学位論文要旨



No 123893
著者(漢字) 河崎,徳入
著者(英字)
著者(カナ) カワサキ,ノリヒト
標題(和) 簡便なレクチン・糖鎖問相互作用解析方法の確立およびその応用
標題(洋)
報告番号 123893
報告番号 甲23893
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第359号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 准教授 東原,和成
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

レクチンは糖鎖を認識するタンパク質群である。レクチンは特異性をもって糖鎖に結合し、その結合は細胞内での新生糖タンパク質の品質管理、細胞外における細胞間接着、細胞の移動など様々な生命現象に関与する。したがってレクチンが関与する生命現象を理解するために、レクチンの糖結合特異性を明らかにしなければならない。

ヒトゲノムが解読され、既知のレクチンとの相同性から、糖結合活性を有するタンパク質(新規レクチン)は数多く存在すると推定されており、新規レクチンをスクリーニングするための簡便な方法が求められている。そこで本研究では新規レクチンをスクリーニングするための簡便なレクチン-糖鎖間相互作用解析方法を確立し、それを利用してレクチンの糖結合特異性を決定することを目的とした。

【細胞表面糖鎖と多価にしたレクチンを用いる相互作用解析方法】

序論

多量体化したレクチンをプローブとして、細胞表面糖鎖をリガンドとする相互作用解析方法を確立した。細胞表面には様々な糖鎖が発現しており、細胞表面糖鎖は培養細胞株間で異なっている。そこで、様々な細胞株を糖鎖リガンドに利用しようと考えた。この方法では、細胞表面糖鎖を利用することで糖鎖リガンド調製の手間を省くことができ、糖鎖が細胞表面に複数あるため、レクチンを多価にすることによって見かけ上、糖鎖への親和性を上げることができる。リガンドとしてある特定の糖鎖構造を持っている糖鎖合成不全細胞株を利用することもできる。さらに、糖鎖合成阻害剤で細胞表面糖鎖を改変することもできる。

結果および考察

高マンノース型糖鎖特異的レクチンVIP36をモデルにして、細胞表面糖鎖と多価にしたレクチンを用いるレクチン-糖鎖間相互作用解析方法の有効性を検討した。大腸菌発現系で作製した可溶型VIP36組換えタンパク質(sVIP36)をフィコエリスリン(PE)標識streptavidin (SA-PE)を介して多量体にし、糖鎖合成阻害剤deoxymannojirimycin (DMJ)、kifnensine(KIF)、swainsonine(SW)で処理したヒト子宮頸癌由来細胞株HeLaS3との結合をフローサイトメトリーによって解析した。図1に示すようにDMJ、KIFで細胞を処理すると、N-結合型糖鎖のプロセッシングは高マンノース型で停止する(図1)。一方、SWで細胞を処理するとN-結合型糖鎖のプロセッシングは混成型で停止する(図1)。

VIP36-SA-PEとDMJ処理したHeLaS3細胞との結合をフローサイトメトリーで解析した(図2)。その結果、VIP36-SA-PEはDMJ、KIF処理した細胞にCa2+の存在下で結合し、薬剤処理していない細胞やSW処理した細胞には結合しなかった(図2A)。このことから、VIP36-SA-PEはDMJ、KIF処理によって細胞表面における発現が増加した高マンノース型糖鎖に結合し、その結合はCa2+依存的であることが示唆された。

次に、VIP36-SA-PEとDMJ処理した細胞との結合が高マンノース型糖鎖を介していることを証明するために、高マンノース型糖鎖を切断する酵素endo-β-N-acetylglucosaminidase H (Endo H)で処理した細胞とVIP36-SA-PEとの結合を調べた。その結果、VIP36-SA-PEはEndo H処理した細胞にほとんど結合しなかった(図2B)。このことから、VIP36-SA-PEは細胞表面の高マンノース型糖鎖に結合していることが強く示唆された。以上の実験から、細胞表面糖鎖と多価にしたレクチンを用いる方法によってレクチン-糖鎖間相互作用を検出できることが明らかになった。

この実験系を利用してVIP36-SA-PEとDMJ処理した細胞との結合がどのような高マンノース型糖鎖で阻害されるかを調べた。そのためにいくつかの高マンノース型糖鎖誘導体を用意した(図3A)。結合阻害実験の結果、VIP36-SA-PEとDMJ処理した細胞との結合は、グルコシル化された高マンノース型糖鎖よりも脱グルコシル化した高マンノース型糖鎖により強く阻害された(図3B)。マンノースの数の違いは阻害の強さにあまり影響しなかった。このことから、VIP36はグルコースの有無を識別し、脱グルコシル化した高マンノース型糖鎖により強く結合することが示唆された。

