学位論文要旨



No 123851
著者(漢字) 藤野,悟央
著者(英字)
著者(カナ) フジノ,ゴオ
標題(和) 酸化ストレスによるASK1活性化分子機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 123851
報告番号 甲23851
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1278号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 倉永,英里奈
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

細胞内シグナル伝達機構の破綻は、様々な疾患の発症原因となっている。Mitogen-activated protein kinase(MAPK)カスケードは、多様な環境ストレスを伝達し、分化・増殖・細胞死などの生命現象の制御に関与する細胞内シグナル伝達経路の一つである。MAPK kinase kinase(MAPKKK)はこのシグナル伝達経路の最上流に位置しており、細胞内外の多様な刺激を認識し、その情報をリン酸化シグナルとして下流へ伝達するセンサーそのもの、もしくはそれに近い領域で機能するものと考えられている。Apoptosis signal-regulating kinase1 (ASK1) は、JNKおよびp38MAPK経路の上流に位置するMAPKKKの一つである。ASK1は特に活性酸素(ROS)によって強く活性化され、アポトーシスや炎症生サイトカイン産生などのストレス応答を誘導する。ROSによるASK1活性化分子機構に関し当研究室は、(1)ASK1は定常状態でC末端のコイルドコイル領域(CCC)を介して静的ホモオリゴマーを形成しているが、ROSによりASK1活性阻害因子であるThioredoxin(Trx)が解離すると、(2)相反してASK1活性化促進因子であるTNF receptor-associated factor2(TRAF2)およびTRAF6がASK1ヘリクルートされることでASK1が舌性化されるという、レドックスシグナルの分子スイッチとして機能するASK1複合体(ASK1 signalosome)の役割を明らかにしてきた(図1)。

しかしながら、TrxおよびTRAF2ならびにTRAF6(TRAF2/6)がROS依存的にASK1の活性を調節する詳細な分子機構は明らかとなっていなかった。私は修士課程において、これまで機能未知であったASK1のN末端側に存在するコイルドコイル領域(NCC)がROS刺激依存的な自身の分子間相互作用(ホモオリゴマー化)と活性化に重要であることを示唆した。また、TrxはASKのN末端領域を介したホモオリゴマー形成を阻害することでASK1の自己リン酸化による活性化を負に制御することを明らかにし、TrxによるASK1活性制御の分子機構に迫る知見を得た。本研究はTrxに関するこれまでの知見を踏まえつつ、TRAF2/6によるASK1活性化の分子機構を明らかにし、ASK1シグナル伝達経路におけるレドックスセンシング分子機構のさらなる解明を目的とした。

【方法と結果】

1.TrxおよびTRAF2/6に対するASK1の結合領域を同定

ヒトおよびマウスASK1はそれぞれ全長1374残基および1380残基のアミノ酸(aa)から構成されており、分子中央部付近にはセリン/スレオニンキナーゼ領域、N末端とC末端にそれぞれ1ヶ所ずつコイルドコイル領域(NCC,CCC)を有している。はじめに、TrxおよびTRAF2/6に対するASK1の結合領域を同定するため、ASK1の各種欠損変異体を作製し、免疫沈降法による結合実験を行った。その結果、Trx結合領域は46番目から277番目のアミノ酸を含む領域(46-277aa)、TRAF2/6結合領域(TBD)は384-655aaに存在し、TrxおよびTRAF2/6はいずれもNCC(297-324aa)を挟んで互いに隣接したN末端領域に結合することが明らかとなった(図2)。

2.NCCはROSによるASK1の活性化に必要である

NCCの機能はこれまで不明であったが、N末端領域を介したASK1のホモオリゴマー形成および活性化に重要な役割を果たすことを示唆する知見を以前報告した。そこでASK1の活性化におけるNCCの必要性をさらに検討するため、NCCを欠損した変異体(ASK1△NCC)を作製し、その活性を野生型ASK1(ASK1WT)と比較した。その結果、H2O2刺激に対しASK1△NCCの自己リン酸化による活性化はASK1WTに比べ減弱しており、NCCはROSによるASK1の活性化に必要であることが明らかとなった(図3)。

