学位論文要旨



No 123842
著者(漢字) 田中,浩
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒロシ
標題(和) 新規DR4結合タンパク質PRMT5によるTRAIL誘導性細胞死の制御
標題(洋)
報告番号 123842
報告番号 甲23842
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1269号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 内藤,幹彦
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

Tumornecrosisfactor(TNF)スーパーファミリーのサイトカインは、細胞増殖、アポトーシス、炎症、発生などにおいて重要な役割を果たす。中でも、TNF-relatedapoptosis-inducingligand(TRAIL)は、TNF-αやFasなどと異なり、腫瘍細胞に対し選択的にアポトーシスを誘導する。さらに、TRAILは動物モデルにおいても顕著な毒性なしに抗腫瘍効果を示し、がん治療への臨床応用が期待される。リコンビナントTRAILや、その受容体を標的としたモノクローナル抗体は現在臨床試験第1相および第II相にある。しかし、一部のがん細胞はTRAILに対し耐性を示すことも知られている。

TRAILは受容体であるdeath receptor4(DR4)またはDR5との結合により、細胞内においてFADDやcaspase-8などからなるdeath-inducing signaling complex(DISC)の形成を誘導することでアポトーシスを引き起こす。一方、TRAILはアポトーシスシグナルだけでなく、抗アポトーシス性の転写因子NF-KBを活性化することも知られており、NF-KB経路の阻害は。TRAILによる細胞死を増強する。細胞内のNF-KBは通常IKBとの結合によって細胞質にとどめられている。細胞がサイトカイン刺激を受けると、IKK複合体によりIKBがリン酸化される。リン酸化を受けたIKBはユビキチンープロテアソーム系によって分解され、遊離したNF-KBは核へと移行し、アポトーシス抑制に働く標的遺伝子群を転写誘導する(1)。TRAILが誘導する細胞死はこれら両経路のバランスによって制御されると考えられている。私はこれまでに、PDK1がIKKβを介してNF-KBを活性化することでTRAIL耐性に寄与することを明らかにした(2)。

タンパク質のアルギニン残基はprotein arginine methyltransferase(PRMT)によってメチル化されることが知られており、このメチル化はシグナル伝達やRNAプロセシング、転写制御などに関わっている。PRMT5は、histoneのメチル化を介してクロマチンを再構築し、転写抑制へと導くことが報告されているが、豊富に存在する細胞質での機能は未解明である。また、一部の胃がんやリンパ腫での高発現と、そのトランスフォーメーション促進能から、がんへの関与も想定される。私はTRAILによる細胞死誘導経路の解明を目的として、TRAIL受容体の結合タンパク質を探索した結果、PRMT5を見出した。さらにPRMT5はNF-KBの活性化に寄与することで、TRAIL誘導性アポトーシスを負に制御することを明らかにした(3)。

<方法・結果>

1.PRMT5はDR4/DR5と選択的に結合する.

まず、FLAGタグならびにHisタグを持つDR4をHeLa細胞に発現させ、抗FLAG抗体とNiカラムによってDR4複合体を精製した。複合体に含まれるタンパク質を質量分析にて解析した結果、新規DR4結合因子としてPRMT5を同定した。過剰発現系での免疫沈降実験において、PRMT5はDR4だけでなくDR5とも結合したが、TNFR1およびFasとは共沈が見られなかった(Fig.1A)。さらに、細胞内在性のPRMT5とDR4との相互作用も確認された(Fig.1B)。

2.PRMT5によるTRAIL誘導性細胞死の抑制

次に、PRMT5のTRAIL感受性への関与を明らかにするために、siRNAを用いてPRMT5をノックダウンし、TRAIL処理時の細胞生存率をMTS法によって測定した。Fig.2Aのように、PRMT5を標的とするsiRNAを導入したHeLa細胞ではTRAILによる細胞毒性が増加した。また、この感受性化は、caspase阻害剤Z-VADの添加によって消失することと、AmexinV染色の充進を伴うことから、アポトーシスの促進であると考えられる。PRMT5のノックダウンは、用いた全てのがん細胞株で同様の感受性化を引き起こしたが、正常線維芽細胞株では感受性化は認められなかった。さらに、PRMT5を安定発現するHCTl16細胞を樹立したところ、TRAILへの耐性を示した(Fig.2B)。以上より、がん細胞においてPRMT5はTRAILが誘導する細胞死を抑制していることが明らかになった。

