No | 123849 | |
著者(漢字) | 佐藤,千尋 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,チヒロ | |
標題(和) | Substituted cysteine accessibility methodを用いたPresenilin1の活性中心構造の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123849 | |
報告番号 | 甲23849 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1276号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 yセクレターゼはアルツハイマー病(AD)患者脳に老人斑として蓄積するアミロイドβペプチド(Aβ)を前駆体である1回膜貫通蛋白質APPから切断するプロテアーゼであり、Presenilin1(PS1)はその活性中心サブユニットである。yセクレターゼは、凝集性が高くADの発症に関与の大きいAβ42と凝集性のより低いAβ40と分子種の切り分けを担い、家族性ADの原因となるPS1遺伝子の点突然変異はいずれもAβ42産生を特異的に上昇させることから、AD治療薬開発の重要な標的分子と考えられている(Fig.1)。またyセクレターゼは疎水性環境である脂質二重膜内で基質の加水分解を行なうというユニークな性質を有する。従ってyセクレターゼの構造解析は、膜内蛋白質切断の解明と、mechanism-basedな治療薬のデザインの両面から重要である。しかしyセクレターゼは、PS以外に3種類の膜貫通型蛋白質を結合した巨大な膜蛋白質複合体であり、構造解析は困難である。 そこで本研究で私は、substituted cysteine accessibility method(SCAM)を用いて、PS1の活性中心部位周辺の構造解析を行った。SCAMは任意の1アミノ酸がシステイン(Cys)に置換された変異体を作製し、イオン化された水分子の存在下においてのみCysのチオール基と特異的に反応するMTS(methanethiosulfonate)試薬を用いて、Cys置換部位の親水性環境を検出する方法であり、これまでに様々なトランスポーターやイオンチャネルの機能構造解析に用いられている(Fig.2)。SCAMの最大の利点は、膜を可溶化せずに蛋白質の構造情報が得られることであり、脂質二重膜内で起こる膜内配列切断という現象の解析にきわめて適していると考えられる。 私はPS1の(1)活性中心アスパラギン酸(Asp)と、その近傍に存在し種間で高度に保存されたGxGDモチーフを含む第6、7膜貫通部位(transmembrane domain(TMD)6,7)、ならびに(2)活性に必須であり保存性の高いPALモチーフを含むTMD8からカルボキシ(C)末端(Fig.3)のSCAM解析を行い、脂質二重膜内における膜内蛋白質切断機構の解明を試みた。 【方法・結果】 ヒトPS1が有する5個のCys(Fig.3黒丸)をセリン(Ser)に置換したCys-less変異型PS1を作製し、これを鋳型に、TMD6及び7以降最c末端までの各アミノ酸をCysに置換した約110種類のcys変異体を作製した(Fig.3白丸)。まずこれらの変異体をPs1・2ダブルノックアウトマウス由来の線維芽細胞に発現させ、Aβ産生能の回復を指標に機能回復実験を行った。その結果、約81%のCys変異体が活性を保持することが確認された。 次にこれらの変異体の恒常発現細胞株を取得し、MTS試薬の-種であるMTSEA-biotinと反応させた。MTSEA-biotinは膜非透過性のため、(1)6wellプレートに蒔き込んだintact cellsをMTSEA-biotinと反応させることによって細胞外からのみアクセス可能な親水性環境に面するCysを(intact細胞を用いた解析)、(2)膜画分をバッファー中に懸濁した、right-side-out及びinside-outの混合した膜画分と反応させることによって、細胞外、細胞質の両側からアクセス可能な親水性環境に存在するCysを(microsomeを用いた解析)、各々標識した。MTSEA-biotinによって標識されたPS1はstreptavidinビーズで沈降後、抗PS1抗体によって検出した。この方法により、各アミノ酸残基周囲の親水性・疎水性を評価すると同時に、ps1の膜配向性の検討を行った。