学位論文要旨



No 123881
著者(漢字) 住川,隆
著者(英字)
著者(カナ) スミカワ,タカシ
標題(和) レーザの飛行時間と往復反射を用いたトムソン散乱計測システムの開発
標題(洋)
報告番号 123881
報告番号 甲23881
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第347号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 准教授 小紫,公也
 東京大学 准教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 小野,亮
内容要旨 要旨を表示する

本研究では核融合プラズマの代表的な電子温度・密度計測手法であるトムソン散乱計測法にレーザー光の飛行時間差と往復反射を利用する工夫を施すことにより、低コストの2次元電子温度・密度計測システムを開発した。

トムソン散乱とはプラズマ中の荷電粒子が入射電磁波(レーザー)を散乱させる現象であり、プラズマ中を無秩序に運動する多数の電子から放射されるトムソン散乱スペクトルを計測すると、そのドップラー拡がり幅から電子温度が、絶対光量から電子密度が算出される。トムソン散乱計測は現在最も信頼できるプラズマ電子温度・密度計測手法として核融合プラズマ研究に重要な役割を果たしている。

トムソン散乱計測が初めてその地位を築いた出来事は、核融合開発の初期段階における英国Culham研究所チームによる旧ソ連のT-3トカマクの電子温度計測である。1968年に開催されたIAEA国際会議においてT-3トカマク装置で電子温度1keVが達成されたという報告がなされた。当時はヘリカル系や逆磁場ピンチ(RFP)、シーターピンチ、ミラーなどの不安定性に悪戦苦闘していた時代であり、どの装置でも電子温度は100eV程度であったのでその報告は大いに注目を集めたが、用いられた電子温度算出手法が反磁性磁束からの推定であったため、最初は欧米の研究者からは認められていなかった。そこでT-3トカマクの高電子温度の裏付けをとるためにCulham研究所チームが行った当時最新の電子温度計測方法がトムソン散乱法であったのである。この計測によりトカマク配位の優位性が確認されたのと同時にトムソン散乱計測が代表的な電子温度・密度計測手法であることが広く知られるようになった。

トムソン散乱法を用いて本研究室ではプラズマ合体装置TS-4(Tokyo University Spherical Torus 4)を用いて1.プラズマ合体時に起こる磁気リコネクション現象の電子加熱効果の検証、2.球状トカマク(ST)の熱圧力分布の確認を行うことを計画した。1.の磁気リコネクション現象とは、プラズマ合体時などに本来つなぎ変わることのない反平行な磁力線が接近する場合、アンペアの法則に従った電流シートが発生し、このシート内での局所的な電気抵抗による磁場拡散のため、つなぎ変わる現象である。磁気リコネクションはプラズマ加熱効果を有することが知られているが、電子とイオン各粒子についての加熱機構や加熱場所については未だ完全には解明されていない。本研究室では可視光トモグラフィー法による2次元イオン温度計測が既に行われており、その結果イオンは磁気リコネクション時にアウトフロー領域で大きく加熱されることが確認されている。本研究で開発するトムソン散乱計測装置は残る電子について2次元温度分布計測により加熱領域を特定し、電子とイオンを合わせた加熱機構の解明の手がかりを得ることを目指す。本研究室が提案するプラズマ合体による2.のSTプラズマ立ち上げ法の利点は高βなSTプラズマの生成が可能な点にある。βはプラズマ熱圧力と磁気圧の比率であるので、プラズマ熱圧力を算出する必要がある。プラズマ熱圧力pはp=nekB(Te+Ti)と表されるように密度と温度の積である。ここでkBはボルツマン定数、neは電子密度、Te, Tiはそれぞれ電子温度、イオン温度である。本研究ではプラズマの密度と温度を直接計測しプラズマ熱圧力を算出することを目指す。ところでイオン温度Tiについては先述した2次元可視光トモグラフィー法により2次元空間分布計測に成功しているので、残る電子密度neと電子温度Teの2次元分布を計測することができればプラズマ熱圧力pの2次元空間分布を求めることができる。また、β=p/(B2/μ0) と表されるβの分子部分のプラズマ熱圧力、分母部分の磁気圧力部分の両者とも直接計測が可能になるので、これまでよりも精度の高いβ値の算出が期待される。

以上の理由で本研究室において電子温度・密度の2次元空間分布計測は有益であるのだが、これを従来のトムソン散乱計測システムで行うと問題点が生じる。1つはプラズマ中に入射するレーザービーム経路上の1次元分布計測しか可能ではないことである。2つ目は多点計測を行う場合、1計測点につき1台のポリクロメーター(分光装置の一種)と1本の光ファイバーが必要であるので大変高価であり広大な設置スペースも必要とする大型計測システムになってしまうことである。潤沢な資金と広大な実験スペースを兼ね備えた大研究所では100計測点以上の1次元トムソン散乱計測を上の方法で行っているが、大学レベルでの研究では困難である。

本研究では以上の従来のトムソン散乱計測の問題点を2つの工夫を施すことによりクリアーした。1つ目の工夫はレーザー光の複数回反射を用いることによりプラズマのr-z平面をレーザービームによってカバーさせることである。具体的にはレーザー光を装置外のミラー反射によりビーム経路を折り返すことでTS-4装置z=-65,0,65[mm]の入射/出射ポートを通して計3回入射させる。計測点数はz方向に3行とr方向に4列の計3×4=12点である。しかしこの12点を計測するために光ファイバーとポリクロメーターを12セット用意するとなると予算と設置スペース上構築困難になる。そこで2つ目の工夫としてレーザー光の飛行時間差(LIDAR法)を用いて必要な光ファイバーとポリクロメーターの数を低減させた。12点の計測点のうち同一rの3計測点は同一の光ファイバーとオシロスコープで計測し、レーザー光がその計測点座標に到達する時刻の差異を利用して3計測点からの信号を分離した。3計測点の信号は信号の時間幅の都合上50ns以上の時間差が必要であったので、計測点間のレーザービーム経路長は15mとして飛行時間差を稼いでいる。以上の2つの工夫により比較的安価な空間2次元トムソン散乱計測システムの開発が可能となった。

本トムソン散乱計測システムは主にレーザー、対プラズマ集光レンズシステム、散乱光伝送用光ファイバーバンドル、ポリクロメーター(分光装置)で構成されている。レーザーはTS-4装置でのプラズマ背景光の強度が小さい波長域にあるNd:YAGパルスレーザーの基本波(1064nm)を使用した。レーザー光は前述のようにTS-4装置外に同一r計測点毎に約15mの飛行時間差用レーザー経て3回入射される。対プラズマ集光レンズは微弱なトムソン散乱光を極力多く集めるために、同一rの3計測点を同一レンズで対応させることによりレンズ径を大幅に大きくし、φ80mmを実現した。立体角は20msrであり、他の研究所のトムソン散乱計測システムのものと比べても遜色ない。光ファイバーバンドルは、プラズマ中の計測点においてφ15mmの径で焦点を結ばせるため集光レンズ側のファイバー端部の断面積はラグランジュ・ヘルムホルツ不変量を用いた議論よりφ3.2mm必要になった。φ3.2mmを実現させるためにφ0.63mmのシングル光ファイバーを19本束ねた光ファイバーバンドルとした。この1計測点に対応する光ファイバーバンドルと同一rの他の2計測点に対応した光ファイバーバンドルとを更に束ね1台のポリクロメーターに入力して分光を行った。ポリクロメーターは光ファイバーバンドルにより伝送されたトムソン散乱光を4種類の異なる透過波長域を持つ干渉フィルターにより分光しアバランシェ・フォトダイオード(APD)で検出する装置である。TS-4装置によるプラズマの電子温度は20-200eVであると予想されていたので、比較的低温のプラズマによるトムソン散乱スペクトルが効率よく計測できるように4種の干渉フィルターの透過波長域を設計した。

以上のトムソン散乱計測システムを構築し、レーザー光の飛行時間差と往復反射を用いたトムソン散乱計測法の原理実証を2段階に分け行った。原理実証の第1段階としてレーザーの飛行時間差(TOF)がTS-4装置に適用可能か否かを比較的計測容易な大気ラマン散乱を用いて検証した。同一rの3計測点のラマン散乱光信号が設計通り50nsの時間遅れをもって計測されたので第1段階の原理実証が達成された。第2段階として単一計測点におけるトムソン散乱計測、電子温度・密度算出を試みた。光量の伝送効率の最適化の末、これにも成功したので、第1,2段階合わせて本計測システムの原理実証が完了した。つまりこの同一rの3計測点の計測システムをr方向に並べることによりトムソン散乱計測の2次元化が可能であることが示された。

総合的な結論として、トムソン散乱計測を経済的に空間2次元に拡張する方法はこれまで無かったが、それを実現する手法の1つとしてレーザー光の飛行時間差と往復回反射を利用した2次元化手法を提案し、実際に開発して原理実証を成功させた。このことはプラズマ計測分野において先駆的である。更に今回の原理実証をもとに今後の大型装置への適用を提案することがきた。大型装置のトムソン散乱計測システムの多くは1次元の多点計測であるので本研究が提案する計測手法を取り入れることにより大幅な開発コストの削減と計測の2次元化につながる可能性が大きい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「レーザの飛行時間差と往復反射を用いたトムソン散乱計測システムの開発」と題し、レーザ光の飛行時間差と往復反射を用いた2次元トムソン散乱計測法の原理実証を2段階に分け行った。トムソン散乱とはプラズマ中の荷電粒子が入射電磁波(レーザ)を散乱させる現象であり、現在最も信頼できるプラズマ電子温度・密度計測手法として核融合プラズマ研究に重要な役割を果たしている。

第1章では核融合開発におけるトムソン散乱計測の役割と原理その多点計測技術の進展を紹介し、従来の1次元分布計測装置を横に並べた数点かつ高コストな2次元計測例しかないので、本研究では低コスト2次元トムソン計測システムの提案・開発を目指すという研究目的を述べた。

第2章ではプラズマ合体実験装置TS-4について、今後のTS-4プロジェクトでは1.磁気再結合現象による電子加熱機構の解明、2.球状トカマク(ST)のプラズマ圧力分布計測などでトムソン散乱の2次元空間分布計測が必要になる点を述べている。

第3章ではトムソン散乱現象の原理、トムソン散乱の全散乱断面積とトムソン散乱光スペクトルの導出について説明した。

第4章ではまず本研究の独創的な点である1.レーザ光の飛行時間差(TOF)と2.往復回反射を利用したトムソン散乱計測法を提案し、次に原理実証のための計測システムの詳細を述べた。プラズマ背景光の影響が少ないNd:YAGレーザの基本波を用い、TS-4装置の中心導体に沿う軸方向3点をレーザ光のTOFと往復反射を用いて計測し、50ns分のレーザ光飛行時間差を稼ぐため、15m以上のビーム経路長を第1,2計測点間、第2,3計測点間に設けた。トムソン散乱光が微弱であるため。集光レンズはJT-60U装置並の大立体角19.4msrを確保した。光ファイバー束は3計測点(将来的には5点に拡張)からの散乱光を1つのポリクロメーター(分光装置)に入射するため集光レンズ側は5本、ポリクロメーター側は1本に束ねられた5分岐光ファイバーバンドルを製作し、ポリクロメーターでは、種類の干渉フィルターにより散乱光を分光し、アバランシェ・フォトダイオード(APD)により検出している。

第5章ではレーザ光のTOFと往復反射を用いたトムソン散乱計測の原理実証を1.レーザ光のTOFと往復反射利用の実証、2.本計測システムを用いたトムソン散乱計測の実証の2つに分けて行った。1.は3計測点からのラマン/レイリー散乱光信号が設計通り50nsの時間間隔を持って計測されたことにより実証し、2.は2つの波長チャンネルにおいてトムソン散乱光を計測することにより実証した。2つの結果を合わせると、最終的にレーザ光のTOFと往復反射を用いたトムソン散乱計測が可能であることが実証されたと言える。

第6章では電子温度・密度の算出手法について解析し、計測システムの透過効率の絶対較正が必要であるため空気によるラマン散乱光の圧力依存性の計測を事前に行った。この手法によりSTプラズマの磁気軸付近の計測点において電子温度27[eV], 電子密度5.6×10(19)[m-3]が算出された。

第7章ではレーザ光のTOFと往復回反射を用いた3計測点におけるトムソン散乱計測を行った。3計測点の電子温度が同時に1台の分光装置で計測され、半径529[mm]の1次元電子温度分布が得られた。本研究の1次元空間分布計測システムを並べることによりレーザ装置を増やすことなく2次元トムソン散乱計測を行うことができるので、トムソン散乱計測の空間2次元化は1台のレーザ装置で、少ない台数の分光装置で実現可能であると結論づけた。

第8章では本計測システムの他装置への適用を考え本システムの工学的限界について検討を行った。工学的限界を決定しうる要因を考え、光ファイバー束の太径化が工学的限界に影響を与えるが、より大型の受光面を持つAPD素子が開発されることで緩和されることを述べた。以上の考察から提案したNd:YAGレーザビームがプラズマ中を5度通過する計測システムは現時点においても他の大型装置に適用が十分に可能であることが判明した。

以上要するに、トムソン散乱計測を経済的に空間2次元に拡張する方法としてレーザ光の飛行時間差と往復回反射を利用した2次元化手法をはじめて提案し、原理実証を成功させたことは、プラズマ計測分野において先駆的成果といえ、今後の大型装置への適用が期待される。大型装置のトムソン散乱計測システムの多くは1次元の多点計測であるので本研究が提案する計測手法を取り入れることにより低コストで計測の2次元化を実現する可能性が大きく、先端エネルギー工学、特にプラズマ工学、核融合工学に貢献するところが多い。よって本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク