学位論文要旨



No 123884
著者(漢字) 竹内,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ユウイチロウ
標題(和) ライフ・アダプティブ・コンピューティング : モバイル/ユビキタス時代における計算機システムのパーソナライゼーションに関する研究
標題(洋) Life Adaptive Computing: Personalization of Computer Systems in the Mobile/Ubiquitous Age
報告番号 123884
報告番号 甲23884
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第350号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉本,雅則
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 教授 若原,恭
内容要旨 要旨を表示する

本論文において私は,モバイル・ユビキタス時代における人とコンピュータとの関係性の変化について一つの新たな方向性を指し示す概念,Life Adaptive Computing(ライフ・アダプティブ・コンピューティング)を提案している.その基本的な考え方は日常生活におけるユーザの行動,特にそのディテールを観察することを通してそれぞれのユーザの嗜好・行動傾向・ライフスタイルなどに自動的に適応する,そういった能力をコンピュータ・システムに与えようというものである.

図1はLife Adaptive Computingの概念を図示したものである.矢印の右,アメーバ状の物体として描かれているのがLife Adaptiveシステムであり,ユーザのLife,即ち生活そのものを入力として受け取る.そしてその情報を様々なやり方で解析・処理することによって,システムはユーザにとって最適な形となるよう自らを適応(Adapt),変容(Morph),進化(Evolve)させるのである.日常において人が行う何でもない行動-買い物をしたり,写真を撮ったり,水を飲んだり,靴紐を結んだりといったような-も捉え方次第ではその人の内面を知る手がかりとなり得る.人と人が,互いの言葉や仕草を見聞きすることを通じて徐々に理解を深めていくのと同じように,Life Adaptiveアプリケーションはユーザの日常行動の観察を通じて最上のユーザエクスペリエンスに向けた進化を続けるのである.

本論文の第一の目的は,綿密な議論を通じて,このLife Adaptive Computingという概念の基本的なフレームワークを確立することである.ここでいうフレームワークとは,Life Adaptive Computingを具体的に実装したアプリケーション,即ちLife Adaptiveアプリケーションが共通して保持する構造や性質を探し出し,明文化したものを指す.有効なフレームワークが確立できれば,それは将来エンジニアやデザイナーが新たなLife Adaptiveアプリケーションの開発を試みる際に,その思考・設計の出発点としての役割を担うことができる.

また私はこれまでケーススタディとして,2つの具体的なLife Adaptiveアプリケーションを実際に開発し,その有効性について評価を行ってきた.本論文ではそれらのアプリケーションについても解説し,それを通してLife Adaptive Computingによって実現され得る未来の可能性を鮮やかに描き出すことを目指している.

一つ目のアプリケーションは,ユーザの過去の買い物行動(GPSを用いて取得した位置変化に関する情報)に基づき,各々の好みに合わせた店の推薦を行うシステムCityVoyager(図2)である.ユーザの行動解析には本システムのために新たに開発したアルゴリズムを採用しており,精度の高い嗜好の学習を実現している.また街中で利用されるシステムであることを考え,GUIだけでなく音声情報も利用した直感的なナビゲーションシステムを備えている.

二つ目のアプリケーションは,ホームビデオなどのプライベートな映像を対象とした自動映像編集システムTimeWarp(図3)である.映像の編集はユーザの嗜好が強く表れる分野であるが,既存の自動映像編集システムはそうしたユーザのニーズの個別性を考慮してこなかった.TimeWarpはユーザのパーソナルフォトライブラリ,つまりPCに保存されたデジタル写真のライブラリを参照することによって,映像編集に対するそれぞれのユーザの好みの推定を試みている.

上記のアプリケーションについてはその機能や実験結果だけでなく,設計プロセスについても詳しい分析と解説がなされている.その目的は本論文で提供しているフレームワークが,実際のLife Adaptiveアプリケーションの開発の簡便化にどのように貢献し得るかを,具体例の提示を通して明らかにすることである.

纏めると,本論文での議論を通じて読者はLife Adaptive Computingの概念の詳細,それによって実現され得る未来のビジョン,さらにはその限界や問題点に至るまで,包括的な理解を得られるはずである.

図1.Life Adaptive Computing

図2.CityVoyager

図3.TimeWarp

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Life Adaptive Computing: Personalization of Computer Systems in the Mobile/Ubiquitous Age」 (日本語訳:ライフ・アダプティブ・コンピューティング:モバイル/ユビキタス時代における計算機システムのパーソナライゼーションに関する研究)と題され、8章からなる。本論文は、モバイル・ユビキタス社会において、個々のユーザが実世界でのさまざまな活動をコンピュータに記録できるようになることに着目し、"Life Adaptive Computing"と呼ばれる新しい概念的なフレームワークを提案している。この新しいフレームワークの有用性を示すケーススタディとして、2つのシステムを構築し、その評価を行うとともに、今後の展望について包括的に述べている。

第1章では、Life Adaptive Computingというコンセプトを、既存のAutomatic PersonalizationやContext-Aware Computingと比較し、いくつかの視点を示しつつ、前者の概念を実世界に拡張するという立場で、「Life Adaptive Computing」を位置づけている。

第2章では、Life Adaptive Computingの概念的フレームワークについて議論を進めている。まず、Life Adaptive Computing における不変項は、"Activity Observation", "User Profile Update", "Service Generation"という3つであることが、いくつかの例を通して示されている。次に、観測されるactivityについて整理し、それがどのように観測されるのか(直接的か間接的か)について議論している。さらに、"User Profile Update"の段階で要求されるユーザへの"adaptation"を実現するために、3つのアプローチを検討している。そして、プロダクトデザイン分野で蓄積されてきた知見を元に、ユーザのどのような特性への適応を考えるべきなのか、さらにユーザのプロファイルはどのような粒度で提供されるのか、についての議論を行っている。"Service Generation"については、ユーザに適応したサービスを提供するための代表的なアルゴリズムを紹介し、ユーザを取り巻く状況をコンテキストとして導入することを提案している。以上の議論を踏まえた上で、最初に示した3つの不変項を発展させ、Life Adaptive Computingのための独自のフレームワークを示している。

第3章は、第4章、第5章で示されるケーススタディの概要を説明している。

第4章では、Life Adaptive Computingの1番目のケーススタディとして、City Voyagerと呼ばれる街案内システムについて述べられている。City Voyagerでは、個々のユーザのactivityとしてGPSから得られる位置情報が利用される。この位置情報は、Place Learning Algorithmと呼ばれる独自のアルゴリズムにより、ユーザが頻繁に訪れる店の情報へと変換され、User Profile Updateのために利用される。そして、ユーザのprofileと他のユーザのprofileを比較することで、お薦めの店の紹介というserviceを提供する。ユーザスタディを通して、提案システムの性能評価を行っている。

第5章では、Life Adaptive Computingの2番目のケーススタディとして、Time Warpと呼ばれる自動映像要約システムについて述べられている。TimeWarpでは、個々のユーザのactivityとして、ユーザが日常生活においてデジタルカメラで撮影する写真のライブラリが利用される。この写真ライブラリに対して、システムが半自動的に行う分類を基に、User Profile Updateが行われる。得られたprofileを用いて、映像の重要箇所を抽出、要約するというserviceが実現される。ユーザスタディを通して、提案システムの性能評価を行っている。

第6章では、第4章、第5章のケーススタディで示した2つのシステムの設計プロセスをLife Adaptive Computingのフレームワークの下で検証している。そして、提案するフレームワークが有効な設計指針を与えていることを示すとともに、フレームワークだけでは十分な指針を与えられない場合の設計方針の決定に関わる要因について、具体的に議論している。

第7章では、Life Adaptive Computingによって将来的に実現されうるいくつかのアプリケーションについてのアイデアレベルでの説明がなされている。

第8章では、本論文の結論が示されている。

本論文の学術的な貢献として、モバイル・ユビキタスコンピューティング時代におけるヒューマンコンピュータインタラクション研究の新しいフレームワークとして「Life adaptive computing」を提案したこと、そのフレームワークに基づくシステム設計手法を明確に記述し、実証システムを通してフレームワークの評価、検証を行ったことが挙げられる。つまるところ本論文は、当該分野における学術研究の新しい方向性を提案し、その具体化となる最初のステップを示すとともに、将来的な応用と展開の可能性を明らかにした。したがって、情報学の基盤の発展に寄与するところが少なくない。

よって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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