学位論文要旨



No 123826
著者(漢字)
著者(英字)
著者(カナ) イシイシュラーデ,カトリンベアーテ
標題(和) マウスエピグリカニン/Muc21 : 胸腺上皮細胞が発現する新奇膜貫
標題(洋) Mouse epiglycanin/Muc21 : a novel transmembrane mucin expressed by thymic epithelial cells
報告番号 123826
報告番号 甲23826
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1253号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 村田,茂穂
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

ムチンは糖含有率の高い糖タンパク質であり、糖鎖のほとんどは0一結合型である。ムチンは主に上皮細胞の管腔側に発現され、その機能は粘膜上皮を寄生体や物理的刺激からの保護であるとされる。ムチンには分泌型と膜貫通型の2種類が存在する。これまでにムチンのポリペプチド部分として20種類の遺伝子が知られており、発見された順にMUC1-20(マウスではMucl-20)と呼ばれる。最近当研究室では、マウス乳癌細胞表面分子として知られていた「エピグリカニン」のポリペプチド部分の遺伝子を見出し、21番目のムチンであることを明らかにした。エピグリカニンを発現しているTA3-Ha細胞は同系のA/Jのマウスだけではなく、異系のマウスやラット、ハムスターの体内でも増殖するが、エピグリカニンを発現していないバリアントであるTA3-St細胞はA/Jのマウス体内でのみ増殖した。その原因としてエピグリカニンが巨大で負に荷電しているため、細胞表面のMHC分子を隠してT-リンパ球による認識を妨げるためであるとの説や、エピグリカニン自身がT-リンパ球に直接作用して免疫抑制効果を持つとの説があったが、遺伝子が同定できなかったために検証できなかった。エピグリカニンの免疫系における機能を解明する一環として、先ず正常組織と細胞におけるこの分子の分布を詳細に明らかにする必要があると考えた。

本研究の目的は、Muc21についてマウス組織における分布の差異と組織内の細胞種による発現の差異を明らかにすることである。本論文は三つの章よりなる。第一章ではマウスMuc21のオリゴペプチド部分に特異的なポリクローナル抗体の作成について述べる。第二章ではこれら及びmRNA解析を用いたMuc21の組織分布と、胸腺について発現細胞を同定した結果を述べる。第三章では自己免疫疾患マウスの胸腺においてMuc21のmRNAとポリペプチド部分の発現の変化を追求した結果を述べる。

第1章:マウスMuc21のポリペプチド部分に特異的なポリクローナル抗体の

付加された糖に依存しないでMuc21を認識する抗体を作製するために、糖が付加しない部分を選んでオリゴペプチドを合成し、HPLCにより精製し、MALDI-TOF質量分析器によって確認し、キャリアタンパク質であるKLHと結合させてウサギの皮下に注入した。すべてのペプチドが免疫応答を誘導したが、Muc21特異的な応答が見られたのは2種のペプチドのみすなわちpeptide4:HTGTPVMEVKPSGSLK[C]とCyt4:[C]SWRRPRTFNWEMTRであった。抗peptide4抗体の特異性はTA3-St細胞、TA3-Ha細胞、CHO-Mock細CHO-Muc21-N-FLAG-tag細胞を用いたフローサイトメトリーにより明確に示された(図1-1)。即ち、この抗体はTA3-St細胞及びCHO-Mock細胞には結合せず、TA3-Ha細胞及びCHO-Muc21細胞には結合した。結合は抗体をpeptide4と混合しておくと見られなくなったが、無関係なペプチドによっては阻害されなかった。抗Cyt4抗体の特異性は、これらの細胞を用いたウエスターンプロッティング及び免疫沈降とウエスターンプロッティングの組み合わせによって示された(図1-2)。抗Cyt4抗血清はTA3-Ha細胞及びCHO-Muc21細胞において高分子量のバンドを示したが、CHO-Mock細胞とTA3-St細胞では見られなかった。従って、二つのMuc21に特異的な抗体が産生されたことが示された。

第2章:Muc21mRNA及びポリペプチドの正常における布

BALB/c(メス)C57BL/6(オス)マウスの組織由来のcDNA及び特異的なプライマーを用いて、mRNA発現の組織による違いをPCRによって比較した。BALB/cマウスにおいてMuc21 mRNAは胸腺、食道、気管、子宮頚、膣、及び胃にプライマー1を用いて検出された(図2-1A)。C57BL/6マウスにおいて、Muc21mRNAは胸腺、食道、気管、胆嚢、大脳、及び精巣にプライマー1を用いて検出された。胆嚢以外はプライマー2を用いても検出された(図2-1B)。すなわち、胸腺、食道、及び気管ではmRNAが再現性よく検出された。Muc21ポリペプチドの分布状態を検証するためにBALB/cマウスの組織の凍結切片を抗peptide4抗体で染色した。抗体結合は子宮頚、膣、食道、気管、胸腺、及び胃と食道の移行部の食道側に見られた(図2-2A)。これらの結果は、mRNA発現の結果と相関していた。胸腺では抗peptide4抗体によって染色される部位は未成熟胸腺髄質上皮細胞(mTECs)のマーカーである抗MTS10モノクローナル抗体の染色部位と局在がほとんど一致した。染色部位は抗Ep-CAMモノクローナル抗体、Ulex europaeus agglutinin-1(UEA-1)、及び抗MHC class IIモノクローナル抗体(すべて成熟mTECsのマーカー)と共局在する部分もあった。抗ER-TR7及び抗CDllcモノクローナル抗体との共局在は見られず、Muc21は繊維芽細胞または樹状細胞には発現しないことがわかった(図2-3A)。胸腺の断片を酵素消化して得た細胞から、CD45陰性(上皮細胞)とCD45陽性(骨髄系細胞)とをセルソーターによって分画し、それぞれから得たmRNAをRT-PCRによって解析したところMuc21は上皮細胞のみに検出された(図2-3B)。以上より、Muc21のmRNAとオリゴペプチドは胸腺上皮を含む限られた種類の組織に発現することが明らかとなった。胸腺においてはMuc21は皮質上皮よりも髄質上皮に検出され、未成熟mTECsの亜集団に発現することが明らかとなった。

第3章:自己免疫疾患発症マウスにおけるMuc21 mRNA

胸腺上皮に発現するMuc21が機能を持つかどうか究明する一環として、自己免疫疾患を発症したAire(-/-)、NIK(aly/aly)、及びTRAF6(-/-)さらにそれらの正常対照マウスの胸腺におけるMuc21mRNA及び抗peptide4抗体の結合性を検証した。Aire(-/-)マウスは組織特異的抗原(tissue-specific antigen:TSA)の発現を欠くが正常なTECsを持つ。NIK(aiy/aly)とTRAF6(-/-)はいずれもTSAを欠くと共にTECsのオーガニゼーションが乱れており、TECsの数も少ない。もし、Muc21の発現レベルがAire(-/-)マウスの胸腺において劇的に減少しているとすると、この分子は胸腺機能を制御すると言うよりは、T-リンパ球に提示されて自己寛容を誘導するためにmTECsに発現していたと考えられる。半定量リアルタイムPCR及び抗peptide4抗体染色の結果から、Aire(-/-)マウスにおけるMuc21の発現は、若干減少したにすぎなかった(図3-1)。

これに対し、NIKaly/aly及びTRAF6(-/-)マウスでは、Muc21抗体染色度は大幅に減少した(図3-2及び3-3)。これらの結果は、Muc21発現の非常に限られた部分がAire遺伝子の制御下にあることを示唆している。また、TECsに異常を来している自己免疫マウスでMuc21発現が見られないことは、Aire非依存的なMuc21発現は胸腺の機能に重要である可能性を示している。

結語

Muc21は新奇な膜貫通型ムチンであり、胸腺上皮細胞などの限られた組織細胞に発現する。胸腺においてはMuc21はTSAとして自己寛容の誘導に寄与するだけでなく、表面を保護するという機能を持つ可能性がある。胸腺内において、成長因子やサイトカインを局所的に機能させるために必要なコンパートメントを形成し維持すると言う想像もできる。これらの結果をふまえて、従来ムチンが機能していると考えられている組織以外におけるムチンの機能を研究することに大きな意義があると提言する。

審査要旨 要旨を表示する

マウスエピグリカニン/Muc21:胸腺上皮細胞が発現する新奇膜貫通型ムチ功と題する本論文では、ムチン、即ち多数のo-結合型糖鎖を含むため糖含量の極めて高い上皮来の糖タンパク質、の一つとして最近クローニングされたMuc21の発現分布をマウスにおいて詳細に解析した結果が述べられている。特にこれまでムチン発現が知られていなかった胸腺上皮においてその発現を確認し胸腺機能の異常と深く関わる自己免疫疾患発症マウスにおいてその分布と発現に異常があるかどうかを明らかにしている。本論文の序文に述べられているように、Muc21は、従来マウス乳癌細胞表面分子として知られ、エピグリカニンと呼ばれてしいたムチンである.エピグリカニンを発現している細胞は同系のマウスだけではなく、異系のマウスやラット、ハムスターの体内でも増殖することから、巨大で負に荷電しているムチンであるため、細胞表面のMHC分子を隠してTリンパ球による認識を妨げるためであるとの仮説や、エピグリカニン自身がTリンパ球に直接作用して免疫抑制効果を持つとの仮説があった。しかし、遺伝子が同定できなかったためにこれらの仮説を検証できなかった。本研究はエピグリカニンの免疫系における機能を解明する一環として、先ず正常組織と細胞におけるこの分子の分布を詳細に明ら期にすることを目的として行った結果である。

