学位論文要旨



No 123879
著者(漢字) 小田,靖久
著者(英字)
著者(カナ) オダ,ヤスヒサ
標題(和) ミリ波放電大気プラズマのロケット推進への応用
標題(洋) Application of Atmospheric Millimeter Wave Plasma to Rocket Propulsion
報告番号 123879
報告番号 甲23879
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第345号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小紫,公也
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 准教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 准教授 小野,亮
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

外部からエネルギービームによってエネルギーを獲得する推進形式であるビーミング推進は,大気中では空気を推進剤として利用できるという特徴があり,推進剤の搭載量を軽減し宇宙輸送機に占めるペイロードの割合を大幅に向上させることができる。

本研究では,パルス型マイクロ波ビーミング推進機(Microwave Rocket:マイクロ波ロケット)の研究を進めている。推力発生メカニズムは次のように説明される。ノズルを兼ねる放物面鏡などを用いてマイクロ波ビームを集光し,焦点付近の空気を絶縁破壊させる。生じたプラズマがマイクロ波を吸収しながら急激に膨張し,周囲に圧力波を発生させる。発生した圧力波により高温高圧の空気が推進器内部に形成され,パルス終了後にノズルより排気されることにより,推進器はインパルス状の推力を獲得する。

マイクロ波ロケットへのエネルギー供給源として,非常に大出力のミリ波帯の発振源が必要となる。磁場と電子の相互作用であるサイクロトロン共鳴メーザーを用いたジャイロ電子管デバイスは,ミリ波帯を含む大電力のマイクロ波発振源として有望であり,170GHz帯においては,1MW出力のジャイロトロンで数百秒の連続発振に成功している。

本研究では,1MW級の170GHz帯ジャイロトロンを用いて,大電力ミリ波ビームによって生じる放電現象とマイクロ波ロケットに関する実験を行った。実験を通じて,大気圧マイクロ波プラズマの挙動とエネルギー変換過程を明らかにして,その応用技術であるマイクロ波ロケットの性能を評価できる推力発生モデルと設計手法を明らかにすることを目指す。

第2章 大気圧ミリ波放電とそのエネルギー変換過程

最初に,大気圧条件下でのプラズマ生成を高速度カメラで撮影し,その挙動を明らかにした。170GHz,1MWマイクロ波ビームを放物面鏡によって集光させ,焦点近傍の空気中で絶縁破壊が発生することを確認した。

マイクロ波プラズマの電離波面が,ビームを一定速度で遡上する伝播速度Uionizを測定した。プラズマの伝播速度はマイクロ波の電力密度Sとともに増加し,75kW/cm2以上において超音速で伝播した。推進器を模擬する円筒内においてもプラズマの伝播速度は自由空間と同様の速度依存性を示した。

推進器を模擬する円筒においては、その測壁において圧力測定を行い、プラズマの電離波面伝播に伴って生じる衝撃波の伝播速度Ushockを算出した。その結果,衝撃波は電離波面と同様に一定速度で伝播することが確認された。また,電離波面と衝撃波の伝播速度を比較し,電離波面が超音速で伝播する条件において,両者の伝播速度が一致することを示した。

プラズマの電離波面によって衝撃波が駆動されるメカニズムについて,プラズマにおける加熱により垂直衝撃波が駆動されるMicrowave Supported Combustion(MSC)型エネルギー変換モデルを提案した。MSC型エネルギー変換モデルにおいては,マイクロ波エネルギーはプラズマにより吸収され流体を等圧加熱する。エネルギーの吸収効率η(coupling)は,マイクロ波ビームの分布とプラズマの形状によって決定される。高速度カメラ画像のプラズマの解析によりη(coupling) =0.23~0.48と求められた。このエネルギー効率η(coupling)を用いた見積もりでは,円筒内の圧力・音速は,圧力履歴の測定結果と一致した。

第3章 マイクロ波ロケットにおける推力性能

マイクロ波ロケットにおいて,長いパルス幅のマイクロ波を投入した場合、電離波面がビーム源方向に伝播するため,長い柱状のプラズマが形成される。プラズマで吸収されたマイクロ波を有効に推力に変換するため,円筒胴体をもったマイクロ波ロケットを提案した。本研究では,上述のMSCエネルギー変換過程に基づく推力発生モデルを検討した。

円錐円筒型推進器モデルを用いて垂直打上げ実験による推力測定を行い,プラズマの挙動と推進性能の関係を考察した。円錐円筒型推進器においては,円錐部において放電が発生し,推進器出口に向かってマイクロ波プラズマにより駆動される衝撃波によって形成される高圧力が,衝撃波と排気膨張波の伝播時間だけ推進器内に維持されることによって推力が発生すると考えられる。このモデルの検証のため,推進器端面,および円筒壁面における圧力履歴の測定を行った。

打ち上げ実験の結果より,最大の運動量結合係数Cm, が得られる最適なプラズマ長さの存在が示された。本実験では,推進器長さLに対するプラズマ伝播距離Uionizτの比である規格化プラズマ長さl = 0.6~0.8において,最大の運動量結合係数Cm = 350N/MWが得られた。また電離波面の伝播速度Uionizが超音速となる条件で高い運動量結合係数Cm が得られた。これはプラズマ面が超音速で伝播することで強い衝撃波が生じ,効果的に圧力上昇が行われるためと考えられる。

推進器端面での圧力測定の結果,衝撃波発生後,排気にいたるまで高圧が推進器内に維持されるという推力発生サイクルの圧力履歴の特徴を示し,その時間積分により発生推力が算出された。推力発生サイクルに,給排気過程の圧力振動の解析を加えた発生推力の見積もり値は,打ち上げ実験による推力測定の結果と一致した。さらにMSCエネルギー変換過程に基づく推力発生モデルによる運動量結合係数の算出結果も実験結果を再現した。上記より,MSC型エネルギー変換過程に基づく推力発生モデルがマイクロ波ロケットの推力発生モデルとして有効であることが示された。

第4章 給気過程と連続推力性能

マイクロ波ロケットにおいて,連続的な推力を発生させるために,パルスを繰り返し投入する運転をおこなう必要がある。しかし,先に投入されたパルスによるサイクルによって生じる高温の空気が推進器に残留するため,繰り返しパルス運転においては性能が低下する可能性がある。性能の低下を防ぐためには,パルス間の給排気プロセスを促進し,新しい空気を十分に吸気する必要がある。

本研究では,飛行中の前方吸気を想定し、吸気システムを用いて新しい空気を充填させることができる推進器を開発した。その内部の圧力履歴を測定し、その発生力積を算出した。空気の充填を行うことで2パルス目以降の力積が回復し、各パルスで発生する力積を一定に維持できることを示した。

推進器長さ、パルス繰り返し周波数等の実験条件における推進器内の充填率に対する衝撃波の伝播速度、ならびに各パルスでの発生力積を単パルス運転で得られる力積で除した規格化力積を求めた。推進器内の充填率u/Lfが1以上の場合,すなわちパルス間で推進器内の空気が完全に給排気される場合,単パルス運転で得られる性能を回復することが確認された。また,充填率が1以下の場合については,それらがMSC型エネルギー変換過程に基づく推力発生モデルによる理論曲線と一致する結果が得られた。

また、1秒間の連続運転において、定常に推力を発生させることを確認し、590mm推進器に出力270kWで2.3ms幅のパルスを50Hzで投入する運転条件で、平均推力3.1Nを発生させた。この推力は,圧力履歴の測定結果と推進器の水平方向の運動履歴より算出され,両者はよい一致を示した。

第5章 推力性能と雰囲気圧力

マイクロ波ロケットの運用上の性能を検討するには,高高度飛行時の性能を評価する必要がある。本研究では,低圧チェンバーを用いて推力性能の雰囲気圧力への依存性を調べた。

パラボラ型推進器を用いて1 atmから0.1 atm範囲における推力測定と,高速度カメラを用いたプラズマ成長の計測を行った。プラズマの電離波面の伝播速度は,雰囲気圧力に対して上昇する傾向が認められた。推力測定の結果,大気圧より0.2 atmまでの領域では推力性能は維持されることが確認された。プラズマの伝播速度の上昇に伴い,衝撃波による圧力上昇が雰囲気圧力の低下を補うことが原因であると考えられる。一方で,0.1 atm以下ではプラズマの構造に大きな変化が生じ,発生推力が急激に低下した。0.2気圧程度まで推力が維持されることが示され,高空飛行時もミリ波プラズマによって推力を発生させることができることが示唆された。

第6章 まとめ

大電力ジャイロトロンを用いてミリ波帯の大気圧放電と,放電によって生じる衝撃波を応用したロケット推進力の発生についての研究を行った。その結果、

・大気圧のミリ波放電において,電力密度が75kW/cm2以上において電離波面が超音速で伝播し,衝撃波と同じ速度で伝播する

・円錐円筒形推進器による推力発生において,推進機長さに対してプラズマ長さが0.6~0.8程度のとき,最大の運動量結合係数が得られる

・吸気機構をもった推進器モデルにおいて,吸気による空気の充填率が1以上であれば,単パルスにおける性能を維持できる

・低雰囲気圧力下での推力発生においては,0.2気圧以上では推力性能は低下しないが,0.1気圧以下では推力がほとんど発生しない

等の結論が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

修士(科学)小田靖久提出の論文は「Application of Atmospheric Millimeter Wave Plasma to Rocket Propulsion」(和訳:ミリ波放電大気プラズマのロケット推進への応用)と題し,本文7章から成っている.

