学位論文要旨



No 123839
著者(漢字) 松本,靖彦
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ヤスヒコ
標題(和) 黄色ブドウ球菌の病原性調節因子CvfBの分子機能の解明
標題(洋)
報告番号 123839
報告番号 甲23839
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1266号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

[序]

黄色ブドウ球菌は人に対して、日和見感染を引き起こす病原性細菌である。黄色ブドウ球菌により引き起こされる疾患は化膿症、髄膜炎、敗血症など多様である。黄色ブドウ球菌は宿主組織を破壊する様々な毒素や宿主免疫系からの防御因子を持ち、それらの発現を制御することにより、感染した宿主に対して様々な症状を引き起こすと考えられている。しかし、毒素など病原性因子の発現に至る制御機構には不明な点が多い。当研究室では無脊椎動物であるカイコの黄色ブドウ球菌感染モデルを利用し、新規病原性遺伝子cvfB(conserved virulence factor B)を見い出している。cvfB遺伝子は、A群連鎖球菌、緑膿菌、リステリア菌などの病原性細菌において保存された遺伝子である。cvfB遺伝子は、黄色ブドウ球菌の病原性毒素として知られる溶血毒素、プロテアーゼ、ヌクレアーゼの産生に寄与する。しかし、CvfBの分子機能は不明である。本研究の目的は、遺伝学的、及び生化学的解析によりCvfBの機能を明らかにし、黄色ブドウ球菌の毒素産生機構の一端を解明することである。

[結果と考察]

1. cvfB遺伝子は、病原性調節遺伝子agrの発現を介する経路と介さない経路で毒素産生、及び病原性に寄与する

cvfB遺伝子が溶血毒素の産生に関与することがすでにわかっている。本研究ではまず、cyfB遺伝子が、溶血毒素をコードするhla遺伝子の発現に寄与するかを検討した。レポーターアッセイによる解析から、cyfB欠損株では、hla遺伝子の発現が低下していた。また、cvfB欠損株では、hla遺伝子の発現を制御することが示されているagr遺伝子の発現も低下していた。従って、cvfB遺伝子は、agr遺伝子の発現を介する溶血毒素産生に寄与すると考えられる。さらに、cvfB、agr二重欠損株においては、agr欠損株と比べて、溶血毒素、プロテアーゼ、DNaseの産生(表.1)、並びにカイコやマウスに対する病原性が低下していた。これらの結果は、cvfB遺伝子がagr遺伝子の発現を介さない経路でも毒素産生、及び病原性に寄与することを示唆している。

2. CvfBタンパク質は、RNA結合活性を有する

CvfBタンパク質の64-144、及び151-225アミノ酸残基の領域にS1 RNA結合ドメインと相同性のある領域が存在する。そこで私は、CvfBがRNA結合活性を有するか検討した。ヒスチジン融合CvfBを大腸菌で発現させ、ヒスチジンアフィニティーカラム、及び陰イオン交換カラムで精製した。CvfBタンパク質の挙動は、poly(U)に対する結合活性の挙動と一致していた(図1)。この結果は、CvfBがRNA結合活性を有するタンパク質であることを示唆している。

3. CvfBタンパク質のRNA結合活性は、黄色ブドウ球菌の溶血毒素産生に必要である

種々の変異型CvfBを用いて、poly(U)と結合するために必要な領域、及び溶血毒素産生に必要な領域の同定を試みた。その結果、CvfBとpoly(U)との結合には、150-300アミノ酸残基の領域が必要であること、及び溶血毒素産生には、それに加えてさらに63-149アミノ酸残基の領域が必要であることがわかった。poly(U)結合活性を持たない変異型CvfBは、調べた限り、すべて溶血活性を示さなかった(図2)。この結果は、黄色ブドウ球菌の毒素産生にCvfBのRNA結合活性が必要であることを示唆している。変異型CvfB(CvfB-5)は、poly(U)結合活性を持つが、溶血毒素産生ができない。この結果は、poly(U)結合活性以外の機能もCvfBの溶血毒素産生に必要であることを示唆している。

