学位論文要旨



No 123900
著者(漢字) 合田,昌史
著者(英字)
著者(カナ) ゴウダ,マサシ
標題(和) 腸管分泌型IgAの産生におけるスフィンゴシン1リン酸介在型腸管B細胞の遊走制御メカニズムの解明
標題(洋) Sphingosine 1-phosphate regulates intestinal B cell trafficking for the subsequent intestinal secretory IgA production
報告番号 123900
報告番号 甲23900
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第366号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 三宅,健介
内容要旨 要旨を表示する

粘膜組織の主要抗体であるIgAは、細菌やウイルスの侵入阻害や毒素に対する中和活性を示すことで、腸管組織での第一線のバリア機構として機能している。IgAはB1細胞とB2細胞という二種類のB細胞サブセットを由来とする。B1細胞は主に腹腔由来であり、T細胞非依存的抗原を認識するIgAを産生する。一方、B2細胞は、主にパイエル板に代表される腸管関連リンパ組織で活性化され、T細胞依存的抗原を認識するIgAを産生する。この様に、相補的に機能することでIgAを介した腸管の防御・恒常性維持に貢献しているB1細胞と B2細胞であるが、それぞれの腸管への遊走メカニズムについては多くが未解明である。

最近、脂質メディエーターの一つであるスフィンゴシン 1リン酸(S1P)がリンパ球のリンパ節からの移出を制御する分子であることが報告され、その機能解析が精力的に行なわれている。これまでに同定されている5種類のS1P受容体のうち、1型のS1P受容体がリンパ球の遊走を制御することが示されている。しかしながら、これまでのS1Pに関する免疫研究の多くが、全身系免疫組織におけるものであり、約400 m2におよぶ広大な腸管粘膜免疫系におけるS1Pの役割に関しては、ほとんど解析されていないのが現状である。特に上述のように腸管IgAの産生においては、パイエル板を由来とするB2細胞と、腹腔由来のB1細胞が相補的に機能するという特徴的な性質を示すことから、その遊走制御におけるS1Pの役割を解明することは、腸管免疫のユニーク性に立脚した新視点からの脂質メディエーターによる免疫制御機構が明らかになると期待される。そこで本研究においては、腸管IgAの産生におけるS1P介在型腸管B細胞の遊走制御メカニズムの解析を行った。

S1Pを介した腹腔B細胞由来腸管IgAの産生機構

本研究においては、S1Pを介した細胞遊走制御を検討するために、S1P受容体の発現抑制を誘導することでS1Pシグナルを遮断することが知られている免疫抑制剤FTY720を用いた。FTY720を腹腔内に単回投与した10時間後に腹腔細胞を回収し、FACS法により細胞組成を解析したところ、B1細胞、B2細胞共にFTY720投与による減少が観察された。また腹腔B細胞の1型S1P受容体の発現を定量的PCRにて検討したところ、FTY720に対する反応性と相関し、腹腔B1細胞及びB2細胞で高レベルの1型S1P受容体の発現が確認された。

次に、FTY720処理マウスにおける腹腔B細胞の挙動を解析するために、carboxyfluorescein succinimidyl ester(CFSE)で蛍光標識した腹腔細胞を、機能的なT、B両細胞群が欠損しているSCIDマウスに移入し、その動態を追跡した。腹腔細胞を腹腔経路で移入したSCIDマウスにFTY720を投与すると、CFSE陽性B細胞は腹腔から消失し、腹腔の所属リンパ節である傍胸腺リンパ節に集積していた。一方、静脈経路で移入した場合、FTY720投与群でCFSE陽性B細胞の骨髄への集積を伴う腹腔への侵入抑制が確認された。以上のことから、FTY720は腹腔B細胞の腹腔から傍胸腺リンパ節への移出促進と血流から腹腔への移入阻害の少なくとも二つの機構により、腹腔B細胞の遊走を阻害していることが示唆された。

FTY720による腹腔B細胞の遊走阻害による腸管IgAの産生変化について検討するため、SCIDマウスに腹腔細胞を移入した際に誘導される腸管IgAの産生について検討した。SCIDマウスに腹腔細胞を移入すると、移入二週間後に腸管固有層においてIgA産生細胞が観察され、同時に糞便中へのIgAの産生が確認された。一方、FTY720投与群においては、腸管固有層におけるIgA産生細胞数の減少が認められ、それに伴う糞便中IgAの減少も観察された。また、肺炎双球菌の死菌体を粘膜アジュバントであるコレラトキシン(CT)と共に経口免疫した際に誘導されるB1細胞由来ホスフォリルコリン特異的腸管IgAの産生も、FTY720投与群において減少していた。以上の結果より、S1Pは腹腔B細胞の腸管への遊走を制御することで、腸管IgAによる生体防御において重要な役割を担っていることが明らかとなった。

