学位論文要旨



No 123853
著者(漢字) 村松,里衣子
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,リエコ
標題(和) 細胞内cAMP量の変動及びNetrin-1による海馬苔状線維の異常発芽
標題(洋)
報告番号 123853
報告番号 甲23853
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1280号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 池谷,裕二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

側頭葉てんかん患者及びそのモデル動物の海馬歯状回において、海馬歯状回顆粒細胞の軸索である苔状線維が通常の進行方向と逆方向にある分子層へと逆行性伸長し、顆粒細胞間に反回性異常興奮回路を形成する「異常発芽」が頻繁に確認される。側頭葉てんかんは、海馬を発作起始部としており、異常発芽は海馬に存在する神経細胞群に過剰興奮をもたらすことから、てんかん発作を増悪化する可能性がある。当教室では、異常発芽を軸索誘導機構の異常と捉え、その形成は「分枝」、「逆行性伸長」、そして「束状化」の3段階により構成されるとの仮説(Fig.1)を提唱し、その分枝過程には脳由来神経栄養因子が関与することを明らかにしている。しかしながら、ただ分枝が形成されただけでは、通常方向への軸索誘導機構が作用すれば異常発芽は生じない。そこで、本研究では異常発芽形成における逆行性伸長機構に関して、異常興奮状態における顆粒細胞内のcAMP量の変動及び軸索誘導因子であるNetrin-1の関与に着目して、その解明にあたった。

【本論】

1.Netrin-1による苔状線維の誘引

苔状線維の投射標的である海馬CA3野には、苔状線維を誘引する拡散性軸索誘導因子が存在する可能性が示唆されていたが、その同定はなされていなかった。まず、誘引因子を同定するために、生後6日齢のラット由来の顆粒細胞と、CA3野微小切片をコラーゲンゲル内で共培養する新規培養系(Explantco-cu-culture system,Fig.2a)を確立した。本系において、顆粒細胞から伸長する苔状線維は、ほぼ全てがCA3野切片方向に誘引された(Fig.2b)。このことから、CA3野に苔状線維に対する拡散性誘引因子が存在することが示唆された。私は、CA3野に軸索誘導因子のNetrin-1が存在することをmRNAおよび蛋白質レベルで確認したため、本系においてNetrin-1が誘引因子として機能している可能性を検証した。まず、Netrin-1の機能を阻害することが明らかにされている抗Netrin-1抗体存在下で共培養を行ったところ、CA3野切片への苔状線維の一方向性の伸長が阻害された(Fig.2b)。次に、Netrin-1を過剰発現させたHEK293細胞の凝集体と顆粒細胞をコラーゲン内で共培養したところ、苔状線維は凝集体に向かって伸長し、抗Netrin-1抗体存在下でその誘引作用が抑制された。さらに、周囲環境が維持された海馬切片内におけるNetrin-1の苔状線維誘引作用を検証するため、スライスオーバーレイ法を用いて苔状線維伸長方向の解析を行った。同手法は、GFP強制発現ラット由来の顆粒細胞を野生型ラット由来の切片上に播種して培養を行うものであり、苔状線維は通常CA3方向に限局して伸長するが、抗Netrin-1抗体存在下で培養を行ったところ、苔状線維の約半数は逆行性に伸長した。以上のことから、苔状線維はCA3野から分泌されるNetrin-1によって誘引されることが明らかになった。

2.細胞内cAMP量の増加による、Netrin-1依存性苔状線維誘引の抑制

CA3野に軸索誘引因子であるNetrin-1が存在するにも関わらず、てんかん状態において苔状線維は逆行性伸長し、異常発芽を形成する。その理由として、「CA3野に存在するNetrin-1の発現量の低下」、または、「Netrin-1に対する苔状線維の誘引応答性の低下」が推察された。そこで、GABAA受容体阻害薬であるピクロトキシンの処置により、海馬切片培養系にてんかん様状態(以下、過剰興奮状態)を誘導し、CA3野に存在するNetrin-1の蛋白質量をイムノブロット法によって解析した結果、その発現量の低下は確認されなかった。次に、「Netrin-1に対する苔状線維の誘引応答性の低下」の可能性を検証するため、過剰興奮状態における顆粒細胞内のcAMP量の変動を検証した。これは、Xenopusの脊髄神経において、Netrin-1に対する軸索の応答が細胞内のcAMP量の変動によって誘引から反発へと変化することが報告されているためである。このため、海馬切片をピクロトキシン存在下で培養したところ、顆粒細胞層におけるcAMP量の上昇が免疫染色法により確認された。この結果を受け、次に、過剰興奮状態におけるcAMP量の上昇が、苔状線維の伸長方向を変化させる可能性をスライスオーバーレイ法を用いて検討した。その結果、苔状線維のCA3野方向への限局した投射は、cAMP活性化薬であるSp-cAMPS存在下で破綻し、その約半数が逆行性伸長した。また、ピクロトキシンの処置により、過剰興奮状態を誘導することによって苔状線維は逆行性伸長したが、同現象は、cAMP不活性化薬であるRp-cAMPS処置により抑制された。さらに、上述のNetrin-1強制発現細胞と顆粒細胞の共培養系において、苔状線維の誘引はsp-cAMPsによって阻害された(Fig.3)。これらのことから、過剰興奮状態における顆粒細胞内のcAMP量の上昇により、苔状線維のNetrin-1に対する誘引応答性が低下することが示された。

3.細胞内cAMP量の増加によるNetrin-1受容体の発現変化

細胞内cAMP量の増加による苔状線維のNetrin-1への応答変化の機序を解明するために、過剰興奮状態におけるNetrin-1受容体の発現量の変化を検証した。これは、Netrin-1受容体には軸索の誘引を担うDCC受容体と軸索の反発を担うUNC5受容体が存在し、過剰興奮状態において、苔状線維の成長円錐におけるこれらの発現量が変化している可能性があるためである。分散培養した顆粒細胞の軸索成長円錐におけるDCC及びUNC5A受容体の発現を、免疫蛍光染色法により検討したところ、DCCおよびUNC5A総蛍光強度に対するDCCの蛍光強度比率が高かった。しかし、高カリウム培地を用いた過剰興奮状態における培養、あるいはSp-cAMPS存在下での培養により、総蛍光強度に対するUNC5Aの蛍光強度比率が増加した(Fig.4)。さらに、高カリウム培地によるUNC5Aの蛍光強度比の増加は、Rp-cAMPsの処置によって抑制された。以上のことから、過剰興奮状態での顆粒細胞内cAMP量の増加により、苔状線維成長円錐におけるDCC受容体の発現率は低下し、UNC5A受容体の発現率が上昇することで、Netrin-1に対する苔状線維の誘引応答性が低下することが示唆された。

4.DCCおよびUNC5A受容体発現比率の調節による苔状線維誘導制御

DCCおよびUNC5A受容体の発現比率の変化と苔状線維伸長方向との関与を明らかにするために、両受容体のsiRNAを導入した細胞の苔状線維の伸長方向の解析を試みた。まず、siRNA導入細胞での、軸索成長円錐における受容体発現抑制効果を免疫染色法により検討し、DCC受容体siRNA導入細胞およびUNC5A受容体siRNA導入細胞での各受容体ノックダウン効果を確認した。続いて、各受容体siRNA導入細胞を用いてスライスオーバーレイ法を行い、siRNA導入細胞の苔状線維伸長方向を解析した。その結果、トランスフェクション試薬のみを処置したmock細胞ならびにDCC受容体scrambled siRNA導入細胞の苔状線維はcA3野方向に限局して伸長したが、DCC受容体siRNA導入細胞の苔状線維はほぼ全てが逆行性に伸長した。さらに、ピクロトキシン処置によりmock群ならびにUNC5A受容体scrambled siRNA導入群で観察される苔状線維の逆行性伸長は、UNC5A受容体siRNAの導入により有意に抑制され、ほぼ全ての苔状線維がCA3野方向に伸長した。なお、過剰興奮状態ではDCC受容体の発現量の低下が認められるがUNC5A受容体siRNA導入により成長円錐表面におけるDCC蛍光強度比率は、無処置の成長円錐における比率と同程度まで回復した。このことから、DCC受容体の発現量が低下しても、UNC5A受容体の発現量も低下して相対的にDCC受容体発現比率がコントロールレベルまで回復することにより、苔状線維がCA3野方向へ伸長することが示された。

以上のことから、苔状線維はCA3野に存在するNetrin-1によりDCC受容体を介して誘引されること、そして過剰興奮状態では顆粒細胞内のcAMP量の増加に伴いDCC受容体の発現低下ならびにUNC5A受容体の発現増加によるUNC5A受容体の発現比率の増加を介して、CA3野で発現が増大したNetrin-1に対して反発作用を誘起することにより、苔状線維が逆行性に伸長することが示された。

【総括】

本研究により、苔状線維がCA3野に存在するNetrin-1によって誘引されること、そしててんかん状態では顆粒細胞内cAMP量の増加に伴い苔状線維成長円錐でのNetrin-1受容体の発現様式が変化し、Netrin-1に対する誘引応答を反発応答へと逆転させることにより、苔状線維が逆行性に伸長することが示された。本研究を通して、苔状線維の誘導機構およびてんかん様の過剰興奮状態での異常発芽の形成機構の一端が解明された。本研究は、軸索誘導において複数の受容体の発現比率と軸索伸長方向の関連性を示した初めての知見であるとともに、異常発芽の阻止を側頭葉てんかんの新規治療標的と捉える点で大変意義深い。今後、著者が示した知見をてんかん患者においても生じることを確認し、Netrin-1受容体発現様式の調節によるてんかんモデル動物での異常発芽形成や発作感受性に対する作用を検討することにより、異常発芽という観点から側頭葉てんかんの新規治療法に貢献することが出来ると考えられる。

【発表論文】

1) Muramatsu R, Ikegaya Y, Matsuki N, Koyama R. Neuroscience. (2007) 148: 593-598

2) Koyama R, Muramatsu R, Sasaki T, Kimura R, Ueyama C, Tamura M, Tamura N, Ichikawa J, Takahashi N, Usami A, Yamada MK, Matsuki N, Ikegaya Y. J. Pharmacol. Sci. (2007) 104: 191-194

3) Ichikawa J, Yamada RX, Muramatsu R, Ikegaya Y, Matsuki N, Koyama R. J. Pharmacol. Sci. (2007) 104: 387-391

Fig.1:苔状線維の異常発芽形成機構。苔状線維は歯状回門内で分枝を形成し(ステップ1)、枝分かれした軸索が顆粒細胞層方向へ逆行性伸長したのち(ステップ2)顆粒細胞とシナプスを形成して異常発芽が完成する(ステップ3)。

Fig.2:Explant co-culture法を用いた軸索伸長方向解析。

(a)コラーゲンゲル内に包埋したCA3切片。

(b)切片と共培養した顆粒細胞から伸長する苔状線維のトレース像の集合図。通常苔状線維はCA3切片方向に伸長することから、CA3に拡散性の誘引因子があると考えられる。また抗Netrin-1抗体存在下で培養することにより苔状線維のCA3方向への伸長能力が減弱する。

Fig.3:cAMP量の増加によるNetrin-1誘引応答性の変化。

(a)コラーゲンゲル内に包埋したNetrin-1強制発現細胞の凝集体。

(b)コラーゲンゲル内を伸長した苔状線維のトレース像。Netrin-1発現細胞の凝集体方向への苔状線維の伸長は、Sp-cAMPS処置により阻害される。

Fig.4:成長円錐における受容体の発現の変化。

苔状線維の成長円錐の表面では、通常DCC受容体の発現量が多いが、脱分極刺激によりUNC5A受容体の発現量が増加する。

審査要旨 要旨を表示する

側頭葉てんかん患者及びそのモデル動物の海馬歯状回において、海馬歯状回顆粒細胞の軸索である苔状線維が通常の進行方向と逆方向にある分子層へと逆行性伸長し、顆粒細胞間に反回性異常興奮回路を形成する「異常発芽」が頻繁に確認される。側頭葉てんかんは、海馬を発作起始部としており、異常発芽は海馬に存在する神経細胞群に過剰興奮をもたらすことから、てんかん発作を増悪化する可能性がある。当教室では、異常発芽を軸索誘導機構の異常と捉え、その形成は「分枝」、「逆行性伸長」、そして「束状化」の3段階により構成されるとの仮説を提唱し、その分枝過程には脳由来神経栄養因子が関与することを明らかにしている。しかし、分枝が形成されただけでは、通常方向への軸索誘導機構が作用すれば必ずしも異常発芽とはならない。そこで、本研究では異常発芽形成における逆行性伸長機構に関して、異常興奮状態における顆粒細胞内のcAMP量の変動及び軸索誘導因子であるNetrin-1の関与に着目し、解析した。

1.Netrin-1による苔状線維の誘引

苔状線維の投射標的である海馬CA3野には、苔状線維を誘引する拡散性軸索誘導因子が存在する可能性が示唆されていたが、その同定はなされていなかった。誘引因子を同定するために、ラット由来の顆粒細胞と、CA3野微小切片をコラーゲンゲル内で共培養する新規培養系(Explant co-culture system)を確立した。)。GA3野に軸索誘導因子のNetrin-1が存在することをmRNAおよび蛋白質レベルで確認したので、本実験系を用いてNetrin-1が誘引因子として機能している可能性を検証した。まず、Netrin-1の機能阻害抗体存在下で共培養を行ったところ、CA3野切片への苔状線維の一方向性の伸長が阻害された。Netrin-1を過剰発現させたHEK293細胞の凝集体と顆粒細胞を共培養したところ、苔状線維は凝集体に向かって伸長し、抗Netrin-1抗体存在下でその誘引作用が抑制された。さらに、周囲環境が維持された海馬切片内におけるNetrin-1の苔状線維誘引作用を検証するため、スライスオーバーレイ法を用いて苔状線維伸長方向の解析を行った。同手法は、GFP強制発現ラット由来の顆粒細胞を野生型ラット由来の切片上に播種して培養を行うものであり、苔状線維は通常CA3方向に限局して伸長するが、抗Netrin-1抗体存在下で培養を行ったところ、苔状線維の約半数は逆行性に伸長した。以上のことから、苔状線維はCA3野から分泌されるNetrin-1によって誘引されることが明らかになった。

2.細胞内cAMP量の増加による、Netrin-1依存性苔状線維誘引の抑制

CA3野に軸索誘引因子であるNetrin-1が存在するにも関わらず、てんかん状態において苔状線維は逆行性伸長し、異常発芽を形成する。その理由として、「CA3野でのNetrin-1発現量の低下」または、「Netrin-1に対する苔状線維の誘引応答性の低下」が推察された。そこで、GABAA受容体阻害薬であるピクロトキシンの処置により、海馬切片培養系にてんかん様状態(以下、過剰興奮状態)を誘導し、CA3野に存在するNetrin-1の蛋白質量をイムノブロット法によって解析した。しかし、発現量の低下は確認されなかった。次に、「Netrin-1に対する苔状線維の誘引応答性の低下」の可能性を検証するため、過剰興奮状態における顆粒細胞内のcAMP量の変動を検証した。海馬切片をピクロトキシン存在下で培養したところ、顆粒細胞層におけるcAMP量の上昇が免疫染色法により確認された。次に、過剰興奮状態におけるcAMP量の上昇が、苔状線維の伸長方向を変化させる可能性をスライスオーバーレイ法を用いて検討した。その結果、苔状線維のCA3野方向への限局した投射は、cAMP活性化薬であるSp-cAMPS存在下で破綻し、その約半数が逆行性伸長した。また、ピクロトキシンの処置により、過剰興奮状態を誘導することによって苔状線維は逆行性伸長したが、同現象は、cAMP不活性化薬であるRp-cAMPS処置により抑制された。さらに、上述のNetrin-1強制発現細胞と顆粒細胞の共培養系において、苔状線維の誘引はSp-cAMPSによって阻害された。これらのことから、過剰興奮状態では顆粒細胞内のcAMP量の上昇により、苔状線維のNetrin-1に対する誘引応答性が低下することが示された。

