学位論文要旨



No 123873
著者(漢字) 笘居,高明
著者(英字)
著者(カナ) トマイ,タカアキ
標題(和) 超臨界流体中におけるバリア放電プラズマに関する研究
標題(洋) Barrier Discharge Plasma Generated in Supercritical Flluids
報告番号 123873
報告番号 甲23873
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第339号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 寺嶋,和夫
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 高橋,敏夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 吉田,豊信
内容要旨 要旨を表示する

【1.緒言】

超臨界流体とは、物質固有の臨界点以上の温度・圧力状態にある物質状態である。この超臨界流体は、高密度、高拡散性、高溶解度を有することから、抽出、廃棄物処理、ナノ物質・構造作製など、多岐の渡る分野において、その応用研究・実用化が進められてきた。この優れた溶媒特性は超臨界流体中のミクロな流体構造、分子クラスタリングに根ざしており、さらに臨界点付近においては、分子間力と熱運動の拮抗により、ピコ秒のタイムスケールで分子同士が集合・離散を繰り返すことで、密度揺らぎが生じ、反応速度や反応選択率の向上といった反応の特異性が現れることが知られている。

この超臨界流体中で発生させたプラズマには、超臨界流体との特性を併せ持つ新規反応場の創成と、さらには新規反応プロセスの実現が期待され、近年、超臨界流体中においてプラズマ反応場の発生とその物質合成への応用が行われてきている。しかしながら、プラズマ反応場の、分子クラスタリング、密度揺らぎといったミクロな流体構造との共存は実験的に証明されておらず、その反応への寄与に関する議論も皆無であった。

以上を背景とし、超臨界流体の分子クラスタリング、さらには臨界点付近の密度揺らぎを兼ね備えた、新規プラズマ反応場の創製を本研究の目的とした。プラズマ反応場の形成に際し、両者の存在には、温度上昇の抑制が重要であり、本研究では高圧力雰囲気においても低温プラズマの発生を容易とする"バリア放電"を発生させることで、超臨界流体中において低温プラズマ反応場を形成し、この反応場中における両者の存在を実証すると共に、その物質合成への応用を行った。実験は、典型的超臨界流体媒質である超臨界CO2(臨界点:304.2K,7.38MPa)を主に用いて行った。

【2.超臨界流体中におけるバリア放電の発生とその放電特性】

バリア放電とは、少なくとも一方を誘電体バリアで覆った電極を使用する放電手法である。ナノ秒オーダーのストリーマと呼ばれる柱状のパルス放電を繰り返し発生させることで、大気圧付近の圧力状態においても、温度上昇の抑制された非平衡低温プラズマの発生を可能とすることが、バリア放電の特徴である。

一般に、高圧力雰囲気での放電プラズマの発生には、高電界が必要とされる。本研究では、超臨界流体(大気圧と比較し102・103倍の高密度状態)中におけるバリア放電の発生に際し、"マイクロプラズマ"技術を利用し、電極間距離を100μm以下にまで微小化すると共に、電極に針を使用することで、電場を増強させ、超臨界CO2,N2,Ar,Xe中におけるバリア放電の1時間以上の安定発生を可能とした。電極間距離を100μm程度に設定したバリア放電の放電開始電圧の、高圧~超臨界CO2中における圧力依存性をFigure1に示す。放電開始電圧は、圧力の上昇に伴い単調増加を示す。

本研究で発生させたバリア放電プラズマの諸特性をTable1に示す。電流・電圧履歴測定より、超臨界CO2中において発生させたバリア放電の場合、維持時間約2ns程度のストリーマが、一周期あたり数回から数十回の頻度で繰り返し発生していることを明らかとした。このストリーマ中では、電離度は、8×10(-4)程度と、大気圧バリア放電中ストリーマ(電離度:10(-4)~10(-3))に近い値であるが、放電発生雰囲気密度の上昇に起因し、5×10(18)cm(-5)以上の高電荷密度プラズマが形成されていることを示した。

【3.超臨界流体プラズマ反応場におけるミクロな流体構造】

超臨界流体の優れた溶媒特性や臨界点近傍での特異性は、分子クラスタリング、密度揺らぎといったミクロな流体構造に起因する。本研究では、Tablelに示したバリア放電プラズマを用いて、超臨界流体中に形成されたプラズマ反応場中における、ミクロな流体構造に関してラマン散乱分光法を用いて調べた。

Figure2に本研究で使用した顕微ラマン散乱分光測定装置とバリア放電発生に使用した電極の概略図を示す。励起光として、532nmのNd:YAGのcwレーザーを用い、対物レンズによりプラズマ反応場に集光した。Figure3に304.2Kでの、高圧~超臨界CO2から取得したラマンスペクトルとプラズマ反応場から取得したラマンスペクトル、それぞれの(a)ピーク位置,(b)幅(FWHM)の圧力依存性の結果を示す。