S1Pを介した腹腔B細胞の遊走制御におけるNFkB inducing kinaseの役割

NFkB inducing kinase(NIK)の変異マウスであるalyマウスは、腹腔B細胞の遊走、ならびに腸管のIgA産生に機能的欠損があることから、NIKを介したシグナルが腹腔B細胞を由来とする腸管IgAの産生に重要であることが示唆されている。しかしながら、現在までのところ、その詳細なメカニズムは不明である。本研究の対象であるS1P受容体はG蛋白共役型の受容体であるが、NIKがG蛋白共役型受容体を介したシグナルにも関与していることが示唆されていることから、S1Pを介した腹腔B細胞の遊走制御にNIKが関与していることが考えられた。その仮説を検証するために、FTY720をalyマウスに腹腔内投与し、その反応性を検討したところ、FTY720の単回投与では腹腔B細胞の消失が観察されなかった。しかしながら、FTY720の複数回投与によりalyマウスでも腹腔B細胞の消失が認められたことから、alyマウスはFTY720に対して反応性は有しているものの、野生型マウスに比べ感受性が著しく低いことが示された。

そのメカニズムについて検討したところ、alyマウス由来腹腔B細胞はS1P受容体を正常に発現し、in vitroにおいてS1Pに対する走化性を示した。またSCIDマウスに移入した際にはFTY720への正常な反応性が観察された。一方、野生型マウス由来腹腔B細胞をalyマウスに移入した際には、FTY720への反応性が消失していたが、野生型マウス由来のストローマ細胞を移入することにより反応性が回復することから、S1Pを介した腹腔B細胞の遊走制御にはストローマ細胞におけるNIK依存的シグナルが必須であることが示された。

パイエル板由来B細胞におけるS1P介在性遊走制御機構と腸管IgA産生

活性化や分化に伴うS1P受容体の発現変化が報告されているT細胞に対し、B細胞においては活性化や分化とS1P受容体の発現との関連に関しては不明である。これは定常状態の全身系リンパ節では、B細胞の活性化や分化がほとんど観察されず、実験的に解析が困難であることが一因として挙げられる。一方、パイエル板はその他のリンパ組織とは異なり、腸内抗原による恒常的な刺激により定常状態においてもIgA B細胞への分化が高頻度で起こっている。そこで、パイエル板はB細胞の分化とS1Pを介した遊走制御との関連、ならびに腸管IgA産生への関与を調べる上で、有用な組織であると考えられる。

パイエル板においては、IgM+IgA-B220+細胞がIgM+IgA+B220+細胞を経てIgM-IgA+B220+ 細胞に分化し、その後さらにIgM-IgA+B220-細胞へと分化すると考えられている。パイエル板におけるB細胞分化とS1P依存性を検討する目的で、各分化段階のB細胞をパイエル板より単離し、1型S1P受容体の発現を定量的PCRにより解析した。その結果、IgM+IgA-B220+細胞は1型S1P受容体を高レベルで発現していたが、IgM+IgA+B220+細胞 (形質芽細胞)へと分化すると、その発現が約1/40に低下した。この1型S1P受容体の低発現はIgM-IgA+B220+細胞においても維持されていたが、IgM-IgA+B220-細胞へと分化するのに伴い発現レベルが腸管固有層のIgM-IgA+B220-細胞と同程度にまで回復した。

FTY720で処理しS1Pを介したシグナルを遮断したマウスにおけるB細胞の遊走を検討したところ、1型S1P受容体を高レベルで発現するIgM-IgA+B220-細胞(形質芽細胞)がパイエル板に集積し、逆にその遊走先である腸管固有層では減少していた。また共焦点レーザー顕微鏡を用いた検討から、IgA+形質芽細胞は主にパイエル板基底部のリンパ管周辺に集積することが確認された。これらの結果から、FTY720は1型S1P受容体を発現するIgA+形質芽細胞のパイエル板基底部からの移出を選択的に阻害することで、同細胞のパイエル板から腸管固有層への移行を抑制していることが示された。

次に、パイエル板を介した抗原特異的IgAの産生誘導におけるS1Pの関与を検討する目的で、ニワトリ卵白アルブミン(OVA)をCTと共に経口免疫し、腸管IgAの産生を検討した。その結果、FTY720処理群ではOVA特異的IgA産生細胞のパイエル板への集積と腸管固有層での減少が観察された。また同マウスにおいては、糞便中のOVA特異的IgAの産生が減少していた。以上のことから、抗原特異的腸管IgAの産生には、S1Pを介したIgA+形質芽胞のパイエル板基底部からの移出が必須であることが判明した。

