学位論文要旨



No 123898
著者(漢字) 渡邊,賢
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ケン
標題(和) カイコFXPRLアミドペプチドの受容体と前胸腺刺激活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 123898
報告番号 甲23898
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第364号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 客員教授 野田,博明
 東京大学 准教授 東原,和成
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

昆虫の成長や生存、生殖などの重要な生理機能の多くは、ホルモンによって制御されていることが知られている。C末端側 5 残基にFXPRLアミドモチーフを有する FXPRL アミドペプチド (以下 FXPRLaPと表記) と呼ばれるペプチドファミリーは、そのようなホルモンの代表ともいえるものであり、様々な生物活性が、幅広い昆虫種で報告されている。鱗翅目昆虫であるカイコ (Bombyx mori) においてもこのペプチドファミリーは保存されており、これまでに同一の遺伝子 (DH-PBAN 遺伝子) 由来の5種類のカイコ FXPRLaP が報告されている。カイコ FXPRLaP は、卵巣における休眠卵誘導と、フェロモン腺におけるフェロモン生合成の活性化を制御することが明らかとなっている。しかしながら FXPRLaPは、機能が明らかとなっていない幼虫期においても産生されていることなどから、未知の生理機能を有していることが予測されていた。

近年、共同研究者らにより、フェロモン腺と卵巣から2種類の カイコ FXPRLaP 受容体候補遺伝子が同定された。いずれも、FXPRLaP と、哺乳類のペプチドホルモンであるニューロメジン Uの C 末端構造の類似性に基づき、ニューロメジン U 受容体の相同遺伝子を探索することにより同定されたものである。そこで本研究では、これらの受容体候補遺伝子の機能解析、発現解析を端緒に、カイコ FXPRLaP の生理機能のさらなる解明を目指した。

【結果と考察】

1. カイコFXPRLアミドペプチド受容体の機能解析

まず、同定された 2 種類の相同遺伝子が、それぞれ FXPRLaPの受容体をコードしているのか明らかにするため、ヘテロな発現系での受容体の再構成を試みた。ニューロメジンU受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体 (GPCR) であり、今回解析をおこなった 2 種類の相同遺伝子の予想アミノ酸配列も、同様に7つの予想膜貫通領域を有していた。そこで、発現系にはGPCRの再構成実験が数多く報告されている、アフリカツメガエル卵母細胞発現系を用いた。

カイコ蛹の卵巣からクローニングされた遺伝子、カイコ休眠ホルモン受容体遺伝子 (以下 BmDHR) を発現したアフリカツメガエル卵母細胞では、カイコ FXPRLaP のひとつである休眠ホルモン (DH) の投与によって、卵母細胞内在性の Gαq サブユニットとホスホリパーゼ C (PLC) の活性化に伴う Ca2+ 依存性 Cl- チャネルの活性化が観察された。また、他のカイコ FXPRLaP にも応答を示すものの、DH に対する親和性が最も高かった。

カイコガのフェロモン腺からクローニングされたカイコ PBAN 受容体遺伝子 (以下 BmPBANR) は、既に共同研究者らにより、昆虫由来培養細胞 Sf9 の発現系で、カイコFXPRLaP であるフェロモン生合成活性化神経ペプチド (PBAN) の受容体として機能することが報告されていた。今回おこなったアフリカツメガエル卵母細胞発現系においても、BmPBANR 発現卵母細胞の PBAN に対する応答が Ca2+ 依存性 Cl- チャネルの活性化によって確認された。さらに、BmPBANR はBmDHR とは異なり、カイコ FXPRLaP を広く認識することができる受容体であることが明らかになった。

次に、それぞれの受容体の発現パターンを解析することによって、カイコ FXPRLaP の未知の生理機能の解明を試みた。これまで知られているカイコ FXPRLaP の生理機能は蛹期と成虫期におけるものであり、幼虫期における機能は明らかにされていない。そこで、カイコ幼虫の主要な組織における BmDHR、BmPBANR の発現パターンを解析した。その結果、BmDHR、BmPBANR とも幼虫の組織における発現が認められ、カイコ FXPRLaP が新規の機能を有していることを示唆する結果となった。

2. カイコFXPRLアミドペプチドの前胸腺刺激活性の解析

次に、受容体を発現している組織の中から、前胸腺における BmDHR の発現に着目し、さらに解析を進めることにした。前胸腺は、昆虫の脱皮・変態に必須のステロイドホルモンであるエクジソンの産生器官であり、前胸腺刺激ホルモン (PTTH) による正の制御を受けることが知られているが、これまでの知見から PTTH 以外にも正の前胸腺調節因子が存在することが示唆されていた。さらに、PTTH は前胸腺細胞内の PLC を活性化し、エクジソン生合成を促進していることが示唆されていたことから、FXPRLaP が PLC と共役した GPCR である BmDHR を介して正の前胸腺調節因子として機能することが期待された。

まず、終齢幼虫0日目から蛹期0日目までの各発育ステージにおける BmDHR の発現を解析したところ、終齢後期からの BmDHR の発現量の増加が認められた。そこで、BmDHR が強く発現している終齢後期とほとんど発現していない終齢中期の前胸腺をそれぞれ DH 存在下で培養したところ、終齢後期の前胸腺でのみ DH によるエクジソン生合成の促進が確認された。また、BmDHR への親和性と同様に、カイコ FXPRLaP の中では DH の前胸腺刺激活性が最も強かった。これらの結果は、FXPRLaP によるエクジソン生合成の促進が、BmDHR を介していることを強く示唆するものである。

さらに、DH の投与によって、前胸腺細胞内 Ca2+ 濃度の上昇や cAMP の蓄積といった、エクジソン生合成促進に必要とされる細胞内セカンドメッセンジャーの変化も観察された。

以上の結果から、カイコ終齢後期の前胸腺では FXPRLaP によるエクジソン生合成の促進が起こっていることが示唆された。作用強度の大きさから、特に DH が前胸腺刺激因子として生理的に機能している可能性が高いと考えられる。

3. 新規カイコ FXPRL アミドペプチド遺伝子 BmCAPA の解析

過去の知見から、DH-PBAN 遺伝子の発現が確認されている食道下神経節だけではなく、カイコ中枢神経系のそれ以外の神経節においても FXPRLaP が存在することが示唆されていた。そこで、新たなカイコ FXPRLaP 遺伝子の同定を試みた。

全ゲノム情報が解読されているショウジョウバエでは capability と hugin の2種類の FXPRLaP 遺伝子が明らかとなっているが、カイコではどちらの相同遺伝子もこれまで同定されていなかった。未知の FXPRLaP の実体がこれらの相同遺伝子である可能性を考え、近年公開されたカイコゲノムのドラフトシークエンスデータベースを用い、ショウジョウバエ FXPRLaP 遺伝子の相同遺伝子を探索した。その結果、ショウジョウバエ capability の相同領域を有するゲノム断片配列が同定された。この相同領域から RACE 法によって全長cDNA を決定し、カイコの新規FXPRLaP (Bmpyrokinin; BmPK と命名) をコードしていると推定されるカイコ capability 遺伝子の配列 (BmCAPA-A) を得た。この遺伝子には FXPRLaP をコードしないタイプのスプライシングバリアント(BmCAPA-B) が存在していたため、BmCAPA-A のみを検出できるプライマーを用いてカイコの中枢神経系での発現を解析した。その結果、食道下神経節に加え、脳、腹部神経節における BmCAPA-A の発現が明らかになった。さらに免疫組織化学により BmPK の発現細胞を解析したところ、これらの神経節の神経分泌細胞が染色された。また、同時に神経ペプチドの分泌器官での染色も観察されたことから、BmPK がホルモンとして末梢の標的器官に作用していることが示唆された。

次に、BmPK の配列を基に作成した合成ペプチドを用い、BmDHR、BmPBANR に対する親和性をアフリカツメガエル卵母細胞発現系で解析した。その結果、BmPK は BmPBANR に対してほとんど親和性を示さないのに対して、BmDHR に対しては DH とほぼ同様の親和性を示すことが明らかとなった。さらに、この BmDHR への親和性から予想されるように、BmPKは DH と同程度の前胸腺刺激活性を示した。これらの結果から、カイコ終齢後期の前胸腺に対し、BmPK も体液を介したエクジソン生合成の制御をおこなっている可能性が示唆された。

【結論】

2種類のカイコ FXPRLaP 受容体、BmDHR と BmPBANR の解析をおこない、ともに Gαq 共役型GPCR であること、またそれぞれのリガンド特異性が異なることを明らかにした。さらに、各受容体の幼虫組織における発現パターンから、カイコ幼虫の終齢後期の前胸腺では BmDHR が発現しており、この時期の前胸腺では FXPRLaPの受容による BmDHR の活性化に伴い、エクジソン生合成が促進されることが明らかとなった。カイコ FXPRLaP の前胸腺刺激活性の比較から、特に BmDHR に対して強い親和性を示す DH と BmPK が、エクジソン生合成を促進するホルモンとして終齢後期の生体内で機能している可能性が示唆された。これまでの多くの知見により、PTTH 以外にも正の前胸腺調節因子が存在することが指摘されてきた。本研究はカイコにそのような因子が存在することを、受容体を含めて分子レベルで明確に示した初めての報告である。

