学位論文要旨



No 123840
著者(漢字) 森川,麗
著者(英字)
著者(カナ) モリカワ,レイ
標題(和) オートファジータンパク質 Atg8を介した細胞内型ホストリパーゼA1の新規機能
標題(洋) A novel function of intracelluar phosphlipase A1s mediated by autophagic proteins Atgs family
報告番号 123840
報告番号 甲23840
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1267号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

【序】

修士課程において私は、哺乳類細胞内型ホスホリパーゼA1(PLA1)Q一つKiAA0725の機能解析を行ない、KIAA0725を細胞に過剰発現するとリゾリン脂質の一種リゾホスファチジルエタノールアミンが特異的に増加すること、KIAA0725は細胞質及びゴルジ体に局在し、発現抑制により一部の小胞輸送関連タンパク質の局在に変化を来たすことなどを明らかにし、KIAA0725がホスファチジルエタノールアミン(PE)の加水分解を介して何らかの膜輸送系に関与する可能性を見いだしていた。しかし、KIAA0725が直接制御する膜動態がどのようなものであるのかを明らかにするには至らなかった。

そこで博士課程においては、KIAA0725が関与する膜動態を解明することを目的としてさらに解析を進め、KIAA0725がオートファジータンパク質のひとつであるAtg8の哺乳類ホモログと結合すること

オートファジーとは、オルガネラを含めた細胞質成分を加水分解酵素に富んだリソソーム/液胞へと輸送することにより大規模に分解する機構であり、酵母から哺乳類まで高度に保存されている。主に飢餓時に発動し、生存に必須な生体分子の合成の材料を確保する機構であると考えられていたが、近年、細菌感染や神経変性疾患などの病気との関連も明らかにされつつある。オートファジーにおける膜動態は、既知の小胞輸送とは異なる非常に特徴的かつダイナミックなものである。細胞質中に隔離膜と呼ばれるカップ型の膜構造が出現し、伸長した隔離膜が細胞質の一部を取り込み、オートファゴソームと呼ばれる二重膜構造を形成する。オートファゴソームは最終的にリソソーム/液胞と融合し、内部の細胞質成分は内膜ごと消化される(図1)。Atg8は、これらの過程に関与する分子として酵母を用いた遺伝学的手法により同定されたオートファジータンパク質群のひとつである。しかし、オートファジーという特異な膜動態をどのようにAt98が制御するのかについては不明な点が多い。

今回、KIAAO725がAtg8ファミリーを介してオートファジーを制御する可能性を検討し、KIAAO725はオートファゴソーム上に局在し、オートファジーの最終過程を制御する調節因子である可能性を明らかにした。

【方法と結果】

KIAAO725の結合因子、Atg8ファミリー同定

KIAAO725がどのような膜輸送経路において機能するのかを明らかにするため、yeast two hybridスクリーニングによりKIAA0725の結合因子を探索した。その結果、KIAAO725の結合因子として、GATE-16、GABARAPを同定した。これらの分子は、酵母Atg8の哺乳類ホモログの一部である。酵母Atg8は、ユビキチンに良く似た立体構造を取り、El、E2に相当するAtg3及びAtg7によりPE付加され、オートファゴソーム膜上に初期段階の隔離膜からオートリソソームまで局在し続ける(図2)。Atg8-PEの存在がオートファジーに必要であることが示されているが、その機能メカニズムについてはほとんど明らかにされていない。Atg8の哺乳類ホモログは7つ存在するが、これらのうち実際に動物細胞におけるオートファゴソームへの局在が確認され、オートファジーとの関連が最も解明されているのがLC3である。そこで、実際にこれらのAtg8ファミリー分子とKIAA0725が相互作用するかどうかを免疫沈降により確かめたところ、KIAAO725はGATE-16、GABARAP、LC3のいずれとも共沈することが確かめられた(図3)。この結果より、KIAAO725は、Atg8ファミリー分子と協調してオートファゴソーム形成において機能している可能性が示唆された。

KIAAA0725は飢餓誘導時にLC3陽性オートファゴソーム及び一部のオートリソソームに局在する

動物細胞を血清、アミノ酸を含まない培地により飢餓状態に置くことで、オートファジーは誘導され、オートファゴソームが形成される。GFP-KIAAO725安定発現CHO細胞ではGFP-KIAAO725は通常ゴルジ体とサイトゾルに局在する。しかし、HBSSで2時間培養した後観察したところ、通常培地の場合には観察されないGFP-KIAAO725陽性ドットが出現した(図4A)。このドットがオートファゴソームであるかどうかを確かめるため、mCherry-LC3を一過性に発現させて観察したところ、GFP-KIAAO725陽性ドットの大部分がmCherry-LC3陽性であった(図4B)。また、GFP-KIAAO725は隔離膜のマーカーであるAtg5とは重ならならず、また、一部のGFP-KIAAO725陽性ドットはオートリソソームを含む酸性コンパートメントを染色するリゾトラッカー陽性であった(data not shown)。これらの結果から、KIAAO725は飢餓時に形成されるオートファゴソーム、及び一部のオートリソソーム上に局在することが示された。

KIAA0725の発現抑制によりLC3-PEが増加し、LC3陽性オートファゴソームが蓄積する

遊離LC3とPEが付加されたLC3-PEはSDS-PAGEにおける移動度の違いから判別が可能である。LC3-PEの量は特にオートファゴソーム数と良く相関することから、オートファゴソーム膜の量の指標として見られている。LC3-PEはオートファジーが亢進した場合に増加することが多いが、リソソームとの融合の異常等により通常条件下でも生じている基底レベルでのオートファジーの進行が停滞する場合にもオートファゴソームが蓄積し、LC3-PEが増加する。オートファゴソーム形成におけるKLAAO725の寄与の有無を確かめるため、KIAA0725をsiRNAにより発現抑制し、Lc3の発現をウエスタンブロッティングにより確かめたところ、KIAAO725の発現抑制下では、栄養が十分な状態でもLC3-PEが増加していることが明らかとなった(図5A)。同時に、LC3の蛍光抗体法による染色では、LC3陽性オートファゴソーム/オートリソソームが蓄積している様子が観察された(図5B)。さらに、LC3に対する免疫電子顕微鏡法により、KIAAO725発現抑制細胞では、同様にLC3陽性オートファゴソーム/オートリソソームの増加が確認され、さらに細胞質中及びオートファゴソーム/オートリソソーム内にLC3の異常なアグリゲイトが観察された(図5C)。

LC3-PEとオートファゴソーム/オートリソソームの増加という表現型は、上に述べたようにオートファジー経路の亢進もしくは基底レベルでのオートファジーの途中段階での停滞により引き起こされると考えられる。オートファジー誘導時には、シグナル分子であるTorキナーゼが不活性化され、これがオートファジー経路の引き金となることが知られている(図6A)。そこで、Torの活性化状態を、Torの下流で同様にリン酸化を受けることが知られているp70S6Kのリン酸化状態を指標に調べた。その結果、コントロ細胞とKIAA0725発現抑制細胞に差は見られなかった(図6B)。)また、オごトファジーの初期段階には、隔離膜の形成が生じるが、隔離膜のマーカーであるAtg5による可視化を行なったところ、KIAAO725発現抑制細胞における隔離膜形成の増加は認められなかった(図6C)。これらの結果から、KIAAO725の発現抑制下ではオートファジーが亢進しているのではなく、基底レベルのオートファジーに停滞が生じている可能性が示唆された。

KIAA0725発現抑制によりオートフジー分解に異常は生じない

KIAA0725の発現抑制により基底レベルのオートファジーに停滞が生じていると考えられたが、その一つの原因としてオートリソソームにおける分解機構に異常を来している可能性を検証した。具体的には、オートファジー特異的に分解されると言われているp62の飢餓状態における分解速度についてKIAAO725発現抑制細胞とコントロール細胞で比較した。その結果、KIAAO725発現抑制細胞においてp62の分解速度の異常は見られなかった(図7)。従って、KIAAO725はオートファジーによる分解機構以外の何らかの分子機構を介してオートリソソームの最終的な消去を制御していると考えられた。

【まとめと考察】

オートファジーの分子メカニズムは部分的には明らかにされつつも、不明な点が多く残されている。本研究で私は、細胞内型PLA1の一つであるKIAA0725がAtg8ファミリーと結合し、オートファジーの最終過程の制御に関与することを明らかにした。これまでに、オートリソソームがどのような過程をたどり細胞内から消えるのか全く解明されてこなかった。このような表現型を示す変異体や発現抑制系はこれまでに報告がなく、今回の結果から細胞内型PLA1がこれまで全く定義されて来なかったオートファジーの後期過程の調節因子であると考えられる。

図1オートファジーの進行過程

図2 オートファジーにおけるAtg8の挙動

図3KIAAO725とAtg8ファミリー分子との共沈実験

図4飢餓誘導時のGFP-KlAAO725安定発現細胞

図5(A)KIAAO725発現抑制によるLC3-PEの増加。(B)KIAAO725の発現抑制によるLC3陽陛オートファゴソーム/オートリソソームの蓄積(OLC3免疫電子顕微鏡観察像。左下は正常細胞で飢餓時に誘導されるオートファゴソーム。右は通常培地においてKIAAO725発現抑制により観察される異常なLC3アグリゲイト(矢印)及びLC3アグリゲイトを含んだオートファゴソーム/オートリソソーム(矢頭〉。

図6 KlAAO725発現抑制細胞では、オートファジーは充進していない(A)オートファジー誘導シグナルについて。(B)KIAAO725発現抑制細胞では、Torのリン酸化状態に異常はない。(q)mCheny-Atg5による隔離膜の可視化。矢印が飢餓により誘導された隔離膜。KIAAO725発現抑制細胞では、コントロール細胞と比べて過剰な隔離膜の誘導は生じていない。

図7 オートファジーによるp62の分解飢餓状態においてオートファジーが誘導される際のp62の分解速度をKIAAO725発現抑制細胞とコントロール細胞で調べた。

図8 オートファジーにおけるKIAA0725の機能についてのモデル

審査要旨 要旨を表示する

修士課程において森川は、哺乳類細胞内型ホスホリパーゼA1(PLA1)の一つKIAA0725の機能解析を行ない、KIAA0725を細胞に過剰発現するとリゾリン脂質の一種リゾホスファチジルエタノールアミンが特異的に増加すること、KIAAO725は細胞質及びゴルジ体に局在し、発現抑制により一部の小胞輸送関連タンパク質の局在に変化を来たすことなどを明らかにし、KIAAO725がホスファチジルエタノールアミン(PE)の加水分解を介して何らかの膜輸送系に関与する可能性を見いだしていた。博士課程においては、KIAA0725が関与する膜動態を解明することを目的としてさらに解析を進め、KIAA0725がオートファジータンパク質のひとつであるAtg8の哺乳類ホモログと結合することを見いだした。

オートファジーとは、オルガネラを含めた細胞質成分を加水分解酵素に富んだリソソーム/液胞へと輸送することにより大規模に分解する機構であり、酵母から哺乳類まで高度に保存されている。主に飢餓時に発動し、生存に必須な生体分子の合成の材料を確保する機構であると考えられている。オートファジーにおける膜動態は、既知の小胞輸送とは全く異なる。まず、細胞質中に隔離膜と呼ばれるカップ型の膜構造が出現し、伸長した隔離膜が細胞質の一部を取り込み、オートファゴソームと呼ばれる二重膜構造を形成する。オートファゴソームは最終的にリソソーム/液胞と融合し、内部の細胞質成分は内膜ごと消化される。Atg8は、これらの過程に関与する分子として酵母を用いた遺伝学的手法により同定されたオートファジータンパク質群のひとつである。しかし、オートファジーという特異な膜動態をどのようにAtg8が制御するのかについては不明な点が多い。

今回、森川はKIAA0725がAtg8ファミリーを介してオートファジーを制御する可能性を検討し、KIAA0725はオートファゴソーム上に局在し、オートファジーの最終過程を制御する調節因子である可能性を明らかにした。

1.KIAA0725の結合因子、Atg8ファミリーの同定

KIAA0725がどのような膜輸送経路において機能するのかを明らかにするため、yeast two hybridスクリーニングによりKIAA0725の結合因子を探索した。その結果、KIAA0725の結合因子として、GATE-16、GABARAPを同定した。これらの分子は、酵母Atg8の哺乳類ホモログの一部である。酵母Atg8は、ユビキチンに良く似た立体構造を取り、El、E2に相当するAtg3及びAtg7によりPE付加され、オートファゴソーム膜上に初期段階の隔離膜からオートリソソームまで局在し続ける。Atg8-PEの存在がオートファジーに必要であることが示されているが、その機能メカニズムについてはほとんど明らかにされていない。Atg8の哺乳類ホモログは7つ存在するが、これらのうち実際に動物細胞におけるオートファゴソームへの局在が確認され、オートファジーとの関連が最も解明されているのがLC3である。そこで、実際にこれらのAtg8ファミリー分子とKIAA0725が相互作用するかどうかを免疫沈降により確かめたところ、KIAA0725はGATE-16、GABARAP、LC3のいずれとも共沈することが確かめられた。この結果より、KIAA0725は、Atg8ファミリー分子と協調してオートファゴソーム形成において機能している可能性が示唆された。