CO2のラマンスペクトルは、分子間のネットワーク構造の発達、つまりはクラスタリングの発達に由来し、密度増加に伴い、低波数側にシフトすることが知られている。プラズマ反応場は、容器(内容積13cm3)に対して十分に小さく、開空間に配置していると見なせるため、温度上昇に伴う密度低下が起こるとすれば、ピークは高波数側にシフトするはずである。

しかしながら、バリア放電プラズマ発生による高波数シフトは0.0379/cm3の密度低下に対応する0.1cm(-1)以下であり(Figure3(a)))、本プラズマ反応場中においても、純粋なCO2の場合とほぼ同様のラマンピークの挙動を確認した。この結果から、バリア放電プラズマ発生による温度上昇が0.lK以下に抑えられたプラズマ反応場の形成を可能としたことを示し、プラズマ反応場中の分子クラスタリングの存在を明らかにした。

一方、臨界点近傍の密度揺らぎに関しては、密度揺らぎ恥の増大に伴い、CO2のラマンスペクトルが特異的な広がりを持つことが知られおり、本研究では、この広がりをSchweizer-Chandler theoretical model (SC model)を用いて評価した。

Figure3(b)より、プラズマ反応場中においても、CO2のラマンスペクトルが臨界圧力近傍で、特異的に増大している様子が見て取れる。この広がりから、均一分子分布に起因する広がりと、装置関数を取り除き評価したところ、バリア放電プラズマ反応場中の密度揺らぎは、純粋なCO2の場合と比較して、抑制されているものの、25%程度維持されていることが明らかとなり、プラズマ反応場中における"密度揺らぎ"の存在を実証した。

【4.超臨界CO2バリア放電プラズマを用いたカーボン物質堆積】

本プラズマ反応場の物質合成への応用研究として、CO2を原料としたカーボン物質合成を行った。臨界点付近の超臨界CO2雰囲気においてプラズマ発生後、堆積基板となるW電極表面、及び断面をSEM(scanning electron microscopy)により観察した。その結果、DC放電や高周波放電を用いた場合に顕著であった基板となる電極の損傷を伴わない、低温プラズマ反応場によるカーボン薄膜の高速堆積(堆積速度:300nm/min)が確認された(Figure4)。

このカーボン堆積物は印加電圧周波数により、制御が可能であることを見出している。Figure5に、各印加電圧周波数でのカーボン系堆積物の構成を示す。1kHzの場合、ほぼ100%がアモルファスカーボンで占められており、周波数を3kH猛に上昇させると、結晶性のカーボン物質の割合が増大し、carbon nanotube(CNT)等のカーポンナノ構造物質の占める割合が20%程度となる。Figure6に臨界点付近におけるプラズマ反応場により得られた(a)CNT(b),carbon nanohorn,carbon nanobarrel等、カーボンナノ構造物質のTEM(transmission electron microscopy)像を示す。更に周波数を上昇させると、アモルファスカーポンの比率が再び上昇する。

また、臨界点付近の条件と比較し、密度揺らぎが1110以下の、臨界点を離れた条件(313-363K,8-12MPa)で発生させたプラズマ反応場を用いた場合、カーボンナノ構造物質の堆積は確認されず、グラファイト、アモルファスカーボンがその大半を占めており、臨界点近傍がカーボンナノ構造物質合成に優位な条件であることを明らかとした。このことから、熱伝導度の極大に起因した急冷効果の増大や励起種のクラスタリング状態の変化といった、密度揺らぎの増大に伴う臨界点近傍の超臨界流体の特性が、カ一ポンナノ構造物質合成の促進に寄与したことを示唆し、超臨界流体のミクロな流体構造の共存したプラズマ反応場の特異性を提示した。

【5.総括】

超臨界流体中で発生させた放電プラズマ反応場には、超臨界流体の分子クラスタリングと臨界点付近における密度揺らぎの共存による新規反応場の創出が予測され、関心が寄せられてきた。本研究では、超臨界流体中におけるバリア放電プラズマの、低温・高電荷密度性を示すと共に、これにより形成されたプラズマ反応場中における、超臨界流体の分子クラスタリング、密度揺らぎの存在を実証した。さらに、CO2を原料としたカーボン物質合成を通じ、本プラズマ反応場の特異性を提示した。

これらの成果は、超臨界流体中における非平衡プラズマ反応場に共通する、分子クラスタリングと密度揺らぎを兼ね備えた"超臨界流体プラズマ反応場"の実現可能性を示したものであり、今後、超臨界流体プラズマを用いた、エレクトロニクス・環境・エネルギー等、様々な分野における新規反応プロセスの創成やその反応機構の解明に大きく寄与することが期待される。

Figure 1. CO2中におけるバリア放電プラズマの放電開始電圧の圧力依存性

Table 1.超臨界CO2バリア放電プラズマの諸特性

Figure 2.(a)顕微ラマン散乱分光測定装置と(b)バリア放電発生用電極の概略図

Figure 3.高圧~超臨界CO2のラマンスペクトルの(a)ピーク位置,(b)幅 (FWHM)の圧力依存性(プラズマ発生時(▲),非発生時(○))

Figure 4.プラズマ反応場を用いて1分間堆積させたカーボン薄膜の断面SEM像

Figure 5.各周波数でのカーボン系堆積物の構成.

Figure 6.プラズマ反応場により得られた(a)CNT,(b)carbon nanohorn,carbon nanobarrelのTEM像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、超臨界流体中におけるバリア放電プラズマに関するものである。超臨界流体は、"分子クラスタリング"に起因した、高溶解度を始めとする優れた溶媒特性を有し、さらに臨界点付近においては、分子間力と熱運動の拮抗が分子クラスタリングを促進するため、"密度揺らぎ"が生じ、熱伝導度の極大といった物理量の劇的な変化が起こることがその特徴である。この超臨界流体は、抽出、廃棄物処理、ナノ物質・構造作製などの多岐に渡る分野で、研究が精力的に進められている。さらにまた、近年、超臨界流体とプラズマ反応場の共存による新規反応プロセス創成への期待から、超臨界流体中においてプラズマ反応場の発生とその物質合成への応用が行われてきた。しかしながら、このプラズマ反応場の研究において、"分子クラスタリング"と"密度揺らぎ"の存在は実証されてはおらず、その反応への寄与に関する議論も皆無であった。プラズマ反応場中における両者の存在には、プラズマによる熱運動上昇の抑制が肝要である。以上を背景として、本研究では、"分子クラスタリング"と"密度揺らぎ"を兼ね備えたプラズマ反応場の創成を目的とし、バリア放電プラズマの発生により、超臨界流体中において低温プラズマ反応場を形成し、この反応場中における両者の存在を実証すると共に、その物質合成への応用を行ったものである。本論文は5章から構成される。

第1章では、序論として、超臨界流体の一般的性質とその応用、既往の超臨界流体中におけるプラズマに関する研究をまとめ、本研究で発生させる、超臨界流体中における低温プラズマ反応場への、"分子クラスタリング"と"密度揺らぎ"を兼ね備えた新規反応場としての期待を述べて、研究の目的を明示している。

第2章では、超臨界流体中におけるバリア放電プラズマの発生とその放電プラズマ特性の診断について述べている。先ず、バリア放電の超臨界CO2中における一時間以上の安定発生を可能とし、本プラズマ反応場が、2 ns程度の発生時間を持つストリーマ放電により生じた高電荷密度(> 5×1018 cm-3)のプラズマが一周期あたり数回から数十回の頻度で発生することで形成されることを、電流-電圧履歴測定から確認している。

第3章では、ラマン散乱分光法を用い、超臨界流体において発生させたプラズマ反応場中での"分子クラスタリング"、および、臨界点付近における"密度揺らぎ"について調べている。CO2のラマンスペクトルから、超臨界CO2中において温度上昇が0.1 K 以下に抑えられたプラズマ反応場の形成を可能としたことを示し、プラズマ反応場中の"分子クラスタリング"の存在を明らかにするとともに、臨界点付近においては、プラズマ非発生時と比較し、25 %程度の"密度揺らぎ"が、プラズマ反応場中においても存在していることを実証している。

第4章では、このプラズマ反応場の応用研究として、超臨界CO2中におけるカーボン物質合成について述べている。超臨界流体の高密度、プラズマの高反応性に起因した、超臨界CO2を原料とする低温、且つ、高速カーボン膜堆積(300 nm/min)が達成されている。また、臨界点から比較的離れた(323-363 K, 8-12 MPa)条件と比較し、臨界点近傍がカーボンナノ構造物質合成に優位な条件であることを見出しており、熱伝導度の極大に起因した急冷効果の増大といった、臨界点近傍の特性の、カーボンナノ構造物質合成の促進に対する寄与を示唆している。

第5章では本研究の総括を述べている。

以上、本論文は、超臨界流体中におけるバリア放電プラズマに関する研究として、主として典型的な超臨界流体媒質である超臨界CO2中において、低温プラズマ反応場の発生、分光測定、電流-電圧履歴測定によるプラズマ診断、さらに、カーボン物質合成への応用を行ったものである。その結果、このプラズマ反応場中での"分子クラスタリング"と"密度揺らぎ"の存在などが明らかにされた。これらの成果は、超臨界CO2バリア放電プラズマに限ることなく、超臨界流体中におけるバリア放電プラズマ、さらには、非平衡プラズマ一般においても、"分子クラスタリング"と"密度揺らぎ"を兼ね備えた"超臨界流体プラズマ反応場"が実現することを示すものであり、超臨界流体プラズマ反応場を用いた物質合成という材料科学分野の今後の発展に大きく寄与するものと判断される。

なお、本論文は、寺嶋和夫、伊藤剛仁、片平研、久保裕丈、清水禎樹、佐々木毅、越崎直人との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、本論文は博士(科学)の学位を授与できると認める。

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