学位論文要旨



No 123835
著者(漢字) 長谷川,純矢
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,ジュンヤ
標題(和) Evectin-2による細胞内小胞輸送の制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 123835
報告番号 甲23835
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1262号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

Recycling Endosome(RE)は、エンドサイトーシスされたTransferrin Receptor(TfR)などを再び形質膜へ戻す細胞内小器官として認識されてきた。しかしながら近年、細胞外への分泌過程でREを通過すること、またREを機能的に欠損させてしまうと分泌が全く起こらなくなること、さらに逆行輸送過程にもREの重要性を示唆する報告がなされてきており、REはエンドサイトーシス及びエキソサイトーシス過程の中継地点として機能しているという認識が徐々に高まりつつある。しかし、REに局在する分子について、REからの輸送を制御する分子等の知見は殆どないのが現状である。

Evectin-2(Evt-2)はN末にPH domain、C末に疎水性領域を有する機能未知のタンパク質である。EvtにはEvt-1及びEvt-2があり、Evt-1は脳及び網膜に発現が限局しており、Evt-2はユビキタスな発現分布を示す。Evtに関して細胞内局在を示した報告があり、post-Golgi周辺に局在することが示唆されているものの、その詳細な局在や機能解析は全くなされていない。本研究では、ユビキタスに発現が認められるEvt-2に注目し、培養細胞での細胞内局在はREであること、また発現抑制によって、形質膜からEndosomeを経由しGolgi体へと輸送されるコレラ毒素のREからGolgi体への逆行輸送が強く阻害されること、REを通過するが形質膜へ戻るTransferrinのリサイクリングには影響が生じないことを見出した。

【方法と結果】

HeLa及びCOS-1細胞におけるEvt-2の細胞内局在

Myc-tagを付加したEvt-2(Myc-Evt-2)をHeLa細胞に導入し、様々なオルガネラマーカーと共染色したところ、REマーカーであるTfRとtrans-Golgi network(TGN)マーカーであるTGN46と一部共局在したものの、Evt-2の局在ははっきりと決められなかった。一方、COS-1細胞はGolgl体がRing状(Golgi Ring)に分布し、その中心にREが局在するという非常にユニークなオルガネラの局在を示す細胞である。そこでCOS-1細胞を用いて同様な検討を行った結果、TGN46や他のGolgiマーカー(e.g.GMI30)とは局在は一致せず、TfRと高い共局在性を示した(図1)。このことから、Evt-2はRE及びその近傍に局在することが示唆された。また、Evt-2のPH domainだけを発現させてもREへ局在したことから(data not shown)、Evt-2はPH domainを介してREへ局在していることが示された。

COS-1細胞でのEvt-2発現抑制系

次にEvt-2の機能を解析する目的で、Evt-2に対する特異的なモノクローナル抗体の作製、また発現抑制系(RNAi)の構築を試みた。その結果、抑制効率の高い系の構築ができた(図2)。その条件下でまず、各種オルガネラマーカーの変動を観察したところ、形質膜/Endosome/TGN間をサイクルしているTGN46の局在に異常が生じたが、GM130などのGolgiマーカー等には大きな影響はなかった(図3)。

COS-1細胞でのEvt-2RNAiにおけるコレラ毒素の逆行輸送

Evt-2RNAiによってTGN46に影響が出たことから、形質膜とEndosome間、もしくはEndosomeとTGN間の輸送に異常が生じていることが予想された。そこで、形質膜からエンドサイトーシスされEndosomeを経由し、TGNまで輸送されるCholera Toxin Bsubunit(CTxB)を指標にして、Evt-2RNAiでその輸送過程に影響が出るか検討した。コレラ毒素の輸送はこれまでHeLa細胞を用いて検討することが多かったため、そのオルガネラ局在の特性上、REを通過するかどうか疑問が残っていた。しかし、COS-1細胞を用いることによって、コレラ毒素がGolgi Ringの中心、つまりREを通ることを見出している(data not shown)。まず、ControlRNAiにおいて検討したところ、37℃で60min incubateするとコレラ毒素はGMl30と共局在、すなわちGolgi体に到達していた。しかしながら、Evt-2RNAiにおいては、コレラ毒素はREにとどまっていた(図4)。さらにincubate(90min)してもGolgi体への移行は観察できなかった。また、他の細胞株でも同様なことが起こるか検討するため、HeLa細胞においてコレラ毒素の輸送を観察したところ、Evt-2RNAiでGolgl体への移行は遅れていた(data not shown)。このことから、Evt-2はREからの出芽もしくはTGNへのfusion過程に重要な役割を担っていることが示唆された。