3.TRAILによるNF-KB活性化はPRMT5に依存する。

2.で見られたTRAIL感受性の変化の機構について検討した。DR4/DR5の発現には変化がなかったため、DR4を安定発現するHT1080細胞を用いてTRAIL刺激によるDISC形成を調べた。DR4と共沈するFADDには差がなかったが、PRMT5ノックダウン時にはTRAILが誘導するIKBα分解が阻害されることを見出した(Fig.3A)。詳しく解析した結果、このIKBα分解阻害は、上流のIKK複合体のキナーゼ活性抑制に起因することと、TNF-α処理時には見られず、TRAIL刺激選択的であることが示唆された。次に、IKBαの下流に位置するNF-KBの活性化をレポーターアッセイによって定量した。IKBαの分解と一致して、TRAILによるNF-KB活性化はPRMT5ノックダウンにより顕著に減弱したが、TNF-α刺激では大きな変化は見られなかった(Fig.3B)。さらに、NF-KB標的遺伝子として知られるIAPファミリーに注目し、定量RT-PCRを行った。その結果、TRAILによる発現誘導と、PRMT5ノックダウンによるその誘導抑制を呈した。

4.PRMT5はNF-KBを介してTRAILl誘導性細胞死を抑制する

3.で示したようなNF-KB活性の低下がTRAIL感受性に寄与するかどうかを確認するため、IKK阻害剤であるBMS-345541を用いた。Fig.4AにあるようにBMS-345541存在下のHeLa細胞では、確かにTRAILの細胞毒性の増強が見られ、加えて、TNF-α処理においても生存率が低下した。これに対して、PRMT5へのsiRNAは前述のようにTRAILへの感受性化を引き起こすものの、TNF-αの毒性には大きな影響を与えなかった(Fig.4B)。同様の結果は、HeLa細胞以外の用いた全てのがん細胞株においても観1察された。従って、IKBαの分解およびNF-KBの活性化に対する阻害効果と同様に、PRMT5のノックダウンはTRAILが誘導する細胞死を選択的に増強することが示された。最後に、PRMT5の下流におけるNF-KB経路の重要性を解明するために、PRMT5をノックダウンしたHTlO80細胞にGFPタグを付加した活性化型のIKKβを遺伝子導入し、TRAIL処理を行った。核の凝縮および断片化を指標としてアポトーシスを定量したところ、PRMT5のノックダウンにより過半数の細胞がアポトーシス様の染色像を呈したが、活性化型IKKβの発現はこのアポトーシスを大幅に減少させた(Fig.4c)。これらの結果から、PRMT5はNF-KBの活性化を介してTRAILによるアポトーシスを阻害していることが考えられる。

〈総括〉

本研究において新規DR4結合タンパク質として同定されたPRMT5は、TNFRスーパーファミリーの中でもTRAIL受容体であるDR4/DR5と選択的に結合した。また、PRMT5はTRAILによるNF-KB活性化に寄与することで、TRAIL誘導性アポトーシスに対し抑制的に働いていることが明らかになった。さらに、これらはTRAIL処理をしたがん細胞に限定され、TNF-α処理時および正常細胞では見られない現象であった。TRAILの臨床応用を進める上では、一部のがん細胞が示す耐性の克服が大きな課題となる。本研究の成果から、PRMT5を分子標的とすることによってTRAILの抗腫瘍効果を選択的に増強できる可能性が期待される。今後は、PRMT5のNF-KB経路へと関わる詳細な分子機構を解明し、また、PRMT5の分子標的としての有用性をinvivoで検討していくことが必要であると考えている。

1.Tanak,H.andFujita,N(2006)Caneer Frontier 8,32-38(Review).2.Tanak,H.,Fujit,N.andTsuruo,T.(2005)JBiol.Chem.280,40965-40973.3.Tanaka,H.,Hoshikaw,Y,Naito,M.,Noda,T.,Arai,H.,Tsuruo,T.andFujita,N.Oncogene(Inrevision).

Fig.1

(A)PRMT5とTNFRスーパーファミリーとの結合

(B)内在性PRMT5とDR4の結合

Fig.2

(A)PRMT5へのsiRNAによるTRAIL感受性化

(B)PRMT5安定発現細胞でのTRAIL耐性化

Fig.3

(A)TRAIL刺激時のDISC形成とlKBα分解

(B)TRAILまたはTNF-αによるNF-kB活性化

Fig.4

(A,B)IKK阻害剤およびPRMT5 siRNAによる感受性化

(c)PRMT5 sIRNAが起こす感受性化のIKKβによる克服(矢印は遺伝子導入された細胞)

審査要旨 要旨を表示する

TNF-relatedapoptosis-inducing ligand(TRAIL)は、腫瘍細胞に対し選択的にアポトーシスを誘導する。さらに、TRAILは動物モデルにおいても顕著な毒性なしに抗腫瘍効果を示し、がん治療への臨床応用が期待されている。リコンビナントTRAILやその受容体を標的としたモノクローナル抗体は現在臨床試験第1相および第II相にある。'TRAILは受容体であるdeathreceptor4(DR4)またはDR5との結合により、細胞内においてFADDやcaspase-8などからなるdeath-inducingsignalingcomplex(DISC)の形成を誘導することでアポトーシスを引き起こす。一方、↑RAILはアポトーシスシグナルだけでなく、抗アポトーシス性の転写因子NF-κBを活性化することも知られており、NF-κB経路の阻害はTRAILによる細胞死を増強する。細胞内のNF-κBは通常、IKBとの結合によって細胞質にとどめられている。細胞がサイトカイン刺激を受けると、IKK複合体により1κBがリン酸化される。リン酸化を受けた1κBはユビキチンープロテアソーム系によって分解され、遊離したNF-κBは核へと移行し、アポトーシス抑制に働く標的遺伝子群を転写誘導する。TRAILが誘導する細胞死はこれら両経路のバランスによって制御されると考えられている。田中はこれまでに、PDK1がIKKβを介してNF-κBを活性化することでTRAIL耐性に寄与することを明らかにしたていた。