FXPRLaP は幅広い昆虫種で保存されたペプチドファミリーであるにも関わらず、明らかにされている作用はそれぞれの種に特異的なものが多く、共通した機能は明らかになっていない。今回の知見は、昆虫の共通の生理現象である脱皮・変態への FXPRLaP の関与を示唆するものであり、種を越えた FXPRLaP の機能の解明につながるものとして期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章から構成されており、休眠ホルモン(DH)やフェロモン生合成活1生化神経ペプチド(PBAN)などの、FXPRLアミドペプチド(FXPRLaP)とよばれるペプチドファミリーに属するカイコ神経ペプチドの生理機能や、その作用機序に関する研究の成果が述べられている。

第1章では、論文提出者の共同研究グループによって遺伝子配列が同定され、それぞれカイコDH受容体(BmDHR)、カイコPBAN受容体(BmPBANR)と命名された2種類のカイコFXPRLaP受容体候補遺伝子の機能解析をおこなっている。それぞれの予想アミノ酸配列から、7つの膜貫通領域を有するGタンパク質共役型受容体(GPCR)であることが予想されたことから、これらの受容体候補遺伝子の再構成実、験には、GPCRの機能的発現が多く報告されているアフリカツメガエル卵母細胞発現系を用いている。解析の結果、BmDHR、BmPBANRともに、すべてのカイコFXPRLaPの受容体として機能すること、細胞内のボスホリパーゼCを活性化するタイプであるGαq共役型のGPCRであることを明らかにした。本章ではさらに、カイコ幼虫を用い、BmDHRとBmPBANRが発現している組織を解析している。これまでにカイコFXPRLaPが作用することが知られていた組織以外においてもそれぞれが発現していることを明らかにし、この結果からカイコFXPRLaPが未知の機能を有している可能性を示した。

第2章では、第1章でBmDHRが発現していることが新たに明らかになった、前胸腺とよばれる内分泌器官におけるカイコFXPRLaPの生理機能の解析をおこなっている。前胸腺は、昆虫の脱皮に必須のホルモンであるエクジソンの生合成器官であり、過去の研究により、エクジソンの生合成促進には、ホスホリパーゼCの活性化が必要であることが示唆されていた。そこで論文提出者は、FXPRLaPがGαq共役型GPCRであるBmDHRを介して前胸腺細胞内のボスホリパーゼCを活性化し、エクジソンの生合成促進因子として機能するのではないかと推察し、FXPRLaPの前胸腺刺激活性の解析をおこなった。その結果、FXPRLaPは、終齢後期の前胸腺に対して特異的にエクジソンの生合成を促進する作用を有していること、さらに既知のカイコFXPRLaPの中でも、DHの前胸腺刺激活性が強いことを明らかにした。

第3章では、新規のカイコEXPRLaP遺伝子の同定と、機能解析をおこなっている。カイコではこれまでに、DHとPBANを含む5種類のFXPRLaPが知られていたが、それ以外にもFXPRLaPが存在している可能性が示唆されていた。そこで、論文提出者は未知のカイコFXPRLaPの同定のため、全ゲノム情報が公開されているショウジョウバエのFXPRLaP遺伝子のカイコにおける相同遺伝子の探索をおこなった。その結果、ショウジョウバエFXPRLaP遺伝子capabilityのカイコ相同遺伝子であるカイコcapability(BmnCAPA)を新たに同定した。また免疫組織化学により、この遺伝子にコードされている新規カイコFXPRLaP(カイコpyrokinin;BmPKと命名)が神経分泌物の体液中への放出器官に局在していることを示し、BmPKが他のカイコFXPRLaPと同様にホルモンとして機能していることを示唆した。さらに本章では、BmPKの生理機能について解析をおこなっている。その結果、第2章で示したBmDHRを介したエクジソン生合成促進が、BmPKによっても引き起こされることを明らかにした。BmPKは、DHと同等の強い前胸腺刺激活性を示した。

以上、本研究は受容体の解析を中心に、カイコFXPRLaPの新たな生理機能を明らかにしたものである。

なお、本論文の一部は共同研究による実験結果も含まれているが、いずれも論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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