学位論文要旨



No 123836
著者(漢字) 原,直子
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ナオコ
標題(和) C.elegansを用いた新規ミクロソーム型グリセロール3-リン酸アシルトランスフェラーゼの機能解析
標題(洋)
報告番号 123836
報告番号 甲23836
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1263号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 堅田,利明
内容要旨 要旨を表示する

【序】

リン脂質やトリアシルグリセロールは、グリセロール骨格に脂肪酸が結合した構造を有しており、結合している脂肪酸の組合せによって様々な分子種が存在する。脂肪酸を導入する酵素はアシルトランスフェラーゼと呼ばれ、グリセロール3一リン酸を出発物質として脂肪酸が順次導入されていくde novo合成過程や、リン脂質あるいはトリアシルグリセロールが一一旦合成された後に脂肪酸鎖が置き換わるリモデリング過程に関与していると考えられる。近年、アミノ酸配列の相同性から、既知のアシルトランスフェラーゼに高く保存されたコンセンサス配列を持つ分子が多数存在することがわかっているが(アシルトランスフェラーゼファミリー)、それらの分子が生体内において担っている酵素反応や、その生物学的意義に関しては不明な点が多い。当研究室では、高等動物と類似した脂質組成を有し、脂質関連遺伝子の保存性が高い線虫C.elegansをモデル生物として、機能未知のアシルトランスフェラーゼ分子の解析を進めているが、本研究ではアシルトランスフェラーゼファミリーの中で、互いに高い相同性を示すacl-4、acl-5に着目し、それらの分子が関与する脂質代謝の同定および生理機能の解析を行った。

【方法と結果】

1.acl-4、acl-5の関与する脂質代謝の同定

acl-4、acl-5の関与する脂質代謝を明らかにするために、まず、acl-4、acl-5の単独変異体およびacl-4 acl-5二重変異体におけるリン脂質量、トリアシルグリセロール量を定量した。その結果、acl-4、acl-5の単独変異体ではリン脂質、トリアシルグリセロールともに野生型と同程度の量を有していたが、acl-4 acl-5二重変異体においてリン脂質量は変わらないものの、トリアシルグリセロールの量が半分程度に減少することが明らかとなった(Figurel)。

続いて、これらの変異体においてトリアシルグリセロールの合成過程に異常があるかどうか検討するため、14Cで標識された脂肪酸の取り込みを解析した。食餌として添加した標識脂肪酸は、生体内に吸収され、リン脂質およびトリアシルグリセロール合成の基質として用いられるが、acl-4 acl-5二重変異体ではトリアシルグリセロールへの脂肪酸の取り込みが減少していることがわかった(Figure2)。以上の結果より、acl-4、acl-5は個体レベルにおいてトリアシルグリセロール量を規定する分子であり、互いに協調的に機能することが明らかになった。

【Fig.1】各変異体におけるトリアシルグリセロール量(A)およびリン脂質量(B)

【Fig.2】トリアシルグリセロールへの脂肪酸導入効率

2.acl-4、acl-5の関与する酵素反応の同定

次に、acl-4、acl-5の関与する酵素反応に関して解析を行った。リン脂質およびトリアシルグリセロールの合成過程では、グリセロール3一リン酸を出発物質として、グリセロール3一リン酸アシルトランスフェラーゼ(GPAT)、リゾホスファチジン酸アシルトランスフェラーゼ(LPAAT)と呼ばれるアシルトランスフェラーゼによって、脂肪酸が導入される(Figure3)。野生型およびacl-4 acl-5二重変異体のミクロソーム画分を用いてアシルトランスフェラーゼ活性を検討したところ、acl-4 acl-5二重変異体ではミクロソームのGPAT活性が顕著に低下しており、またac1-4の導入によりその活性が回復したことから、acl-4がGPAT活性を有することが示された(Figure4)。