また2個のアミノ酸をCysに置換したdouble Cys変異体を作製し、様々なリンカー長を持つMTSクロスリンカーを用いたクロスリンク実験を行うことにより、2個のアミノ酸残基が同一の親水性環境で、一定距離の範囲内に位置しているかを検討した。さらにyセクレターゼ阻害剤を利用し、膜内配列切断機構における各残基の生理的意義について検討した。 (1)活性中心Asp残基とGxGDモチーフを含むTMD6,7の構造解析 intact細胞を用いた解析の結果、TMD6のCys変異体のうちA246CとL250C、TMD7の変異体では1387Cが標識された(Fig.4a、b上段)。またコンピュータ予測上、細胞外でループ構造をとると予測されるK395C以降のアミノ酸残基は連続して標識された。microsomeを用いた解析の結果、これらの残基に加えて、TMD6のA260Cと、GxGDモチーフを含むTMD7細胞質側のアミノ酸残基のCys変異体が連続して標識され、この部位が細胞質側からアクセス可能な親水性環境にあることが示唆された。これらの結果から、従来脂質二重膜内に埋まっていると予想されてきたTMD6,7が親水性環境に面していることが明らかとなった(Fig.4a、b中段)。TMD6で標識された3アミノ酸残基はhelixモデル上で活性中心のD257と同じ側に位置しており、TMD6が親水性環境に面したα一helixを形成していることが示唆された(Fig.4c)。またTMD6および7に1個ずつのCysを有する変異体を用いたクロスリンク実験を行ったところ、L250C/l387CがM4M(MTS-4-MTS:リンカー長約7.8A)でクロスリンクされ、TMD6とTMD7がきわめて近接した距離に存在することが示唆された。 (2)PALモチーフを含むTMD8,9と最C末端の構造解析 intact細胞を用いた標識実験の結果、予想されるTMD9から最C末端まで23種のCys変異体中10種のCys変異体が標識され、TMD9も脂質二重膜内の親水性環境に面していることが示唆された(Fig.5a)。さらにTMD9の標識されたアミノ酸残基はα一helixの同じ面に存在し、TMD9が親水性環境に面したα一helixを構成することが示唆された(Fig.5b)。microsomeを用いた標識実験では、これに加えてPALモチーフとその周辺のアミノ酸残基のCys変異体が標識され、この部位が細胞質側からアクセス可能な親水性環境にあることが示唆された。一方丁MD8のCys変異体は、いずれの条件でも全く標識されなかった。またTMD6および9に1個ずつCysを有する変異体を用いたクロスリンク実験では、L250CIL435CとL250CIL443CがM2M(リンカー長約5.2A)、L250CIY446CがMllM(リンカー長約16.9A)、L250CID450CがMTS-17-MTS(リンカー長約24.7A)でクロスリンクされ、TMD6とTMD9が近接した親水性環境に存在することが示唆された。. (3)Yセクレターゼ阻害剤を用いたSCAM解析 遷移状態模倣型yセクレターゼ阻害剤L-685,458(Fig.6a)は、yセクレターゼの活性中心Aspに結合することが予想されてきたが、正確な結合様式は明らかでなかった。私は各種Cys変異体をL-685,458とpreincubationした後にMTSEA-biotinによる標識を行うことにより、阻害剤結合部位の同定を試みた。その結果、TMD6のA246C、L250C、TMD7のL383c(GxGDモチーフ)、L381c、及びPALモチーフ周辺のcys変異体の標識が競合された(Rg.6b、c)。これらの部位は活性中心Aspにきわめて近接した位置に存在し、基質と結合するsubsiteを形成する可能性が示唆された。 【まとめ】 私は本研究において、PS1の活性中心を形成する2個のAsp残基の存在するTMD6、7、及びPALモチーフとそれに続くTMD9が近距離に存在し、脂質二重膜内部に親水性ボア構造を形成していることを明らかにした(Fig.7)。またこのボアに面するTMD6の細胞外側とGxGDモチーフ、及びPALモチーフが基質のsubsiteを形成しており、この「活性中心ボア」構造が基質の膜内配列切断を担う触媒部位を構成することを示唆した。 最近、異なる作用機序を有する様々なYセクレターゼ阻害剤( )や、_Aβ_4_2の産生を特異的に阻害する_Yセクレターゼモジュレーター化合物が報告されている。本研究ではそのうちいくつかの阻害剤を用いてSCAM解析を行ない、それらが異なるCys変異体の標識競合パターンを呈することを明らかにしている。今回明らかにしたyセクレターゼの構造に関する情報を基に、今後各種阻害剤の結合部位と結合による構造変化をより詳細に明らかにし、新規治療薬の開発につなげてゆきたい。 Fig.1 PS1/YセクレターゼによるAβ産生 Fig.2 SCAMのストラテジー Fig.3 Cys置換部位 Fig.4 TMD6,7のSCAMによる構造解析 Fig.5 TMD8,9,C末端のSCAMによる横造解析 Fig.6 L-685,458による標識阻害 Fig.7 PS1活性中心ボアモデル | |
