学位論文要旨



No 123901
著者(漢字) 秦,俊文
著者(英字)
著者(カナ) シン,シュンブン
標題(和) TRAF6依存性シグナル伝達経路は二次リンパ器官のB細胞瀘泡形成に必須である
標題(洋) TRAF6-dependent signal pathway is essential for the formation of B-cell follicles in secondary lymphoid organs
報告番号 123901
報告番号 甲23901
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第367号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 吉田,進昭
内容要旨 要旨を表示する

リンパ器官はリンパ細胞の産生、分化、生存維持、獲得免疫応答などを行う器官である。その中で脾臓、リンパ節、パイエル板などの二次リンパ器官は獲得免疫応答の場を提供する。二次リンパ器官が効率的に機能するためにはその微細構造形成が必須である。二次リンパ器官の微細構造において特徴的なのは、B、Tリンパ細胞がそれぞれB細胞濾胞とT細胞領域に分かれて存在することである。B細胞濾胞はB細胞と瀘泡樹状細胞などの濾胞ストローマ細胞により構成され、効率的な獲得免疫応答に重要な領域である。

二次リンパ器官の微細構造形成には、NF-κBを活性化するリンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路(LTα1β2→LTβR→NIK→IKKα→NF-κB2→RelB)やTNFR1シグナル伝達経路(TNF→TNFR1)が必要であることが報告されてきた(図1)。特に、B細胞濾胞の形成および維持には、ストローマ細胞(濾胞樹状細胞)のケモカインCXCL13とB細胞に発現するそのレセプターCXCR5、およびB細胞上のリンホトキシンとストローマ細胞(濾胞樹状細胞)に発現するリンホトキシンβレセプターからなる正のフィードバック制御機構が重要な役割を担っていることが示唆されてきた(図2)。しかしながら、現在まで二次リンパ器官の微細構造形成、特にB細胞濾胞の形成、維持に関する分子メカニズムの全貌はまだ解明されていない。

TNF receptor-associated factor 6 (TRAF6)は、様々な細胞表面レセプターからのシグナルを細胞内で伝達して、転写因子NF-κBやAP-1の活性化を誘導し、細胞の増殖や分化を制御するアダプタータンパク質であることが知られている。TRAF6は一次リンパ器官である骨髄腔の形成や胸腺髄質の微小環境形成に不可欠であり、TRAF6により制御される胸腺内の微小環境は自己免疫寛容に必須であることが当研究室においてすでに明らかとなっている。また、二次リンパ器官であるリンパ節の形成にTRAF6は必須な因子であることも当研究室より解明されている。これらの事実から、TRAF6依存性シグナル伝達経路は様々なリンパ器官の発生や微小環境の構築において機能することが予想された。しかしながら、二次リンパ器官の微細構造形成におけるTRAF6の役割はまだ明らかにされていない。そこで、本研究では、TRAF6欠損マウスを用いて、TRAF6の二次リンパ器官の微細構造形成(特に、B細胞濾胞の形成や維持)に関する解析を行った。

脾臓は赤脾髄、白脾髄、辺縁部三つの部分より構成される。それぞれ、白脾髄はB細胞瀘泡、T細胞領域より、辺縁部は辺縁部B細胞、辺縁部マクロファージなどより構成される(図3)。TRAF6の脾臓微細構造に及ぼす影響を明らかにするために、生後2週齢のTRAF6欠損マウスを用いて、組織学的および免疫組織化学的な解析を行った。その結果、赤脾髄では異常が観察されなかった。一方、白脾髄ではT細胞領域が認められるものの、獲得免疫応答に重要であるB細胞瀘泡や瀘泡樹状細胞の存在を確認することができなかった。さらに、B細胞数の減少も明らかになった。また、辺縁部の欠損も判明した。以上の結果から、TRAF6は脾臓の微細構造の構築に必須な因子であることが明らかになった。TRAF6欠損マウス表現型解析の結果はすでに報告されているTNFR1シグナル伝達経路に関わる因子(TNFα、TNFR1)やリンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路に関わる因子(リンホトキシンα、リンホトキシンβレセプター、NIKやRelBなど)の欠損、変異マウスの表現型と類似している。

