学位論文要旨



No 123841
著者(漢字) 横川,真梨子
著者(英字)
著者(カナ) ヨコガワ,マリコ
標題(和) Gタンパク質によるカリウムチャネル開閉機構の構造生物学的解析
標題(洋)
報告番号 123841
報告番号 甲23841
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1268号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 准教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

【序】

イオンチャネルは厳密に開閉制御されることにより、膜電位、浸透圧、イオン濃度などを調節する。したがって、イオンチャネルの開閉機構を明らかにすることは生命機能の解明における重要な課題である。Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムチャネル(GIRK)は、3量体Gタンパク質のβγナブユニット(GβY)により開閉制御される内向き整流性カリウムチャネル(IRK)であり、心拍数の制御や中枢神経における神経伝達などを担う。GIRKはN、C末端を細胞内に有する2回膜貫通型のサブユニットが4量体を形成することにより機能する。GIRKの開閉は、N、C両末端からなるGIRKの細胞内領域に対してGβγが直接結合し、細胞内領域の構造変化を誘起することにより引き起こされると考えられている。

近年、主にX線結晶構造解析の進展により、カリウムチャネルをはじめとする複数のイオンチャネルの立体構造が解析され、イオン透過機構の構造生物学的解明が進んだ。IRKにっいても、2002年にマウス由来のGIRK1(mGIRK1)の細胞内領域、2003年に原核生物由来のKirBac1.1の全長構造、さらに2007年にはmGIRK1細胞内領域とKirBac1.3の膜貫通領域からなるキメラ体のX線結晶構造など、複数の立体構造が報告されている(Fig.1)。しかし、これらはいずれもGβγ非存造在下の構造であり、GβγによるGIRK開閉機構に関する知見を与えるものではない.さらに、従来行われてきた分子物学的研究も、GβγによるGIRKの活性化に関して数個の重要な残基を同定したものの、Gβ7結合界面の決定やチャネル開閉を担う構造変化の解析には至っていない。

そこで本研究は、GβγによるGIRK開閉機構1の解明を目的とし、GIRK細胞内領域とGβγの相互作用について、NMR法を用いた構造生物学的研究を行った。

【方法・結果】

1.GIRKの調製

マウス脳のcDNAライブラリーからPCR法によりGIRK1をコードするcDNAをクローニングした。Gβγによる開閉制御に重要な細胞内領域として、細胞内N末端領域(アミノ酸残基番号41-63)とC末端領域(アミノ酸残基番号190-371)を直接結合した一本鎖コンストラクト(GIRK-single)の大月易菌発現系を構築した(Fig.2(a))。発現・精製の後、ゲルろ過解析を行った結果、GIRK-singleなサブユニットあたり5-300μMの濃度域にて4量体を形成していることが明らかとなった(Fig.2(b))。

GIRK-singleの2H,15N,(13)C標識を行い、3重共鳴測定等により主鎖NMRシグナルの帰属を進めた。帰属可能なGIRK-single由来の残基数200のうち、113残基(57%)の帰属を終了している。

2.Gβγの調製

Gβγは、バキュロウィルスー昆虫細胞発現系にてGβ1とGy2を共発現させることにより調製した。Gβ1γ2は翻訳後修飾により、Gy2のc末端から4番目のCys残基が脂質修飾を受ける結果、膜近傍にて機能する脂質結合タンパク質である。本研究においては、脂質修飾を受けない変異体:Gy2(C68S)を用いることとし、また、NMR実験には、精製を容易にするためGγのN末端に6xヒスチジンタグを付加したコンストラクト:Gγ2(His-c68s)を用いた。調製したGβ1y2(His-c68s)はGβ1とGy2(His-c68s)からなるヘテロダイマーを形成していること、およびGα結合活性を有することをゲルろ過解析により確認した。

3.GIRK/Gβ澗相互作用解析

まず、GIRK-singleとGβ1y2(C68S)の結合親和性を表面プラズモン(SPR)法により解析した。GIRK-singleをN末端のヒスチジンタグを用いてNTAセンサーチップ上に固定化し、Gβ1y2(C68S)を100μMから1.5pMまでの2倍希釈系列にてアプライした。その結果、速い結合・解離を示すボックス型のセンサーグラムが得られた。アフィニティー解析の結果、GIRK-single4量体に対するGβ1Y2(C68S)の解離定数(Kd)は、100pM以上と算出された。

次に、GIRK-single上におけるGβγ結合部位を同定するため、転移交差飽和(TCS)実験を行った。2H,(15)Nにより安定同位体標識を施したGIRK-single4量体(300μM)と非標UeGβ1Y2(His-C68S)(300μM)の混合サンプルに対して、Gβ1γ2(His-c68s)のプロトン選択的にラジオ波を照射した。その結果、GIRK-singleの一部のNMRシグナルが強度減少した。顕著なシグナル強度減少が観測された残基を立体構造上にマッピングした結果、それらは主に、生体内において細胞内に露出していると考えられる分子表面に位置し、隣接するサブユニットの境界面を中心に分布した(Fig.3)。したがって、GβγはGIRK-single4量体のサブユニット境界面に結合することが示された。