COS-1細胞でのEvt-2 RNAiにおけるTransferrinのリサイクリング

次に他の輸送過程に影響はないか、エンドサイトーシス後Early Endosome(EE)及びREを通過し、形質膜に戻ることが知られているTransferrin(Tf)の輸送について検討した。(125)1-Tfを用いた定量的な解析を行った結果、Control、Evt-2RNAiにおいて、リサイクリングされるkinetlcsに大きな違いは認められなかった(図5)。このことより、Evt-2はTfのリサイクリング過程には関与していないことが示された。以上のことから、Evt-2はREに局在し、REから形質膜ではなく、REからGolgi体への小胞輸送を制御していることが強く示唆された。

Evt-2の関与するメカニズムの解析

コレラ毒素の逆行輸送に関与する分子として、SNAREが良く知られている。そこで、まずCOS-1細胞でSNARE RNAiによりコレラ毒素の輸送を観察したところ、逆行輸送に関与するSNAREであるSyntaxin6(Syn6)及びSyntaxinl6(Syn16)のRNAiにおいて、コレラ毒素の輸送はREで阻害されていた(図6)。さらに、それらSNAREがEvt-2と協調して逆行輸送を制御していることが考えられたため、免疫沈降実験により相互作用を検討した。その結果、小胞上のSNARE(v-SNARE)であるVAMP4とは相互作用せず、Golgi体に局在するtarget(t)-SNAREであるSyn6及びSyn16と相互作用することが示された(図7)。

【まとめと考察】

本研究において、Evt-2がREに局在すること、その局在はPH domain依存的であること、そしてコレラ毒素の逆行輸送に極めて重要な分子であることを見出した。また、Tfのリサイクリングには影響がないことも示されているので、Evt-2はREを通過する全てのcargo分子のsortingに関与しているのではなく、おそらくGolgi体へと移行する分子特異的に作用するものと思われる。さらに、Evt-2はGolgi体のt-SNAREであるSyn6,Syn16と相互作用して、コレラ毒素の輸送を制御していることが示唆された。おそらくEvt-2はREより出芽した小胞上に局在し、t-SNAREとの相互作用を介してTGNへのtargetingに機能していると思われ、SNARE複合体が形成されGolgi体へcargoを輸送した後、Evt-2はPH domainを介してREへ戻ることができると考えられる(図8)。

REが注目されてきたのはここ数年で、これまでGolgi体に局在すると考えられていた分子が実はREに局在しているという報告も幾つか出てきている。これまでの小胞輸送研究は、そのほとんどがHeLa細胞を用いて行われてきた。今後COS-1細胞を用いることによって、REに局在する分子の発見やこれまで曖昧だった輸送過程を明確にできるものと思われる。

図1.COS-1細胞におけるMyc-Evt-2の細胞内局在

図2.Evt-2RNAiの抑制効果(COS-1)

図3Evt-2RNAiによるオルガネラマーカー(cos-1)

図4,Evt-2RNAiによってCTxBの逆行輸送がREで阻害される(COS-1)

図5.1251-Tfを用いたKlnetlcs assay(COS-1)

図6.Syntaxin16/Syntaxin6RNAiではCTxBの逆行輸送がREで阻害される(COS-1)

図7,Myc-Evt-2とt-SNARE(Syn6,Syn16)は相互作用するが、v-SNARE(VAMP4)とは相互作用しない

図8Evt-2による小胞輸送制御

審査要旨 要旨を表示する

Recyding Endosome(RE)は、エンドサイトーシスされたTransferin Receptor(TfR)などを再び形質膜へ戻す細胞内小器官として認識されてきた。しかしながら近年、細胞外への分泌過程でREを通過すること、またREを機能的に欠損させてしまうと分泌が全く起こらなくなること、さらに逆行輸送過程にもREの重要性を示唆する報告がなされてきており、REはエンドサイトーシス及びエキソサイトーシス過程の中継地点として機能しているという認識が徐々に高まりつつある。しかし、REに局在する分子について、REからの輸送を制御する分子等の知見は殆どないのが現状である。

Evectin-2(Evt-2)はN末にPH domain、C末に疎水性領域を有する機能未知のタンパク質である。EvectinにはEvt-1及びEvt-2があり、Evt-1は脳に発現が限局しており、Evt-2はユビキタスな発現分布を示す。Evtに関して細胞内局在を示した報告があり、post-Golgi周辺に局在することが示唆されているものの、その詳細な局在や機能解析は全くなされていない。そこで長谷川は、ユビキタスに発現が認められるEvt-2に注目し、培養細胞での細胞内局在はREであること、また発現抑制によって、形質膜からEndosomeを経由しGolgiへと輸送されるCholera ToxinのREからGolgiへの逆行輸送が強く阻害されること、REを通過するが形質膜へ戻るTransferrinのリサイクリングには影響が生じないことを見出した。

