学位論文要旨



No 123845
著者(漢字) 赤芝,洋紀
著者(英字)
著者(カナ) アカシバ,ヒロキ
標題(和) スプライシング機構をターゲットとした脊髄小脳変性症6型(SCA6)め治療戦略の確立
標題(洋)
報告番号 123845
報告番号 甲23845
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1272号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 講師 黒川,健児
内容要旨 要旨を表示する

序論

脊髄小脳変性症6型(Spinocerebellar ataxiat ype6;SCA6)は小脳プルキンエ細胞の選択的な脱落により主に運動失調を呈する優性遺伝性神経変性疾患の一つである。変異アレルでは電位依存性Ca(2+)チャネルのα1AサブユニットをコードするCACNA1A遺伝子の最も3'側のエクソンであるエクソン47におけるCAGリピートが正常アレルの場合より伸長していることが見出された。SCA6の特徴としてこのCAGリピート部位の翻訳がCACNA1A遺伝子のエクソン46/エクソン47境界領域のオルタナティブスプライシングに依存していることが挙げられる。マウスCaenala遺伝子エクソン47開始領域にはAGGGCAGTAG墨配列が存在し、どのAGをスプライスアクセプターとするかによって3種類の異なるスプライスアイソフォームMPI,MPc,MPIIが形成される(Fig.1)。このうちヒト由来配列のエクソン47に存在するCAGリピートがポリグルタミンとして翻訳されるのはMPIが形成された場合のみである。過去にSCA6患者の小脳プルキンエ細胞において正常人と比較してMPI発現量の増大が観察され、SCA6変異が同領域のスプライスパターンに影響を及ぼすことが示唆された。

これらの結果から私はSCA6変異がCaenala遺伝子のエクソン47開始領域のスプライス効率に変化を及ぼしてMPIの相対的発現量を増大させ、結果的に伸長ポリグルタミン鎖を有する変異蛋白の発現量を増やして遺伝子レベルでSCA6病態発症に関わる、との仮説を提唱した。本仮説に基づき、同領域におけるオルタナティブスプライシングの制御メカニズムを解明し、スプライス効率を変化させる因子を探索してSCA6の治療戦略の手がかりを得ることを本研究の目的とする。目的遂行のため、培養細胞への変異遺伝子導入、Sca6ノックインマウス、SCA6患者剖検脳の3つの実験系を用いて検討を行った。

1.CacnalaゲノムDNA断片のCAGリピート伸長に伴うスプライシングの変化

Cacnala遺伝子のエクソン46-47領域のスプライシングを評価するため、CacnalaゲノムDNAのイントロン44一エクソン47を含むミニジーンSS19-2を培養細胞へ導入する系を構築した。マウス由来配列にはCAGリピートが存在しないため、ヒトalAcDNAから11個、30個、72個のCAGリピートとその周辺配列を制限酵素SacIIで切り出してSS19-2のエクソン47へ挿入し、ss19-2(11Q),SS19-2(30Q),SS19-2(72Q)とした。これらのミニジーンをPC12細胞へ遺伝子導入後、RNAを回収し、RT-PCRによってCaenalaのエクソン46-47領域を増幅した。増幅産物をTAクローニング後、トランスフォームし、各クローンのシークエンス解析により各スプライスアイソフォームの比率を半定量的に算出した。その結果、SS19-2(72Q)導入群においてss19-2,SS19-2(11Q),SS19-2(30Q)導入群と比較してMPIの発現比率が有意に増大し、MPcの発現比率が有意に減少した(Fig.2A)。MPIIの配列を持つクローンは観察されなかった。よってSS19-2のCAGリピート伸長によってCacnala遺伝子エクソン47開始領域のオルタナティブスプライシングが変化することが示唆された。

