学位論文要旨



No 123834
著者(漢字) 根岸,崇大
著者(英字)
著者(カナ) ネギシ,タカヒロ
標題(和) メダカ肝臓形成異常変異体hiohgi(hio)の解析
標題(洋)
報告番号 123834
報告番号 甲23834
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1261号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

肝臓は、消化酵素や胆汁の合成を行うことに加え、糖や脂質、アミノ酸の貯蔵や薬物代謝、解毒作用、血糖値など恒常性の維持といった生体内において生命の維持に必須な多数の機能を有する臓器である。肝臓の発生に関わる遺伝子の多くはノックアウトマウスを用いた研究により単離されてきた。しかしながら、この方法では既知の遺伝子についての情報を得ることは可能であるが、肝発生に関わる新規の遺伝子を単離することは困難である。

メダカを始めとする小型魚類は卵生で胚が透明であるため、肝臓や脾臓、胆嚢といった内臓の発生過程を実体顕微鏡下で容易に観察することができる(図1)、また、多産.で毎日産卵し、艀化まで7日前後と発生が速やかに進行することに加え、順遺伝学的なスクリーニングが比較的容易に行えることから、脊椎動物の発生過程を研究するモデル生物として優れた特徴を有していると言える。当研究室では、肝臓の発生において重要な役割を担う遺伝子を同定する目的で、メダカを用いて変異体のスクリーニングを行った。その結果、肝臓の発生や機能に異常を呈する19系統の変異体を単離することに成功した。私は、そのうちの1つであるhiohgi(hio)変異体について、原因遺伝子の同定および表現型の解析を行った。その結果、肝臓の形成において重要な役割を担うシグナル経路について新たな知見を得たので、報告する。

【結果】

1.hiohgi変異体は肝臓の形態形成異常及び胸びれ欠失の表現型を呈する

hio変異体は、実体顕微鏡下での観察により、肝臓のサイズが小さく奇形を呈する変異体として単離された(図2)。肝臓のマーカーであるgata-6遺伝子に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行ったところ、hio変異体では、gata-6発現領域のうち肝臓領域が野生型に比べ縮小している様子が観察された。これらのことから、hio変異体は肝臓のサイズが小さい変異体であることが明らかとなった。さらに、hio変異体では胸びれが欠失するというもう1つの表現型が見られた。

2.hiohgi変異体原因遺伝子はretinaldehyde dehydrogenase type2である

hio変異体の原因遺伝子を同定する目的でポジショナルクローニングを行った。その結果、hio変異体は、retinaldehyde dehdrogenase type2(raldh2)遺伝子中にミスセンス変異が存在することが明らかになった。RALDH2を含むRALDHファミリーは、all-transレチノイン酸を合成する反応を触媒する主要な酵素であることが知られている。hio変異体の原因遺伝子がraldh2であることを確かめるために以下の2つの実験を行った。まず、野生型胚に対してraldh2遺伝子に対するモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)をインジェクションし、RALDH2の発現を抑制した。その結果、MOをインジェクションした胚において、hio変異体と同様に、肝臓の縮小、胸びれの欠失の両表現型が同時に観察された。次に、hio変異体に野生型raldh2のmRNAをインジェクションし、その表現型が回復するかどうかを検討した。その結果、raldh2 mRNAをインジェクションした群において、胸びれでは顕著に、また肝臓でも胸びれよりは弱いながらも表現型の出現率の回復が見られた。これらの結果から、hio変異体はraldh2のミスセンス変異によりRALDH2の機能を欠失し、その結果、肝臓及び胸びれの形成に異常を呈したものと考えられた。

3.hiohgi変異体では胸びれ形成に必須の子の発現が消失している

ゼブラフィッシュを用いた研究から、胸びれの形成は、体節中胚葉領域でRALDH2により合成されたレチノイン酸が、wnt2b、tbx5といった遺伝子の発現を誘導し、これらの因子により胸びれの原基が形成されることにより起こるということが報告されている。そこで、hio変異体でも同様なメカニズムにより胸びれ形成が不全となっているかどうかを検討した。まず、raldh2遺伝子に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行い、胸びれ原基の形成が行われる時期の野生型胚におけるraldh2の発現を調べた。その結果、受精後38時間に、体節中胚葉領域においてraldh2の強い発現が見られた。次に、レチノイン酸の下流で誘導される胸びれ形成に必須の因子tbx5遺伝子に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行った。その結果、受精後44時間において、野生型で見られる胸びれ原基における訪ぶ5の発現が、hio変異体では完全に消失していた。このことから、hio変異体でも、RALDH2の機能欠失によりレチノイン酸の合成ができなくなった結果、胸びれの形成不全が起きるものと考えられた。

4.hiohgi変異体では肝臓の出芽が遅れる

肝臓は、腸管上の幹細胞が中胚葉からのシグナルを受け出芽し、その後、この領域で肝臓の構成細胞である肝実質細胞、胆管細胞への分化、成熟が起こり、最終的に脂質代謝などの機能を持った成体肝へと成長していく。そこで、hio変異体における肝臓形勢異常が起こり始める時期を検討する目的で、内胚葉マーカーであるfoxA3遺伝子に対するプローブを用いたin situ hybridizationを行った。その結果、hio変異体の肝臓は野生型に比べ出芽過程に遅れが生じていることが明らかとなった(図3)。一方で、hio変異体において、肝臓の構成細胞への分化や肝臓の機能に関しては野生型との間に差は見出せなかった。以上の結果より、hio変異体の肝臓では出芽過程に遅れが生じるものの、その後の分化、成熟過程は正常に起こっているものと考えられた。

5.レチノインはwnt2bbの発現を介して肝臓の特異化を促進する

近年、ゼブラフィッシュにおいて、肝臓の出芽が遅れる変異体prometheusが単離され、この変異体の原因遺伝子であるwnt2bbは、側板中胚葉領域で発現、分泌されることで腸管からの肝臓の出芽を誘導することが報告された。レチノイン酸合成量が低下したhio変異体とゼブラフィッシュで報告されたwnt2bb変異体は、ともに肝臓の出芽が遅れる。また、wnt2bbのアイソフォームであるwnt2bbは胸びれ形成においてレチノイン酸の下流で発現が誘導されることが知られている。これらのことから私は、wnt2bbもレチノイン酸によって遺伝子発現が誘導され、その結果として肝臓の出芽が起こるのではないかと考え、この可能性について検討した。

まず、肝臓の出芽が起こる時期のraldh2遺伝子の発現をin situ hybridizationにより検討した。その結果、肝臓の出芽が起こる受精後50時間においては、胸びれ形成期の受精後38時間では観察されなかった側板中胚葉領域でraldh2の発現が上昇していることが観察された。さらに、このRALDH2が合成したレチノイン酸によってwnt2bbの発現が誘導されるのかどうかを調べるために、wnt2bb遺伝子に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行い、hio変異体におけるwnt2bbの発現を検討した。その結果、hio変異体では野生型で見られる側板中胚葉領域におけるwnt2bbの発現が完全に消失していた(図4)。このことから、肝臓の出芽を促すwnt2bbの側板中胚葉における発現は同じ領域で合成されたレチノイン酸により誘導されていることが示された。

【まとめ】

本研究において私は、レチノイン酸合成酵素RAmH2の機能欠失メダカ変異体を単離し、この変異体が肝臓及び胸びれの形成過程に異常を呈すること、レチノイン酸は側板中胚葉領域におけるwnt2bbの遺伝子発現を介して肝臓の出芽を促進する働きを持つことを示した。

胸びれ形成においては、RALDH2は受精後38時間頃に体節中胚葉領域でレチノイン酸を合成し、このレチノイン酸が、胸びれ原基におけるtbx5などの遺伝芋の発現を誘導する。これに対し、胸びれ形成よりも後に起こる肝臓形成においては、受精後50時間ごろに側板中胚葉領域に新たに発現してくるRALDH2がこの領域でレチノイン酸を合成する。これが同じ領域でのwnt2bbの発現を誘導し、腸管からの肝臓の出芽が促される。胸びれや肝臓は近接した場所に存在する器官であるが、レチノイン酸は合成される場所が時期によって特異的に制御されることで、同じシグナルを用いて2つの異なる器官の形成制御を可能にしているものと考えられる(図5)。

本研究は、これまで明らかではなかった肝発生におけるレチノイン酸の重要性を明らかにした初めての研究であり、今後、hio変異体の更なる解析により、レチノイン酸による肝臓形成制御に関わる詳細な分子メカニズムが解明されるものと考えている。

図1脊椎動物の発生研究のモデル生物として期待されるメダカ

図2 hio変異体の肝臓(白図み内が肝臓領域)

図3 hio変異体における肝臓の出芽

図4 hio変異体におけるwnt2bbの発現

図5 レチノイン酸による器官形成製御のモデル図

審査要旨 要旨を表示する

肝臓は、消化酵素や胆汁の合成に加え、糖や脂質、アミノ酸の貯蔵や薬物代謝、解毒作用、血糖値など、恒常性の維持に必須な多数の機能を有する臓器である。肝臓の発生に関わる遺伝子の多くは、ノックアウトマウスを用いた研究により単離されてきた。しかしながら、この方法では既知の遺伝子についての情報を得ることは可能であるが、肝発生に関わる新規の遺伝子を単離することは困難である。「メダカ肝臓形成異常変異体hiohgi(hio)の解析」と題した本論文においては、肝臓の形態に異常を呈するメダカ変異体hioについて、その原因遺伝子の同定および表現型の解析を行い、肝臓の形成においてレチノイン酸シグナルが重要な役割を担うことを見出している。