次に、B細胞瀘泡形成の時間的推移を詳細に検討した。野生型マウスでは、生後3日目からB細胞は血管の周囲に集め、B細胞の集団と瀘泡樹状細胞が見られ、8日目からB細胞瀘泡の形成が始まる。TRAF6欠損マウスにおける瀘泡樹状細胞とB細胞の集団形成は、野生型と比較して生後8日目まで相違が認められなかった。しかしながら、生後8日目のTRAF6欠損マウスでは瀘泡状の構造と瀘泡樹状細胞が認められたが、生後11日目にはB細胞瀘泡の維持ができず、生後14日目にはB細胞瀘泡、瀘泡樹状細胞ともに完全に消失した。一方、リンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路に関わる因子の欠損、変異マウスであるリンホトキシンα欠損マウス、NIK点変異マウスであるaly/alyマウス、RelB欠損マウスでは、TRAF6欠損マウスの表現型と類似しているものの、生後8日目までに起きるB細胞の集団化とそれに伴う瀘泡樹状細胞の分化が起こらず、それ以降のB細胞瀘泡形成も認められなかった。したがって、TRAF6はB細胞瀘泡形成過程における初期からのB細胞集団化(3日目から)に必要ではなく、その後(8日目から)のB細胞瀘泡形成と維持に必須であることを明らかとなった。これに対して、リンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路は生後初期からのB細胞集団化にも必須(図4)であることから、TRAF6はリンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路に関与しない可能性が示唆される。実際、TRAF6欠損MEF細胞を用いて解析したところ、TRAF6はリンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路で機能しないことが明らかとなった。TNFR1シグナル伝達経路もB細胞瀘泡形成に必須であることが報告されてきた。しかしながら、TRAF6欠損マウスでは、TNFα、TNFR1、リンホトキシンα、リンホトキシンβ及びリンホトキシンβレセプターの発現に野生型と相違が認められなかった。TRAF6はTNFR1からのシグナル伝達経路にも関与しないことがすでに明らかになっていることから、B細胞瀘泡形成、維持を制御する機構には、少なくとも3種類のシグナル伝達経路があることを示している。すなわち、TNFR1シグナル伝達経路、リンホトキシンβレセプターシグナル伝達経路、TRAF6依存性シグナル伝達経路がB細胞瀘泡形成、維持を制御することが明らかとなった(図5)。

B細胞濾胞はB細胞と濾胞樹状細胞等の濾胞ストローマ細胞より構成される。これまでにどちらかの異常によりB細胞濾胞の形成や維持ができなくなることが知られている。TRAF6欠損マウスB細胞濾胞の異常が、B細胞などリンパ球に原因があるのか、ストローマ細胞に原因があるか、または両方に関わるかについて検討を行った。TRAF6欠損マウスの脾臓ではB細胞が減少する。そこでTRAF6欠損マウスB細胞濾胞形成各段階のB細胞、濾胞樹状細胞を分離して解析したところ、B細胞上のCXCR5、TNFα、リンホトキシンα、リンホトキシンβ、濾胞樹状細胞上のTNFR1、リンホトキシンβレセプターの発現異常が認められなかった。また、胎生14日目のTRAF6欠損マウス肝臓由来の造血幹細胞を、あらかじめ致死量放射線で照射したT、B細胞を持たないRAG2欠損マウスに移植したところ、B細胞濾胞の再構築については野生型と相違が認められなかった。一方でTRAF6欠損B細胞をRAG2欠損マウスに移植すると、B細胞濾胞の形成が確認されたが、大量の野生型B細胞をTRAF6欠損マウスに移植しても、B細胞濾胞の回復が認められなかった。以上の結果から、TRAF6欠損マウスB細胞濾胞の異常がB細胞に起因せず、X線照射に抵抗性がある濾胞ストローマ細胞に起因することを示している。

B細胞濾胞の形成、維持にはB細胞と濾胞樹状細胞のコミュニケーションが必須である。濾胞樹状細胞はケモカインCXCL13を発現することで、B細胞を誘引し、B細胞濾胞を形成、維持する。そこで、B細胞濾胞形成各段階において、TRAF6欠損マウス脾臓中の濾胞樹状細胞で発現するCXCL13の発現変化を検討した。その結果、生後5日目でCXCL13発現はTRAF6欠損マウスと野生型マウスでほとんど差がないが、生後8日目以降でCXCL13発現が有意に減少した。これらの結果はCXCL13の発現誘導は生後8日目以前にはTRAF6依存性シグナル伝達経路に依存することではなく、生後8日目以降ではCXCL13の発現はTRAF6依存性シグナル伝達経路に依存することを示唆している。

この制御機構が、他の二次リンパ器官でも機能するのかを調べるため、TRAF6欠損マウスのパイエル板の微細構造形成について検討を行なった。パイエル板は腸管壁上に存在する二次リンパ器官であり、腸管免疫特に粘膜免疫に重要な役割を担っている。TRAF6欠損マウスにおけるパイエル板のB細胞瀘泡形成の時間的推移やケモカインCXCL13の発現について解析を行った。その結果、脾臓と類似する表現型が判明した。

本研究で、TRAF6依存性シグナル伝達経路は二次リンパ器官のストローマ細胞において、濾胞ストローマ細胞(濾胞樹状細胞)のCXCL13の発現を誘導し、B細胞瀘泡の形成に機能すること(図5)、さらにTRAF6依存性シグナル伝達経路は、二次リンパ器官の発生段階でリンホトキシンシグナル伝達経路と異なる時期で作動し、B細胞濾胞の形成や維持を制御することを明らかにした(図4)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は二次リンパ器官に於けるB細胞濾胞の形成や維持におけるシグナル伝達因子TNF receptor-associated factor 6 (TRAF6)の役割について述べられている。