大電力ミリ波ビームによって生じる放電現象を多様に分析し,またそれを利用した宇宙機用推進器に関して推力発生メカニズムを明らかにしつつ設計指針を導いている.電磁ビームによってエネルギーを供給するビーミング推進は,空気を推進剤として利用することにより,搭載推進剤の重量を大幅に軽減し宇宙機に占めるペイロードの割合を向上させることができるとされている.本研究では,大電力ミリ波ビームの供給源として,日本原子力研究開発機構で近年開発が進んでいる1MW級出力の170GHz帯ジャイロトロンを用い,ミリ波ビームによる放電現象と推進器の推進性能に関する実験を行った.

第1章は序論であり,研究の背景と目的について述べている.

第2章では,大気圧ミリ波放電とそのエネルギー変換過程について論じている.まず,大気圧においてミリ波ビームを放物面鏡によって集光し,焦点近傍の自由空間で絶縁破壊が発生することを確認している.また,ミリ波放電によって生じる電離波面が一定速度でビーム中を遡上し,ビームの電力密度がある閾値以上において伝播速度が超音速になることを示し,同時に電離波面と衝撃波の伝播速度が一致することを示している.さらに,これらの衝撃波駆動メカニズムに関して,垂直衝撃波がその背後の等圧的な加熱により駆動されるマイクロ波支持燃焼波型エネルギー変換過程を提案している.この提案に基づき,実測された電離波面伝播速度を使って得られる変換効率と,推進器モデルを用いた打ち上げ実験の結果より推算される効率の比較によりその妥当性を示している.

第3章では,数ミリ秒のパルス幅のビームにより形成される円柱状プラズマでの圧力波生成を有効に推力に変換するため,円筒胴体部を特徴とするマイクロ波ロケットを提案し,その推進性能を論じている.打ち上げ実験により,あるパルス幅に対して最適な推進器長があること,電離波面の伝播速度が超音速となる条件でさらに高い推進性能が得られることを確認している.また上述のエネルギー変換過程に基づいたエンジンサイクルモデルを提案している.このモデルにより予測される運動量結合係数は,打ち上げ実験の結果とよく一致し,有効なエンジンサイクルモデルあることを示している.

第4章では,繰り返しパルス作動における吸排気過程と推進性能の関係を評価している.第一パルスで生じる高温の空気の残留による性能低下を防ぐには,パルス間での吸排気を促進する必要がある.そこで,宇宙機が大気中を飛行する際の前方吸気モードを想定した強制吸気システムを開発し,空気の充填を十分に行うことで第二パルス以降の推進性能が回復し各パルスで発生する力積を一定に維持できることを実験で示している.また,推進器内の空気充填率が1以上の場合,すなわちパルス間で推進器内の空気が完全に吸排気される場合,単パルス運転で得られる性能と同一の性能が得られることを確認している.また1秒間の繰り返しパルス運転を実施し,定常的に推力を発生させている.

第5章では,マイクロ波ロケットの高高度飛行時の推進性能を評価する為、推進性能の雰囲気圧力への依存性を議論している.0.2 気圧までの減圧雰囲気下では推力性能は雰囲気圧力に寄らずほぼ一定維持されることを確認し,その理由として,電離波面の伝播速度が減圧環境で上昇することにより強い衝撃波が生じ,雰囲気圧力の低下を補うことが主因であると指摘している.一方で, 0.1気圧以下ではミリ波放電の構造に大きな変化が生じ,推力が急激に低下することを示している.すなわち高高度飛行時でもミリ波放電によって推力を発生させることができることを確認し,マイクロ波ロケットの設計に必要な条件を明らかにしている.

第6章では,第2章から5章までの実験および解析結果を基に,マイクロ波ロケットの設計手法について議論している.

第7章は結論であり,本研究の成果を要約している.

以上要するに,本論文は,大電力ミリ波ビームによって大気中に生じる放電現象を多様に分析し,それを利用した宇宙機用推進器を提案して,その推力発生メカニズムを明らかにしつつ設計指針を導いたものであり,その結果は独創的で,先端エネルギー工学,特に宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

なお,本論文第2・3章は,柴田鉄平,小紫公也,高橋幸司,春日井敦,今井剛,坂本慶司との共同研究,第5章は,小紫公也,高橋幸司,春日井敦,坂本慶司との共同研究であるが,いずれも論文提出者が主体となって実験ならびに解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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