1.hiohgi変異体は肝臓の形態形成異常及び胸びれ欠失の表現型を呈する

hio変異体は、実体顕微鏡下での観察により、肝臓に異常を呈する変異体として単離された。肝臓のマーカーである ga-6遺伝子に対するプローブを用いて in situ hybridizationを行ったところ、hio変異体ではgata-6発現領域のうち肝臓領域が野生型に比べ縮小している様子が観察された。これらのことから、hio変異体は肝臓が小さい変異体であることが明らかとなった。さらに、この変異体では胸びれが欠失するという別の表現型が見られた。

2.hiohgi変異体の原因遺伝子はretinaldehyde dehydrogenase type 2 である

hio変異体の原因遺伝子を同定する目的で、ポジショナルクローニングを行い、hio変異体のretinaldehyde dehydrogenase type 2 (raldh2)遺伝子中にミスセンス変異が存在することを同定した。RALDH2を含むRALDHファミリーは、al1一transレチノイン酸を合成する反応を触媒する主要な酵素であることが知られている。

hio変異体に野生型raldh2 mRNAを注入したところ、肝臓形成異常及び胸びれ欠損の両表現型が回復した。また、野生型胚に対してra1dh2に対するモルフォリノアンチセンスオリゴを注入してraldh2の発現を抑制すると、hio変異体と同様に肝臓の形成異常表及び胸びれの欠損が同時に観察された。以上の結果より、hio変異体の原因遺伝子がraldh2であることが示された。また、モルフォリノによる発現抑制がhio変異体と同等の表現型を示したことから、hio変異体におけるraldh2のミスセンス変異はレチノイン酸合成能の低下を引き起こレ、その結果、肝臓及び胸びれの形成に異常が生じたものと考えられた。

3.hiohgi変異体では胸びれ形成に必須の因子の発現が消失している

ゼブラフィッシュを用いた研究から、胸びれの形成はレチノイン酸の下流でのwnt2baの発現を介して制御されていることが報告されている。wnt2baはtbx5の発現を肢芽において誘導することにより胸びれの形成が起こる。そこで、レチノイン酸の下流で働くtbx5に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行い、hio変異体におけるレチノイン酸シグナルの有無を検討した。その結果、hio変異体においてtbx5の発現が消失していることが観察きれた。このことから、hio変異体はRALDH2の機能欠失によりレチノイン酸シグナルが低下しており、その結果、レチノィン酸の下流で胸びれ形成に関わる遺伝子の発現が消失することにより、胸びれの形成が不全になることが示された。

4.レチノイン酸はwnt2bbの発現を介して肝臓形成を誘導する

肝臓は中胚葉からの誘導を受けた腸管から肝臓原基が出芽し、その後増殖・分化することで発生する。hio変異体における肝臓形態形成異常がどの時期から起こり始めるかを検討する目的で、肝発生の初期より発現が見られる内胚葉マーカーfoxA3に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行った。その結果、hio変異体では野生型胚に比べ肝原基の出芽が遅れることを見出した。しかしながら、hio変異体の肝臓は野生型からは遅れて成長を続けていた。さらに、肝臓の構成細胞への分化や肝臓の機能に関しては野生型との間に差は見出せず、RALDH2は肝原基の出芽段階に特異的に機能していることが明らかにされた。

近年、ゼブラフィッシュのwnt2bbの変異体における解析から、側板中胚葉から分泌されるwnt2bb腸管からの肝臓原基の出芽を誘導すること、及びwnt2bb変異体において、肝臓発生に遅れが生じることが報告された。一方で、メダカ野生型胚においてraldh2の発現をin situ hybridizationにより検討したところ、側板中胚葉で強く発現が見られた。これらのことから、レチノイン酸がwnt2bbの遺伝子発現を制御しているのではないかと考え、wnt2bbに対するプローブを用いてin situ hybridizationを行い、hio変異体におけるwnt2bbの発現を検討した。その結果、hio変異体においては野生型で見られる側板中胚葉領域における航2肋の発現が消失していることが観察された。このことから、肝臓の出芽を誘導するwnt2bbの側板中胚葉における発現はレチノイン酸によって制御されていることが明らかにされた。

本論文では、肝臓の形態形成に異常を呈するメダカ変異体を用いて、レチノイン酸合成酵素RALDH2が肝臓の腸管からの出芽過程を促進的に制御していることを明らかにし、レチノイン酸がwnt2bb遺伝子の発現を介して肝臓の形態形成過程を制御しているというモデルが提示された。以上を要するに、本論文は、これまで不明な点が多かった肝発生におけるレチノイン酸の重要性を明らかにした初めての研究であり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク