学位論文要旨



No 123897
著者(漢字) 吉山,拓志
著者(英字)
著者(カナ) ヨシヤマ,タクジ
標題(和) 動物のステロイドホルモン生合成に関与する新規Rieske型酸化酵素Neverlandに関する研究
標題(洋)
報告番号 123897
報告番号 甲23897
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第363号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 客員教授 野田,博明
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
 東京大学 准教授 東原,和成
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

ステロイドホルモンは、多細胞生物の細胞分化や増殖、生体内の恒常性の維持、性の分化と行動など、多彩な生命現象を制御する必須の作用分子である。ステロイドホルモンは、コレステロールを原料として、それぞれの内分泌器官に特有の酵素を介して合成される。そのため、ステロイドホルモンの作用機構を理解する上では、内分泌器官におけるステロイドホルモン生合成の制御機構についての理解が不可欠である。これまでのステロイドホルモン生合成に関する研究は脊椎動物を中心に進められ、多くのステロイドホルモン生合成酵素の分子的実体が明らかにされてきた。しかしながら、複雑な脊椎動物のシステムにおいては、それらの酵素の遺伝的な発現制御機構や相互作用について、詳しい知見を得ることが困難である。

本研究では、ステロイドホルモン生合成の分子機構とその生体内における役割を理解するために、脱皮と変態という明確な発育段階の指標を持ち、かつ遺伝学的な解析が容易な昆虫をモデル生物として用いた。昆虫のステロイドホルモンであるエクジソンは、前胸腺において合成され、胚発生や幼虫脱皮および変態の進行を厳密に制御している。前胸腺におけるエクジソン生合成経路については、個体サイズが大きく生化学的な解析が容易な鱗翅目を用いた研究により、その詳細が明らかにされている。また近年、ショウジョウバエ変異体の解析により、前胸腺におけるエクジソン生合成に関与するいくつかの遺伝子が報告されている。しかしながら、ショウジョウバエの前胸腺は非常に小さく、なおかつ他の組織と癒合しているために、局所的な発現を指標とした逆遺伝学的な解析はなされてこなかった。一方で、近年の分子生物学の進歩により、鱗翅目昆虫であるカイコの遺伝子情報も整備されつつある。そこで本研究では、カイコを用いた逆遺伝学な手法と、ショウジョウバエを用いた分子遺伝学的な手法を組み合わせることによって、エクジソン生合成に関与する新規遺伝子の同定と機能解析を目指した。

【本論】

1.新規Rieske型酸化酵素Neverlandの同定

エクジソン生合成に関与する遺伝子の一部は、体液中のエクジソン量の変動に沿って発現量が変動する。そこで、エクジソン生合成に関与する遺伝子の探索にあたり、前胸腺で発現し、かつその発現量が発育段階に沿って変化する遺伝子に着目した。約6,000個のカイコESTクローンがスポットされたDNAマイクロアレイを用いて、カイコ前胸腺における遺伝子発現量をエクジソン分泌活性が低い時期(5齢1日目)と高い時期(5齢ワンダリング行動2日目)とで比較した。その結果、低い時期と比較して高い時期に発現量が3倍以上増加する遺伝子を35個見出した。続いて、これらの遺伝子について逆転写PCRによってカイコにおける組織別発現分布を調べたところ、前胸腺で最も高い発現量を示す遺伝子を6個見出した。5'RACE法によって、prgv0240、prgv0649、prgv0253およびprgv0382の4遺伝子のcDNA全長を決定した。

そのうちの一つprgv0382 [以下、この遺伝子をneverland(nvd)と呼ぶ] は453残基からなるタンパク質をコードしており、原核生物のRieske型オキシゲナーゼに属する遺伝子の一部と高い相同性を示した。BLAST検索の結果、Nvd相同分子は原生動物、節足動物、棘皮動物、脊椎動物のうちの魚類、両生類、鳥類を含む動物界に広く保存されていることが判明した。原核生物のRieske型オキシゲナーゼは多様な基質特異性を示し、一般的に外来性のステロイドや芳香族化合物の異化に関与することが知られている。そのため、動物の発生や個体維持において、Nvdが何らかの酸化還元酵素として働く可能性が示唆された。

