学位論文要旨



No 123896
著者(漢字) 名和,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ナワ,ダイスケ
標題(和) Galα/β1-4Gal構造の発現に関する鳥類種間での比較研究
標題(洋)
報告番号 123896
報告番号 甲23896
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第362号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
 東京大学 准教授 河村,正二
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

序論

糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンなどの形で生体内に発現する糖鎖は、生物種間で保存されている糖鎖と種選択的に発現する糖鎖に分けることが出来る。種間で保存されている糖鎖に関しては、生体内で機能的に働くことが予想され、実際に内在性の受容体によって認識されることで機能的に働く例が数多く報告されている。一方、種選択的に発現する糖鎖については、生物界でどのようなものが存在するのか、生体内で機能的に働くのか、特定の糖鎖構造を認識する微生物やウイルスから逃れるために進化的に変化し形成されたのか、などが解決すべき課題となっている。また、これまでに糖鎖構造については、ヒトやマウスを中心とした哺乳類においては様々な知見が得られている一方、哺乳類と同じく新世代に繁栄してきた鳥類においてはあまり研究が進んでいない。しかしながら種選択的な糖鎖の発現分布や生物学的意義を解明するためには哺乳類に留まらない研究が必要であり、私はハト由来のアスパラギン結合型(N型)糖鎖上に存在するGalα1-4GalおよびGalα1-4Galという糖鎖構造に着目した。Galα1-4Galは、様々な鳥類において卵白の糖タンパク質上に発現することが明らかとされている。一方Galα1-4Galは、ハトIgGの他、アナツバメやメダカ、ゼブラフィッシュの糖タンパク質上に検出されているが、この構造に対する抗体がこれまでに作製されておらず、生物界での分布は不明である。

Galα1-4Galおよび Galα1-4Galの糖鎖構造は、それぞれα1,4-Gal転移酵素 (α4GalT(Gal))とβ1,4-Gal転移酵素 (α4GalT(Gal))の作用により生成される(図1)。しかし、これまでにこれらの酵素に関する研究は報告されていない。種選択的に発現する糖鎖が生成される仕組みとその発現分布を明らかとするためには、糖転移酵素と糖鎖構造という二つの視点で分析する必要がある。そこで私は鳥類においてGalα/β1-4Galを含む糖鎖の発現分布を系統樹と照らし合わせて解析するという目的の下に、(1)酵素活性測定法、(2)特異的抗体を用いた検出法、という2つの手法を確立し、(3)α/β4GalT(Gal)の酵素活性、(4)Galα/β1-4Galの発現分布、について鳥類の種間での比較分析を行った。

結果および考察

(1)α4GalT(Gal)およびβ4GalT(Gal)の活性測定法の確立

ハトではGalα1-4GalおよびGalβ1-4Galの構造を含むN型糖鎖が同定されているが、これらの構造を作る糖転移酵素であるGalT(Gal)については調べられていない。そこでまず、ハトの肝臓抽出物を用いてGalT(Gal)の酵素活性を測定した。基質の糖鎖としては、非還元末端の糖鎖構造がGalβ1-4GlcNAcとなっている複合型2本鎖糖鎖を用いた。2-アミノピリジン (PA) により蛍光標識した基質糖鎖(図2)に対してハト肝臓抽出物を1% TritonX-100, 100 mM HEPES, pH 7.5, 20 mM MnCl2, 20 mM UDP-Galの条件下で作用させた後、生成物をAmideカラム (順相) およびODSカラム (逆相) を用いて分離した(図2)。構造決定は、生成物の糖鎖を糖分解酵素により逐次分解しながら、その溶出位置を既知の糖鎖と比較することで行った。この結果、13種類の生成物についてその構造を同定し、α/β4GalT(Gal)の作用により非還元末端に、Galα1-4Galβ1-4GlcNAc、Galβ1-4Galβ1-4GlcNAc、およびGalα1-4Galβ1-4Galβ1-4GlcNAc配列が生成されることが明らかとなった。また、順相と逆相のHPLCを組み合わせてα4GalT(Gal)およびβ4GalT(Gal)の生成物を分離し同定することで、これらの酵素活性を同時に測定することが可能となった。

(2)抗Galβ1-4Gal抗体の作製とその特異性解析

糖鎖構造の発現分布を調査する際、その構造を認識する特異的抗体を用いて検出する手法は簡便である。しかし、Galβ1-4Galに対する抗体を作製したという報告は無いため、私はGalβ1-4Galの糖鎖構造を持つことが知られているメダカの卵を免疫原としてモノクローナル抗体の作製を行った。メダカの卵のフェノール抽出物をマウスの腹腔に免疫した後、脾臓細胞とミエローマ細胞を融合させた。Galβ1-4Galβ1-4Glcを還元アミノ化法によりBSAに固定化し、これを用いてELISAによりスクリーニングを行った結果、抗Galβ1-4Gal抗体を産生するハイブリドーマを4種類得た(IgG1 : 27と68、IgM : 44と67)。それぞれの培養上清から抗体を精製した後、Galβ1-4GalをN型糖鎖に持つ糖タンパク質(ハトIgG)に対して結合することを確認した。

次に、これらの抗体の詳細な特異性をfrontal affinity chromatography (FAC)という手法によって解析した。その結果、それぞれの抗体がGalα1-4Gal、Galα1-4Galβ1-4GlcNAc、Galα1-4Galβ1-4Galβ1-4GlcNAc、Galβ1-4GlcNAc、GalNAcβ1-4Galβ1-4Glc、Galβ1-3Galβ1-4Glc、Galβ1-6Manなどの糖鎖とは結合せず、Galβ1-4Galを非還元末端部位に持つ糖鎖に対してのみ特異的に結合することが明らかとなった。

(3)ニワトリ、ダチョウ、ハトの組織におけるα/β4GalT(Gal)の活性測定およびGalα/β1-4Galの発現分布の解析

現生鳥類はダチョウ小綱、キジカモ小綱、および新顎下綱(キジカモ小綱を含まない)という三つの分岐群に分類されている。私は、各分岐群の代表としてダチョウ、ニワトリ、およびハトを選択し、それぞれの組織におけるα/β4GalT(Gal)の酵素活性を測定した。まず、各組織からミクロソーム画分を調製し、1% TritonX-100を用いてタンパク質を抽出した後、PA化された基質に対して最終濃度が1 mg/mlのミクロソーム画分を1% TritonX-100, 100 mM HEPES, pH 7.5, 20 mM MnCl2, 20 mM UDP-Galの条件で作用させた。生成物の構造を上述のHPLC法を用いて同定し、α/βGalT(Gal)の酵素活性を生成物の蛍光強度から算出した。解析の結果、ハトにはα4GalT(Gal)およびβ4GalT(Gal)の活性が、ダチョウではβ4GalT(Gal)のみの活性が検出されたのに対し(図3)、ニワトリでは両酵素の活性とも検出されなかった。一方、Galβ1-4GlcNAcを生成するβ4GalT(GlcNAc)は3種全てで活性が検出された。このことから鳥類においては、GalT(Gal)の発現パターンが少なくとも3種類存在することが明らかとなった(図4)。また、それぞれの酵素が全身に広く分布しているという特徴はハトとダチョウにおいて変わらなかった。

次に、組織の糖鎖構造を抗体/レクチン染色により調査した。各組織から抽出した糖タンパク質をGalα1-4Galに対する抗体(anti-P1)、Galβ1-4Galに対する抗体(68)および、GalT(Gal)の基質であるGalβ1-4GlcNAc に結合する植物レクチン(Erythrina cristagalli lectin, ECA)を用いてウエスタンブロッティング法により染色した(図4)。ハトでは一部の組織でしかGalβ1-4Galが検出されなかったが、これはα4GalT(Gal)の作用によりGalα1-4Galβ1-4Galの構造が生成され、68抗体が認識出来なくなっていることが考えられる。これらの結果から、ハトにおいてはGalβ1-4Gal、ダチョウにおいてはGalβ1-4Galが糖鎖の非還元末端部位に存在していること、それらの発現はα/β4GalT(Gal)の活性の有無と相関していることが示された。また、Galα/β1-4Galは特定の組織やタンパク質に限定されず、全身に発現することが明らかとなった。