次にこのスプライスパターンの変化のメカニズムについて検討するため、スプライソソーム構成分子のSR(Serine-Arginine rich)タンパク質に着目した。SR蛋白はエクソン内の特異的配列への結合に伴うイントロンの構造変化、除去を介してスプライシングを調節することが知られている。各ミニジーン導入後イムノブロット法によりSR蛋白の発現量を検討したところ、その内の一つSRp75のみがSS19-2に含まれるCAGリピートの伸長に伴い発現量が増大することが確認された(Fig.2B)。ノーザンプロット法により、このcAGリピート伸長に伴うsRp75の発現増大は転写レベルで起きていることが確認された。SRp75とCaenala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンとの関連を探るため、Pc12細胞に各ミニジーンとsRp75siRNAを共導入して内在性のSRp75の発現を約80%低下させた際のスプライスアイソフォームの比率を算出した。その結果、SS19-2(72Q)導入時のMPI,MPcの比率はSRp75siRNA導入により共にSS19-2(11Q)導入時と同等のレベルにまで抑制された。またSRp75プラスミドDNAをSS19-2と共導入してSRp75を強制発現させた場合、MPIの発現比率が増大することを見出した。以上の結果より、Caenala遺伝子のCAGリピート伸長に伴うエクソン47開始領域のスプライスパターンの変化にSRタンパク質の一つSRp75の転写促進が関与していることが示唆された。

2.SCA6変異によるエクソン47開始領域のスプライシング変化の薬理学的解析

1.で述べたCAGリピート伸長に伴うスプライシングの変化を回復させる薬物を探索し、本現象を薬理学的に解析した。定量的リアルタイムPCR法により各スプライスアイソフォーム(MPI,MPc,MPII)のmRNA量を個別に定量評価する系を構築して解析したところ、ピストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬のSodiumButyrate(SB)の処置によってSS19-2(72Q)導入時のMPI発現量が有意に低下し(Fig.3A)、またMPI/MPcの発現比率はSBの処置によってSS19-2(11Q)導入時とほぼ同等のレベルにまで抑制された(Fig.3B)。さらにsB処置群におけるsRp75の発現レベルを解析したところ、SS19-2(72Q)導入群におけるSRp75の発現増大はSBの共添加によってmRNAレベル、蛋白レベルともにSS19-2(11Q)導入群と同程度にまで抑制された。さらに上記のSBのオルタナティブスプライシングへの回復作用はSRp75を強制発現させることによって一部が解除された。以上の結果より、SBはCAGリピート伸長に伴うCaenala遺伝子エクソン47開始領域のスプライシング変化を回復させる作用を有し、この作用にSRp75の発現量の増大抑制が関与することが明らかとなった。

3.Sca6ノックインマウスを用いた個体動物レベルにおけるスプライシングの解析

上記現象を個体レベルで確認するため、Caenala遺伝子のエクソン47にヒトC4CLZV41A遺伝子エクソン47由来のCAGリピート14個、84個とその周辺配列をゲノムノックインしたSca6ノックインマウス(14Qマウス、84Qマウス)を用いて解析を行った。SCA6において特に神経変性が著明な小脳でSRタンパク質の発現量をイムノブロット法により解析したところ、84Qホモ型においてSRp75の発現量が同腹の野生型マウスと比較して増大していることが確認された(Fig.4A)。この変化は大脳皮質では認められず、また14Qホモ型マウス小脳でのSRp75の発現量は同腹の野生型マウスと比較して変化は認められなかった。さらに84Qホモ型の小脳におけるCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスアイソフォームの比率をシークエンス解析によって算出したところ、14Qホモ型と比較してMPIの比率が増大し、逆にMPcの比率が有意に減少する結果が得られた(Fig.4c)。

次に2.で見出したSBの同領域へのスプライス回復作用を個体動物レベルで検討した。84Qホモ型マウスの給水中にSBを2.Omg/mlで加え2週間または4週間慢性投与した。投与完了後に小脳由来のcDNA、蛋白を用いて解析した結果、まず84Qホモ型におけるSRp75蛋白の発現増大が同腹の野生型マウスと同程度のレベルにまで抑制された(Fig.4A)。定量的リアルタイムPCR法によりMPI発現量を定量評価したところ、SBの慢性投与によってMPI発現量が有意に減少する結果となった(Fig.4B)。さらにSB投与群の小脳におけるCaenala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスアイソフォームの比率をシークエンス解析によって算出したところ、84Qホモ型におけるスプライスパターンの変化が回復することを見出した(Fig.4C)。以上の結果より、Sca6ノックインマウスの小脳においては、Caαnala遺伝子のCAGリピート伸長によってSRp75の発現が増大し、エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化すること、そしてSBはSRp75の発現増大を抑制させてスプライシングの変化を回復させることが示唆された。