3.細胞内cAMP量の増加によるNetrin-1受容体の発現変化

細胞内cAMP量の増加による苔状線維のNetrin-1への応答変化の機序を解明するために、過剰興奮状態におけるNetrin-1受容体の発現量の変化を検証した。これは、Netrin-1受容体には軸索の誘引を担うDCC受容体と軸索の反発を担うUNC5受容体が存在し、過剰興奮状態において、苔状線維の成長円錐におけるこれらの発現量が変化している可能性があるためである。分散培養した顆粒細胞の軸索成長円錐におけるDCC及びUNC5A受容体の発現を、免疫蛍光染色法により検討したところ、DCCおよびUNC5A総蛍光強度に対するDCCの蛍光強度比率が高かった。しかし、高カリウム培地を用いた過剰興奮状態における培養、あるいはSp-cAMPS存在下での培養により、総蛍光強度に対するUNC5Aの蛍光強度比率が増加した。さらに、高カリウム培地によるUNC5Aの蛍光強度比の増加は、Rp-cAMPSの処置によって抑制された。以上のことから、過剰興奮状態での顆粒細胞内CAMP量め増加により、苔状線維成長円錐におけるDCC受容体の発現率は低下し、UNC5A受容体の発現率が上昇することで、Netrin-1に対する苔状線維の誘引応答性が低下することが示唆された。

4.DCCおよびUNC5A受容体発現比率の調節による苔状線維誘導制御

DCCおよびUNC5A受容体の発現比率の変化と苔状線維伸長方向との関与を明らかにするために、両受容体のsiRNAを導入した細胞の苔状線維の伸長方向の解析を試みた。まず、siRNA導入細胞での、軸索成長円錐における受容体発現抑制効果を免疫染色法により検討し、DCC受容体siRNA導入細胞およびUNC5A受容体siRNA導入細胞での各受容体ノックダウン効果を確認した。続いて、各受容体siRNA導入細胞を用いてスライスオーバーレイ法を行い、siRNA導入細胞の苔状線維伸長方向を解析した。その結果、トランスフェクション試薬のみを処置したmock細胞ならびにDCC受容体scrambled siRNA導入細胞の苔状線維はcA3野方向に限局して伸長したが、Dcc受容体siRNA導入細胞の苔状線維はほぼ全てが逆行性に伸長した。さらに、ピクロトキシン処置によりmock群ならびにUNC5A受容体scrambledsiRNA導入群で観察される苔状線維の逆行性伸長は、UNC5A受容体siRNAの導入により有意に抑制され、ほぼ全ての苔状線維がCA3野方向に伸長した。なお、過剰興奮状態ではDCC受容体の発現量の低下が認められるが、UNC5A受容体siRNA導入により成長円錐表面におけるDCC蛍光強度比率は、無処置の成長円錐における比率と同程度まで回復した。このことから、DCC受容体の発現量が低下しても、UNC5A受容体の発現量も低下して相対的にDCC受容体発現比率がコントロールレベルまで回復することにより、苔状線維がCA3野方向へ伸長することが示された。

以上のことから、苔状線維はCA3野に存在するNetrin-1によりDCC受容体を介して誘引されること、そして過剰興奮状態では顆粒細胞内のcAMP量の増加に伴いDCC受容体の発現低下ならびにUNC5A受容体の発現増加によるUNC5A受容体の発現比率の増加を介して、CA3野で発現が増大したNetrin-1に対して反発作用を誘起することにより、苔状線維が逆行性に伸長することが示された。

本研究において、苔状線維がCA3野に存在するNetrin-1によって誘引されること、てんかん状態では顆粒細胞内cAMP量の増加に伴い苔状線維成長円錐でのNetrin-1受容体の発現様式が変化し、Netrin-1に対する誘引応答を反発応答へと逆転させることにより、苔状線維が逆行性に伸長することが示された。本研究を通して、苔状線維の誘導機構およびてんかん様の過剰興奮状態での異常発芽の形成機構の一端が解明された。軸索誘導において複数の受容体の発現比率と軸索伸長方向の関連性を示した初めての知見であり、側頭葉てんかんの新規治療標的として異常発芽の阻止をという新しい元年を提唱した点でも評価される。従って、博士(薬学)の学位授与に値する内容と判断した。

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