1.HeLa及びCOS-1細胞におけるEvt-2の細胞内局在

Myc-tagを付加したEvt-2(Myc-Evt-2)をHeLa細胞に導入し、様々なオルガネラマーカーと共染色したところ、REマーカーであるTfRとtrans-Golginetwork(TGN)マーカーであるTGN46と一部共局在したものの、Evt-2の局在ははっきりと決められなかった。一方、cos-1細胞はGolgiがRing状(Golgi Rhlg)に分布し、その中心にREが局在するという非常にユニークなオルガネラの局在を示す細胞である。そこでcos-1細胞を用いて同様な検討を行った結果、TGN46や他のGolgiマーカー(e.g.GM130)とは局在は一致せず、TfRと高い共局在性を示した。このことから、Evt-2はRE及びその近傍に局在することが示唆された。

2.COS-1細胞でのEvt-2発現抑制系

次にEvt-2の機能を解析する目的で、Evt-2に対する特異的なモノクローナル抗体の作製、また発現抑制系(RNAi)の構築を試みた。その結果、抑制効率の高い系の構築ができた。その条件下でまず、各種オルガネラマーカーの変動を観察したところ、形質膜/Endosome/TGN間をサイクルしているTGN46の局在に異常が生じたが、GM130などのGolgiマーカー等には大きな影響はなかった。

3.COS-1細胞でのEvt-2RNAiにおけるCholela Tbxinの逆行輸送

Evt-2RNAiによってTGN46に影響が出たことから、形質膜とEndosome間、もしくはEndosomeとTGN間の輸送に異常が生じていることが予想された。そこで、形質膜からエンドサイトーシスされEndosomeを経由し、TGNまで輸送されるCholera Toxin Bsubunit(CTxB)を指標にして、Evt-2RNAiでその輸送過程に影響が出るか検討した。CTkBの輸送はこれまでHeLaを用いて検討することが多かったため、そのオルガネラ局在の特性上、REを通過するかどうか疑問が残っていた。しかし、COS-1細胞を用いることによって、CTkBがGo壇Rlngの中心、つまりREを通ることを見出している。まず、Control RNAiにおいて検討したところ、37℃で60min incubateするとCTkBはGM130と共局在、すなわちGolgiに到達していた。しかしながら、Evt-2RNAiにおいては、CTkBはREにとどまっていた。さらにhlcubate(90min)してもGolgiへの移行は観察できなかった。また、他の細胞株でも同様なことが起こるか検討するため、HeLa細胞においてCTkBの輸送を観察したところ、Evt-2RNAiでGolgiへの移行は遅れていた。このことから、Evt-2はREからの出芽もしくはTGNへのfusion過程に重要な役割を担っていることが示唆された。

4.COS-1細胞でのEvt-2RNAiにおけるTranferrinのリサイクリング

次に他の輸送過程に影響はないか、エンドサイトーシス後Early Endosome(EE)及びREを通過し、形質膜に戻ることが知られているTransferrin(Tf)の輸送について検討した。125I-Tfを用いた定量的な解析を行った結果、Control、Evt-2RNAiにおいて、リサイクリングされるkineticsに大きな違いは認められなかった。これらのことから、Evt-2はTfのリサイクリング過程には関与していないことが示された。以上のことから、Evt-2はREに局在し、REから形質膜ではなく、REからGolgiへの小胞輸送を制御していることが強く示唆された。

5.Evt-2の関与するメカニズムの解析

CTxBの逆行輸送に関与する分子として、SNAREが良く知られている。そこで、Evt-2とSNAREがinteractionするかどうか免疫沈降実験を行った。その結果、Golgiに局在することが知られているtarget(t)SNAREであるSyntaxin6と相互作用することが示された。また、Syntaxin6RNAiでCTxBの輸送がどうなるか検討したところ、完全ではないがCTxBの輸送がREで阻害された。

以上、本研究において、Evt-2がREに局在すること、またCTxBの逆行輸送に極めて重要な分子であることを見出したまた、Tfのリサイクリングには影響がないことも示しているので、Evt-2はREを通過する全てのcargo分子のsortingに関与しているのではなく、おそらくGolgiへと移行する分子特異的に作用するものと思われる。さらに、Evt-2はSNAREの一つであるSyntaxin6と相互作用し、CTxBの輸送を制御していることが示唆された。しかし、Syntaxin6 RNAiではCTxBの輸送が部分的にしか阻害されていなかった。これは、EndosomeからTGNへの逆行輸送に他の補償経路が働いているためかと思われる。REが注目されてきたのはここ数年で、これまでGolgiに局在すると考えられていた分子が実はREに局在しているという報告も多々出てきている。これまでの小胞輸送研究は、そのほとんどがHeLa細胞を用いて行われてきた。今後COS-1細胞を用いることによって、REに局在する分子の発見やこれまで曖昧だった輸送過程を明確にできるものと思われる。これらの成果は、博士(薬学)の値するものと評価できる。

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