2.ショウジョウバエ個体を用いたneverland の機能解析

カイコNvd予測アミノ酸配列を元にショウジョウバエゲノムに対するBLAST検索を行い、ショウジョウバエnvdは第3染色体へテロクロマチン上に位置し、6つのエキソンから構成される全長76Kbの遺伝子であることを明らかにした。

nvdの発現パターンをin situ RNAハイブリダイゼーション法によって調べたところ、胚発生期および幼虫期のいずれにおいても、エクジソン生合成器官である前胸腺細胞で特異的に発現していた。さらに、定量的PCRによって前胸腺細胞における発育段階に沿った発現量の変動を調べたところ、エクジソン分泌活性に沿って発現量が変動していることが判明した。

続いて、生体内におけるnvdの機能に迫る目的で、GAL4/UAS系を利用してnvdに対するRNAiを誘導した。その結果、前胸腺以外の組織でnvdのRNAiを誘導させた個体は正常に羽化したが、前胸腺においてRNAiを誘導した個体は、脱皮できずに1齢幼虫のまま致死となった。このことは、前胸腺におけるnvdの発現が個体発育に必須であることを示している。最近、カナダのグループの研究によって、1齢致死となるnvd欠損突然変異株が同定された。そこで、欠失突然変異株の前胸腺特異的にnvdトランスジーンを発現させたところ、表現型が回復し成虫まで発育が進んだ。以上の結果は、nvdの前胸腺における発現が、ショウジョウバエ個体の正常な発育にとって必要かつ十分であることを示している。

次に、nvdのエクジソン生合成における役割を検討した。nvd RNAi個体内のエクジソン量をラジオイムノアッセイによって定量したところ、正常個体と比較して有意に低下していた。これらの表現型は、20-ヒドロキシエクジソンや、エクジソン生合成の前駆体である7-デヒドロコレステロールの摂食により回復したが、コレステロールでは回復しなかった。以上の結果は、nvdがショウジョウバエのエクジソン生合成においてコレステロールから7-デヒドロコレステロールへの変換に関与することを強く示唆している。

3. S2細胞を用いたNeverlandの機能解析

これまでのエクジソン生合成に関与するP450オキシゲナーゼの研究では、ショウジョウバエ由来の培養細胞S2細胞を利用した発現系により酵素活性が同定されてきた。そこで、P450と同じく酸化還元酵素であることが予想されるNvdの分子機構に迫る目的で、S2細胞系を用いてその酵素活性を調べた。Nvdとコレステロールを共培養すると、濃度依存的かつ時間依存的な代謝産物の生成が見られた。分取した代謝産物のヒドラゾン誘導体をESI-MS/MS法によって分析したところ、代謝産物は7-デヒドロコレステロールであることが示された。以上の結果は、Nvdがコレステロールを7-デヒドロコレステロールへと変換する活性を持つことを示している。また、ショウジョウバエ、線虫およびゼブラフィッシュNvdもコレステロールの7-デヒドロコレステロールへの変換活性を持っていたことから、Nvdの活性が進化的に保存されていることが示唆される。

原核生物のRieske型オキシゲナーゼは、Rieske [2Fe-2S] クラスター領域と非ヘム鉄結合領域を持っており、これらの領域では、進化的に保存された極性アミノ酸が酵素活性の発揮に重要な役割を果たしている。そこで、Nvdにおける保存領域の役割に迫る目的で、これらの領域に点変異を導入したコンストラクトの酵素活性を調べた。その結果、いずれの領域に点変異を導入したコンストラクトも、酵素活性が消失していた。このことは、Nvdのコレステロール7,8-デヒドロゲナーゼ活性の発揮には、Rieske [2Fe-2S] クラスター領域および非ヘム鉄結合領域の両者が必須であることを示している。

免疫細胞染色によりNvdの細胞内局在を調べたところ、Nvdはミトコンドリアへ局在する膜タンパク質であることが示された。膜貫通部位を欠失させたコンストラクトでは酵素活性が有意に低下していたことから、Nvdの酵素活性の発揮には、ミトコンドリアへの局在が重要であることが示唆される。

【結論】

これまでの研究では、エクジソン生合成の最初の段階であるコレステロールから7-デヒドロコレステロールへの変換は、小胞体に局在するP450オキシゲナーゼによって担われていると予想されていた。本研究で、その変換は真核生物Rieske型酸化酵素に属する新規遺伝子neverlandによって、ミトコンドリアにおいて行われることを明らかにした。neverlandファミリーに属する遺伝子群は、動物界に広く保存されているが、哺乳類では欠落している。本研究の発見は、エクジソン生合成機構の全体像の解明を大きく促進するのみならず、進化的に保存された新規Rieske型酸化酵素のステロイドホルモン生合成への関与を示したことで、動物界におけるステロイド代謝機構の研究に新しい展開をもたらすことが期待される。