本論文は三つの章よりなり、第1章ではマウスMuc21のポリペプチド部分に特異的なポリクローナル抗体の作成とその特性解析の結果について、第2章ではこれらの抗体及びmRNA解析を用いてMuc21の組織分布と、胸腺について発現細胞を同定した結果について、第3章では自己免疫疾患マウスの胸腺においてMuc21のmRNAとポリペプチド部分の発現の変化を追求した結果について述べられている。

第1章では先ずMuc21特異的なポリクローナル抗体の作製法と特異性解析の結果が述べられている。細胞に発現しているMuc21は重量の80%近くが糖と考えられるが、付加された糖に依存しないでマウスMuc21を認識する抗体を作製するために、糖が付加しない部分を選んでオリゴベプチドを合成し、HPLCにより精製し、MALDI-TOF質量分析器によって分子量を、ベプチドシーケンサーによって配列を確認し、キャリアタンパク質であるKLHと結合させてウサギの皮下に注入した.複数のオリゴベプチド配列を試みたうちで、2種のペプチドのみに特異的な抗体が得られた。結合特異性解析には、Muc21を低及び高発現するバリアント細胞であるTA3-St細胞とTA3-Ha細胞、CHO-Mockトランスフェクタント細胞、CHO-Muc21-N-FLAG-tagトランスフェクタント細胞を用いたフローサイトメトリーとウエスターンプロッティング解析が用いられた。その結果、二つのMuc21に特異的な抗体が産生されたことが示された。

第2章では、Muc21mRNA及び第1章で作製した抗体に対するエピトープの正常個体における分布が解析された。Muc21mRNAは胸腺、食道、気管、子宮頚、膣、胃、及び精巣に再現性よく複数のプライマーを用いて検出された。Muc21ポリペプチドの分布状態を検証するためにマウス組織の凍結切片を抗ペプチドポリクローナル抗体で染色した。抗体結合は子宮頚、膣、食道、気管、胸腺、及び胃と食道の移行部の食道側に見られた。これらの結果は、mRNA発現の結果と相関していた。胸腺では染色される部位は未成熟胸腺髄質上皮細胞のマーカーである抗MTS10モノクローナル抗体の染色部位と局在がほとんど一致した。染色部位は抗Ep-CAMモノクローナル抗体、Ulex europaeus agg lutinin-1、及び抗MHC classIIモノクローナル抗体(すべて成熟胸腺髄質上皮細胞のマーカー)と共局在する部分もあった。抗ER-TR7及び抗CDllcモノクローナル抗体との共局在は見られず、Muc21は繊維芽細胞または樹状細胞には発現しないことが分かった。胸腺の断片を酵素消化して得た細胞から、CD45陰性(上皮細胞)とCD45陽性(骨髄系細胞)とをセルソーターによって分画し、それぞれから得たmRNAをRT―PCRによって解析したところMuc21は上皮細胞のみに検出された。以上より、Muc21のmRNAとポリペプチドは胸腺上皮を含む限られた種類の組織に発現することが明らかとなった。胸腺においてはMuc21が皮質上皮よりも髄質上皮に検出され、未成熟胸腺髄質上皮細胞の亜集団に発現することが明らかとなった。

第3章では自己免疫疾患発症マウスにおけるMuc21mRNAの発現と分布が解析された結果が述べられている。Aire(-/-)、NIK(aly/aly)、及びTRAF6(-/-)さらにそれらの正常対照マウスの胸腺におけるMuc21 mRNAレベル及び抗ペプチドポリクローナル抗体の結合性が検証された。Aire(-/-)マウスは組織特異的抗原の発現を欠くが正常な胸腺上皮細胞を持つ。NIK(aly/aly)とTRAF6(-/-)はいずれも組織特異的抗原を欠くと共に胸腺上皮細胞のオーガニゼーションが乱れており、胸腺上皮細胞の数も少ない。もし、Muc21の発現レベルがAire(-/-)マウスの胸腺において劇的に減少しているとすると、この分子は胸腺機能を制御すると言うよりは、T-リンパ球に提示されて自己寛容を誘導するために胸腺髄質上皮細胞に発現していたと考えられた。半定量リアルタイムPCR及び抗ペプチドポリクローナル抗体染色の結果から、Aire(-/-)マウスにおけるMuc21の発現は、若干減少したにすぎないことが分かった。Aire非依存的なMuc21発現は胸腺の機能に重要である可能性を強く示している。

以上のように、学位申請者はMuc21mRNA及びとが胸腺上皮細胞などの限られた組織細胞に発現すること、胸腺においてMuc21はAire依存的に発現する組織特異的抗原として自己寛容の誘導に寄与するよりも、表面保護潤滑などのムチン固有の分子機能を通して、免疫器官としての胸腺の重要な構成員である胸腺髄質上皮細胞の生存、分布、機能調節などに関わる可能性が高いことを示した。これらの成果は免疫学及び糖鎖生物学に貢献するところが大であり、本研究を行ったイシイーシュラーデカトリンベアーテは博士(薬学)の学位を取得するにふさわしいと判断した。

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