3.TrxおよびTRAF2/6によるASK1のN末端領域を介した相互作用の調節

ROSによりTrxはASK1から解離し、TRAF2/6が結合することでASK1は活性化される。また、定常状態においてCCCを介してホモオリゴマーを形成しているASK1は、ROS依存的にさらに別の会合面でホモオリゴマーを形成し、自己リン酸化により活性化することが知られている。TrxおよびTRAF2/6はいずれもASK1のN末端側に結合領域を有することから、Trxは物理的にASK1のN末端領域でのホモオリゴマー形成を抑制し、TRAF2/6はASK1のホモオリゴマー形成を促進させると考えられた。定常状態で形成されるCCCを介したASK1の強いホモオリゴマー形成の影響を排除するため、予めC末端領域を欠損させたASK1△C(1-947aa)を用い、TrxおよびTRAF2/6によるASK1のN末端領域でのホモオリゴマー形成の調節について検討した。HEK293A細胞に、ASK1△CとTrxおよびTRAF2/6を過剰発現させ、免疫沈降法による結合実験を行った結果、TrxはASK1のN末端領域の相互作用を阻害する一方(図4)、相反してTRAF2/6はその相互作用を促進させることが明らかとなった(図5)。おそらくこの機構によりTrxはASK1の活性化を負に制御し、TRAF2/6はASK1の活性化に促進的に働くものと考えられる。

4.TRAF2/6はASK1のN末端領域を介した相互作用に必要である

ASK1のN末端領域を介したホモオリゴマー形成におけるTRAF2/6の必要性を検討するため、HEK293A細胞において内在性のTRAF2/6をノックダウンし、H2O2刺激に対するASK1△Cの相互作用への関与を検討した。その結果、TRAF2/6ノックダウン細胞ではコントロールの細胞に比べ、H202刺激によるASK1△Cの相互作用の減弱が見られた。このことから、ROSによるASK1のN末端領域を介した相互作用にはTRAF2/6が必要であることが明らかとなった(図6)。

5.TRAF2/6との結合阻害を機序とする新規ASK1活性阻害薬の可能性

TRAF2/6はROSによりASK1に結合し、ASK1の活性化促進因子として働く。またTRAF2/6の各ノックアウトマウス由来の胎児線維芽細胞では、H202刺激によるASK1活性化の大幅な減弱が見られる。このことから、TRAF2/6のASK1への結合を阻害すれば、ASK1の活性化を抑制できることが予想される。TRAF2/6に対するASK1の結合領域の絞り込みをさらに行った結果、両者はともにASK1の521-548aa(TBD-m5)を含む領域に強く結合することが明らかとなった(図7)。これらの領域(TBD-middle,TBD-m5)をHEK293A細胞に過剰発現すると、定常状態でのASK1の活性とH202刺激によるASK1の活性化が共に抑制された(図8,9)。この結果から、TBD-middle、TBD-m5はTRAF2/6に強く結合し、TRAF2/6のASK1への結合を阻害することで、ASK1の活性化を抑制することが示唆される。

【まとめと考察】

本研究において私は、TrxおよびTRAF2/6に対するASK1の結合領域がいずれもN末端側に存在することを見出し、TrxおよびTRAF2/6のROS依存的なタンパク質相互作用によってASK1のN末端領域を介したホモオリゴマー形成が制御されることでASK1の活性調節が行われるという、新規ASK1活性化分子機構を明らかにした。本研究から得られた知見に基づき、そのモデルを図10に示す。定常状態においてTrxはASK1のN末端領域を介した相互作用を阻害し、ASK1の活性化を抑制する。ROSによりTrxがASK1から解離すると、TRAF2/6がASK1にリクルートされ、ASK1のN末端領域を介した相互作用が促進される。その結果、ASK1はホモオリゴマー形成による自己リン酸化が元進し活性化されると考えられる(図10)。

ASK1活性化の亢進は神経変性疾患、虚血性疾患、炎症性疾患など様々な疾患に関与することが報告され、ASK1活性阻害薬はこれらの疾患の克服につながるものと期待される。TBD-middleおよびTBD-m5がASK1の活性化を抑制するという結果は、ASK1活性化因子であるTRAF2/6とASK1の結合を阻害する化合物がASK1活性阻害薬になる可能性があることを示唆している。今後、本作用機序に基づくASK1活性阻害薬の新規創薬基盤の創出に向けて、細胞内に導入可能な候補化合物の探索、ASK1シグナル伝達経路の阻害効果とその特異性の生化学的解析などについて検討を進めていきたい。

図1.ASK1複合体におけるASK1活性化機構

図2.ASK1のドメイン構造

図3.ASK1活性化におけるNCCの必要性

図4.TrxによるASK1のN末端領域を介したオリゴマー化の抑制

図5.TRAF2によるASK1のN末端領域を介したオリゴマー化の促進

図6.ASK1のN末端領域を介したホモオリゴマー形成におけるTRAF2/6の必要性

図7.TRAF2/6結合領域の同定

図8.TBD-midleによるASK1活性化の阻害

図9.TBD-m5によるASK1活性化の阻害

図10.ROSによるASK1活性化の分子機構

審査要旨 要旨を表示する

細胞内シグナル伝達機構の破綻は、様々な疾患の発症原因となっている。Mitogen-activated protein Kinase(MAPK)カスケードは、多様な環境ストレスを伝達し、分化・増殖・細胞死などの生命現象の制御に関与する細胞内シグナル伝達経路の一つである。MAPK Kinase Kinase(MAPKKK)はこのシグナル伝達経路の最上流に位置しており、細胞内外の多様な刺激を認識し、その情報をリン酸化シグナルとして下流へ伝達するセンサーそのもの、もしくはそれに近い領域で機能するものと考えられている。Apoptosis signal-Kinase 1 (ASK1) は、JNKおよびp38 MAPK経路の上流に位置するMAPKKKの一つである。ASK1は特に活性酸素(ROS)によって強く活性化され、アポトーシスや炎症性サイトカイン産生などのストレス応答を誘導する。ROSによるASK1活性化分子機構に関し、「ASK1は定常状態においてC末端のコイルドコイル領域(CCC)を介して静的ホモオリゴマーを形成しているが、ROSによりASK1活性阻害因子であるThioredoxin(Trx)が解離すると、相反してASK1活性化促進因子であるTNF receptor-associated factor2 (TRAF2) およびTRAF6がASK1ヘリクルートされることでASK1が活性化される」ことがこれまでに明らかとなっている。しかしながら、TrxおよびTRAF2ならびにTRAF6(TRAF2/6)がROS依存的にASK1の活性を調節する詳細な分子機構は不明である。

本研究は、TrxおよびTRAF2/6に焦点を当て、両タンパク質によって調節されるASK1活性制御機構を詳細に解析したものである。さらに、その結果から見出されたASK1活性化の分子機構を踏まえ、新規作用機序に基づくASK1活性阻害薬創出の基盤となる解析を行った。本研究から得られた主要な知見を以下に記す。

1.TrxおよびTRAF2/6に対するASK1の結合領域を同定

ヒトおよびマウスASK1はそれぞれ全長1374残基および1380残基のアミノ酸(aa)から構成されており、分子中央部付近にはセリン/スレオニンキナーゼ領域、N末端とC末端にそれぞれ1ヶ所ずっコイルドコイル領域(NCC,CCC)を有している。はじめに、TrxおよびTRAE2/6に対するASK1の結合領域を同定するため、ASK1の各種欠損変異体を作製し、免疫沈降法による結合実験を行った。その結果、Trx結合領域は46番目から277番目のアミノ酸を含む領域(46-277aa)、TRAK2/6結合領域(TBD)は384-655aaに存在し、TrxおよびTRAF2/6はいずれもNCC(297-324aa)を挟んで互いに隣接したN末端領域に結合することが明らかとなった。

2.NCCはROSによるASK1の活性化に必要である

NCCの機能はこれまで不明であったが、N末端領域を介したASK1のホモオリゴマー形成および活性化に重要な役割を果たすことを示唆する知見が本研究で得られた。そこで、ASK1の活性化におけるNCCの必要性をさらに検討するため、NCCを欠損した変異体(ASK1△NCC)を作製し、その活性を野生型ASK1(ASK1WT)と比較した。その結果、H202刺激に対しASK1△NCCの自己リン酸化による活性化はASK1WTに比べ減弱しており、NCCはROSによるASK1の活性化に必要であることが明らかとなった。