さらに、Gβγの結合に伴いGIRK-singleに誘起される化学シフト変化を調べるため、40μMのGIRK-single4量体に対してGβ1γ2(His-C68S)を1等量ずつ8等量まで添加してNMR測定を行う化学シフト摂動(CSP)実験を行った。その結果、Gβ1γ2(His-C68S)の添加に伴い、ほぼ全てのGIRK-singleのNMRシグナルに強度減少が観測されたが、その強度減少の度合いはシグナルごとに異なっていた(Fig.4)。本実験系において、シグナル強度減少の加速は化学シフト変化を反映すると考えられる。特に滴定初期において、化学シフト変化の大きさが強度減少として強く反映されることから、Gβ1y2(His-C68S)40μM添加条件における各シグナルの強度変化を調べた(Fig.5(a))。その結果、多くの残基においてシグナル強度比が0.8程度に低下したが、さらに強度減少が加速している残基が存在した。強度減少の加速した残基は、Gβγの結合に伴い化学シフトが変化した残基である。これらを立体構造上にマッピングした結果、サブユニット境界面に多く位置していた(Fig。5(b))。CSP実験より同定されたこれらの残基は、Gβ1Y2(His-c68s)との直接の相互作用部位、もしくは相互作用に伴い局所的に構造変化を起こした部位であることが示唆される。

【考察】

SPR解析より、GIRK-singleとGβ1y2(C68S)のKdは100μM以上と算出された。生体内においてGIRKとGβγはともに細胞膜にて機能するが、細胞膜へのアンカーリングによりタンパク質問相互作用の結合親和性が300倍程度上昇するという報告がある。このような場合、細胞膜中におけるGIRKとGβγのKdは30pM程度と考えられる。Gβγにより活性化されたGIRKが、GβγとrMオーダーのKdを有するGαにより速やかに不活性化されることも考慮し、100pMというKdは妥当であると判断した。

TCS実験の結果、GβγはQ237、F243、L244、L333、F349を含む分子表面のサブユニット境界面に結合することが示された。L333は変異実験よりGβγによる活性化に重要であることが明らかとなっている。Q237、F243はGIRKサブファミリー間にて保存されている一方、Gβγに感受性のない他のIRKにおいては相同性が低く、Gβy結合に寄与していることを支持する。

CSP実験においては、TCS実験より同定されたGβy結合界面に比べて広範囲にわたる残基が同定された。Gβ7結合部位から離れたサブユニット境界面における化学シフト変化は、Gβγの結合に伴いサブユニットの相対配置が変化したことを強く示唆する。特にシグナル強度減衰が加速した領域として、N末端と分子上面に位置するGループと呼ばれるループ部位が検出された。N末端領域は隣接するC末端サブユニットの境界面に位置するため、サブユニットの相対配置変化の影響を強く受けて構造変化を生じうる。全長構造中において、N末端領域はペプチド結合にて膜貫通領域と連結しているため、N末端領域の構造変化は膜貫通領域へ伝播し、チャネルの開口に寄与する可能性がある。一方、Gループは細胞膜近傍に存在し、膜貫通領域の残基と近接している。したがって、Gループにおける構造変化がこれらの膜貫通領域との相互作用を変化させ、チャネル開口の引き金を引くことが考えられる。

【総括】

本研究において、GβγがGIRK細胞内領域の隣接するサブユニットにわたって結合することを明らかとした。さらに、Gβγの結合はGIRK細胞内領域のサブユニット間の相対配置を変化させることが示唆された。特にN末端領域およびGループ近傍に構造変化が誘起される結果、膜貫通領域に構造変化が伝播し、チャネルの開口が起こると考えられる。

GIRKのようなリガンド依存性チャネルに対するNMR法の適用は、リガンドの結合とチャネル開閉を誘起する構造変化を区別して解析できる点において、独自の知見を与える。さらに、チャネル活性を検出する電気生理実験との組み合わせにより、チャネル開閉機構の解明に向けた有力な解析手法となることが期待できる。

Fig.1 GIRKキメラのx線結晶構(PDB code:2QKS)細胞外を上にして横から見た図。膜貫通領域は4量体のうち2分子のみ示し、カリウムイオンをCPKにて表示した。

Fig.2 (a)GIRKの一次構造とGIRK-singleの模式図(b)GIRK-singleのゲルろ過プロファイル

Fig.3 TCS実験結果の立体構造上へのマッピング細胞膜側から見た図を左、細胞膜を上にして横から見た図を右に示す。未帰属およびプロリン残基を灰色、シグナル強度が顕著に減少した残基を赤にて手前の2つのサブユニットに色付けした。赤の残基が集中したGβY結合界面を丸で囲んで示す。

