学位論文要旨



No 123830
著者(漢字) 小鮒,弘幸
著者(英字)
著者(カナ) コブナ,ヒロユキ
標題(和) 線虫C.elegansを用いたORP(OSBP-related protein)ファミリー分子の機能解析
標題(洋)
報告番号 123830
報告番号 甲23830
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1257号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序】

生体膜にはリン脂質やコレステロールなど様々な脂質が存在するが、各脂質の存在比は組織、細胞種、あるいは細胞内オルガネラによって異なっており、同一膜上においても脂質組成の異なる微小領域が存在する。コレステロールは膜の物理的性質の調節、生理活性物質の前駆体など様々な生命現象に関与しており、細胞内コレステロールについてもオルガネラにおける偏在性が確認されている。しかしながら、コレステロール偏在性を作り出す分子機構、およびその生物学的意義に関しては、依然不明な点が多い。

OSBP(oxysterol-binding protein)はコレステロールの酸化物であるオキシステロールと結合するタンパク質として精製、クローニングされた97kDaの可溶性タンパク質である。OSBPはN末端側にPHドメイン、C末端側に脂質結合ドメインを有するが、ヒトにはOSBPと相同性を有する分子がさらに11存在し、ORPファミリー(OSBP-related protein family)を形成している(Figure1)。最近、OSBPを含むいくつかのORPファミリー分子がコレステロールと結合することが報告され、結合したコレステロールを各オルガネラへ輸送するコレステロール輸送タンパク質としての可能性が示唆されてきた。

[Fig.1]ORP(OSBP-relatedprotein)ファミリー下線部は線虫obr変異体における欠損部位を示す。

私は、未だ明らかになっていない細胞内コレステロール輸送機構や各オルガネラにおけるコレステロール偏在性の意義を解明するため、線虫C.elegansにおけるORP相同分子、obr-1~obr-4に着目し、これらの欠損変異体を樹立してきた。さらに、全ての組み合わせのobr多重変異体を作製し、obr四重変異体の一部において成長遅延(35%)や胚生致死(11%)の異常が生じることを見出した。本研究において私は、obr分子と機能的に連関する遺伝子を探索するため、obr変異体の異常を増強させるエンハンサー遺伝子をスクリーニングし、ORP分子が後期エンドソームにおけるMultivesicular body形成において重要な機能をもつことを見出した。

【方法と結果】

obr四重変異体のエンハンサー遺伝子の同定

ORPファミリー分子はコレステロールやボスファチジルイノシチドと結合することが報告されているが、その生理機能や関連分子についてはほとんど明らかになっていない。そこでまず、線虫obr分子と機能的に連関する遺伝子を同定するため、obr四重変異体の胚致死性を増強させるエンハンサー遺伝子を探索した。当研究室では線虫全遺伝子の約90%をカバーするfeedingRNAiライブラリーを有しており、網羅的な遺伝子発現抑制が可能である。このライブラリーを用い、野生株およびobr四重変異体に対し、約2400遺伝子をRNAiした結果、obr四重変異体においてのみ胚致死率が上昇するエンハンサー遺伝子として28遺伝子を同定した。これらのエンハンサー遺伝子には、転写因子などの核内タンパク質、ユビキチン分解酵素、小胞輸送関連分子などが含まれていたが、中でも後期エンドソームにおける特徴的な膜構造であるMultivesicular body(MVB)の形成に関わる分子が最も多く含まれることが分かった(vps2,vps4,vps20,vps27,vps28,vps34の線虫相同遺伝子:Figure2)。MVBは後期エンドソーム内腔に多数の小胞を持つ多胞体オルガネラであり、膜タンパク質をエンドソーム内に取り込み、分解する機能を有している。以上の結果から、線虫obr分子がMVB形成の何らかのステップに関与することが予想され、以後、MVB形成関連遺伝子に着目し解析を行った。

コレステロール減少下におけるMVB関連潰伝子の発現抑制

obr四重変異体においてMVB関連遺伝子の発現を抑制すると致死性が著しく上昇することから、MVB形成の過程にコレステロールが関与する可能性が考えられた。そこで、野生株におけるコレステロール含量を減少させた条件下で、MVB関連遺伝子の発現を抑制し、MVBに対するコレステロールの影響を調べた。その結果、通常のコレステロール条件下ではMVB遺伝子を抑制しても致死性が見られなかったが、コレステロール減少下では発現抑制による胚致死性が著しく増強し、vps27やvps4の発現抑制ではほとんどの個体が致死となることが分かった(Figure3)。以上の結果から、obr四重変異体やコレステロールが減少した膜環境下においては、MVB形成の過程で何らかの異常が生じており、さらにMVB関連分子の発現を抑制すると、個体レベルでも異常が生じるのではないかと推測した。そこで次に、obr四重変異体における後期エンドソーム/リソソーム系の形態を観察した。