結論

本研究では、細胞内レクチンVIP36をモデルとして細胞表面糖鎖と多価にしたレクチンを用いるレクチン-糖鎖間相互作用解析方法を確立し、それまで不明であったVIP36の詳細な糖結合特異性を決定した。

【レポーターアッセイを用いる相互作用解析方法】

序論

細胞表面にレクチン分子を発現したレポーター細胞を用いるレポーターアッセイを確立し(図4)、新規レクチンの同定を試みた。細胞表面のレクチンが多価の糖鎖リガンドと結合し、架橋されると、レポーター分子のCD3ζ領域にあるimmunoreceptor tyrosine-based activation motif(ITAM)がリン酸化され、シグナルが伝達される。シグナルは最終的にβ-ガラクトシダーゼの産生を誘導するため、レポーター細胞を糖鎖リガンドと共培養後にβ-ガラクトシダーゼ活性を測定することでレクチンと糖鎖との結合を検出することができる(図4B)。レポーターアッセイを利用する方法は組換えタンパク質の精製が不要であり、複数のレクチン候補遺伝子を一度にスクリーニングできる。

結果および考察

マンノース(Man)、フコース(Fuc)特異的レクチンDectin-2をモデルレクチンとしてレポーターアッセイの有効性を検討した。Dectin-2発現レポーター細胞を樹立し、様々な糖鎖リガンドを用いてレポーターアッセイを行った。多価の糖鎖リガンドである単糖-ポリアクリルアミドを用いたレポーターアッセイの結果、Dectin-2レポーター細胞は多価の糖鎖リガンドであるMan、Fucに反応し、Gal、Glcなど他の単糖には反応しなかった。また、DMJ処理したCHO-K1細胞に反応した。これらの結果からレポーターアッセイによって、レクチン-糖鎖間相互作用が検出できることがわかった。

レポーターアッセイを用いて新規レクチンの同定を試みた。レクチン候補分子としてLCCLドメインを持つタンパク質に注目した。LCCLドメインはリポ多糖(LPS)結合タンパク質であるカブトガニの生体防御因子factor Cに見いだされるドメインである。ヒトゲノム上にはLCCLドメインを持つ遺伝子は6個ある。LCCLドメインを持つタンパク質を発現するレポーター細胞を樹立し、様々な糖鎖リガンドを用いてレポーターアッセイを行った。レクチン候補分子の一つCochlinは細胞外マトリックスの構成成分であることが報告されていた。そこで、他の構成成分に結合するかを調べた結果、Cochlin発現レポーター細胞はグリコサミノグリカン(GAG)をBSAに結合させた人口糖タンパク質GAG-BSAに反応した。そこで他の分子に関して、GAG-BSAをリガンドにしたレポーターアッセイを行った。その結果Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2発現レポーター細胞はいくつかのGAGに反応し、DCBLD1、DCBLD2発現レポーター細胞は反応しなかった(表1)。このことから、LCCLドメインを持つ分子の一部がGAGに結合することが示唆された。

レポーターアッセイの結果が正しいことを既存のレクチン-糖鎖間相互作用解析方法によって確認するために、Cochlin、Vitrin、CRISPLD2のヒトIgG-Fcとの融合タンパク質を作製し、プレートに固相化したGAGとの結合を解析した。その結果、Cochlin、Vitrin、CRISPLD2-Fc融合タンパク質はいくつかのGAGに結合した。結合特異性はレポーターアッセイと同じ傾向であった(表1)。以上の結果から、Cochlin、Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2はGAGに結合することが明らかになった。

糖結合特異性に関しては、Cochlin、Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2とGAGとの結合にはGAGの硫酸化が必須であること、Cochlin、Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2はデルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリンに共通する構成単糖であるイズロン酸を好んで認識することが示唆された。

結論

本研究では、Dectin-2をモデルとしてレポーターアッセイを用いたレクチン-糖鎖間相互作用解析方法を確立し、新規レクチンの同定を試みた。その結果、レポーターアッセイを利用してLCCLドメインを持つタンパク質の一部がGAGに結合することを明らかにした。

【おわりに】

本研究では、新規レクチンをスクリーニングするための簡便な方法を二つ確立し、それらを用いてレクチンの糖結合特異性を決定した。今後、本研究で確立したレクチン-糖鎖間相互作用解析方法によって新規レクチンが同定され、糖結合特異性が決定されることが期待される。

新規レクチンの糖結合特異性を明らかにすることで糖結合特異性に注目したレクチンの機能解析を行うことができる。糖に結合できない変異体を発現させた場合、またはリガンドである糖鎖構造をなくした場合の表現型を解析することで、レクチンの機能、さらには糖鎖が関与する生命現象をより深く理解することができるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はレクチン-糖鎖間相互作用の新しい解析法に関する論文であり、第一章は細胞表面糖鎖と多価にした組換え体レクチンを用いる相互作用解析方法、第二章はレポーターアッセイを用いる相互作用解析方法について記述されている。特定の糖鎖構造を認識するレクチンは、細胞外における細胞間接着や細胞の移動など、さまざまな生命現象に関与する。ヒトゲノム情報によると、生体内には300を超えるレクチン分子が存在すると推定されるが、その多くは機能が明らかにされていない。これらレクチンが関与する生命現象を理解するためには、新規レクチンの糖結合特異性を明らかにすることが必須であることから、簡便なレクチン-糖鎖間相互作用解析方法を確立し、それを利用してレクチンの糖結合特異性を明らかにすることを本研究の目的とした。

1. 細胞表面糖鎖と多価にしたレクチンを用いる相互作用解析方法

河崎は細胞表面には多様な糖鎖が発現していること、また、糖鎖合成阻害剤(デオキシマンノジリマイシン、キフネンシン、スワインソニン)や糖加水分解酵素を用いて細胞表面糖鎖を改変できることに着目した。さらに、特定の糖鎖構造を持っている糖鎖合成不全細胞株(CHO細胞Lec1, 2, 8株)を利用することもでき、糖鎖の精製を行うことなく、容易に未知のリガンド糖鎖を明らかにすることができる。一方、レクチンは、大腸菌発現系で可溶性の組換え体として発現させ、ビオチン化配列を付加して酵素的にビオチン化を行った。これらをR-フィコエリスリン(PE)標識ストレプトアビジン(SA-PE)と混合し4量体にし、細胞表面糖鎖への結合をサイトフローメトリーで定量する方法を用いた。詳細な糖結合特異性を決定するために、種々の糖鎖を外から加えることにより、レクチン-SA-PEの細胞への結合阻害能を比較検討した。これらの実験方法は、細胞内で糖タンパク質を輸送するレセプターVIP36を一つの例として示したが、この分子は植物レクチンに比べて糖結合活性が弱く、従来用いられていたさまざまな解析法ではことごとく解析が不可能であった。これらの手法を克服し解析を可能にした点で、画期的な成果として評価できる。

2. レポーターアッセイを用いる相互作用解析方法

第二の手法として、細胞表面にレクチン分子を発現したレポーター細胞を用いるレポーターアッセイを確立した。河崎は、レクチン分子の糖結合ドメインを、CD8αの膜貫通ドメイン、おおびCD3ζの細胞質ドメインをつないだキメラ分子として発現させる系を考案した。この手法は、細胞表面にレクチン分子を提示することができる他に、細胞質内にT細胞レセプターのシグナル伝達モジュールCD3ζを持つことから、IL-2プロモーターの下流にβガラクトシダーゼ遺伝子を組み込んだレポーター細胞を用いることにより、レクチン分子の糖結合活性をβガラクトシダーゼ活性で定量化できる。他に、組換え体タンパク質の精製が不要であり、複数のレクチン候補遺伝子を一度にスクリーニングする際に適している。実際の解析例として、LCCLドメインを持つ複数のレクチン候補分子に注目した。LCCLドメインはリポ多糖(LPS)結合タンパク質であるカブトガニの生体防御因子factor Cに見いだされるドメインであり、ヒトにはLCCLドメインを持つ分子が6種類存在する。そこで、これらLCCLドメインを持つ分子を細胞表面に発現するレポーター細胞を樹立し、さまざまな糖鎖リガンドを用いてレポーターアッセイを行った。Cochlinレポーター細胞はグリコサミノグリカン(GAG)をBSAに結合させた人口糖タンパク質GAG-BSAに反応した。Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2発現レポーター細胞はいくつかのGAGに反応し、DCBLD1、DCBLD2発現レポーター細胞はGAGとは反応しなかった。また糖結合特異性に関しては、Cochlin、Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2とGAGとの結合にはGAGの硫酸基が必須であること、Cochlin、Vitrin、CRISPLD1、CRISPLD2はデルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、ヘパリンに共通する構成糖であるイズロン酸を好んで認識することが示された。

以上、本研究では、新規レクチンをスクリーニングするための簡便な二つの手法を確立し、それらの有効性を明らかにした。前半の手法を用いた成果は、既に二つの論文として公表されており、高い評価を得ている。また、後半の手法は、レクチン解析のプロジェクトの標準法として大きな期待が寄せられている。これらをまとめた本論文は、論文提出者が単独で行った独創的な研究であり、また、糖鎖生物学における重要な知見を提言するものである。従って、博士(生命科学)の学位を授与するに値するものと判断される。

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