4.SCA6患者剖検脳を用いたスプライシングの解析

最後に、これまで細胞モデル、個体動物レベルで認められたSRp75の発現変化、オルタナティブスプライシングの変化がSCA6患者小脳でも認められるか検討した。SCA6患者剖検脳の小脳抽出物を用いて解析したところ、他疾患のコントロール群と比較してSRp75の発現が蛋白レベル、mRNAレベルともに増大する傾向が観察された(Fig.5A)。また患者由来のcDNAを用いて解析した結果、SCA6患者小脳においてはコントロール群と比較してMPI型アイソフォームの比率が増大し、MPc型アイソフォームの比率が減少する傾向が観察された(Fig.5B)。以上の結果より、scA6患者脳においてもSRp75の発現が変動し、aACIV41A遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化している可能性が示唆された。

総括

本研究ではSCA6の病態発症要因を遺伝子変異に伴うオルタナティブスプライシングの異常、という観点から捉え、SCA6変異によりCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化することを明らかにした。また培養細胞への変異遺伝子導入、Sca6ノックインマウス、SCA6患者剖検脳の3つの実験系を組み合わせてCacnala遺伝子エクソン47領域のスプライシング機構におけるSRp75の重要性を示唆した。本研究ではSCA6において遺伝子変異が自らのオルタナティブスプライシングのパターンを変化させて変異蛋白の翻訳に直接影響を及ぼす可能性を示唆する。さらにこれらCAGリピート伸長に伴うSRp75の発現増大、スプライシング変化がSBによって抑制されることを示した。つまりSBがスプライシング効率の変化に伴う変異蛋白の発現増大、SCA6病態発症に拮抗する作用を有することが期待でき、本薬物がSCA6の治療薬候補として有望である可能性を提示した。今後はSCA6各病態へのSBの作用、およびスプライシング変化とSCA6病態との因果関係をさらに詳細に検討してゆく予定である。

脊髄小脳変性症6型(Spinocerebell arataxia type6;SCA6)は小脳プルキンエ細胞の選択的な脱落により主に運動失調を呈する優性遺伝性神経変性疾患の一つである。変異アレルでは電位依存性Ca2+チャネルのα1AサブユニットをコードするCACNVAIA遺伝子のエクソン47におけるCAGリピートが伸長していることが見出された。SCA6の特徴としてこのCAGリピート部位の翻訳がC4CLIVAIA遺伝子のエクソン46/エクソン47境界領域のオルタナティブスプライシングに依存していることが挙げられる。マウスCacnala遺伝子エクソン47開始領域にはAGGGCAGTAG配列が存在し、どのAGをスプライスアクセプターとするかによって3種類の異なるスプライスアイソフォームMPI,MPc,MPIIが形成される。このうちヒト由来配列のエクソン47に存在するCAGリピートがポリグルタミンとして翻訳されるのはMPIが形成された場合のみである。過去にSCA6患者の小脳プルキンエ細胞由来のcDNAを用いた定量性リアルタイムPCR解析において正常人と比較してMPI発現量が増大することが観察され、SCA6変異が同領域のスプライスパターンに影響を及ぼすことが示唆された。

領域のスプライスパターンに影響を及ぼすことが示唆された。これらの結果から、本研究では「SCA6変異がCacnala遺伝子のエクソン47開始領域のスプライス効率に変化を及ぼしてMPIの相対的発現量を増大させ、結果的に伸長ポリグルタミン鎖を有する変異タンパク質の発現増大と蓄積に伴ってSCA6病態発症に関わる」との仮説を提唱した。本仮説に基づき、同領域におけるオルタナティブスプライシングの制御メカニズムを解明し、スプライズ効率を変化させる因子を探索してSCA6の治療戦狢の手がかりを得ることを本研究の目的とした。