我々の研究とときを同じくして、線虫のneverland相同遺伝子daf-36も、ステロイドホルモン生合成および個体の発育タイミングの制御に必要であることが報告された。このことは、neverland/daf-36が、生化学的にも個体発育の面においても、機能的に保存された新規ファミリーであることを意味する。neverlandは、動物界におけるステロイド代謝機構の進化と多様化、さらには発育タイミング調節機構の進化的保存性を考える上で、今後重要な足がかりとなるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章で昆虫の発生を制御する内分泌機構に関する研究の現状や、本研究を行うに至った背景ならびに本研究の目的が述べられている。

第2章では、昆虫前胸腺におけるエクジソン生合成に関与する遺伝子の網羅的な探索と同定の過程について述べられている。カイコDNAマイクロアレイを用いた網羅的な発現解析およびカイコにおける組織別の発現解析により、カイコ前胸腺で特異的に発現する遺伝子を6つ見出した。5'RACE法により、そのうち4つの遺伝子についてタンパク質をコードする読み枠の全長を決定した。本論文では、そのうちの一つであるneverland (nvd) に着目した解析について主に述べられている。アミノ酸配列解析から、nvdは原生動物、節足動物、棘皮動物、脊椎動物のうちの魚類、両生類、鳥類を含む動物界に広く保存された、新規Rieske型酸化酵素であることを明らかにした。

第3章では、ショウジョウバエ個体を用いたnvdの遺伝学的な機能解析について述べられている。in situハイブリダイゼーション法により、ショウジョウバエにおいてnvdは胚期および幼虫期の前胸腺で特異的に発現していることを明らかにした。さらに、定量的RT-PCRによって前胸腺細胞における発育段階に沿った発現量の変動を解析し、エクジソン分泌活性に沿って発現量が変動していることを明らかにした。続いて、遺伝学的な手法によりショウジョウバエの前胸腺細胞におけるnvdのRNAiを誘導し、nvdの機能をノックダウンした際の表現型を解析した。前胸腺におけるnvdの機能をノックダウンさせた個体は、脱皮ができずに1齢幼虫で致死となることを明らかにした。続いて、ラジオイムノアッセイ法によってノックダウン個体において体液中のエクジソン分泌量が低下していることを明らかにし、nvdが前胸腺におけるエクジソン生合成に関与することを示した。さらに、ノックダウン個体の表現型が活性型エクジソンである20-ヒドロキシエクジソンおよびエクジソン生合成経路の前駆体である7-デヒドロコレステロールでは回復するが、コレステロールでは回復しないことを明らかにし、nvdが前胸腺のエクジソン生合成においてコレステロールを7-デヒドロコレステロールに変換する段階に関与することを示した。

第4章では、ショウジョウバエの培養細胞であるS2細胞を用いたNvdの生化学的な機能解析について述べられている。S2細胞を用いたコレステロール代謝活性測定系を確立し、その系を用いてカイコNvdの酵素活性を検証し、培養時間依存的なコレステロール由来の代謝産物の生成が認められることを示した。この代謝産物の誘導体をESI-MS/MS法により分析し、代謝産物が7-デヒドロコレステロールであることを示した。次いで、ショウジョウバエNvd、線虫Nvd (DAF-36)、ゼブラフィッシュNvdも、S2細胞系においてコレステロールを7-デヒドロコレステロールへと変換する活性を持っていることを示し、Nvdのコレステロール代謝活性が動物界に保存されていることを示した。また、Rieske型酸化酵素ファミリーにおいて保存性の高いアミノ酸に点変異を導入したNvd分子の酵素活性を解析し、Rieske型 [2Fe-2S] 領域および非ヘム鉄結合領域のいずれもが酵素活性の発揮に必須であることを示した。

免疫細胞染色によりNvdの細胞内局在を調べ、Nvdはミトコンドリアへ局在することを明らかにした。以上の結果は、前胸腺細胞においてコレステロールから7-デヒドロコレステロールへの変換は、小胞体に局在するP450酸化酵素によって担われているとされる従来の仮説を、覆すものであった。

第5章では、本研究の結論が述べられている。Nvdの作用機序や基質特異性、生理的機能、および本研究の意義について考察されている。

第6章は材料と方法となっている。第6章に続き、謝辞、参考文献となっている。

なお、本論文の一部は共同研究による実験結果も含まれているが、いずれも論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文は、昆虫におけるエクジソン生合成およびコレステロール代謝に関与する新規Rieske型酸化酵素Neverlandの機能を明らかにしたもので、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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