学位論文要旨



No 123875
著者(漢字) 藤原,宏平
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,コウヘイ
標題(和) 二元系遷移金属酸化物の抵抗スイッチング
標題(洋) Resistance Switching in Binary Transition Metal Oxides
報告番号 123875
報告番号 甲23875
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第341号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 准教授 野原,実
 東京大学 准教授 Harold,Hwang
 東京大学 准教授 Mikk, Lippmaa
内容要旨 要旨を表示する

1)序

現在我々が日常用いているPCに代表される電子機器を構成している多くの半導体デバイスの中でも記憶素子(メモリ)の重要性は改めて言うまでもない.しかし,半導体の微細化が進むにつれて,メモリ素子の微細化限界の到来が指摘されており,新たな物理/化学的コンセプトに基づいたメモリデバイスに対する要望が高まっている.この様な背景の中,多くの研究開発が行われており,中でもResistive Random Access Memory (ReRAM) と呼ばれる新規素子が高速かつ省電力機能を備えた次世代メモリ素子となりうることが期待されている.その動作は電圧(もしくは電流)の印加によって系の抵抗が変化する「繰り返し抵抗スイッチング効果」に基づいている.この現象を示す物質は,ペロブスカイト型Mn酸化物,酸化物ヘテロ接合,有機半導体などが知られているが,中でもCuO,NiO,TiO2などの二元系遷移金属酸化物が低コスト・地球上に豊富・比較的加工が容易などの理由から有望視されている[1].

電界印加による酸化物絶縁体の抵抗スイッチング効果は古くは1960年代から知られている[2, 3].多くのメカニズムがその現象の原理として提案されているにもかかわらず,現在に至るまでその抵抗変化の起源は明らかにされておらず,応用化に向けた設計指針構築の大きな障害となっている.酸化物中への導電性フィラメントの形成と消失が抵抗スイッチングの本質であるという推測的提案があるが[3],メカニズムの解明にはその存在を明らかにすることが非常に重要となる.そこで,我々は酸化物メモリ素子の動作領域を直接観察することが可能な平面型素子構造を独自に開発し,提案されているフィラメント構造の直接検出を目指した.その結果,抵抗スイッチング動作の開始と共に酸化物中に導電性のブリッジ状構造が形成されることを明らかにすることに初めて成功した.本論文では,ブリッジ構造の測定分析結果に基づき,形成された導電性ブリッジ構造内で電圧/電流印加によって起こる局所酸化還元現象が当該抵抗スイッチング効果の起源であることを論じ,メカニズムとして提案する.

2)実験方法:平面型金属/酸化物/金属構造の作製

抵抗スイッチング素子の基本構造は極めて簡単であり,酸化物を金属でサンドイッチしたキャパシタ構造である.二元系遷移金属酸化物では,素子抵抗は高抵抗(HRS)と低抵抗(LRS)との間を非常に急峻にかつ再現良く行き来し,高抵抗→低抵抗,低抵抗→高抵抗のそれぞれのスイッチングをセット,リセットと呼び,電圧Vset ,Vresetの印加によって駆動する.重要な特徴として,フォーミングと呼ばれる初期電圧印加が一種の活性化操作として必要であることが知られており,それに必要な電圧Vformingは上記スイッチング電圧に比べて大きいという特徴がある.

通常の酸化物抵抗スイッチング素子では,金属・酸化物・金属の薄膜を積層したキャパシタ構造を用いるが,本研究では酸化物動作領域を直接観察するために,平面型の素子構造の開発を行った.図1(a)にその素子構造を示す.素子は熱酸化SiO2膜付きSi基板上にRFスパッタ法によりCuO薄膜を蒸着,その上に電極金属を形成し,集束イオンビーム加工で成型することで得られた.図1(b)に典型的な抵抗スイッチング動作を示す.これらスイッチング特性は通常の積層型素子と同じ挙動を示すことを確認し[1, 4],二元系遷移金属酸化物で初の平面型素子における動作に成功した.