1.CacnalaゲノムDNA断片のCAGリピート伸長に伴うスプライシングの変化

Cacnala遺伝子のエクソン46-47領域のスプライシングを評価するため、CacnalaゲノムDNAのイントロン44・エクソン47領域を含むミニジーンSS19・2を培養糸III胞へ導入する系を構築した。マウス由来配列にはCAGリピートが存在しないため、ヒト由来配列を持っαIA cDNAから11個、30個、72個のCAGリピートとその周辺配列を制限酵素融SacIIで切り出してSS19-2のエクソン47へ挿入し、SS19-2(11Q),ss19-2(30Q),SS19-2(72Q)とした。その結果、SS19-2(72Q)導入群においてSS19-2,SS19-2(11Q),sS19・2(30Q)導入群と比較してMPIの発現比率が有意に増大し、MPcの発現比率が有意に減少した。MPIIの配列を持つクローンは観察されなかった。よってSS19-2のCAGリピート伸長によってCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化することが示唆された。

次にこのスプラィスパターン変化のメカニズムについて、スプライソソーム構成分子のSR(Serine-Arginine rich)タンパク質に着目した。SRタンパク質はエクソン内の特異的配列への結合に伴うイントロンの構造変化、除去を介してスプライシングを調節することが知られ、SRタンパク質の発現変動に伴うスプライス機能不全がいくつかの神経変性疾患に関わることが示唆されている。SRタンパク質の内で、SRp75のみがSS19-2に含まれるCAGリピートの伸長に伴い発現量が増大することを確認した。ノーザンプロット法により、このCAGリピート伸長に伴うSRp75の発現増大は転写レベルで起きていることも確認した。SRp75とCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンとの関連を探るため、PC12細胞に各ミニジーンとSRp75siRNAを共導入して内在性のSRp75の発現を約80%低下させた際のスプライスアイソフォームの比率を算出した。その結果、ss19-2(72Q)導入時のMPI,MPcの比率はsRp75siRNA導入により共にSS19・2(11Q)導入時と同等のレベルにまで抑制された。またSRp75プラスミドDNAをSS19-2と共導入してSRp75を強制発現させた場合、MPIの発現比率が増大することを見出した。以上の結果より、Cacnala遺伝子のCAGリピート伸長に伴うエクソン47開始領域のスプライスパターンの変化にSRタンパク質の一つSRp75の転写促進が関与していることが示唆された。

2.SCA6変異によるエクソン47開始領域のスプライシング変化の薬理学的解析

CAGリピート伸長に伴うスプライシングの変化を回復させる薬物を過去に報告のあるものから探索し、本現象を薬理学的に解析した。定量的リアルタイムPCR法によりMPI,MPc,MPIIの,mRNA量を個別に定量評価する系を構築して解析したところ、ピストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬のSodium Butyrate(SB)の処置によってSS19-2(72Q)導入時のMPI発現量が有意に低下し(Fig.3A)、またMPI/MPcの発現比率はSBの処置によってSS19-2(11Q)導入時とほぼ同等のレベルにまで抑制された。さらにSB処置群におけるSRp75の発現を解析したところ、SS19-2(72Q)導入群におけるSRp75の発現増大はSBの共添加によってmRNAレベル、タンパク質レベルともにSS19-2(11Q>導入群と同程度にまで抑制された。さらに上記のSBのオルタナティブスプライシングへの回復作用は.SRp75を強制発現させることによって一部が解除された。以上の結果より、SBはCAGリピート伸長に伴うCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライシング変化を回復させる作用を有し、この作用にSRp75の発現量の増大抑制が関与することが明らかとなった。

3,Sca6ノックインマウスを用いた個体動物レベルにおけるスプライシングの解析

上記現象を個体レベルで確認するため、Cacnala遺伝子のエクソン47にヒトCACNAIA遺伝子エクソン47由来のCAGリピート14個、84個とその周辺配列をゲノムノックインしたSca6ノックインマウス(14Qマウス、84Qマウス)を用いて解析を行った。SCA6において特に神経変性が著明な小脳でSRタンパク質の発現量をイムノブロット法により解析したところ、84Qホモ型においてSRp75の発現量が同腹の野生型マウスと比較して増大していることが確認された。この変化は大脳皮質では認められず、また14Qホモ型マウス小脳でのSRp75の発現量は同腹の野生型マウスと比較して変化は認められなかった。さらに84Qホモ型の小脳におけるCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスアイソフオームの比率をシークエンス解析によって算出したところ、14Qホモ型と比較してMPIの比率が増大し、逆にMPcの比率が有意に減少する結果が得られた。

次にSBの同領域へのスプライス回復作用を個体動物レベルで検討した。84Qホモ型マウスの給水中にSBを2.Omg加1で加え2週間または4週間慢性投与した。投与完了後に小脳由来のcDNA、タンパク質を用いて解析した結果、まず84Qホモ型におけるSRp75タンパク質の発現増大が同腹の野生型マウスと同程度のレベルにまで抑制された。定量的リアルタイムPCR法によりMPI発現量を定量評価したところ、SBの慢性投与によってMPI発現量が有意に減少した。さらにSB投与群の小脳におけるCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスアイソフォームの比率をシークエンス解析によって算出したところ、84Q亦モ型におけるスプライスパターンの変化が回復することを見出した。以上の結果より、Sca6ノックインマウスの小脳においては、Cacnala遺伝子のCAGリピート伸長によってSRp75の発現が増大し、エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化すること、そしてSBはSRp75の発現増大を抑制させてスプライシングの変化を回復させることが示唆された。

4.SCA6患者剖検脳を用いたスプライシングの解析

これまで細胞モデル、個体動物レベルで認められたSRp75の発現変化、オルタナティブスプライシングの変化がSCA6患者小脳でも認められるか否かを検討した。SCA6患者剖検脳の小脳抽出物を用いて解析したところ、筋萎縮性側索礁化症(ALS>、血管障害患者の対照群と比較してSRp75の発現がタンパク質レベル、mRNAレベルともに増大する傾向が観察された。また患者由来のcDNAを用いて解析した結果、SCA6患者小脳においてはコントロール群と比較してMPI型アイソフォームの比率が増大し、MPc型アイソフォームの比率が減少する傾向が観察された。以上の結果より、SCA6患者脳においてもSRp75の発現が変動し、CACNAIA遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化している可能性が示唆された。

本研究ではSCA6の病態発症要因を遺伝子変異に伴うオルタナティブスプライシングの異常、という観点から捉え、SCA6変異によりCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化することを明らかにした。また培養細胞への変異遺伝子導入、Sca6ノックインマウス、SCA6患者剖検脳の3つの実験系を組み合わせてCacnala遺伝子エクソン47領域のスプライシング機構におけるSRp75の重要性を示唆した。SCA6において遺伝子変異が自らのオルタナティブスプライシングのパターンを変化させて変異タンパク質の翻訳に直接影響を及ぼす可能性を示唆する。さらにこれらCAGリピート伸長に伴うSRp75の発現増大、スプライシング変化がSBによって抑制されることを示し、本薬物がSCA6治療薬のリードとなる可能性を示した。以上、本研究は、脊髄小脳変性症6型の病態解明を前進させ、さらには治療薬開発に結びつくものであり、博士(薬学)の学位に値すると認定した。

審査要旨 要旨を表示する

脊髄小脳変性症6型(Spinocerebellar ataxia type6;SCA6)は小脳プルキンエ細胞の選択的な脱落により主に運動失調を呈する優性遺伝性神経変性疾患の一つである。変異アレルでは電位依存性Ca(2+)チャネルのα1AサブユニットをコードするCACNAIA遺伝子のエクソン47におけるCAGリピートが伸長していることが見出された。SCA6の特徴としてこのCAGリピート部位の翻訳がCACNAIA遺伝子のエクソン46/エクソン47境界領域のオルタナティブスプライシングに依存していることが挙げられる。マウスCacnala遺伝子エクソン47開始領域にはAGGGCAGTAG配列が存在し、どのAGをスプライスアクセプターとするかによって3種類の異なるスプライスアイソフォ一ムMPI,MPc,MPIIが形成される。このうちヒト由来配列のエクソン47に存在するCAGリピートがポリグルタミンとして翻訳されるのはMPIが形成された場合のみである。過去にSCA6患者の小脳プルキンエ細胞由来のcDNAを用いた定量性リアルタイムPCR解析において正常人と比較してMPI発現量が増大することが観察され、SCA6変異が同領域のスプライスパターンに影響を及ぼすことが示唆された。

これらの結果から、本研究では「SCA6変異がCacnala遺伝子のエクソン47開始領域のスプライス効率に変化を及ぼしてMPIの相対的発現量を増大させ、結果的に伸長ポリグルタミン鎖を有する変異タンパク質の発現増大と蓄積に伴ってSCA6病態発症に関わる」との仮説を提唱した。本仮説に基づき、同領域におけるオルタナティブスプライシングの制御メカニズムを解明し、スプライズ効率を変化させる因子を探索してSCA6の治療戦狢の手がかりを得ることを本研究の目的とした。

1.CacnalaゲノムDNA断片のCAGリピート伸長に伴うスプライシングの変化

Cacnala遺伝子のエクソン46-47領域のスプライシングを評価するため、CacnalaゲノムDNAのイントロン44-エクソン47領域を含むミニジーンSS19-2を培養糸lll胞へ導入する系を構築した。マウス由来配列にはCAGリピートが存在しないため、ヒト由来配列を持っαIA cDNAから11個、30個、72個のCAGリピートとその周辺配列を制限酵素融SacIIで切り出してSS19-2のエクソン47へ挿入し、SS19-2(11Q),ss19-2(30Q),SS19-2(72Q)とした。その結果、SS19-2(72Q)導入群においてSS19-2,SS19-2(11Q),sS19-2(30Q)導入群と比較してMPIの発現比率が有意に増大し、MPcの発現比率が有意に減少した。MPIIの配列を持つクロー一ンは観察されなかった。よってSS19-2のCAGリピート伸長によってCaαnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化することが示唆された。

次にこのスプラィスパターン変化のメカニズムについて、スプライソソーム構成分子のSR(Serine-Arginine rich)タンパク質に着目した。SRタンパク質はエクソン内の特異的配列への結合に伴うイントロンの構造変化、除去を介してスプライシングを調節することが知られ、SRタンパク質の発現変動に伴うスプライス機能不全がいくつかの神経変性疾患に関わることが示唆されている。SRタンパク質の内で、SRp75のみがSS19-2に含まれるCAGリピートの伸長に伴い発現量が増大することを確認した。ノーザンプロット法により、このCAGリピート伸長に伴うSRp75の発現増大は転写レベルで起きていることも確認した。SRp75とCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンとの関連を探るため、PC12細胞に各ミニジーンとSRp75siRNAを共導入して内在性のSRp75の発現を約80%低下させた際のスプライスアイソフォームの比率を算出した。その結果、ss19-2(72Q)導入時のMPI,MPcの比率はsRp75siRNA導入により共にSS19-2(11Q)導入時と同等のレベルにまで抑制された。またSRp75プラスミドDNAをSS19-2と共導入してSRp75を強制発現させた場合、MPIの発現比率が増大することを見出した。以上の結果より、Cacnala遺伝子のCAGリピート伸長に伴うエクソン47開始領域のスプライスパターンの変化にSRタンパク質の一つSRp75の転写促進が関与していることが示唆された。

2.SCA6変異によるエクソン47開始領域のスプライシング変化の薬理学的解析

CAGリピート伸長に伴うスプライシングの変化を回復させる薬物を過去に報告のあるものから探索し、本現象を薬理学的に解析した。定量的リアルタイムPCR法によりMPI,MPc,MPIIの,mRNA量を個別に定量評価する系を構築して解析したところ、ピストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬のSodium Butyrate(SB)の処置によってSS19-2(72Q)導入時のMPI発現量が有意に低下し(Fig.3A)、またMPI/MPcの発現比率はSBの処置によってSS19-2(11Q)導入時とほぼ同等のレベルにまで抑制された。さらにSB処置群におけるSRp75の発現を解析したところ、SS19-2(72Q)導入群におけるSRp75の発現増大はSBの共添加によってmRNAレベル、タンパク質レベルともにSS19-2(11Q>導入群と同程度にまで抑制された。さらに上記のSBのオルタナティブスプライシングへの回復作用は.SRp75を強制発現させることによって一部が解除された。以上の結果より、SBはCAGリピート伸長に伴うCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライシング変化を回復させる作用を有し、この作用にSRp75の発現量の増大抑制が関与することが明らかとなった。