本研究において、田中はTRAILによる細胞死誘導経路の解明を目的として、TRAIL受容体の結合タンパク質を探索した結果、PRMT5を見出した。さらにPRMT5はNF-κBの活性化に寄与することで、TRAIL誘導性アポトーシスを負に制御することを明らかにした。まず、FLAGタグならびにHisタグを持っDR4をHeLa細胞に発現させ、抗FLAG抗体とNiカラムによってDR4複合体を精製した。複合体に含まれるタンパク質を質量分析にて解析した結果、新規DR4結合因子としてPRMT5を同定した。

次に、PRMT5のTRAIL感受性への関与を明らかにするために、siRNAを用いてPRMT5をノックダウンし、TRAIL処理時の細胞生存率をMTS法によって測定した。その結果、PRMT5を標的とするsiRNAを導入したHeLa細胞ではTRAILによる細胞毒性が増加することを見出した。また、この感受性化は、caspase阻害剤Z-VADの添加によって消失することと、AnnexinV染色の充進を伴うことから、アポトーシズの促進であると考えられた。PRMT5のノックダウンは、用いた全てのがん細胞株で同様の感受性化を引き起こしたが、正常線維芽細胞株では感受性化は認められなかった。以上より、がん細胞においてPRMT5はTRAILが誘導する細胞死を抑制していることを明らかにした。

さらに、TRAIL感受性の変化の機構について検討した。DR4/DR5の発現には変化がなかったため、DR4を安定発現するHT1080細胞を用いてTRAIL刺激によるDISC形成を調べた。DR4と共沈するFADDには差がなかったが、PRMT5ノックダウン時にはTRAILが誘導する1κBα分解が阻害されることを見出した。詳しく解析した結果、この1κBα分解阻害は、上流のIKK複合体のキナーゼ活性抑制に起因することと、TNF-α処理時には見られず、TRAIL刺激選択的であることが示唆された。次に、1κBαの下流に位置するNF-κBの活性化をレポーターアッセイによって定量した結果、1κBαの分解と一致して、TRAILによるNF-κB活性化はPRMT5ノックダウン曽により顕著に減弱することを見出した。さらに、NF-κB標的遺伝子として知られるIAPファミリーに注目し、定量RT-PCRを行った結果、TRAILによるcIAP1およびcIAP2mRNAの発現誘導が、PRMT5siRNAによって抑制されることが示された。

次に、NF-κB活性の低下がTRAIL感受性に寄与するかどうかを確認するため、IKK阻害剤であるBMS-345541を用いた。BMS-345541存在下のHeLa細胞では、確かにTRAILの細胞毒性の増強が見られ、加えて、TNF-α処理においても生存率が低下した。これに対して、PRMT5へのsiRNAは前述のようにTRAILへの感受性化を引き起こすものの、TNF-αの毒性には大きな影響を与えなかった。従って、1κBαの分解およびNF-κBの活性化に対する阻害効果と同様に、PRMT5のノックダウンはTRAILが誘導する細胞死を選択的に増強することが示された。

最後に、PRMT5の下流におけるNF-κB経路の重要性を解明するために、PRMT5をノックダウンしたHTIO80細胞にGFPタグを付加した活性化型のIKKβを遺伝子導入し、TRAIL処理を行った。核の凝縮および断片化を指標としてアポトーシスを定量したところ、PRMT5のノックダウンにより過半数の細胞がアポトーシス様の染色像を呈したが、活性化型IKKβの発現はこのアポトーシスを大幅に減少させた。これらの結果から、PRMT5はNF-κBの活性化を介レてTRAILによるアポトーシスを阻害していることが考えられた。

以上のタうに、本研究において田中は、新規DR4結合タンパク質として同定されたPRMT5が、TNFRスーパーファミリーの中でもTRAIL受容体であるDR4/DR5と選択的に結合することを見出した。また、PRMT5はTRAILによるNF-κB活性化に寄与することで、TRAIL誘導性アポトーシスに対し抑制的に働いていることを明らかにした。TRAILの臨床応用を進める上では、一部のがん細胞が示す耐性の克服が木きな課題となる。本研究の成果から、PRMT5を分子標的とすることによってTRAILの抗腫瘍効果を選択的に増強できる可能性が期待される。これらの成果は、博士(薬学)の値するものと評価できる。

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