3.TrxおよびTRAF2/6によるASK1のN末端領域を介した相互作用の調節

ROSによりTrxはASK1から解離し、TRAF2/6が結合することでASK1は活性化される。また、定常状態においてCCCを介してホモオリゴマーを形成しているASK1は、ROS依存的にさらに別の会合面でホモオリゴマーを形成し、自己リン酸化により活性化することが知られている。TrxおよびTRAF2/6はいずれもASK1のN末端側に結合領域を有することから、Trxは物理的にASK1のN末端領域でのホモオリゴマー形成を抑制し、TRAF2/6はASK1のホモオリゴマー形成を促進させると考えられた。定常状態で形成されるCCCを介したASK1の強いホモオリゴマー形成の影響を排除するため、予めC末端領域を欠損させたASK1△C(1-947aa)を用い、TrxおよびTRAF2/6によるASK1のN末端領域でのホモオリゴマー形成の調節について検討した。HEK293A細胞に、ASK1△CとTrxおよびTRAF2/6を過剰発現させ、免疫沈降法による結合実験を行った結果、Trx1はASK1のN末端領域同士の相互作用を阻害する一方、相反してTRAF2/6はその相互作用を促進させることが明らかとなった。おそらくこの機構によりTrxはASK1の活性化を負に制御し、TRAF2/6はASK1の活性化に促進的に働くものと考えられる。

4.TRAF2/6はASK1のN末端領域を介した相互作用に必要である

ASK1のN末端領域を介したホモオリゴマー形成におけるTRAF2/6の必要性を検討するため、HEK293A細胞において内在性のTRAF2/6をノックダウンし、H202刺激に対するASK1△Cの相互作用への関与を検討した。その結果、TRAE2/6ノックダウン細胞ではコントロールの細胞に比べ、H202刺激によるASK1△Cの相互作用の減弱が見られた。このことから、ROSによるASK1のN末端領域を介した相互作用にはTRAF2/6が必要であることが明らかとなった。

5.TRAF2/6との結合阻害を機序とする新規ASK1活性阻害薬の可能性

TRAF2/6はROSによりASK1に結合し、ASK1の活性化促進因子として働く。またTRAF2/6の各ノックアウトマウス由来の胎児線維芽細胞では、H202刺激によるASK1活性化の大幅な減弱が見られる。このことから、TRAF2/6のASK1への結合を阻害すれば、ASK1の活性化を抑制できることが予想される。TRAF2/6に対するASK1の結合領域の絞り込みをさらに行った結果、両者はともにASK1の521-548aa(TBD-m5)を含む領域に強く結合することが明らかとなった。これらのTRAF2/6結合領域(TBD:384-655aa,TBD-middle:461-548aa,TBD-m5:521-548aa)をそれぞれHEK293A細胞に過剰発現すると、定常状態でのASK1の活1生およびH202刺激によるASK1の活性化が共に抑制された。これらの結果から、ASK1のTRAF2/6 結合領域に由来するペフチドはTRAF2/6 に強く結合し、TRAF2/6 とASK1の正常な結合を阻害することで、ASK1の活性化を抑制することが示唆される。

本研究においてTrxおよびTRAF2/6 に対するASK1の結合領域がいずれもN末端側に存在することが見出され、TrxおよびTRAF2/6 のROS依存的なタンパク質問相耳作用によってASK1のN末端領域を介したホモオリゴマー形成が制御されることでASK1の活性調節が行われるという、新規ASKl活性化分子機構が明らかとなった。その機構を以下に記す。「定常状態においてTrxはASK1のN末端領域を介した相互作用を阻害し、ASK1の活性化を抑制する。ROSによりTrxがASK1から解離すると、TRAE2/6がASK1にリクルートされ、ASK1のN末端領域を介した相互作用が促進される。その結果、ASK1はホモオリゴマー形成による自己リン酸化が亢進し活性化される」。さらに、ROSによるASK1の活性化にはTRAF2/6が必要であるという点に着目することで、ASK1とTRAF2/6の正常な結合を妨げるTRAE2/6結合ペプチドが同定され、そのペプチドの過剰発現によりASK1の活性化が阻害されるという新たな知見が見出された。

本研究から得られた知見は、ROSというストレス刺激がリン酸化シグナルへと変換されるASK1複合体の、酸化ストレス受容認識とシグナル変換の分子機構の理解をさらに深めており、新規性、独創性に富むものである。さらに、ASK1を分子標的とした今後の創薬研究に貢献する新規ASK1活性阻害薬創出の足掛かりとなる知見を示したという点に関しても高く評価される。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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