3,Sca6ノックインマウスを用いた個体動物レベルにおけるスプライシングの解析

上記現象を個体レベルで確認するため、Cacnala遺伝子のエクソン47にヒトCACNAIA遺伝子エクソン47由来のCAGリピート14個、84個とその周辺配列をゲノムノックインしたSca6ノックインマウス(14Qマウス、84Qマウス)を用いて解析を行った。SCA6において特に神経変性が著明な小脳でSRタンパク質の発現量をイムノブロット法により解析したところ、84Qホモ型においてSRp75の発現量が同腹の野生型マウスと比較して増大していることが確認された。この変化は大脳皮質では認められず、また14Qホモ型マウス小脳でのSRp75の発現量は同腹の野生型マウスと比較して変化は認められなかった。さらに84Qホモ型の小脳におけるCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスアイソフオームの比率をシークエンス解析によって算出したところ、14Qホモ型と比較してMPIの比率が増大し、逆にMPcの比率が有意に減少する結果が得られた。

次にSBの同領域へのスプライス回復作用を個体動物レベルで検討した。84Qホモ型マウスの給水中にSBを2.Omg/mlで加え2週間または4週間慢性投与した。投与完了後に小脳由来のcDNA、タンパク質を用いて解析した結果、まず84Qホモ型におけるSRp75タンパク質の発現増大が同腹の野生型マウスと同程度のレベルにまで抑制された。定量的リアルタイムPCR法によりMPI発現量を定量評価したところ、SBの慢性投与によってMPI発現量が有意に減少した。さらにSB投与群の小脳におけるCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスアイソフォームの比率をシークエンス解析によって算出したところ、84Q亦モ型におけるスプライスパターンの変化が回復することを見出した。以上の結果より、Sca6ノックインマウスの小脳においては、Cacnala遺伝子のCAGリピート伸長によってSRp75の発現が増大し、エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化すること、そしてSBはSRp75の発現増大を抑制させてスプライシングの変化を回復させることが示唆された。

4.SCA6患者剖検脳を用いたスプライシングの解析

これまで細胞モデル、個体動物レベルで認められたSRp75の発現変化、オルタナティブスプライシングの変化がSCA6患者小脳でも認められるか否かを検討した。SCA6患者剖検脳の小脳抽出物を用いて解析したとζろ、筋萎縮性側索礁化症(ALS>、血管障害患者の対照群と比較してSRp75の発現がタンパク質レベル、mRNAレベルともに増大する傾向が観察された。また患者由来のcDNAを用いて解析した結果、SCA6患者小脳においてはコントロール群と比較してMPI型アイソフォームの比率が増大し、MPc型アイソフォームの比率が減少する傾向が観察された。以上の結果より、SCA6患者脳においてもSRp75の発現が変動し、CACNAIA遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化している可能性が示唆された。

本研究ではSCA6の病態発症要因を遺伝子変異に伴うオルタナティブスプライシングの異常、という観点から捉え、SCA6変異によりCacnala遺伝子エクソン47開始領域のスプライスパターンが変化することを明らかにした。また培養細胞への変異遺伝子導入、Sca6ノックインマウス、SCA6患者剖検脳の3つの実験系を組み合わせてCacnala遺伝子エクソン47領域のスプライシング機構におけるSRp75の重要性を示唆した。SCA6において遺伝子変異が自らのオルタナティブスプライシングのパターンを変化させて変異タンパク質の翻訳に直接影響を及ぼす可能性を示唆する。さらにこれらCAGリピート伸長に伴うSRp75の発現増大、スプライシング変化がSBによって抑制されることを示し、本薬物がSCA6治療薬のリードとなる可能性を示した。以上、本研究は、脊髄小脳変性症6型の病態解明を前進させ、さらには治療薬開発に結びつくものであり、博士(薬学)の学位に値すると認定した。

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