二次リンパ器官はリンパ細胞の増殖や分化、獲得免疫応答等を行う。二次リンパ器官が効率的に機能するためにはその微細構造形成が必須である。この微細構造形成には、LtβRシグナル伝達経路やTNFR1シグナル伝達経路が必要であることが報告されてきた。また、B細胞濾胞の形成や維持には、ケモカインCXCL13とそのレセプターCXCR5は重要な役割を担っていることが明らかになっている。

TRAF6は、細胞表面レセプターからのシグナルを細胞内で伝達して、NF-κBやAP-1の活性化を誘導し、細胞の増殖や分化を制御する分子である。TRAF6は一次リンパ器官である骨髄腔の形成や胸腺髄質の微小環境形成に不可欠であり、二次リンパ器官であるリンパ節の形成にも必須であることが解明されている。

本論文では、TRAF6欠損マウスを用いて、脾臓微細構造を解析し、初めに白脾髄ではT細胞領域が認められるものの、獲得免疫応答に重要であるB細胞瀘泡や瀘泡樹状細胞の形成にTRAF6が必要であること明らかにした。さらに、TRAF6欠損によりB細胞数が減少することや、辺縁部が欠損することも判明した。これらの結果は、TRAF6が脾臓の微細構造の構築に必須な因子であることを示している。TRAF6欠損マウスにおける脾臓微細構造異常は既に報告されているLtβRシグナル伝達経路に関わる因子の欠損マウスの表現型と類似している。

次に、B細胞瀘泡形成の時間的推移を検討した。B細胞瀘泡形成過程は最初のB細胞のクラスター形成とその後の瀘泡形成の二段階に分かれている。解析より、TRAF6はB細胞のクラスター形成に必要ではなく、瀘泡形成と維持に必須であることを明らかとなった。これに対して、LtβRシグナル伝達経路はクラスター形成にも必須であることから、TRAF6はLtβRシグナル伝達経路に関与しない可能性が示唆された。実際、TRAF6欠損MEF細胞を用いて、TRAF6はLtβRシグナル伝達経路で機能しないことが明らかとなった。一方、TNFR1シグナル伝達経路もB細胞瀘泡形成に必須であることが報告されてきた。しかしながら、TRAF6欠損に於いては、TNFα、TNFR1、Ltα、Ltβ及びLtβRの発現に影響が認められなかった。TRAF6はTNFR1シグナル伝達経路に関与しないことがすでに明らかになっていることから、B細胞瀘泡形成、維持を制御する機構には、少なくとも3種類のシグナル伝達経路があることを示唆している。すなわち、TNFR1シグナル伝達経路、LtβRシグナル伝達経路、TRAF6依存性シグナル伝達経路である。

濾胞樹状細胞はケモカインCXCL13を発現することで、CXCR5を発現するB細胞を誘引し、B細胞濾胞を形成、維持する。TRAF6欠損ではB細胞上のCXCR5の発現に影響が認められなかった。一方、B細胞濾胞形成各段階の濾胞樹状細胞で発現するCXCL13の発現変化を検討したところ、CXCL13の発現誘導は生後8日目以降ではTRAF6に依存することが明らかとなった。

B細胞濾胞はB細胞と濾胞樹状細胞等の濾胞ストローマ細胞により構成される。TRAF6欠損マウスB細胞濾胞の異常が、B細胞などリンパ球に原因があるのか、ストローマ細胞に原因があるのかについて検討を行った。TRAF6欠損マウス肝臓由来の造血幹細胞をRAG2欠損マウスに移植したところ、B細胞濾胞の再構築が認められた。一方でTRAF6欠損B細胞をRAG2欠損マウスに移植すると、B細胞濾胞の再構築が確認されたが、大量の野生型B細胞をTRAF6欠損マウスに移植しても、B細胞濾胞の回復が認められなかった。これら一連に結果は、TRAF6欠損マウスに於けるB細胞濾胞の形成異常がB細胞に起因せず、濾胞ストローマ細胞に起因することを示している。また、TRAF6のこの制御機構がパイエル板においても確認された。

本研究では、TRAF6依存性シグナル伝達経路が、二次リンパ器官の発生段階でLtβRシグナル伝達経路と異なる時期で作動し、B細胞濾胞の形成や維持を制御すること及びTRAF6依存性シグナル伝達経路が濾胞ストローマ細胞のCXCL13の発現を誘導し、B細胞瀘泡の形成や維持に機能することを明らかにした。

なお、本論文は、金野弘靖、大島大輔、箭内洋見、茂木秀彦、下茂佑輔、廣田史子、松本満、高木智、井上純一郎、秋山泰身との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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