【Fig.3】リン脂質・トリアシルグリセロール合成経路GPAT,glycerol-3-phosphate acyltransferase;LPAAT,lysophosphatidic acid acyltransferase

【Fig.4】acl-4 acl-5変異体ではGPAT活性が減少し、acl-4の導入によりその活性は回復する

3.acl-4、acl-5の機能解析

acl-4、acl-5の機能を解析するため、まず、acl-4、acl-5の発現部位を調べたところ、acl-4は神経、筋、腸に、acl-5は腸のみに発現する分子であることがわかった。次に、acl-4、acl-5の単独変異体およびacl-4acl-5二重変異体について表現型を解析したところ、いずれも通常の培養条件下では顕著な異常を示さなかったが、脂肪酸不飽和化酵素fat-3の変異体との交配により高度不飽和脂肪酸欠乏状態にすると、fat-3;acl-4acl-5の三重変異体では幼虫期に致死となることがわかった。また、fat-3;acl-4二重変異体では運動機能が著しく低下することを見出した。本研究では、fat-3;acl-4二重変異体における運動機能の低下に着目し、さらに解析を行った。

はじめに、acl-4の機能部位、機能時期を調べるため、fat-3;acl-4二重変異体の移動距離を運動機能の指標として、acl-4遺伝子導入によるレスキュー実験を行った。組織特異的プロモーターおよび時期特異的プロモーター(ヒートショックプロモーター)を用いて解析したところ、acl-4は主として神経で機能しており(Figure5)、幼虫期初期からのacl-4の発現が運動機能に必要であることが明らかとなった(Figure6)。線虫では幼虫期の初期に神経回路の形成が行われるため、fat-3;acl-4二重変異体では神経形態に異常がある可能性が考えられた。

【Fig.5】神経特異的ad」4の発現により、運動機能が回復する

【Fig.6】幼虫期初期(L1/L2)におけるacl-4の発現により、運動機能が回復する

そこで、運動神経を蛍光標識して観察したところ、野生型、acl-4単独変異体、fat-3単独変異体では腹側から背側への軸索がまっすぐ伸長しているのに対し、fat-3;acl-4二重変異体においては、大きく蛇行した形態が見られることが明らかとなった(Figure7、矢印)。また、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬aldicarbに対する感受性を解析したところ、fat-3;acl-4二重変異体では薬剤に対して耐性を示し、運動神経におけるアセチルコリン放出過程にも異常を示すことが示唆された(Figure8)。

fat-3;acl-4二重変異体の運動機能の低下は、acl-4と高い相同性を示す哺乳動物分子であるAGPAT6を神経に発現させることによっても回復したことから(Figure5)、AGPAT6がacl-4の機能を相補できることがわかった。AGPAT6がマウス脳および海馬初代培養神経細胞において発現することを確認しており、本酵素が高等動物においても神経系で機能している可能性が示唆された。

【Fig.7】各変異体における運動神経の形態fat-3;adl-4二重変異体では腹側から背側への軸索走行に異常が見られる(矢印)写真の右側が頭部、下側が腹側 Scale bars,100μm

【Fig.8】各変異体におけるaldicarb反応性

【まとめと考察】

リン脂質およびトリアシルグリセロールの合成過程における初発酵素であるグリセロール3一リン酸アシルトランスフェラーゼ(GPAT)は、ミトコンドリアとミクロソームにその活性を有することが知られていたが、これまでミクロソームにおける活性を担う分子は同定されていなかった。本研究では、線虫においてac1-4、acl-5という二分子がミクロソームにおけるGPAT活性を担っていること、また、それらの分子が協調的に機能してトリアシルグリセロール合成量の規定に関わることを見いだした。

本研究ではさらに、高度不飽和脂肪酸欠乏条件下において、ac1-4遺伝子の欠損が神経形態の異常および神経伝達機能の低下を生じることを明らかにし、本酵素が神経機能に関与する可能性を見いだした。神経の形態形成時には、突起伸長のために膜成分が適切に供給される必要がある。また、神経伝達機構においても、シナプス小胞の形成、放出、リサイクリング過程において膜ダイナミクスが非常に重要な役割を果たしている。これらの過程には、様々な脂質代謝酵素や脂質結合タンパク質等が関与することが報告されているが、これまでリン脂質やトリアシルグリセロールのde novo合成過程に関わる酵素の神経機能への関与はわかっていなかった。高度不飽和脂肪酸欠乏状態では、残存している不飽和度の低い脂肪酸を含有する脂質が神経機能を相補していると考えられるが、それに加えて神経細胞におけるGPAT活性が減少すると、必要部位への脂質供給が不足し、神経機能に異常を来していることが予想される。

ac1-4、ac1-5と高い相同性を示す哺乳動物分子は二分子存在しており(AGPAT6,AGPAT8)、AGPAT6がac1-4を相補したことからこれらの分子が機能的オーソログであると考えられる。今後、神経機能における脂質のde novo合成経路の意義についてさらなる検討を進めていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

リン脂質やトリアシルグリセロールは、グリセロール骨格に脂肪酸が結合した構造を有しており、結合している脂肪酸の組合せによって様々な分子種が存在する。脂肪酸を導入する酵素はアシルトランスフェラーゼと呼ばれ、グリセマール3一リン酸を出発物質として脂肪酸が順次導入されていくdenovo合成過程や、リン脂質あるいはトリアシルグリセロールが一旦合成された後に脂肪酸鎖が置き換わるリモデリング過程に関与していると考えられる。近年、アミノ酸配列の相同性から、既知のアシルトランスフェラーゼに高く保存されたコンセンサス配列を持つ分子が多数存在することがわかっているが(アシルトランスフェラーゼファミリー)、それらの分子が生体内において担っている酵素反応や、その生物学的意義に関しては不明な点が多い。原の所属研究室では、高等動物と類似した脂質組成を有し、脂質関連遺伝子の保存性が高い線虫C.elegansをモデル生物として、機能未知のアシルトランスフェラーゼ会子の解析を進めているが、原はアシルトランスフェラーゼファミリーの中で、互いに高い相同性を示すacl-4、acl-5に着目し、それらの分子が関与する脂質代謝の同定および生理機能の解析を行った。、

1.acl-4、acl-5の関与する脂質代謝の同定

acl-4、acl-5の関与する脂質代謝を明らかにするために、まず、acl-4、acl-5の単独変異体およびacl-4 acl-5二重変異体におけるリン脂質量、トリアシルグリセロール量を定量した。その結果、acl-4、acl-5の単独変異体ではリン脂質、トリアシルグリセロールともに野生型と同程度の量を有していたが、acl-4 acl-5二重変異体においてリン脂質量は変わらないものの、トリアシルグリセロールの量が半分程度に減少することが明らかとなった。

続いて、これらの変異体においてトリアシルグリセロールの合成過程に異常があるかどうか検討するため、14Cで標識された脂肪酸の取り込みを解析した。食餌として添加した標識脂肪酸は、生体内に吸収され、リン脂質およびトリアシルグリセロール合成の基質として用いられるが、acl-4 acl-5二重変異体ではトリアシルグリセロールへの脂肪酸の取り込みが減少していることがわかった。以上の結果より、acl-4、ac1-5は個体レベルにおいてトリアシルグリセロール量を規定する分子であり、互いに協調的に機能することが明らかになった。

2.acl-4、acl-5の関与する酵素反応の同定

次に、acl-4、acl-5の関与する酵素反応に関して解析を行った。リン脂質およびトリアシルグリセロールの合成過程では、グリセロール3一リン酸を出発物質として、グリセロール3-リン酸アシルトランスフェラーゼ(GPAT)、リゾホスファチジン酸アシルトランスフェラーゼ(LPAAT)と呼ばれるアシルトランスフェラーゼによって、脂肪酸が導入される。野生型およびacl-4 acl-5二重変異体のミクロソーム画分を用いてアシルトランスフェラーゼ活性を検討したところ、acl-4 acl-5二重変異体ではミクロソームのGPAT活性が顕著に低下しており、またacl-4の導入によりその活性が回復したことから、acl-4がGPAT活性を有することが示された。