審査要旨 | yセクレターゼはアルツハイマー病(AD)患者脳に老人斑として蓄積するアミロイドβペプチド(Aβ)を前駆体である1回膜貫通蛋白質APPから切断するプロテアーゼであり、Presenilin1(PS1)はその活性中心サブユニットである。yセクレターゼは、凝集性が高くADの発症に関与の大きいAβ42と凝集性のより低いAβ40と分子種の切り分けを担い、家族性ADの原因となるPS1遺伝子の点突然変異はいずれもAβ42産生を特異的に上昇させることから、AD治療薬開発の重要な標的分子と考えられている。またyセクレターゼは疎水性環境である脂質二重膜内で基質の加水分解を行なうというユニークな性質を有する。従ってyセクレターゼの構造解析は、膜内蛋白質切断の解明と、mechbnism-basedな治療薬のデザインの両面から重要である。しかしyセクレターゼは、PS以外に3種類の膜貫通型蛋白質を結合した巨大な膜蛋白質複合体であり、構造解析は困難である。 そこで本研究で申請者は、substituted cysteine accessibility method(SCAM)を用いて、PSIの活性中心部位周辺の構造解析を行った。SCAMは任意の1アミノ酸がシステイン(Cys)に置換された変異体を作製し、イオン化きれた水分子の存在下においてのみCysのチオール基と特異的に反応するMTS(methanethiosulfonate)試薬を用いて、Cys置換部位の親水性環境を検出する方法であり、これまでに様々なトランスポーターやイオンチャネルの機能構造解析に用いられている。SCAMの最大の利点は、膜を可溶化せずに蛋白質の構造情報が得られることであり、脂質二重膜内で起こる膜内配列切断という現象の解析にきわめて適していると考えられる。 申請者はPS1の(1)活性中心アスパラギン酸(Asp)と、その近傍に存在し種間で高度に保存されたGxGDモチーフを含む第6、7膜貫通部位(transmembranedomain(丁MD)6,7)、ならびに(2)活性に必須であり保存性の高いPALモチ「フを含むTMD8からカルボキシ(C)末端のSCAM解析を行い、脂質二重膜内における膜内蛋白質切断機構の解明を試みた。 ヒトPS1が有する5個のCysをセリン(Ser)に置換したCys-less変異型PS1を作製し、これを鋳型に、TMD6及び7以降最c末端までの各アミノ酸をcysに置換した約110種類のCys変異体を作製した。まずこれらの変異体をps1・2ダブルノックアウトマウス由来の線維芽細胞に発現させ、Aβ産生能の回復を指標に機能回復実験を行った。その結果、約81%のCys変異体が活性を保持することが確認された。 次にこれらの変異体の恒常発現細胞株を取得し、MTS試薬の一種であるMTSEA-biotinと反応させた。MTSEA-biotinは膜非透過性のため、(1)6wellプレートに蒔き込んだintactcellsをMTSEA-biotinと反応させることによって細胞外からのみアクセス可能な親水性環境に面するCysを(intact細胞を用いた解析)、(2)膜画分をバッファー中に懸濁した、right-side-out及びinside-outの混合した膜画分と反応させることによって、細胞外、細胞質の両側からアクセス可能な親水性環境に存在するCysを(microsomeを用いた解析)、各々標識した。MTSEA-biotinによって標識されたPS1はstreptavidinビーズで沈降後、抗PS1抗体によって検出した。この方法により、各アミノ酸残基周囲の親水性・疎水性を評価すると同時に、PS1の膜配向性の検討を行った。また2個のアミノ酸をCysに置換したdoubleCys変異体を作製し、様々なリンカー長を持つMTSクロスリンカーを用いたクロスリンク実験を行うことにより、2個のアミノ酸残基が同一の親水性環境で、一定距離の範囲内に位置しているかを検討した。