2.KIAAA0725は飢餓誘導時にLC3陽性オートファゴソーム及び一部のオートリソソームに局在する

動物細胞を血清、アミノ酸を含まない培地により飢餓状態に置くことで、オートファジーは誘導され、オートファゴソームが形成される。GFP-KIAA0725安定発現CHO細胞ではGFP-KIAA0725は通常ゴルジ体とサイトゾルに局在する。しかし、HBSSで2時間培養した後観察したところ、通常培地の場合には観察されないGFP-KIAA0725陽性ドットが出現した。このドットがオートファゴソームであるかどうかを確かめるため、mCherry-LC3を一過性に発現させて観察したところ、GFP-KIAA0725陽性ドットの大部分がmCherry-LC3陽性であった。また、GFP-KIAA0725は隔離膜のマーカーであるAtg5とは重ならならず、また、一部のGFP-KIAA0725陽性ドットはオートリソソームを含む酸性コンパートメントを染色するリゾトラッカー陽性であった。これらの結果から、KIAA0725は飢餓時に形成されるオートファゴソーム、及び一部のオートリソソーム上に局在することが示された。

3.KIAA0725の発現抑制によりLC3-PEが増加し、LC3陽性オートファゴソームが蓄積する遊離LC3とPEが付加されたLC3-PEはSDS-PAGEにおける移動度の違いから判別が可能である。LC3-PEの量は特にオートファゴソーム数と良く相関することから、オートファゴソーム膜の量の指標として見られている。LC3-PEはオートファジーが亢進した場合に増加することが多いが、リソソームとの融合の異常等により通常条件下でも生じている基底レベルでのオートファジーの進行が停滞する場合にもオートファゴソームが蓄積し、LC3-PEが増加する。オートファゴソーム形成におけるKIAA0725の寄与の有無を確かめるため、KIAA0725をsiRNAにより発現抑制し、LC3の発現をウエスタンブロッティングにより確かめたところ、KIAA0725の発現抑制下では、栄養が十分な状態でもLC3-PEが増加していることが明らかとなった。同時に、LC3の蛍光抗体法による染色では、LC3陽性オートファゴソーム/オートリソソームが蓄積している様子が観察された。さらに、LC3に対する免疫電子顕微鏡法により、KIAA0725発現抑制細胞では、同様にLC3陽性オートファゴソーム/オートリソソームの増加が確認され、さらに細胞質中及びオートファゴソーム/オートリソソーム内にLC3の異常なアグリゲイトが観察された。

LC3-PEとオートファゴソーム/オートリソソームの増加という表現型は、上に述べたようにオートファジー経路の亢進もしくは基底レベルでのオートファジーの途中段階での停滞により引き起こされると考えられる。オートファジー誘導時には、シグナル分子であるTorキナーゼが不活性化され、これがオートファジー経路の引き金となることが知られている。そこで、Torの活性化状態を、Torの下流で同様にリン酸化を受けることが知られているp70S6Kのリン酸化状態を指標に調べた。その結果、コントロール細胞とKIAAO725発現抑制細胞に差は見られなかった。また、オートファジーの初期段階には、隔離膜の形成が生じるが、隔離膜のマーカーであるAtg5による可視化を行なったところ、KIAA0725発現抑制細胞における隔離膜形成の増加は認められなかった。これらの結果から、KIAA0725の発現抑制下ではオートファジーが亢進しているのではなく、基底レベルのオートファジーに停滞が生じている可能性が示唆された。

4.KIAA0725発現抑制により、オートファジー分解に異常は生じないKIAA0725の発現抑制により基底レベルのオートファジーに停滞が生じていると考えられたが、その一つの原因としてオートリソソームにおける分解機構に異常を来している可能性を検証した。具体的には、オートファジー特異的に分解されると言われているp62の飢餓状態における分解速度についてKIAA0725発現抑制細胞とコントロール細胞で比較した。その結果、KIAA0725発現抑制細胞においてp62の分解速度の異常は見られなかった。従って、KIAA0725はオートファジーによる分解機構以外の何らかの分子機構を介してオートリソソームの最終的な消去を制御していると考えられた。

オートファジーの分子メカニズムは部分的には明らかにされつつも、不明な点が多く残されている。本研究で森川は、細胞内型PLA1の一つであるKIAA0725がAtg8ファミリーと結合し、オートファジーの最終過程の制御に関与することを明らかにした。これまでに、オートリソソームがどのような過程をたどり細胞内から消えるのか全く解明されてこなかった。このような表現型を示す変異体や発現抑制系はこれまでに報告がなく、今回の結果から細胞内型PLAlがこれまで全く定義されて来なかったオートファジーの後期過程の調節因子であると考えられる。これらの成果は、博士(薬学)の値するものと評価できる。

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