学位論文要旨



No 123880
著者(漢字) 後藤,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,タクヤ
標題(和) 固体壁チェンバーを用いた高速点火方式レーザー核融合炉設計研究
標題(洋) Design Study on Fast-Ignition Laser Fusion Reactor with a Dry Wall Chamber
報告番号 123880
報告番号 甲23880
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第346号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 岡野,邦彦
 東京大学 准教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 准教授 古川,勝
内容要旨 要旨を表示する

1.序

核融合エネルギーは、将来の革新的エネルギーの有力な候補として考えられている。本研究は核融合エネルギーのひとつとして研究されているレーザー核融合方式について、実用炉の概念設計を行い、開発段階における課題を洗い出すことを目的として行った。

レーザー核融合炉設計における最大の問題は、炉心の核燃焼プラズマから発生するX線およびイオンによる第一壁の高パルス負荷である。実用炉設計においては、経済性確保のため、許容熱容量の大きい液体金属壁が採用される傾向にある[1]。しかし、液体金属壁はその技術的成立性がまだ確立されてないぼかりでなく、ショット毎発生する金属蒸気によって、照射繰り返しが制限されるという問題を抱える。近年提唱された高速点火方式[2]では、従来の中心点火方式の1/10程度のエネルギー入力で十分な核融合利得が得られることが指摘されており、従来は困難と考えられてきたコンパクトな固体壁チェンバーを用いた実用炉の設計に可能性が出てくる。

また、高速点火方式では爆縮に関する照射一様性等の要求が緩和され、ペレット設計やレーザー波形整形の自由度が高まるなどのメリットが生まれる。これら高速点火方式を採用することにより発現する利点を最大限生かした設計を目的として、本研究を開始した。

2.ポイントモデルによる設計点探索

固体壁チェンバーを実現するためには、1パルス出力の可能な限りの低減が求められる。しかし、実用炉として成立するためには同時に核融合利得G>100が求められる。そこでまず0次元物理モデルによる設計領域の検討を行った。

開発した0次元モデルにより求められたゲインカーブ(エネルギー入力と核融合利得の関係)をにより、アイセントロープファクターα=2,爆縮レーザのカップリング効率ηc=0,05という現在の実験や数値計算の結果から考えて比較的保守的な条件下でも、エネルギー入力400kJ(爆縮350kJ、加熱350kJ)で核融合利得100が達成可能なことが判明した。

これより固体第一壁としてタングステンを想定すると、温度上昇の観点からは2J/cm2程度までの熱負荷が許容されると考えられる。40MJ出力の場合半径5--6mのチェンバー設計に可能性があると想像される。

3.1次元流体コードを用いた炉心プラズマ設計

前節の設計点の妥当性を確かめるため、1次元流体コードを用いて炉心プラズマ設計を行った。本研究で導入したコードは大阪大学で開発されたILESTA-1D[3]と呼ばれるLagrangue流体コードでありペレットの爆縮から燃焼までの広範な物理をシミュレートすることが可能なコードである。本研究では高速点火の効果をシミュレートするため、最大圧縮時近傍において燃料コアの電子に外的な加熱入力を加える手法を組み込んだ。

本研究では0次元モデルによる設計点の検証だけではなく、高速点火方式に最適化したペレット設計やレーザー波形整形についても検討を行った。高速点火方式では高圧のスパーク部生成の必要がないため、爆縮速度を下げることができ、中心点火では難しかったRayleigh・Taylor不安定性に強い低い初期アスペクト比(内径と厚みの比)をもったペレットの利用が可能と考えられているためである。しかし高速点火に必要なエネルギーは燃料の密度に反比例するため、流体不安定性の影響を回避しつつ高密度圧縮を図ることが必要となる。

本研究では中空ペレットの等エントロピー圧縮理論[4]から得られるレーザー波形をもとに、ペレットとしては他の炉設計でも標準的に用いられている固体重水素一三重水素ペレット採用し、ペレットの質量とレーザーの総エネルギーを0次元モデルと合致させて計算を行った。

図2に1次元コードと、前節のシステムコードでの計算結果の比較を示す。ここから分かるように、1次元コードでも爆縮レーザーエネルギー350kJ、加熱レーザーエネルギー50kJで核融合利得100が達成可能であることが示された。また面密度や燃焼率もシステムコードの見積もりとよく一致しており、システムコードのパラメータ仮定の妥当性が確認されたといえる。

4.固体第一壁設計

炉心プラズマに続き、本研究の主眼点でもある固体第一壁の設計を行った。本研究では、固体第一壁構造材には技術的信頼性が高い低放射化フェライト鋼(F82H)を採用した。また第一壁表面を保護するアーマー材としてはタングステンを選択し、冷却材には水を採用した。

まず1次元熱伝導コードを開発し、それにより炉壁温度の上昇を解析した。熱エネルギー付与分布は、ILESTA-IDコードのシミュレーションから得られたX線およびイオンのスペクトルを用いて計算した。図2に最初のショット問、図3には長時間経過後の第一壁各部の温度の時間変化を示す。これより、第一壁表面の温度はデブリイオン到達時に最も高くなり、約1400Kに達することが分かる。その後第一壁表面温度は次第に上昇するものの、初期ショットから10秒程度で平衡状態に達し、最終的には1600K付近で飽和することが判明した。この温度はタングステンの融点(3680K)や実験的に知られているrougheningの閾値(2500K)を十分に下回っている。

次に市販の有限要素法コードを用いて熱応力を計算した。計算の結果表面に近い領域(<5μm)では温度上昇時だけでなく、温度下降時にも塑性変形が生じ、低サイクル疲労破壊が懸念される。レーザー核融合炉では年間のショット繰り返し数は109回レベルに達するため、105・106回で破壊に至る低サイクル疲労破壊が起これば設計上致命的となる。

しかし、レーザー核融合炉では、ひずみ速度が104s(-1)にも達すし、変形のメカニズムが静的変形の揚合とは大きく異なる[5]。このような場合、通常の変形時とくらべて降伏応力や破壊応力が数倍以上に高くなることおよび、結晶粒サイズがそれらの特性応力値に大きく影響することが知られている。このため、結晶粒の小さな材料であれば、高い破壊強度が期待できる。

また第一壁は熱負荷だけでなく、高エネルギー粒子の照射も受ける。これらの影響として顕著なのが、ヘリウム蓄積によるブリスタリングである。米国のレーザー炉設計研究であるHAPL計画の実験結果[7]では10(22)He/m2程度のフルーエンスでヘリウムの飛程に相当する層が剥離すると見積もられており、これによるタングステンの損失は年間で2皿皿から最大で12mmに達するとも予測され、とても許容できない。

ただし、微細粒材料では、粒界に沿った欠陥やヘリウムの移動度が大きいと考えられること、ヘリウムのトラッピングサイトとなる粒界等の密度が高いため、集積が起こりにくいことなどから、ヘリウム蓄積やブリスタリングが抑えられるとの指摘がある。

現在機械的合金化法を用いた超微細粒タングステン[7]の開発が進められており、高い機械強度をもつことを合わせて、レーザー核融合炉第一壁材料候補として大きな可能性が期待できる。

5.炉システム設計

ここまでの検討により、5・6mの固体壁チェンバーを用いた高速点火レーザー核融合炉の設計の実現可能性が確認された。ここでは全体システム設計とコスト解析について簡単に述べる。

本設計では、1パルスの核融合出力が40MJにとどまるため、経済性を改善するため繰り返し数を高めて電気出力を増大する必要がある。固体壁チェンバーは液体壁チェンバーのような本質的な繰り返し制約はもたないと考えられるが、チェンバー排気およびペレット入射の繰り返しから50Hz程度が限界と考えられる。本設計では保守的に30Hzを採用し、電気出力400MWeが確保できるものとした。建設費は4000億円程度と現行の軽水炉の1.5-2倍程度にとどまる見通しだが、低出力のため発電原価は30円!kWh近くになる。しかし初期炉を想定し技術的信頼性が高いこと、ある程度の負荷追従運転が可能なことなどから、実用炉としての運用の可能性も大いに考えられる。

6.まとめ

高速点火方式の特性を生かしたレーザー核融合炉の概念設計を行った。流体シミュレーションの結果から、高速点火方式を生かした安定な爆縮により40MJという低出力での核融合利得100が達成可能と見られるが、このような低出力であっても熱応力や粒子負荷による固体壁への影響は大きい。微細粒タングステンなどの新材料によるブリスタリングの抑制が鍵となる。30Hz繰り返しにより、中規模プラント並みの出力が確保可能であり、比較的低い建設費等を生かした運用が想定される。

[1]「高速点火レーザー核融合発電プラントの概念設計」,大阪大学レーザーエネルギー学研究センター,(2006).[2]M.Tabak,J.Hammr,M.E.Glinsky et al,Phys,Plasmas1(1994)1626・1634.[3]H.Takabe,Nucl.Fusion 44(2004)S149-S170.[4]S.Atzeni,J,Meyer-Ter-Vehn,The Physies of lnertial Fusion,OXFORD,2004.[5]T.Dummer,J.C.Lasalvia,G.Ravichandran,M.A.Meyers,Acta.Mater.46(1998)6267-6290.[6]S.B.Giliam,S.M.Gidcumb,D.Forsythe et al.,Nucl.Instr,Methods B 241(2005)491-495.[7]H.Kunrishita,YAmano,S.Kobayashi et al,J.Nucl.Mater.367-370(2007)1453-1457.