Fig.4 CSP実験における1H-(15)N TROSY スペクトルの重ね合せGIRK-singleに対してGβ1γ2(His-C68S)を1等量、4等量、8等量添加したスペクトルを示す。右には、枠で囲んだNMRシグナルの拡大図と1Dの切り出しを示す。

Fig.5 CSP実験結果 (a)GIRK-single:Gβ1y2(His-C68S)=1:1混合時におけるシグナル強度変化を各残基についてプロットした。(b)立体構造(主鎖チューブモデル)上へのマッピング。細胞膜側から見た図を左、細胞膜を上にして横から見た図を右に示す。灰色は未帰属またはプロリン残基である。手前のサブユニットにのみ(a)の色付けにてマッピングした。TCS実験より同定したGβ結合界面を丸、サブユニット境界面を点線にて示す。

審査要旨 要旨を表示する

Gタンパク質によるカリウムチャネル開閉機構の構造生物学的解析と題する本論文は、NMR法を用いて、GIRK細胞内領域どGβγの相互作用を解析した研究成果を述べたものである。本論文は5つの章からなり、第1章において序論を述べ、第2章において実験材料および方法を記述している・第3章において実験の結果をまとめ、第4章において実験結果に対する考察と、GβγによるGIRK開閉の分子機構に関して考察を加え、第5章にて総括を述べている。

第3章においては、GIRK細胞内領域とGβγの相互作用にっいて解析した研究成果を述べている。まずGIRK細胞内領域とGβγの試料調製と性状解析を行うことにより、相互作用解析に適したサンプルとして・GIRK細胞内領域1本鎖(以下GIRK-si血gle)とGβ1γ2(His-C68S)変異体(以下Gβγ)を決定している。GIRK-single上のGβγ結合界面およびGβγ結合に伴う構造変化部位を同定するNMR実験を行い、GIRK-singleについて帰属した主鎖NMRシグナルに基づき結果を解析している。

GIRK細胞内領域は、X線結晶構造解析を行った先行論文において、N末端領域とC末端領域を直接連結して発現させたGIRK-singleが全長構造と同様の細胞内領域4量体を形成することが示されていた。本研究においては、N末端領域とC末端領域の連結による高次構造への影響を考察するため、GIRK-si血gleに加えて、N末端領域のみ(GIRK-N)および℃末端領域のみ(GIRK-C)も調製し、すべて大腸菌にて発現・精製を行っている。性状解析の結果、GIRK-singleは4量体として安定に存在するが、N末端領域を欠失させたGIRK-Cは単独では4量体を安定に形成できず、GIRK-Nとの結合により4量体を形成することを明らかとしている。このGIRK-CとGIRK-Nの結合により形成された4量体をGIRK-complexと名付けている。GIRK-complex中のGIRK-C由来のNMRスペクトルとGIRK-singleのNMRスペクトルがよく一致したことから、GIRK-complexとGIRK-singleが同様の高次構造を形成しているgとを明らかとしている。そのうえで、GIRK-singleとGβγの相互作用解析を行っている。

まず、表面プラズモン共鳴法によるGIRK-singleとGβγの相互作用解析を行った結果、解離定数を100μM以上と算出している。続いてNMR法による相互作用解析を行っている。転移交差飽和(TCS)法よりGβγが相互作用する界面を同定し、化学シフト摂動(CSP)実験とTCS実験結果・の比較よりGβγの結合に伴い構造変化を生じる領域を検出している。Gβγの相互作用界面は、GIRK-single4量体中の隣接するサブユニットにわたっている一方、構造変化を生じる領域はサブユニットの境界面に多く存在し、特にN末端領域とGループと呼ばれるループ部位に構造変化の影響が大きく及ぶことを示している。

第4章においては、TCS実験とCSP実験の結果に基づき、GβγによるGIRK開閉の分子機構を考察している。すなわち、GβγはGIRK細胞内領域のサブユニット境界面に結合し、サブユニットの相対配置を変化させる構造変化を引き起こすと結論している。GIRKのN末端領域は、C末端領域からなるサブユニット間にわたって配置していることから、サブユニット間の相対配置変化の影響を受けやすく、構造変化の影響を大きく受けたのは妥当と考えている。さらに、GIRK細胞内領域を用いたNMR実験結果をGIRKの全長構造上にて検討することにより、生体内におけるGβγによるGIRK開閉の分子機構について考察を加えている。GIRKの全長構造中において、N末端領域は、イオン透過路に垂直に配置しチャネル開閉に関与することが想定されているスライドヘリックスと1次構造上連結し、Gループは、ゲートを有する膜貫通領域のインナーヘリックスに近接している。したがって、Gβγの結合がGIRKのN末端領域やGループに誘起する構造変化は、GIRKの全長構造中において、N末端領域の構造変化がスライドヘリックスを介して、あるいはGループにおける構造変化が直接またはスライドヘリックスを介してゲートを有するインナーヘリックスに伝播することにより、ゲートの開口を引き起こすと推測している。

以上、本研究の成果は、GβγによるGIRK開閉機構の解明に大きく貢献するものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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