No | 123872 | |
著者(漢字) | 窪谷,茂幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボヤ,シゲユキ | |
標題(和) | 有機金属気相成長法によるInAsN薄膜・量子構造の作製と光学特性に関する研究 | |
標題(洋) | Study of MOVPE Growth and Optical Properties of InAsN Films and Quantum Structures | |
報告番号 | 123872 | |
報告番号 | 甲23872 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第338号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 物質系専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 研究背景 III-V-N型混晶半導体は「巨大バンドギャップボウイング」という特徴を持ち、少量の窒素を混入することでバンドギャップエネルギーを大きく低エネルギー側にシフトさせることができる。InAsN混晶半導体は、狭バンドギャップのため、混入させる窒素濃度を制御することで中赤外発光デバイスなどへの応用も期待できる。しかし、III-V-N型混晶半導体は、窒素の平衡固溶度が低い「非混和性」という特徴も併せ持つ。また、InAsNは電子の有効質量が小さく、キャリア濃度が増加した場合フェルミ準位が伝導帯内部に入り込みやすく、吸収端や発光端がブルーシフトするBurstein-Moss (BM)効果 (バンドフィリング効果)を生じバンド端の振る舞いを直接観察することが困難である。MOVPE法ではこれまでにNH3 [1] とラジカル窒素をN原料として用いてInAsN薄膜の成長が試みられているが、相分離のない均質な膜のInAsN薄膜は得られていない。 本研究では、低温での熱分解効率の高いAs、N原料であるターシャリーブチルアルシン(TBAs)、ジメチルヒドラジン(DMHy)を用いて、高い非平衡度を実現できる低温でのMOVPE成長において、InAsN薄膜及び量子構造を作製し、そのバンドギャップの振舞いを詳細に調べた。また、InAs量子ドットにN添加し、バンドギャップボウイングを用いてその発光の長波化が期待できるか自己形成InAsN量子ドットをGaAs基板上に作製し、そのフォトルミネッセンス特性を調べた。 2. 実験方法 試料は、水素キャリアガスを用いた減圧MOVPE法によって作製した。III属原料としてトリメチルガリウム(TMG)、トリメチルインジウム(TMIn)を用いた。InAsN薄膜は、GaAs基板上に500°C、160 Torrにおいて1.9μm成長した厚膜InAsバッファ上に作製した。InAsN層は、TMIn、TBAs及びDMHy供給量を12.2、 30.7、 4000 μmol/minにそれぞれ固定し、成長温度を300~450 °Cに変化させ結晶成長を行った。 InAsN/GaAs 多重量子井戸構造(MQWs)は、GaAs基板上に60 Torrで成長した。MQW構造は、 1.2 MLの厚さのInAsN (または、InAs) 井戸層と~30 nmの厚さのGaAs バリア層のペアを1周期として10周期作製した。InAsN層はTMIn、TBAs供給量を3.0、30.7μmol/minにそれぞれ固定し、DMHy供給量を 0 ~ 4000 μmol/minと変え作製した。 自己形成InAsN量子ドットはStranski-Krastanov (S-K) 成長モードによりGaAs基板上に 400 °C、60 Torrにおいて作製した。PL測定用の試料は15 nmのGaAs バリア層を量子ドット成長直後に同温で成長した後昇温し、500 °C において2段目のGaAsバリア層を35nm作製した。 InAsN QDsは、TMIn, TBAs, DMHy供給量をそれぞれ3.0, 7.6及び4000 μmol/minに固定し、供給量を2.6, 3.0, 3.5 MLとした。InAs QDsも比較のためにDMHyを供給せず同条件にて成長した。成長速度は0.55 ML/s に固定した。 3. 結果と考察 3.1. InAsN 薄膜 全ての試料で、均一な膜厚のInAsN薄膜を得た。また、断面SEM像とFT-IR透過スペクトルのフリンジからInAsN薄膜の膜厚を求めた結果、成長温度375°C以上では~0.33 μmであったが、375°C以下では300 °Cにおける0.1μmまで減少した。これらは、原料の分解効率の低下によるものと考えられる。HR-XRD 2θ/ω 測定の結果を図1に示した。本研究で得られたすべてのInAsN薄膜からの回折ピークの形状は単峰性であり、Nの組成不均一性や相分離は観察されなかった。また300~350 °Cで作製した試料において、フリンジが観察されたことなどから、TBAs と DMHyは、InAsN薄膜を作製するために有効な原料であることがわかった。また、(115)面逆格子空間マッピング測定から歪みを考慮してN濃度を見積もった。N濃度は成長温度が低温になるにつれN濃度が増加した。InAsNの成長には大きな非平衡度を実現できる低温での成長が必要であることがわかった。 FT-IR 吸収スペクトル測定を行った結果を図2に示した。N濃度が増加すると、吸収端は0.36から0.55eVへブルーシフトした。これを考慮するために、ホール測定を行った結果、N濃度が0から0.44%に増加するに従い、キャリア濃度は3.75 ×1016 から 7.34 ×1018 cm-3と増加し、キャリアが縮退していることがわかった。従って、N添加に伴うこの吸収端のブルーシフトは、 BM効果によるものであることがわかった。 図3にInAsとInAsNの吸収端のエネルギーと、InAsの吸収端の計算値(Eabs)をキャリア濃度に関して示した。吸収端の計算値は、Eabs = EG + ΔE(BM) + ΔE(BGR) から求めており、ここでΔE(BM) 及び ΔE(BGR) はそれぞれBM効果とキャリアの多体効果である。ΔEBM はΔEBM ~ (EF -EC) + ΔEv(kF) により求めた。N濃度0.44 %までのInAsNの吸収端は計算値とほぼ一致した。従って、MOVPE法で作製したInAsN薄膜ではBM効果がバンドギャップボウイングより支配的であるということがわかった。 3.2. InAsN/GaAs MQWs InAsNのバンドギャップ振る舞いをより直接的に観察するためにInAsN/GaAs MQWs を作製した。HR-XRD 2θ/ω 測定結果を図4に示す。すべての試料において明瞭なサテライトピークが観察された。N濃度は500 nmのInAsN薄膜をGaAs (001) 基板上に作製し、参照用として見積もった結果、DMHy供給量を0から4000 μmol/minに増加させると、N濃度は4.4%まで増加することがわかった。図5に、9KにおけるPLとPLEスペクトルを示した。PLスペクトルは2つのピークから形成されている。これらはそれぞれ1e-1lh と1e-1hhの遷移によるものであり、DMHy供給量の増加に伴い顕著にレッドシフトした。DMHy供給量4000 μmol/min (N濃度最大4.4%)においては約100 meVレッドシフトした。また、PLEスペクトルにおいて同様である。このN添加に伴うレッドシフトは、バンドギャップボウイングによるものであり、これは量子井戸構造の状態密度関数の形状がステップ関数状であるため、BM効果が抑制されたため観測できたと考えられる。 3.3. 自己形成InAsN 量子ドット InAs量子ドットにNを添加した際、構造的、光学的にどのような影響を与えるかを調べるために自己形成InAsN量子ドットを作製した。AFM像を図6に示す。原料供給量2.6 MLでは、DMHyを供給するとドットの幅が31から18 nmへ減少し、一方、高さは1.4 nmで変化はなかった。原料供給量を3.5 MLに増加すると, 高さ、幅共に増加し、3.5 MLにおいて、コアレッセンスが観察された。DMHyの供給によりドットサイズの減少が生じたのは、InAs(N)とGaAsの格子不整合度が減少し、臨界膜厚が増加しためである。 図7 にドット密度を原料供給量に対して示した。400°Cで作製したドットの密度は他の温度の場合より高かった。また、2.6 MLで比較した場合、DMHyを供給することで、3.3×1010から 4.1×1010 cm-2へ密度が増加した。そして、供給量の増加とともに密度も増加し、3.5 MLで飽和した。この低温成長及び、DMHy供給に伴うドット密度の増加は、原料の表面拡散長の減少によるものと説明ができる。DMHy供給の効果としては、DMHy/V比が非常に大きい(99.8%)ため過剰な窒素がInの拡散を阻害する効果と、Nが成長表面に取り込まれることにより局所歪みが生じ、拡散が抑制される効果である。 としては、DMHy/V比が非常に大きい(99.8%)ため過剰な窒素がInの拡散を阻害する効果と、Nが成長表面に取り込まれることにより局所歪みが生じ、拡散が抑制される効果である。 図8 に室温におけるPL測定結果を示した。供給量2.6MLについては、InAsとInAsN QDsの発光波長は、それぞれ1135と1159 nmであり、N添加に伴い顕著なレッドシフトが観察された。AFM測定の結果から考えると、N添加に伴いドットサイズが減少し量子サイズ効果により発光波長がブルーシフトするはずであるが、レッドシフトしたことから、バンドギャップボウイングによるバンド収縮が支配的であるということが明らかになった。 供給量2.6MLのInAsとInAsN QDsについて、10~300Kの間でPLの温度依存性を測定した。図9 (a)にPLピークエネルギーの温度依存性を示した。測定温度を昇温すると発光波長は単調にレッドシフトしており、III-V-N型混晶半導体で観察されるNの局在準位に起因するS型の温度依存性は観察されなかった。また、図9 (b)のPL積分強度の温度依存性から活性化エネルギーEa 及びEb を求めた結果、InAs及び InAsN QDs のEaはそれぞれ176、140 meVであり、Eb は10、28 meVであった。Eb はwetting layer(WL) のポテンシャル揺らぎに起因していると考えられ、また、Ea は、QDとWLのエネルギー準位の差に相当するため、Nを供給した場合Ea が減少したのは、WLの厚さが増加したためであると考えられる。 図1 HR-XRD (004) 2θ/ωプロファイル 図2 FT-IR 吸収スペクトル. 図3 吸収端エネルギーのキャリア濃度依存性 図4 InAsN/GaAs MQWsのHR-XRD プロファイル. 図5 InAsN/GaAs MQWs のPL と PLE スペクトル. 図6 InAsとInAsN QDsのAFM像. 図7 InAsとInAsN QDsの密度 図8 InAsとInAsN QDsのPLスペクトル 図9 (a) PLピークと (b)積分強度の温度依存性 | |
審査要旨 | 本論文は、III-V-N型混晶半導体に属するInAsNの薄膜および量子構造に関して、有機金属気相成長(MOVPE)法による結晶成長上の特性およびN添加に起因する特徴的物性を、詳細な実験と考察により明らかにしたことを述べたものである。本文は英文で記され、全8章からなる。 第1章は序論であり、本研究の背景と目的および本論文の構成を述べている。InAsNは、III-V-N型混晶半導体に共通の"巨大バンドギャップボウイング"という性質により、狭バンドギャップに基づく中赤外発光デバイスへの応用が期待されるが、N添加に伴うBurstein-Moss(BM)効果の発現によって、バンドギャップの実効的増大が生じる。さらにNの非混和性により、均質な混晶を得ることが困難とされていた。このような背景に立って、良質なInAsN薄膜を実現し、さらに量子構造における発光特性および関連の諸物性を明らかにすることを本研究の目的としている。 第2章は"MOVPE growth and characterization techniques"と題し、本研究で用いたMOVPE法および試料の評価方法を述べている。本研究では、非混和性混晶の成長に有利な低温で分解効率の良い、ターシャリブチルアルシン(TBAs)およびジメチルヒドラジン(DMHy)をそれぞれAs、Nの原料として用いた。また薄膜および量子構造を、X線回折(XRD)、ホール効果、光吸収、フォトルミネッセンス(PL)などの方法を用いて評価した。 第3章は"MOVPE growth of InAsN films on GaAs(001) substrates with an InAs buffer"と題し、GaAs基板上のInAsN薄膜の成長とその評価結果および考察を述べている。成長温度300℃~450℃で、最大N濃度3.5%の均一な膜質のInAsN薄膜を実現した。N濃度は低温成長において増加した。N濃度増加に伴う光吸収端の高エネルギー化を確認し、ホール測定によるキャリア濃度増大の結果と併せて、BM効果が発現していることを明らかにした。 第4章は"High quality InAsN films on InAs(001) substrates grown by MOVPE"と題し、InAs基板上のInAsN薄膜の成長とその評価結果および考察を述べている。基板結晶との格子不整合の減少により、組成均一性、界面平坦性、格子配向性などの膜質が格段に改善されることを示した。 第5章は"InAsN/GaAs multiple quantum wells"と題し、GaAs基板上のInAsN/GaAs多重量子井戸(MQW)構造の成長とその評価結果および考察を述べている。成長温度500℃で、最大N濃度4.4%の高品質MQW構造を作製した。N濃度増加に伴い発光エネルギーおよび光吸収端が低エネルギー化することから、MQW構造においてBM効果が抑制されることを明らかにした。 第6章は"Self-assembled InAsN quantum dots on GaAs(001) substrates by MOVPE"と題し、GaAs基板上の自己形成InAsN量子ドット(QD)の成長とその評価結果および考察を述べている。420℃および450℃で、ドット密度1~2×1010cm-2のQD成長に成功した。ドット幅がN添加により減少することをInAsNの臨界膜厚の差で説明した。またドット密度が低温において増大することを、In原子の表面拡散に基づいて説明した。また室温において波長1.2μm付近の発光が、N添加とともに長波長化することから、QDにおいてもBM効果が抑制されることを示した。 第7章は"Optical properties of self-assembled InAsN quantum dots"と題し、400℃におけるQD成長とその評価結果および考察を述べている。8×1010cm-2に達する高ドット密度を実現し、PL発光の温度依存性の解析から、ポテンシャル揺らぎに起因するキャリア活性化過程が存在することを明らかにした。 第8章は本論文の総括的な結論を述べたもので、本研究により学術上意義のある新規な知見が得られたことを述べている。 なお、本論文の第3章は、尾鍋研太郎、片山竜二、中島史博、第4章は、尾鍋研太郎、片山竜二、中島史博、Q.T. Thieu、加藤宏盟、第5章は、尾鍋研太郎、片山竜二、中島史博、小野渉、Q.T. Thieu、第6章および第7章は、尾鍋研太郎、片山竜二、中島史博、Q.T. Thieu、高橋駿との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。 以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。 | |
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