図1:0次元モデルと1次元シミュレーションの比較

図2:初期ショット間の温度変化

図3:初期ショット後10秒間の温度変化

審査要旨 要旨を表示する

本論文はDesign Study on Fast-Ignition Laser Fusion Reactor with a Dry Wall Chamber(固体壁チェンバーを用いた高速点火方式レーザー核融合炉設計研究)と題している。気候変動等の環境問題が顕在しエネルギー需要が逼迫する中、核融合エネルギーは将来の革新的エネルギー源のひとつの候補として世界各国で精力的に研究されている。核融合燃焼の実証に向けては、強力な磁場内に高温のプラズマを閉じ込める磁場閉じ込め方式と、レーザーやイオンビームを固体燃料ペレットに球対称照射し、超高密度に圧縮・点火させる慣性閉じ込め方式の2方式が並行して研究されている。磁場閉じ込め方式では日・欧・米・露・韓・中・印の7極が参加する国際熱核融合実験炉(ITER)の建設が仏・カダラッシュにおいて始まり、核融合燃焼プラズマ実験が予定されている。またITER後を見据えた原型(DEMO)炉や実用炉の概念設計活動も精力的に展開されている。一方慣性閉じ込めにおいては、大阪大学のFIREX計画および米国リバモア研究所のNIFにおいて点火・燃焼の実証を目指した研究が推進されている。また大阪大学および米国のARIESグループにおいて実用炉の概念設計活動も進められている。本論文では、新しいレーザー核融合方式である高速点火に着目し、核融合炉としての物理・工学的課題を明確にしつつ、高速点火方式の特性を最大限生かすべく、固体壁チェンバーを用いたレーザー核融合炉の概念設計を行っている。論文は以下のように構成されている。

第1章は緒論に当てられている。核融合反応の特徴および磁場閉じ込めおよび慣性閉じ込め方式の特性が紹介されている。特に、慣性閉じ込め方式において、高速点火方式の特性を十分に生かした設計がまだ行われていない現状が指摘され、固体壁チェンバーを用いた設計の可能性について検討する必要性が述べられている。

第2章では慣性核融合の基礎物理が概観されている。慣性閉じ込めを特徴付ける面密度等のパラメータや、爆縮・点火の必要性、また中心点火方式と高速点火方式の特徴、流体不安定性の抑制などの物理・工学的な要請について定量的な解説がなされている。

第3章では本論文の研究の対象となっている固体壁チェンバーを用いた高速点火方式レーザー核融合炉の設計概念FALCON-D(Fast ignition Advanced Laser reactor CONcept with a Dry wall chamber)の全容が概観されている。0次元物理モデルを用いた炉設計点の選出や、建屋等全体設計、セクター分割方式のメンテナンスシナリオ、最終光学系および中性子遮蔽設計などが解説されている。

第4章では、1次元および2次元流体シミュレーションコードを用いた炉心プラズマ設計が行われている。前半では爆縮に関する理論モデルが概観され、後半ではその知見に基づき、高速点火方式のメリットを生かした流体不安定性に対する裕度の高い爆縮により高密度コアを生成することを目指して、ペレット形状およびレーザー波形の最適化が図られている。これにより設計点として選択した核融合出力および核融合利得の妥当性を評価している。

第5章では、固体第一壁の設計成立性について論じている。ここではタングステンアーマー被覆低放射化フェライト鋼を候補とし、1次元熱構造連成解析モデルによる第一壁の熱的・機械的解析に加え、ひずみ速度、再結晶などの動的効果の影響、スパッタリング・ブリスタリングなど、多面的な評価が行われている。また超微細粒材料などの高機能材料の可能性についても言及している。

第6章では総合システム設計が行われている。コストモデルや炉の運転シナリオなどについての議論がなされ、プラント全体を概観した設計パラメータおよびコスト評価がまとめられている。

第7章は考察に当てられ、本論文で設計された高速点火方式レーザー核融合炉の特徴について、他のレーザー核融合炉設計や磁場閉じ込め方式との比較を通じて議論が展開されている。

第8章はまとめに当てられている。

以上を要するに、本研究は新しいレーザー核融合方式である高速点火に着目し、核融合炉としての物理・工学的課題を明確にしつつ、高速点火方式の特性を最大限生かすべく、固体壁チェンバーを用いたレーザー核融合炉の概念設計を行っており、ここでの知見や結果は核融合エネルギー開発研究への応用が期待できるものであり、先端エネルギー工学、とくに核融合炉工学の発展に貢献するところが大きい。

本論文の第3章、第4章、第5章および第6章は小川雄一、岡野邦彦、朝岡善幸、日渡良爾、染谷洋二の各氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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