まとめ

本研究においては、腸管IgAの主要供給細胞である腹腔及びパイエル板由来のB細胞に焦点を当て、腸管への遊走におけるS1Pシグナルの役割を解明した。腹腔由来B細胞とパイエル板由来B細胞は異なる遊走経路を介して腸管固有層へと到達することから、独自の遊走関連分子の関与が予期されたが、S1Pは両経路において中核的な役割を担っていることが判明した。本研究を通じS1Pを介した腸管IgA産生制御機構を明らかとし、腸管IgA 産生の多様な経路における脂質メディエーターを介した重要な制御機構の一端が解明された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文において、論文提出者は粘膜組織における第一線のバリア分子である分泌型IgAの産生過程におけるスフィンゴシン1リン酸(S1P)の重要性を明らかにした。S1Pは近年、リンパ球のリンパ組織からの移出を制御する脂質メディエーターとして注目されている分子である。論文提出者は、腸管IgAの主要産生細胞である腹腔B細胞とパイエル板B細胞のS1Pを介した遊走制御を解明することで、リンパ節ではない腹腔や輸入リンパ管を持たないリンパ組織であるパイエル板といった特殊な免疫組織を介してのB細胞遊走制御におけるS1Pの重要性を明らかにした。以下にその要旨を示す。

1. 腹腔B細胞は5種類のS1P受容体のうち、1型の受容体が高レベルで発現していることを明らかにした。またS1P受容体の発現と相関し、腹腔B細胞はS1Pに対して、in vitroでの遊走活性を示した。In vivoにおける腹腔B細胞のS1P依存的遊走制御を解明するため、S1Pシグナルを遮断する免疫調節剤であるFTY720をマウスに投与し、腹腔B細胞の挙動を観察したところ、S1Pシグナルを遮断されたマウスにおいては、腹腔B細胞の消失が認められた。蛍光標識したB細胞を用いた体内動態の解析から、FTY720は腹腔B細胞の腹腔からの移出を促進し、腹腔の所属リンパ節である傍胸腺リンパ組織への集積を引き起こした。さらに、血液中のB細胞を骨髄へ集積させることで、血液中から腹腔への移入を抑制していることが明らかとなった。つまりS1Pは、腹腔B細胞の移入・移出両段階において作用している。

2. NFkB inducing kinase(NIK)変異マウスであるalyマウスはFTY720に対する感受性が低下していたことから、S1P依存的腹腔B細胞の遊走にNIKが関与していることが示唆された。alyマウス由来腹腔B細胞は、S1P受容体を正常レベルで発現し、in vitro及びin vivoにおいて正常なS1P依存的遊走反応を示すことから、腹腔内においてB細胞以外のNIKを介したシグナルが腹腔B細胞のS1P依存的遊走に関与していることが考えられた。その細胞としてB細胞の遊走において足場として機能するストローマ細胞に着目し、その関与を検討したところ、alyマウスに野生型のストローマ細胞を移入することで、FTY720に対する反応性が回復した。これらの結果から、S1P依存的腹腔B細胞の遊走制御においてストローマ細胞に発現するNIKを介したシグナルが重要であることが示された。

3. 腹腔B細胞由来腸管IgAの産生におけるS1Pの関与を、腹腔B細胞をSCIDマウスに再構築するモデルを用い検討したところ、腹腔B細胞の再構築により観察される腸管固有層中のIgA産生細胞がFTY720の処理により減少していた。この結果と相関し、糞便中IgAの産生減少が観察された。これらの結果から、S1P依存的腹腔B細胞の遊走制御は、腸管への遊走、ならびに腸管IgAの産生において重要な役割を担っていることが示された。

4. パイエル板においてB細胞は分化段階に応じて1型S1P受容体の発現レベルを変化させることで、パイエル板での滞留と移出を制御していることが明らかとなった。すなわち、IgM陽性細胞がIgA陽性細胞へとクラススイッチするのに伴い、S1P受容体の発現は低下し、形質芽細胞へと分化することで回復した。この結果と相関し、FTY720を投与したマウスでは、IgA陽性形質芽細胞がパイエル板のリンパ管周辺に集積し、一方でその遊走先である腸管固有層では減少した。これらS1P依存的パイエル板B細胞遊走と経口免疫抗原に対する免疫応答との関係を明らかにするために、OVAを抗原とした経口免疫によるパイエル板を介した腸管IgA応答を検討した。その結果、FTY720の処理によりS1Pを介したシグナルを遮断したマウスにおいては、OVA特異的IgA産生細胞のパイエル板での集積とその移出・遊走先である腸管固有層での減少が観察された。またこれらのマウスでは糞便中OVA特異的IgAが減少していたことから、抗原特異的腸管IgAの誘導には、IgA陽性形質芽細胞のS1P依存的なパイエル板からの移出が必須であることが判明した。

以上、本論文は腸管IgAの主要供給細胞である腹腔及びパイエル板B細胞に焦点を当て、腸管への移出・遊走におけるS1Pシグナルの役割を解明した。本研究は数名の研究者と共同で行ったものであるが、論文提出者が主体となって実験計画立案・推進および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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