(4)鳥類におけるGalβ1-4Galの発現分布の解析

Galα1-4Galに関しては、ダチョウ小綱とキジカモ小綱には存在しないが、新顎下綱に分類される鳥類の大部分はGalα1-4Galを持つことが明らかとなっている。一方でGalα1-4Galに関してはその発現分布は未知であった。前項(3)の研究により、ダチョウ小綱に属するダチョウ、および新顎下綱に属するハトにおいてはGalβ1-4Gal、およびこの構造を作るα4GalT(Gal)の発現が検出された一方、キジカモ小綱に属するニワトリにおいてはどちらも検出されなかった。そこで私は、ニワトリと系統的に近縁な種がGalβ1-4Galを発現するかを特に明らかとするために、図5に示すようにキジカモ小綱を中心とした数種類の鳥類の卵を収集した。卵黄に含まれるIgGを精製した後、ウエスタンブロッティングによってGalα/β1-4Galの存在の有無を調べた。Galα1-4GalはハトのIgGでのみ検出され、これまでの知見と一致した。Galβ1-4Galは、ダチョウ、エミュー、クジャク、ホロホロチョウ、アヒル、シチメンチョウのIgGで検出された。また、ハトIgGに関しては、抗Galα1-4Gal抗体で染色されたのでα-galactosidase処理を行ったところ、Galβ1-4Galが検出された。一方、ニワトリとウズラは抗Galβ1-4Gal抗体および抗Galβ1-4Gal抗体によって染色されなかった。この結果は、ニワトリでは、α4GalT(Gal)およびα4GalT(Gal)の活性が検出されなかったという前項(3)の実験結果と一致する。ウズラに関しては、組織におけるα4GalT(Gal)の活性およびGalβ1-4Galの発現を調査中である。

今回調査したGalβ/β1-4Galの発現分布をまとめると、図5のようになる。また、ハト以外にも新顎下綱に属するアナツバメについて、糖タンパク質上にGalβ1-4Galが存在することが報告されている。ダチョウ小綱、キジカモ小綱、新顎下綱においてそれぞれGalβ1-4Galを持つ種が存在することから、現生鳥類の共通祖先がGalβ1-4Galを発現していた可能性が高い。もしそうであれば、ニワトリは進化の過程でGalβ1-4Galを発現しなくなった、すなわちβ4GalT(Gal)の遺伝子が何らかの理由で不活性化されたと考えられる。非還元末端部位の糖鎖は内在性の受容体もしくは微生物やウイルスの持つ受容体によって認識されやすく、これらは個体の生存に大きく影響を与えると考えられる。調査したほとんどの鳥類がGalβ1-4Gal構造を持つことは、それぞれの種が進化の過程でβ4GalT(Gal)遺伝子を保存し続けたことを意味し、Galβ1-4Galを喪失することが多くの鳥類にとって個体の生存に不利に働いてきた可能性がある。

結論

本研究により、鳥類の多くの種においてGalβ1-4Galが発現することが明らかとなった。これらの結果から、モデル生物として使用されてきたニワトリがGalβ1-4Galの発現という観点からは鳥類の中で実は少数派であることが示唆された。Galα1-4Galの鳥類での発現分布を合わせて考えると、現生鳥類の大部分は非還元末端部位にGalα1-4GalもしくはGalα1-4Galを持ち、哺乳類とは異なる糖鎖構造を形成している、という新しい認識が得られる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、第一章はαGalactose転移酵素(α4GalT(Gal))およびβGalactose転移酵素(β4GalT(Gal))活性測定法の確立、第二章は抗Galβ1-4Gal抗体の作成とその特異性解析、第三章はニワトリ、ダチョウ、ハト組織における2つの糖転移酵素活性測定と発現分布、最後に鳥類種間におけるGalβ1-4Galの発現分布解析について記述されている。生体内に発現する糖鎖は、生物種間で保存されている糖鎖と種特異的に発現する糖鎖に分類できるが、種特異的に発現する糖鎖に関しては、それらの有無、生体内での機能、特に微生物やウイルスなどの選択圧による進化、などの観点から興味が持たれている。名和は、鳥類においてGalα/β1-4Galを含む糖鎖の発現分布を系統樹と照らし合わせて解析するために、酵素活性測定法、特異的抗体を用いた糖鎖検出法、という2つの手法を確立し、α/β4GalT(Gal)の酵素活性、Galα/β1-4Galの発現分布について、鳥類の種間での比較分析を行った。

1. α4GalT(Gal)およびβ4GalT(Gal)の活性測定法の確立

Galβ1-4GlcNAcを非還元末端にもつ複合型2本鎖糖鎖を蛍光標識することにより感度を高め、AmideおよびODSカラムの二次元マッピングを行うことにより、構造的に類似の反応生成物を分離する系を確立した。すなわち、反応後の生成糖鎖を糖加水分解酵素により逐次分解することにより、その溶出位置を既知の糖鎖と比較した。この結果、13種類の生成物についてその構造を同定し、これらの酵素活性を同時に測定することを可能にした。

2. 抗Galβ1-4Gal抗体の作製とその特異性解析

糖鎖構造の発現分布を調べる際に、その構造を特異的に認識する抗体を用いる手法は簡便である。名和はメダカの卵のフェノール抽出物をマウスに免疫し、脾臓細胞とミエローマ細胞を融合させ、抗Galβ1-4Gal抗体を産生するハイブリドーマ4種類を得た。これらの抗体は、Galβ1-4Galを非還元末端部位に持つ糖鎖に対してのみ特異的に結合することをフロンタルアフィニティクロマトグラフィーで明らかにした。

3. ニワトリ、ダチョウ、ハトの組織におけるα/β4GalT(Gal)活性測定およびGalα/β1-4Galの発現分布解析

三つの分岐群に分類される現生鳥類から、各分岐群の代表としてダチョウ、ニワトリ、およびハトを選択し、それぞれの組織におけるα/β4GalT(Gal)の酵素活性を測定した結果、ハトにはα4GalT(Gal)およびβ4GalT(Gal)の活性が、ダチョウではβ4GalT(Gal)のみの活性が検出されたのに対し、ニワトリではいずれの酵素活性も検出されなかった。一方、β4GalT(GlcNAc)は3種全てで活性が検出された。このことから鳥類においては、GalT(Gal)の発現パターンが少なくとも3種類存在することが明らかとなった。

4. 鳥類におけるGalβ1-4Galの発現分布の解析

Galα1-4Galに関しては、ダチョウ小綱とキジカモ小綱には存在しないが、新顎下綱に分類される鳥類の大部分はGalα1-4Galを持つことが明らかとなっている。しかし、キジカモ小綱に属するニワトリにおいてはα/β4GalT(Gal)のいずれもが検出されなかった。そこで、ニワトリと系統的に近縁な種がGalβ1-4Galを発現するか否かを明らかとするために、キジカモ小綱を中心とした9種類のトリで酵素活性の測定を行った。その結果、Galβ1-4Galがウズラでは検出されたものの、ニワトリ、およびコジュケイでは検出されなかった。このことから、ニワトリやコジュケイの家禽化された鳥は進化の過程でβ4GalT(Gal)の遺伝子が不活性化されたと考えられる。調査したほとんどの鳥類がGalβ1-4Gal構造を持つことは、それぞれの種が進化の過程でβ4GalT(Gal)遺伝子を保存し続けたことを意味し、Galβ1-4Galを喪失することが多くの鳥類の生存に不利に働いてきた可能性が示唆された。

以上、本研究により、鳥類の多くの種においてGalβ1-4Galが発現していることが明らかとなった。また少数派のニワトリとコジュケイにおいて、Galα1-4GalおよびGalβ1-4Galのいずれも発現していないという家禽化の影響が認められた。Galα1-4Galの鳥類での広範な発現分布を合わせて考えると、現生鳥類の大部分は非還元末端部位にGalα1-4GalもしくはGalβ1-4Galを持ち、哺乳類とは異なる糖鎖構造を形成している、という新しい認識が得られた。これらの知見は、糖鎖という視点から進化を捉え、新しい知見を提言するものである。従って、博士(生命科学)の学位を授与するに値するものと判断される。

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