3.acl-4、acl-5の機能解析

acl-4、acl-5の機能を解析するため、まず、acl-4、acl-5の発現部位を調べたところ、acl-4は神経、筋、腸に、acl-5は腸に発現する分子であることがわかった。次に、acl-4、acl-5の単独変異体およびacl-4 acl-5二重変異体について表現型を解析したところ、いずれも通常の培養条件下では顕著な異常を示さなかったが、脂肪酸不飽和化酵素fat-3の変異体との交配により高度不飽和脂肪酸欠乏状態にすると、fat-3;acl-4 acl-5の三重変異体では幼虫期に致死となることがわかった。また、fat-3;acl-4二重変異体では運動機能が著しく低下することを見出した。本研究では、fat-3;acl-4二重変異体における運動機能の低下に着目し、さらに解析を行った。

はじめに、acl-4の機能部位、機能時期を調べるため、fat-3;acl-4二重変異体の移動距離を運動機能の指標として、acl-4遺伝子導入によるレスキュー実験を行った。組織特異的プロモーターおよび時期特異的プロモーター(ヒートショックプロモーター)を用いて解析したところ、acl-4は主として神経で機能しており、幼虫期初期からのacl-4の発現が運動機能に必要であることが明らかとなった。線虫では幼虫期の初期に神経回路の形成が行われるため、fat-3;acl-4二重変異体では神経形態に異常がある可能性が考えられた。

そこで、運動神経を蛍光標識して観察したところ、野生型、acl-4単独変異体、fat-3単独変異体では腹側から背側への軸索がまっすぐ伸長しているのに対し、fat-3;acl-4二重変異体においては、大きく蛇行した形態が見られることが明らかとなった。また、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬aldicarbに対する感受性を解析したところ、fat-3;acl-4二重変異体では薬剤に対して耐性を示し、運動神経におけるアセチルコリン放出過程にも異常を示すことが示唆された。

fat-3;acl-4二重変異体の運動機能の低下は、acl-4と高い相同性を示す哺乳動物分子であるAGPAT6を神経に発現させることによっても回復したことから、AGPAT6がacl-4の機能を相補できることがわかった。AGPAT6がマウス脳および海馬初代培養神経細胞において発現することを確認しており、本酵素が高等動物においても神経系で機能している可能性が示唆された。

リン脂質およびトリアシルグリセロールの合成過程における初発酵素であるグリセロール3-リン酸アシルトランスフェラーゼ(GPAT)は、ミトコンドリアとミクロソームにその活性を有することが知られていたが、これまでミクロソームにおける活性を担う分子は同定されていなかった。本研究では、線虫においてacl-4、acl-5という二分子がミクロソームにおけるGPAT活性を担っていること、また、それらの分子が協調的に機能してトリアシルグリセロール合成量の規定に関わることを見いだした。

本研究ではさらに、高度不飽和脂肪酸欠乏条件下において、acl-4遺伝子の欠損が神経形態の異常および神経伝達機能の低下を生じるごとを明らかにし、本酵素が神経機能に関与する可能性を見いだした。神経の形態形成や神経伝達機構において、様々な脂質代謝酵素や脂質結合タンパク質等が関与することが報告されているが、これまでリン脂質やトリアシルグリセロールのde novo合成過程に関わる酵素の神経機能への関与はわかっていなかった。本研究は、高度不飽和脂肪酸欠乏状態においてGPAT活性が減少すると神経機能に異常を来すということ、を明らかにし、神経機能における脂質のde novo合成経路の重要性を提起した点で意義のある報告といえる。これらの成果は、博士(薬学)の値するものと評価できる。

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