はヘパラナーゼC末端配列を認識することを明らかにした。 第3章では、結合組織型マスト細胞様の細胞株であるMST細胞培地中にリコンビナントヘパラナーゼ前駆体を加えると、細胞内に取り込まれ細胞内顆粒に集積しするζとが学位申請者によって発見されたこと、この現象を利用してマスト細胞内におけるヘパラナーゼの重要性が追求されたことが述べられている。ヘパラナーゼを取り込ませた細胞の表面のIgE受容体を架橋して脱顆粒を誘導した後、細胞染色およびWesternblotting法によりヘパラナーゼを検出すると、ヘパラナーゼはMST細胞中には検出されなくなり、マスト細胞内に集積したヘパラナーゼが機能的な分泌顆粒に局在し、放出されることが明らかになった。取り込まれた前駆体ヘパラナーゼの分子量の経時変化をWestern blotting法により解析した結果、細胞内に取り込まれた前駆体ヘパラナーゼは成熟体に変換され細胞顆粒に集積することが明らかになった。ヘパラナーゼが細胞内に導入されるとこの細胞で生合成されているヘパリン,の分子量が低下するか否かを調べた結果、約60kDaから25kDaよりも小さい分子量になり、ヘパラナーゼがヘパリンの低分子化に寄与することが明らかになった。 マスト細胞が産生、放出し、炎症やアレルギーの病態形成に関わる分子は多々あり、ヘパリンにより機能が調節されると考えられているものも多い。それらのうち、低分子量のヘパリン断片によって活性化されることが知られていた酵素がトリプターゼである。トリプターゼはマスト細胞特異的に発現し、分泌顆粒内蛋白質の25%を構成する主要な顆粒内プロテアーゼである。本論文では、MST細胞にヘパラナーゼを導入した後、細胞可溶化物中のトリプターゼ活性をフィプロネクチンホモ二量体の単量体への分子量変化を指標に測定した結果が述べられている。ヘパラナーゼを導入した細胞由来の細胞可溶化物によるフィプロネクチン分解は未処理の細胞由来の細胞可溶化物による分解に比べて亢進しており、これがヘパラナーゼによるヘパリンの低分子化によることが強く示唆された。 第4章では、第3章で見出されたMST細胞への細胞外ヘパラナーゼの取り込みがどのような分子機構によるかを調べた結果が述べられている。ヘパラナーゼはヘパラン硫酸鎖に結合することから、その関与を検討した結果、MST細胞表面のヘパラン硫酸鎖を受容体とし細胞内輸送依存的に細胞内に取り込まれることが示された。取り込みに関与するヘパラン硫酸鎖を持つプロテオグリカンとしてシンデカンファミリーメンバーを予想してそのメンバーの発現をmRNAおよび蛋白質レベルで検証したところ、シンデカン-1のみの発現が確認された。蛍光細胞染色により、取り込まれたヘパラナーゼとシンデカン-1が細胞内において共局在することが見出されたことから、ヘパラナーゼはシンデカン-1に結合することにより細胞内へ取り込まれることが推測された。 総括では主に、トリプターゼの調節がマスト細胞を介する炎症病態形成においていかなる意義を持つかが考察されている。また、これに関連して、エンド型酵素であるヘパラナーゼによるヘパリンの限定分解がトリプターゼ活性の調節に重要であるという論拠が述べられている 以上の研究成果は、唯一のヘパリン産生細胞である結合組織型マスト細胞において、ヘパラナーゼがヘパリンの低分子化を通して炎症病態の制御に重要な役割を果たすことを初めて明らかにしたものである。糖鎖の生物学的な機能とその調節機構を明らかにすると言う糖鎖生物学の立場から意義が大きい成果であるとともに、免疫と炎症の制御に新しい角度から知見を得たと言う点でも高く評価すべきものである。従って、本研究を行った脇紀彦は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。 | |
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