4. CvfBは、30Sリボソームタンパク質S9(Rpsl)と結合する

CvfBタンパク質の分子機能をさらに理解する目的で、CvfBと結合する因子の同定を試みた。抗CvfB抗体を用いて免疫沈降を行ったところ、約14kDaのタンパク質が検出された。マススペクトル解析から、この約14kDaのタンパク質画分には、30Sリボソームタンパク質S9(Rpsl)とSA1528の二つのペプチドが含まれていた。次に、GST pull down法により、CvfBが30Sリボソームタンパク質S9、及びSA1528と結合するかを検討した。抗CvfB抗体により、30Sリボソームタンパク質S9(Rpsl-GST)では、バンドが検出されたが、SA1528(SA1528-GST)、及びGSTでは、バンドが検出されなかった。この結果は、CvfBが30Sリボソームタンパク質S9と結合することを示唆している(図3)。30Sリボソームタンパク質S9は、30Sリボソーム複合体の構成因子の一つであることから、CvfBが30Sリボソームと複合体を形成するかを検討した。その結果、30Sリボソーム画分にCvfBタンパク質を検出することができた。この結果は、CvfBが30Sリボソームと複合体を形成することを示唆している。

5. CvfBと30Sリボソームタンパク質S9の結合の毒素産生への寄与

変異型CvfB、及び変異型30Sリボソームタンパク質S9を用いた解析から、CvfBタンパク質のC末端領域である226-300アミノ酸領域と30Sリボソームタンパク質S9のC末端領域である66-130アミノ酸領域とが結合することが示唆された。CvfBと結合可能な30Sリボソームタンパク質S9のC末端領域の過剰発現は、野生型においては、溶血活性の低下を導くが、cvfB欠損株においては、溶血活性の低下を導かなかった(図 4)。この結果は、CvfBと30Sリボソームタンパク質S9との結合が30Sリボソームタンパク質S9のC末端領域の過剰発現により阻害され、溶血毒素産生が低下したことを示唆している。

[まとめ]

本研究において得られた知見から、私は、黄色ブドウ球菌の毒素産生機構について、以下のようなメカニズムを考えている。まず、CvfBが病原性因子のmRNAと結合する。次に、CvfBと30Sリボソームタンパク質S9とが結合することにより、mRNAにリボソーム複合体が導入される。その後、agr遺伝子の発現を介する経路と介さない経路で、溶血毒素を産生させる(図 5)。私は、このモデルでCvfBが病原性因子のmRNAにリボソームを導入する効率を上げることにより、毒素産生に関与する病原性因子の翻訳を促進すると考えている。30Sリボソームタンパク質S9は、細胞増殖に必要なタンパク質であることが大腸菌で示されているが、病原性への関与についての報告はない。また、リボソームタンパク質と結合することにより毒素の産生を調節する因子の報告例はない。本研究を通じて、私は、病原性因子をコードするmRNAとリボソームの複合体形成段階における毒素産生の調節という新しい考え方を提案したい。

1. Matsumoto Y, Kaito C, Morishita D, Kurokawa K, Sekimizu K. Infect Immun. 75, 1964-72 (2007)2. Kaito C, Morishita D, Matsumoto Y, Kurokawa K, Sekimizu K. Mol Microbiol. 62 1601-17 (2006)3. Hossain MS, Hamamoto H, Matsumoto Y, Razanajatovo IM, Larranaga J, Kaito C, Kasuga H, Sekimizu K. J Biochem (Tokyo). 140, 439-44 (2006)4. Kaito C, Kurokawa K, Matsumoto Y, Terao Y, Kawabata S, Hamada S, Sekimizu K. Mol Microbiol. 56, 934-44 (2005)

表1 cvfB,agr二重欠損株は、agr欠損株より毒素産生量が低下していた

図1 陰イオン交換クロマトグラフィーにおけるpoly(U)結合活性とタンパク質濃度(上段)、及びSDS電気泳動像(下段)。

図2 CvfBのpoly(U)結合、及び溶血毒素産生に必要な領域の同定

図3 CvfBと30Sリボソームタンパク質S9(Rpsl)の結合

図4 30Sリボソームタンパク質S9のC末端領域の過剰発現による溶血活性の低下

図5 CvfBと30Sリボソームタンパク質S9の結合による毒素産生モデル

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、黄色ブドウ球菌の病原性調節因子CvfBの分子機能の解明と毒素産生における役割を明らかにしたものである。

黄色ブドウ球菌は、化膿症、髄膜炎、敗血症などの疾患を引き起こす日和見感染の原因菌である。黄色ブドウ球菌は宿主組織を破壊する様々な毒素を発現することにより、人に対して様々な症状を引き起こすと考えられている。しかし、毒素など病原性因子の発現制御機構は不明な点が多い。申請者が所属する研究室では無脊椎動物であるカイコの黄色ブドウ球菌感染モデルを利用し、新規病原性遺伝子cvfB (conserved virulence factor B)を見い出している。cvfB遺伝子は、A群連鎖球菌、緑膿菌、リステリア菌などの病原性細菌において保存された遺伝子である。cvfB遺伝子は、黄色ブドウ球菌の病原性毒素として知られる溶血毒素、プロテアーゼ、ヌクレアーゼの産生に寄与する。しかし、CvfBの分子機能は不明である。申請者は、本研究において、遺伝学的、及び生化学的解析によりCvfBの機能を明らかにし、黄色ブドウ球菌の毒素産生機構の解明を試みた。

申請者は、cvfB遺伝子が溶血毒素をコードするわhla遺伝子の発現に寄与するかを検討した。cvfB遺伝子が、hla遺伝子の発現に寄与すること、及びhla遺伝子の発現を制御することが示されているagr遺伝子の発現に寄与することを見いだした。従って、cvfB遺伝子は、agr遺伝子の発現を介する溶血毒素産生に寄与すると考えられた。さらに、cvfB、agr二重欠損株を用いた解析から、cvfB遺伝子がagr遺伝子の発現を介さない経路でも毒素産生、及び病原性に寄与することを見いだした。

申請者は、CvfBの生化学的活性の解明を試みた。CvfBの一次配列上、S1 RNA結合ドメインと相同性のある領域が二ヵ所存在することが推定された。そこで申請者は、CvfBがRNA結合活性を有するかを、CvfBタンパク質を精製して検討した。その結果、CvfBがRNA結合活性を有することを見いだした。申請者はさらに、種々の変異型CvfBを用いて、CvfBタンパク質のRNA結合活性と溶血毒素産生に構造活性相関が得られるか検討した。RNA結合活性を持たない変異型CvfBは、溶血活性を示さなかった。この結果から、黄色ブドウ球菌の毒素産生にCvfBのRNA結合活性が必要であることが示唆された。

申請者は、CvfBの分子機能を推定する目的で、CvfBと結合する因子の同定を試みた。免疫沈降法、及びGST pull down法を用いた解析から、CvfBが30Sリボソ}ムタンパク質S9と結合することが明らかとなった。申請者はさらに、30Sリボソームタンパク質S9が30Sリボソーム複合体の構成因子の一つであることに着目して、CvfBが30Sリボソームと複合体を形成するかを検討した。その結果、CvfBが30Sリボソームと複合体を形成することを示唆する知見を得た。

申請者は、次にCvfBと30Sリボソームタンパク質S9との結合が溶血毒素産生に関与するか検討した。申請者は、CvfBと30Sリボソームタンパク質S9との結合は、それぞれのC末端領域で結合することを明らかにした。CvfBと結合可能な30Sリボソームタンパク質S9のC末端領域の過剰発現系を用いた解析から、CvfBと30Sリボソームタンパク質S9との結合が溶血毒素産生に関与することが示唆された。

以上、本研究は、黄色ブドウ球菌の病原性調節因子CvfBの遺伝学的、及び生化学的解析をもとに、CvfBが関与する毒素産生機構の解明、及び黄色ブドウ球菌の毒素産生におけるCvfBの分子機能を明らかにした。

この研究から、申請者は、CvfBが病原性因子をコードするmRNAとリボソームの複合体形成段階における毒素産生の調節という新しい考え方を提案している。病原性の研究において、翻訳調節の重要性については、あまり議論されていない。申請者の病原性因子の翻訳調節の重要性に関する提案は、今後の病原性の研究に新たな視点を加えることとなり、病原性因子の発現調節機構の解明に貢献するところが大きく、博士(薬学)に値すると判断した。

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