学位論文要旨



No 123882
著者(漢字) 水口,周
著者(英字)
著者(カナ) ミナクチ,シュウ
標題(和) 損傷検知・修復機能を有する知的CFRPサンドイッチ構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 123882
報告番号 甲23882
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第348号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 小笠原,俊夫
 東京大学 准教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 准教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

航空宇宙機の軽量化要求がますます厳しくなるなか、炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic: CFRP)の優れた特性を最大限に引き出すことの出来るサンドイッチ構造が注目されている。サンドイッチ構造とは、2枚の薄い高強度表皮を厚い軽量コア(ハニカムもしくは発泡材)に接着し構造効率を高めたもので、コアがせん断力を、表皮が曲げモーメントを分担することで極めて高い比剛性と比強度を実現した構造である。しかしサンドイッチ構造は、表皮が薄くまたコアが比較的弱いため、工具の落下や石の跳ね上げなどによる面外方向からの衝撃荷重によって容易に破壊にいたる。上方表皮が面外方向に変形するにともなってコアがクラッシュし、表皮に緩やかなデントが残る。この表皮に残留するデントは、目視による発見が困難なサイズであっても、サンドイッチ構造の剛性、強度さらには疲労特性をも大幅に低下させることが知られている。また一方で、接着層およびコア内をき裂が広範囲に進展する問題も指摘されている。これらのき裂は一体構造としての挙動を不能にするクリティカルな損傷であるにも関らず、従来の非破壊検査手法を用いても検出が困難な場合がある。本研究では、航空宇宙構造の更なる軽量化のために、これらの損傷を発生直後に検知し、さらには低下した機械的特性を回復することが可能な知的CFRPサンドイッチ構造を構築することを目的とする。

2.知的サンドイッチ構造

本研究で提案する知的CFRPサンドイッチ構造をFig. 1に示す。軽量かつ高性能で複合材料への組み込み特性に優れるため、スマート材料のデバイスとして有力視されている光ファイバセンサと形状記憶合金(SMA)を用いている。光ファイバセンサはコアと表皮の間の接着層に埋め込まれ、そのセンサ密度は構造が許容することの出来ない損傷レベルから決定される。また衝撃損傷の発生により低下した機械的特性を回復する技術として、新たに開発した自己修復が可能なSMAハニカムを適用する。

3.本研究の流れ

まず、衝撃に代表される面外集中荷重を受けるサンドイッチ構造の理論解析モデルとして"Segment-wise Model"を構築し、衝撃損傷において最も重要な力学挙動である表皮のデント発生のメカニズムを明らかにする。その際に、損傷検知に用いることの出来る物理パラメータを抽出するとともに、損傷修復機構の発案を行う。次に近年開発された高分解能分布型ひずみ計測システム(PPP-BOTDA、空間分解能:10 cm、測定レンジ:>1km)を用いて、大型サンドイッチ構造に発生した微小な衝撃損傷を検知可能なグローバルモニタリングシステムを確立する。また損傷修復技術に関しては、SMAハニカムサンドイッチ構造を対象に曲げおよび面内圧縮試験を行うことで自己修復可能な革新コア材料の有効性を示す。最後に、もう一方の重要な破壊モードである接着層およびコア内を進展するき裂の検知を行う。

4.デント形成に関する理論構築と考察

サンドイッチ構造に発生する衝撃損傷は、表皮とコアの変形及び破壊の相互作用のもとで進展していく複雑な現象であるため、これまでの研究では現象を過度に単純化した解析や個別の材料に対する実験が大半を占め、損傷の発生・成長メカニズムの本質的理解が不足していた。そこで、損傷の最も重要な力学挙動である表皮の面外方向変形とコアの破壊の相互作用に焦点を絞り、新たな理論解析モデル"Segment-wise Model"を構築した。構造をハニカムの周期的形状に基づいて複数のSegmentに分割し(Fig. 2)、その各Segmentにハニカムの複雑な面外方向破壊挙動を導入することで、表皮とコアの相互作用挙動を正確にモデル化することに成功した。サンドイッチ板を用いた損傷進展解析の結果、荷重負荷点付近のコアが下方へ表皮を引っ張ることでデントが形成すること、さらには損傷していない部分のコアにも大きな圧縮応力が残留することが明らかになった。また表皮表面には残留したデントの凹凸に沿って、急峻な傾きを持つ不均一ひずみが発生することが分かった。

以上より、

・表皮の凹凸部に発生する不均一ひずみを利用することで、デントの大きさを直接評価可能な損傷検知技術

・自己修復が可能な革新コア材料を用いた損傷回復技術

の2点を発案するにいたった。

5.衝撃損傷検知システムの確立

まず、光ファイバセンサが不均一ひずみにどのように応答するのかを明らかにした。PPP-BOTDAシステムは、光ファイバ上の各点から計測されるブリルアンスペクトルの中心周波数がひずみの変化に比例してシフトすることを利用した分布型ひずみ計測システムであるが、今回新たにブリルアンスペクトルのピークが不均一ひずみによってなだらかになる現象を発見した。さらに、不均一ひずみの発生により光ファイバに沿ったブリルアン散乱が一様でなくなり、ブリルアンスペクトルが乱されることが原因であることを理論的に裏付けた。さらにこの分布ひずみ計測システムの特殊な応答を利用することで、サンドイッチ構造に発生した衝撃損傷を検知可能であることを実証した。5 cm間隔の格子状に光ファイバを埋め込んだサンドイッチパネル(50 cm四方)に損傷(残留デント深さ: 1.5 mm)を発生させた場合の各光ファイバの応答をFig. 3に示す。衝撃損傷が発生した周囲のみを取り出して示してあり、縦軸はブリルアンスペクトルのピークの広がりを表すパラメータとして定義したピーク値から1dBだけ小さい強度におけるスペクトルの周波数幅である。損傷領域を通過する光ファイバ(図中赤)のスペクトル幅だけが、衝撃負荷位置からの近さに比例して広がっていることが確認される。以上より、大型サンドイッチ構造に発生した微小な衝撃損傷を検出可能なグローバルモニタリングシステムを確立することが出来た。

6.衝撃損傷修復システムの開発

まず、ある温度以上に加熱することで自己修復が可能な革新コア材料として開発したSMAハニカム(SMA箔に半六角形状を記憶させたのち接着することで作製、Fig. 4)単体の面外方向機能回復特性を調べた。その結果、圧縮強度は元の値の半分程度にしか回復しないが、形状と剛性をほぼ完全に修復できることが分かった。そこで、サンドイッチ構造が他の構造様式に対して特に優れた特性を有する曲げ剛性と面内圧縮強度に関して、SMAハニカムサンドイッチの損傷修復能力を評価した。まず、四点曲げ試験において、損傷発生後は表皮のたわみによる表皮間距離の減少に加え、表皮の局所曲げ変形とコアのせん断変形のカップリングによって曲げ剛性が著しく低下したが、加熱することでSMAハニカムが形状と剛性を復元し、サンドイッチ構造の曲げ剛性が回復した。一方、面内圧縮試験においては、衝撃損傷導入前の健全時は表皮での圧縮破壊であった破壊モードが、損傷導入後(残留たわみ約1 mm)には表皮のデントが幅及び深さ方向の両方に成長した後の表皮の圧縮破壊に変化した。また、それにともなって面内圧縮強度が約40%低下した。しかし、試験片加熱後には再び破壊モードが表皮の圧縮破壊に戻り、面内圧縮強度が完全に回復した。SMAハニカムの形状、剛性、強度が回復したことで、デントの成長が抑制されたことに起因すると考えられる。以上より、自己形状修復機能を有する革新コア材料の有効性を示すことが出来た。すなわち、サンドイッチ構造におけるコアの主要な役割は大部分の荷重を負担する表皮を支持することにあるので、損傷した後に形状を修復し十分な剛性と強度を有して表皮を支持することが出来れば、サンドイッチ構造全体の機械的特性を回復することができることが分かった。さらに、コアは高いエネルギ吸収特性を有するので、表皮に発生する損傷を抑制した上で機械的特性を回復することの出来る、より損傷許容性が高い構造の実現の可能性が示唆される。

7.接着層およびコア内のき裂の検出

表皮と接着層の界面、接着層内およびコア内を進展する3種類のき裂に対して、それぞれの損傷発生挙動を生かした検出手法を実証した。特に、光ファイバの曲率半径の減少による透過光強度の変化を用いたコア内を進展するき裂の検出手法は、極めて簡便な機構ながら、超音波探傷などの従来の非破壊検査では検知することが難しい損傷を検出することが出来た。

8.結論

接着層に形成した光ファイバセンサ網と自己修復が可能なSMAハニカムを用いて、損傷検知・修復能力を有する知的CFRPサンドイッチ構造を構築した。まず、面外集中荷重を受けるサンドイッチ構造の理論解析モデルを確立し、表皮のデント形成メカニズムを明らかにするとともに、衝撃損傷検知・修復技術の発案を行った。次に分布型ひずみ計測システムの不均一ひずみに対する特殊な応答を明らかにし、大型サンドイッチ構造に発生する微小な衝撃損傷を検知することが可能なグローバルモニタリングシステムを確立した。また、SMAハニカムサンドイッチ構造の衝撃損傷回復能力を評価し、自己修復が可能な革新コア材料の有効性を明らかにした。さらに接着層およびコア内を進展するき裂に対する埋め込み光ファイバセンサの応答を明らかにし、3つの破壊モードに対する検出手法を確立した。

Fig. 1 知的CFRPサンドイッチ構造

Fig. 2 ハニカム形状に基づいた構造のSegment化

Fig. 3 損傷周辺の光ファイバセンサ網の応答

Fig. 4 SMAハニカム

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)水口 周 提出の論文は、「損傷検知・修復機能を有する知的CFRPサンドイッチ構造に関する研究」と題し、6章と補足よりなる。

航空宇宙機の軽量化要求が厳しくなる中、炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic: CFRP)の優れた特性を最大限に引き出すことが可能なサンドイッチ構造が注目されている。サンドイッチ構造とは、二枚の薄い高強度表皮を厚い軽量コア(ハニカムもしくは発泡材)に接着し構造効率を高めたもので、極めて高い比剛性と比強度を実現した構造である。しかし、工具の落下や石の跳上げなどによる面外衝撃荷重によって、コアの破損、表皮のデント(くぼみ)、接着層剥離などの損傷が生じる可能性がある。これらの損傷は、従来の非破壊検査法では検出が困難な場合がある。本研究では、これらの損傷を発生直後に検知し、さらには力学的特性を回復することが可能な、損傷検知・修復機能を有する知的CFRPサンドイッチ構造を提案し、その実証を行うことを目的とする。

第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来研究の問題点を総括するとともに、本研究の目的と構成について述べている。

第2章は「面外集中荷重を受けるサンドイッチ構造の理論解析」であり、表皮の面外方向変形とコアの破壊の相互作用に焦点を絞り、独自の理論解析モデル"Segment-wise Model"を構築している。衝撃損傷の最も重要な力学挙動である表皮のデント形成メカニズムを明らかにするとともに、損傷検知・修復に効果的な物理パラメータを抽出している。サンドイッチ構造に発生する衝撃損傷は複雑な現象であるため、従来のモデルではその力学挙動を過度に単純化していたが、Segment-wise Modelではハニカムの周期的形状に基づいて複数のSegmentに分割し、その各Segmentにハニカムの複雑な面外方向破壊挙動を導入することで、表皮とコアの相互作用挙動を正確にモデル化することに成功している。また、損傷進展解析および実証実験によって、デント形成メカニズムを定量的に解明している。

第3章は「知的サンドイッチ構造の提案」であり、第2章の損傷検知・修復技術のアイディアに基づき、近年発展の著しい分布型光ファイバセンサ技術と形状記憶合金(SMA)ハニカムを用いた知的サンドイッチ構造を提案している。

第4章は「光ファイバセンサを用いた衝撃損傷検出」であり、近年開発された高分解能分布型ひずみ計測システムを用いた衝撃損傷検知システムを構築している。まず、計測の空間分解能内での不均一ひずみ場によってセンサ応答であるブリルアンスペクトルのピーク幅が広がることを実験的、理論的に明らかにしている。次に第2章で確立したSegment-wise Modelから算出されたデントに沿った不均一ひずみ場を用いてセンサ網の応答シミュレーションを行い、ブリルアンスペクトルの変化を用いることで目視発見が困難な大きさの衝撃損傷を検出できることを明らかにすると同時に、センサ密度の決定方法を含めた具体的な損傷検出手法を提案している。さらに、実証試験を行い、大型サンドイッチ構造に発生した微小な衝撃損傷を検出可能なモニタリングシステムを確立している。

第5章は「SMAハニカムを用いた衝撃損傷修復」であり、まずSMAハニカムの作製方法を確立するとともに、SMAハニカム単体の面外方向の高い損傷修復能力を示している。次にサンドイッチ構造が特に優れた特性を示す曲げおよび面内圧縮荷重下でのSMAハニカムの損傷修復能力を評価している。四点曲げ試験では、損傷発生後は表皮のたわみによる表皮間距離の減少に加え、表皮の局所曲げ変形とコアのせん断変形のカップリングによって曲げ剛性が著しく低下したが、試験片加熱後には形状、剛性共に完全に回復している。また面内圧縮試験では、損傷導入後にはデントの成長を伴う破壊モードの変化が生じ圧縮強度が大幅に低下したが、試験片加熱後にはSMAハニカムの形状と力学的特性が復元し、圧縮強度が完全に回復している。以上により、自己修復機能を有するSMAハニカムコア材料の高いエネルギ吸収特性を生かした損傷許容性が高い構造の可能性を示している。

以上要するに、本論文では、CFRPサンドイッチ構造の損傷を発生直後に検知し、さらには低下した力学的特性を回復することが可能な、損傷検知・修復機能を有する知的CFRPサンドイッチ構造を提案し、その実証を行うことに成功している。本論文で得られた成果は、CFRPサンドイッチ構造の信頼性向上に大きく寄与するものであり、複合材料工学、非破壊評価工学の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

なお、本論文の一部は共同研究の成果でもあるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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