3) 導電性ブリッジ構造形成の直接観察

推察されてきた導電性パス構造の存在を調べるために,駆動電圧が大きく何らかの構造変化が期待出来るフォーミング操作を重点的に評価した.図2にフォーミングに必要な電圧を電極間距離を変化させながら測定した結果を示す.電圧の比例増加はフォーミングが電界駆動の現象であることを意味し,電極間距離が7 μmを超える素子では,絶縁破壊(つまり繰り返しメモリ動作をしない)を示すにもかかわらずその電界強度が一致することから,フォーミングが本質的には絶縁破壊現象と同じであることが明らかになった.

フォーミング後の素子の酸化物表面をSEM観察したところ,図2中に示すようにブリッジ状の構造が電極間をつなぐ様に形成されていることが分かった.このブリッジ構造はフォーミング前には存在せず,また高抵抗にスイッチングした状態でも存在し続け,繰り返し動作を行った後にも一本しか存在しないことから,ブリッジ内部での物理/化学的変化が抵抗スイッチング動作を産み出していることが示唆された.このブリッジ構造の導電性を調べるために,低抵抗状態にあるブリッジを集束イオンビームで切断加工し,それに伴う抵抗変化を測定した.

図3 (a,b)に示す様に,切断後の素子はフォーミング前の初期絶縁体状態に匹敵する高抵抗に復帰した.切断加工した領域は素子の全面積のわずかな領域であるにもかかわらず,電気伝導性がほぼ完全に失われたことから,低抵抗状態ではブリッジが伝導を担うことが明らかになった.このブリッジ切断実験は高抵抗素子のブリッジ及び両抵抗状態のブリッジ以外の領域に対しても行ったが,電流経路の有効断面積減少で説明可能なわずかな抵抗増加しか示さなかったことから,ブリッジの導電性のオンオフが抵抗スイッチングを産み出していることが分かった.また,図3 (c)に示す様に切断後素子に電圧を再印加することでブリッジを再形成することで抵抗スイッチング動作が回復出来たことからも,ブリッジ構造の重要性が確認できた.

4)ブリッジ構造の金属-絶縁体スイッチング

各伝導状態の物理的性質を理解するために,素子抵抗の温度依存性を評価した結果を図4に示す.ブリッジ領域に集中的に電流が流れている低抵抗状態では金属的伝導を示した一方で,初期状態及び高抵抗状態では熱活性型の半導体的伝導を示した(図4中).CuとOの二元系においては,純Cuが唯一の金属相であるため,低抵抗状態ではブリッジ中に金属パスが存在することが示唆される.低抵抗状態の抵抗値及びブリッジ構造のサイズから見積もった抵抗率は約2×10-2 μcmであり純Cuの抵抗率よりも数桁大きいことなどを総合的に考慮すると,ブリッジ領域は純Cuと絶縁性CuOxの混合物から成ると考えられる.純Cuがブリッジ中に存在すること及びブリッジ領域全体がフォーミング操作によって強く還元されていることは微小領域X線吸収分光による測定で明らかになり,上記仮説の妥当性が証明された.抵抗率の計算から,純Cuのサイズはブリッジ(~1 μm)より遥かに小さいことが予想され,その狭いパスが閉じることで高抵抗状態に復帰するものと考えられる.

5. 局所酸化還元モデル

上記実験結果に基づいて我々が提案する抵抗スイッチングのモデルを図5に示す.活性化操作であるフォーミング現象は一種のソフト絶縁破壊であり,還元されたCuO領域から成るブリッジ構造を酸化物中に形成する.そのブリッジ構造中には純Cuのネットワークが形成されることで系に電気伝導性を与える.再び電圧を印加することで,Cuネットワークの一部が再酸化され系は伝導性を失い,高抵抗へとスイッチングする(リセット).再酸化される領域はネットワークの一部であるため,再び低抵抗へとスイッチングする際には,その一部を絶縁破壊するだけで良く,これはセットスイッチングがフォーミングと同じ電流電圧特性の挙動を示すこと,またセット電圧がフォーミング電圧に比べ小さいこととも良く一致する.しかしながら,この様な局所酸化還元の微視的メカニズムは明らかではない.しかし,CuOをCuへプラズマ還元できることが金属学で知られているように,同様のプロセスが微小領域で起こるであろうことは容易に想像できる.その一方で酸化のメカニズムは自明ではない.我々は,TiOxに囲まれたTiナノワイヤが107 A/cm2を超える巨大電流密度下で起こす電流誘起局所酸化現象[5]がその候補と成りうると考えている.TiOxに囲まれたTiナノワイヤという状況は,我々が提案するナノスケールのCuネットワークが絶縁性のCuOxに囲まれているブリッジ構造に良く対応しており,またリセット時の電流密度が電流誘起局所酸化現象に必要な電流密度と同オーダーであることから,同種の酸化プロセスが起こっているのではないかと考えている.

6. 結論とまとめ

二元系遷移金属酸化物が示す繰り返し抵抗スイッチング現象のメカニズムを明らかにするために,酸化物領域の直接観察・分析が可能な平面型の金属/酸化物/金属サンドイッチ構造を開発した.電気特性評価,表面観察,分光測定などを駆使し,一種のソフト絶縁破壊現象であるフォーミング操作によって,絶縁性酸化物領域にブリッジ状の構造が形成されることを明らかにした.形成されたブリッジ構造は低抵抗状態における系の伝導を担い,構造中に純Cuが存在することが金属的な抵抗-温度依存性から示唆され,微小領域X線吸収によってその存在を確認した.ブリッジ構造の化学的不均一イメージに基づいて,局所的な酸化還元がブリッジ中のCuネットワーク内で起こることによって繰り返し抵抗スイッチングが発現するモデルを提案した.

参考文献[1] I. G. Baek, M. S. Lee, S. Seo, M. J. Lee, D. H. Seo, D.-S. Suh, J. C. Park, S. O. Park, H. S. Kim, I. K. Yoo, U-In Chung, and J. T. Moon, Tech. Dig.- Int. Electron Devices Meet. 2004, 587.[2] T. W. Hickmott, J. Appl. Phys. 33, 2669 (1962).[3] J. F. Gibbons, W. E. Beadle, Solid-State Electron. 7, 785 (1964).[4] I. H. Inoue, S. Yasuda, H. Akinaga, and H. Takagi, preprint cond-mat/0702564[5] T. Schmidt, R. Martel, R. L. Sandstrom, and Ph. Avouris, Appl. Phys. Lett. 73, 2173 (1998).

Fig. 1. (a) 平面型金属/CuO/金属構造の模式図. (b) Pt/CuO/Pt構造の抵抗スイッチング動作.

Fig. 2. フォーミング電圧の電極間距離依存性.電界印加によって図中に示すブリッジ状構造が酸化物中に形成される.

Fig. 3. ブリッジ構造の物理的切断実験. (a) 低抵抗状態.(b) 切断後高抵抗に復帰したブリッジ. (c) 再フォーミングによるブリッジ構造の枝分かれ.

Fig. 4. 各抵抗状態における抵抗-温度依存性.低抵抗状態は金属伝導を示す.

Fig.5. 局所酸化還元モデルによる酸化物抵抗スイッチング現象の説明.ブリッジ中に形成された金属ネットワークの一部が酸化還元によって相変化し,抵抗変化を生み出す.

審査要旨 要旨を表示する

本論文「Resistance Switching in Binary Transition Metal Oxides (二元系遷移金属酸化物の抵抗スイッチング)」は題目に表現される様に、酸化物が示す電界誘起抵抗スイッチング現象のメカニズム解明に取り組んだ研究である。論文は全六章から成る。

第一章では研究の背景が述べられている。現行の半導体メモリ素子が抱える問題について紹介し、それを克服する新規デバイスとして抵抗メモリ素子が注目されていると述べている。続いて、抵抗メモリ素子の基本原理である抵抗スイッチング現象について説明し、遷移金属酸化物における報告を概観している。応用上有望視されながらも現象理解が進んでいない二元系酸化物の当該現象を研究対象として取り上げ、そのメカニズムの解明を研究目的として設定している。具体的アプローチとして、酸化物中への導電性パスの形成/消失を示唆する報告を取り上げ、このパス形成の真偽が機構解明だけでなく応用上極めて重要な指標である微細化限界などにも密接に関連することを指摘している。

第二章では、実験に用いた平面型抵抗スイッチング素子の作製法及び基本特性が述べられている。通常の素子は金属/酸化物/金属の薄膜積層構造から成るが、平面型では酸化物表面に平行平板型の金属電極を有する。このため酸化物領域の表面観察が可能であり、推測される導電性パス形成の実証に適していると説明している。独自に考案したプロセスに基づいて作製した平面型素子は良好な抵抗スイッチング特性を示し、その特性が通常の積層構造で発現するスイッチングと本質的に同じ、即ち同一の物理的起源に起因すると実験事実から確認している。

第三章では、抵抗スイッチング領域の特定を中心に電気特性・表面観察の結果について述べている。開発した平面型素子構造を用いることで、スイッチング動作の初期化のプロセス時に酸化物中にブリッジ状構造が形成されることを観測した。ブリッジ切断実験の結果は、このブリッジ構造内での金属-絶縁体間相変化が、スイッチングの本質であることを示す。最後にブリッジ構築のプロセスは一種の不完全絶縁破壊現象であることを一般的な絶縁破壊と比較して論じている。

第四章では、上述の導電性ブリッジ構造内の化学的状態の評価を分光学的に行い、それに基づいて動作モデルを構築している。光電子顕微鏡(微小領域X線吸収)・エネルギー分散型X線分析を駆使し、ブリッジ構造内では母体酸化物が化学的に強く還元されていることを明らかにした。これらをもとに二元系遷移金属酸化物の抵抗スイッチング現象の機構として電圧/電流印加による局所酸化還元を提案した。すなわち絶縁破壊に誘起された還元(低抵抗化)と電流誘起局所酸化(高抵抗化)がスイッチングの背景にあるメカニズムである。提案されたモデルは本論文で明らかになった実験結果のみならず、過去の報告をも非常に良く説明する。

第五章では、抵抗スイッチングの諸特性の改善法について述べられている。上述のブリッジ構造の形成位置の制御、またその結果として得られるブリッジサイズの低減により、スイッチング電圧・電流を大幅に低下させることができることを実証している。本章で紹介されているアプローチにより、メモリ応用上障害となっているいくつかの問題が解決可能である。即ち抵抗スイッチングメモリは、将来の高集積メモリとして高いポテンシャルを有する。

第六章では、本論文で行われた研究の総括及びそこから得られた知見がまとめられている。抵抗スイッチング効果を利用したナノメモリ創製へのアイデアを提示している。同時に、酸化物の機能開拓をナノスケールで行う上で今後重要になる問題を提起している。

本論文は、金属/二元系遷移金属酸化物/金属構造が示す抵抗スイッチング効果の本質が電圧/電流誘起による局所酸化還元現象であるという明確な動作モデルを構築し、さらには高性能抵抗メモリ実現への設計指針を提案した。独自の素子構造を構築するなど、その研究アプローチは極めて独創的である。これらの結果は、遷移金属酸化物が示す電場誘起相転移現象の理解に対して重要な知見を与えるだけでなく、酸化物エレクトロニクスの発展にも大きく貢献するものである。従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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