さらにyセクレターゼ阻害剤を利用し、膜内配列切断機構における各残基の生理的意義について検討した。 (1)活性中心Asp残基とGxGDモチーフを含むTMD67の構造解析 intact細胞を用いた解析の結果、TMD6のCys変異体のうちA246CとL250C、TMD7の変異体では1387Cが標識された。またコンピュータ予測上、細胞外でループ構造をとると予測されるK395C以降のアミノ酸残基は連続して標識された。microsomeを用いた解析の結果、これらの残基に加えて、'TMD6のA260Cと、GxGDモチーフを含むTMD7細胞質側のアミノ酸残基のCys変異体が連続して標識され、この部位が細胞質側からアクセス可能な親水性環境にあることが示唆された。これらの結果から、従来脂質二重膜内に埋まっていると予想されてきたTMD6,7が親水性環境に面していることが明らかとなった。TMD6で標識された3アミノ酸残基はhelixモデル上で活性中心のD257と同じ側に位置しており、TMD6が親水性環境に面したα一helixを形成していることが示唆された。またTMD6および7に1個ずつのCysを有する変異体を用いたクロスリンク実験を行ったところ、L250C/1387CがM4M(MTS-4-MTS:リンカー長約7.8A)でクロスリンクされ、TMD6とTMD7がきわめて近接した距離に存在することが示唆された。 (2)PALモチーフを含むTMD8,9と最C末端の構造解析 intact細胞を用いた標識実験の結果、予想されるTMD9から最C末端まで23種のCys変異体中10種のCys変異体が標識され、TMD9も脂質二重膜内の親水性環境に面していることが示唆された。さらにTMD9の標識されたアミノ酸残基はα一helixの同じ面に存在し、TMD9が親水性環境に面したα一helixを構成することが示唆された。microsomeを用いた標識実験では、これに加えてPALモチーフとその周辺のアミノ酸残基のCys変異体が標識され、この部位が細胞質側からアクセス可能な親水性環境にあることが示唆された。一方TMD8のCys変異体は、いずれの条件でも全く標識されなかった。またTMD6および9に1個ずっCysを有する変異体を用いたクロスリンク実験では、L250C/L435CとL250C/L443CがM2M(リンカー長約5.2A)、L250C/Y446CがMllM(リンカー長約16.9A)、L250C/D450CがMTS-17-MTS(リンカー長約24.7A)でクロスリンクされ、TMD6とTMD9が近接した親水性環境に存在することが示唆された。 (3)Yセクレターゼ阻害剤を用いたSCAM解析 遷移状態模倣型Yセクレターゼ阻害剤L-685,458は、Yセクレターゼの活性中心Aspに結合することが予想されてきたが、正確な結合様式は明らかでなかった。申請者は各種Cys変異体をL-685,458とpreincubationした後にMTSEA-biotinによる標識を行うことにより、阻害剤結合部位の同定を試みた。その結果、TMD6のA246C、L250C、TMD7のL383C(GxGDモチーフ)、L381c、及びPALモチーフ周辺のCys変異体の標識が競合された。これらの部位は活性中心Aspにきわめて近接した位置に存在し、基質と結合するsubsiteを形成する可能性が示唆された。 申請者は本研究において、PS1の活性中心を形成する2個のAsp残基の存在するTMD6、7、及びPALモチーフとそれに続くTMD9が近距離に存在し、脂質二重膜内部に親水性ボア構造を形成していることを明らかにした。またこのボアに面するTMD6の細胞外側とGxGDモチーフ、及びPALモチーフが基質のsubsiteを形成しており、この「活性中心ボア」構造が基質の膜内配列切断を担う触媒部位を構成することを示唆した。 最近、異なる作用機序を有する様々なyセクレターゼ阻害剤や、Aβ42の産生を特異的に阻害するyセクレターゼモジュレーター化合物が報告されている。本研究ではそのうちいくつかの阻害剤を用いてSCAM解析を行ない、それらが異なるCys変異体の標識競合パターンを呈することをも明らかにしている。以上、本研究で明らかにされたyセクレターゼの構造に関する情報は、アルツハイマー病新規治療薬の開発に重要な手掛かりをもたらすとともに、膜内タンパク質分解の生化学的理解をも進めるものであり、博士(薬学)の学位に相応しいものと判定した。 | |
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