[Fig3]コレステロール減少下における表現型解析コレステロール減少下においてMVB関連遺伝子(vps27、vps4)をRNAIすると致死性の上昇がみられる。

obr四重変異体における後期エンドソーム/リソソーム系の形態解析

酵母や動物細胞において、MVB関連分子の機能を阻害すると、後期エンドソームにおける内腔の小胞形成が抑制され、後期エンドソームやリソソームが膨張することが知られている。そこでまず、後期エンドソームマーカーおよびリソソームマーカーを発現したトランスジェニック線虫に対し、MVB関連遺伝子をRNAiしたところ、いずれの発現抑制においても酵母や動物細胞と同様に後期エンドソームやリソソームが膨張することがわかった(Figure4,vps2)。次に、これらのトランスジェニック体とobr四重変異体を交配し、四重変異体における後期エンドソーム/リソソーム系の形態を調べたとこる、MVB関連分子をRNAiした場合と同様に、後期エンドソームやリソソームが膨張していることが明らかになった(Figure4)。―方、初期エンドソームやリサイクリングエンドソームなど他のオルガネラの形態には異常が認められず、また、エンドサイトーシスなど他の膜動態についても異常は見られなかった。

[Fig.4]obr四重変異体では、後期エンドソームおよびリソソームが膨張する。

次に、MVB形成にどのobr分子が関与するかを調べるため、obr四重変異体にobr-1からobr-1をそれぞれ導入し、リソソームの形態を調べた。その結果、obr-1、obr-3、obr-4の発現ではリソソームの形態はほとんど回復しなかったが、obr-2を発現させるとリソソーム膨張の表現型が有意に抑制された。以上の結果から、obr分子自身がMVB形成に関与しており、この現象にはobr-2の寄与が大きいことが示唆された。

obr四重変異体における膜タンパク質分解の機能解析

MVB形成に異常をきたすと膜タンパク質の分解が抑制されることが報告されている。obr四重変異体がMVB形成に関わることが示唆されたので、次に、obr四重変異体においてMVBの機能に異常は無いか、膜タンパク質であるcaveolinの分解を指標に解析を行った。まず、caveolinを発現したトランスジェニック線虫にMVB関連遺伝子をRNAiしたところ、caveolinの蓄積が観察された(data not shown)。次に、このトランスジェニック体とobr四重変異体を交配したところ、obr四重変異体でもMVB形成関連遺伝子をRNAiしたときと同様に、caveolinの分解が抑制されていることがわかった(Figure6)。以上の結果から、obr四重変異体では、MVBの機能に異常をきたした結果、膜タンパク質の分解が抑制されていることが明らかとなった。

[Fig.5]obr四重変異体は、膜タンパク質の分解に異常を示す。

哺乳動物ORP分子の機能解析

以上の結果を動物細胞において検証した。当研究室ではすべてのヒトORP分子の細胞内局在を解析しており、obr-2の相同分子の1つであるORP1のみが後期エンドソームに局在することを見出していた。そこで、HeLa細胞においてORP1の発現を抑制し、細胞内オルガネラを電子顕微鏡で解析した結果、大きく膨張した異常な後期エンドソームが生じること、また、後期エンドソーム内の小胞が有意に減少し、MVBの形成が阻害されていることが明らかになった(Figure6)。以上の結果から、obr-2の機能は進化的に保存されており、哺乳動物においてもORP分子(ORP1)がMVB形成に関与することが明らかになった。

[Fig.6]ORP1を発現抑制すると、MVBが膨張し、内部小胞も減少する。矢印;multivesicular body

【まとめと考察】

本研究において私は、線虫obr四重変異体を用いたエンハンサー遺伝子のスクリーニングにより、ORP分子がMVB形成に関わることを初めて見出した。ORP分子がどのような機構でMVB形成に関与するかは現在のところ不明であるが、コレステロールを欠乏した条件下においても同様の現象が認められたことから、一つの可能性として「MVB形成にはコレステロールを豊富に含む膜環境が必要である」という仮説を想定している。ヒトORP1のPHドメインには後期エンドソームに豊富に存在するPl(3,5)P2が結合し、また、脂質結合ドメインにはコレステロールが結合することが報告されている。従って、ORP分子の脂質結合ドメインにコレステロールが結合し、P1(3,5)P2の存在する後期エンドソーム膜にコレステロールが供給されるというモデルが考えられる。MVBにおける小胞形成時はエンドソーム膜の内側に陥入するため、クラスリン等のコートマー蛋白は介在しえず、別の曲率形成機構が想定されているが、これまでにそのメカニズムは全く解明されていない(Figure7)。ORP変異体のエンハンサースクリーニングは、この経路に関わる新規分子を同定するための新しい方法論になるのではないかと考えている。

【Fig.7】ORP分子はコレステロールを供給することで、MVB形成に関わる(仮説)。

審査要旨 要旨を表示する

生体膜にはリン脂質やコレステロールなど様々な脂質が存在するが、各脂質の存在比は組織、細胞種、あるいは細胞内オルガネラによって異なっており、同一膜上においても脂質組成の異なる微小領域が存在する。コレステロールは膜の物理的性質の調節、生理活性物質の前駆体など様々な生命現象に関与しており、細胞内コレステロールについてもオルガネラにおける偏在性が確認されている。しかしながら、コレステロール偏在性を作り出す分子機構、およびその生物学的意義に関しては、依然不明な点が多い。

OSBP(oxysterol-hinding protein)はコレステロールの酸化物であるオキシステロールと結合するタンパク質として精製、クローニングされた97kDaの可溶性タンパク質である。OSBPはN末端側にPHドメイン、C末端側に脂質結合ドメインを有するが、ヒトにはOSBPと相同性を有する分子がさらに11存在し、ORPファミリー(OSBP-related protein family)を形成している。最近、OSBPを含むいくつかのORPファミリー分子がコレステロールと結合することが報告され、結合したコレステロールを各オルガネラへ輸送するコレステロール輸送タンパク質としての可能性が示唆されてきた。

小鮒は、未だ明らかになっていない細胞内コレステロール輸送機構や各オルガネラにおけるコレステロール偏在性の意義を解明するため、線虫C.elegansにおけるORP相同分子、obr-1~obr-4に着目し、これらの欠損変異体を樹立してきた。さらに、全ての組み合わせのobr多重変異体を作製し、obr四重変異体の一部において成長遅延(35%)や胚生致死(11%)の異常が生じることを見出した。本研究において小鮒は、obr分子と機能的に連関する遺伝子を探索するため、obr変異体の異常を増強させるエンハンサー遺伝子をスクリー、ニングし、ORP分子が後期エンドソームにおけるMultivesicular body形成において重要な機能をもつことを見出した。

1.obr四重変異体のエンハンサー遺伝子の同定

ORPファミリー分子はコレステロールやホスファチジルイノシチドと結合することが報告されているが、その生理機能や関連分子についてはほとんど明らかになっていない。そこでまず、線虫obr分子と機能的に連関する遺伝子を同定するため、obr四重変異体の胚致死性を増強させるエンハンサー遺伝子を探索した。小鮒の所属する研究室では線虫全遺伝子の約90%をカバーするfeedingRNAiライブラリーを有しており、網羅的な遺伝子発現抑制が可能である。このライブラリーを用い、野生株およびobr四重変異体に対し、約2400遺伝子をRNAiした結果、obr四重変異体においてのみ胚致死率が上昇するエンハンサー遺伝子として28遺伝子を同定した。これらのエンハンサー遺伝子には、転写因子などの核内タンパク質、ユビキチン分解酵素、小胞輸送関連分子などが含まれていたが、中でも後期エンドソームにおける特徴的な膜構造であるMultivesicularbody(MVB)の形成に関わる分子が最も多く含まれることが分かった(vps2,vps4,vps20,vps27,vps28,vps34の線虫相同潰伝子).MVBは後期エンドソーム内腔に多数の小胞を持つ多胞体オルガネラであり、膜タンパク質をエンドソーム内に取り込み、分解する機能を有している。以上の結果から、線虫obr分子がMVB形成の何らかのステップに関与することが予想され、以後、MVB形成関連遺伝子に着目し解析を行った。

2.コレステロール減少下におけるMVB関連遺伝子の発現抑制

obr四重変異体においてMVB関連遺伝子の発現を抑制すると致死性が著しく上昇することから、MVB形成の過程にコレステロールが関与する可能性が考えられた。そこで、野生株におけるコレステロール含量を減少させた条件下で、MVB関連遺伝子の発現を抑制し、MVBに対するコレステロールの影響を調べた。その結果、通常のコレステロール条件下ではMVB遺伝子を抑制しても致死性が見られなかったが、コレステロール減少下では発現抑制による胚致死性が著しく増強し、vps27やvps4の発現抑制ではほとんどの個体が致死となることが分かった。以上の結果から、obr四重変異体やコレステロールが減少した膜環境下においては、MVB形成の過程で何らかの異常が生じており、さらにMVB関連分子の発現を抑制すると、個体レベルでも異常が生じるのではないかと推測した。そこで次に、obr四重変異体における後期エンドソーム/リソソーム系の形態を観察した。

3.obr四重変異体における後期エンドソーム/リソソーム系の形態解析

酵母や動物細胞において、MVB関連分子の機能を阻害すると、後期エンドソームにおける内腔の小胞形成が抑制され、後期エンドソームやリソソームが膨張することが知られている。そこでまず、後期エンドソームマーカーおよびリソソームマーカーを発現したトランスジェニック線虫に対し、MVB関連遺伝子をRNAiしたところ、いずれの発現抑制においても酵母や動物細胞と同様に後期エンドソームやリソソームが膨張することがわかった。次に、これらのトランスジェニック体とobr四重変異体を交配し、四重変異体における後期エンドソーム/リソソーム系の形態を調べたところ、MVB関連分子をRNAiした場合と同様に、後期エンドソームやリソソームが膨張していることが明らかになった。一方、初期エンドソームやリサイクリングエンドソームなど他のオルガネラの形態には異常が認められず、また、エンドサイトーシスなど他の膜動態についても異常は見られなかった。

次に、MVB形成にどのo加分子が関与するかを調べるため、obr四重変異体にobr-1からobr-4をそれぞれ導入し、リソソームの形態を調べた。その結果、obr-1、obr-3、obr-4の発現ではリソソームの形態はほとんど回復しなかったが、obr-2を発現させるとリソソーム膨張の表現型が有意に抑制された。以上の結果から、obr分子自身がMVB形成に関与しており、この現象にはobr-2の寄与が大きいことが示唆された。

4.obr四重変異体における膜タンパク質分解の機能解析

MVB形成に異常をきたすと膜タンパク質の分解が掬制されることが報告されている。obr四重変異体がMVB形成に関わることが示唆ざれたので、次に、obr四重変異体においてMVBの機能に異常は無いか、膜タンパク質であるcaveolinの分解を指標に解析を行った。まず、caveolinを発現したトランスジェニック線虫にMVB関連遺伝子をRNAiしたところ、caveolinの蓄積が観察された。次に、このトランスジェニック体とobr四重変異体を交配したところ、obr四重変異体でもMVB形成関連遺伝子をRNAiしたときと同様に、caveolinの分解が抑制されていることがわかった。以上め結果から、obr四重変異体では、MVBの機能に異常をきたした結果、膜タンパク質の分解が抑制されていることが明らかとなった。

5.哺乳動物ORP分子の機能解析

以上の結果を動物細胞において検証した。小鮒の所属する研究室ではすべてのヒトORP分子の細胞内局在を解析しており、obr-2の相同分子の1つであるORP1のみが後期エンドソームに局在することを見出していた。そこで、HeLa細胞においてORP1の発現を抑制し、細胞内オルガネラを電子顕微鏡で解析した結果、大きく膨張した異常な後期エンドソームが生じること、また、後期エンドソーム内の小胞が有意に減少し、MVBの形成が阻害されていることが明らかになった。以上の結果から、obr-2の機能は進化的に保存されており、哺乳動物においてもORP分子(ORP1)がMVB形成に関与することが明らかになった。

以上、本研究において小鮒は、線虫obr四重変異体を用いたエンハンサー遺伝子のスクリーニングにより、ORP分子がMVB形成に関わることを初めて見出した。ORP分子がどのような機構でMVB形成に関与するかは現在のところ不明であるが、コレステロールを欠乏した条件下においても同様の現象が認められたことから、一つの可能性として「MVB形成にはコレステロールを豊富に含む膜環境が必要である」という仮説を想定している。ヒトORP1のPHドメインには後期エンドソームに豊富に存在するPI(3,5)P2が結合し、また、脂質結合ドメインにはコレステロールが結合することが報告されている。従って、ORP分子の脂質結合ドメインにコレステロールが結合し、PI(3,5)P2の存在する後期エンドソーム膜にコレステロールが供給されるというモデルが考えられる。MVBにおける小胞形成時はエンドソーム膜の内側に陥入するため、クラスリン等のコートマー蛋白は介在しえず、別の曲率形成機構が想定されているが、これまでにそのメカニズムは全く解明されていない。ORP変異体のエンハンサースクリーニングは、この経路に関わる新規分子を同定するための新しい方法論になるのではないかと考えられる。これらの成果は、博士(薬学)の値するものと評価できる。

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