学位論文要旨



No 123905
著者(漢字) 呂,正
著者(英字)
著者(カナ) ロ,セイ
標題(和) 地域間格差を考慮した中国多地域多部門動学モデルの開発と応用 : エネルギー消費、CO2排出の削減を目的として
標題(洋)
報告番号 123905
報告番号 甲23905
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第371号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 森口,祐一
 東京大学 准教授 阿久津,好明
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 准教授 大友順,一郎
内容要旨 要旨を表示する

中国経済は長年にわたって高速成長を続けている。経済成長に伴って、エネルギー消費とCO2排出の増加、環境破壊の深刻化など多くの問題が発生している。また、経済成長自体も対外貿易と外資に大きく依存している。同時に、沿海部と内陸部の格差を中心に中国国内における地域間の格差がますます拡大している。現状のままでの経済成長は様々な面においてすでに限界を迎えつつ、持続可能な成長とは言い難い。経済と社会、環境との調和の取れた成長への転換が強く求められている。中国政府もこれらの問題を認識し始め、省エネルギー政策と社会保障制度の整備などを推進しようとしている。第11次五カ年計画の中では、2010年の単位GDPあたりエネルギー消費量を2005年より20%削減する目標が打ち出されている。

本研究では、中国経済の成長力とCO2排出削減のポテンシャルを検討するために、ノイマンの多部門成長モデルに属する多部門計画モデルを開発した。このようなモデルでは、動学的産業連関モデルがベースになっている。景気、金利にかかわる投資行動の不確実性などの主観的な要因が捨象され、経済が製品用途、生産特性に応じた産業部門に分類されている。このようなモデルを応用して、産業連関表によって表される比較的安定している産業関連の生産技術構造をもとに、各種財における生産と需要のバランスを維持しながら、一定の資源や環境などの制約条件の変化の下で、社会全体の消費需要などを満たしながら、ある目的関数の最大(小)値が得られるように、計画期間中の各産業部門の生産と投資行動 (最適成長経路)を求めることが可能で、成長率が内生的に決まり、経済の潜在的な最大成長可能性を提示することができる。また、ターンパイク定理によれば、このような多部門動学モデルの基本形においては、最適化問題の解である最適成長経路の特徴は、初期、終期条件とはほとんど関係がなく、初期と終期の数期の調整期間を除けば、中間では必ず、原料や資本ストックを全部過不足なく使用しながら、各部門が均整成長するような有効均衡成長経路(ターンパイク)の近傍を通る。経済計画において、考えが多様で、最終目的についての合意がなされなくても、ターンパイク経路は産業構造が最適化になるような計画方向の指針を与える。

本研究では、まず、モデルの中核となる生産と需要(最終消費+投資)の均衡、投資による生産の拡大、生産によって所得(消費と所得が比例する)が決まるなどの主要関係を、中国全国平均係数で考え、全国モデルを開発した。輸出入などが捨象された全国モデルの基本モデルを用いて、中国経済のターンパーク経路の存在を検証した。さらに、輸出入、在庫などの変数、輸入依存度、生産の継続性などの制約を導入し、投資、対外貿易、生産などの行動をより現実に近いものにした。また、全国レベルでの各産業部門のエネルギー消費とCO2排出係数を推計し、生産に伴うCO2排出量などを計算できるようになり、中国政府が削減目標としているGDPあたりエネルギー消費量に類似する全産業平均CO2排出係数をモデル内で算出できるようにした。

このような拡張した全国モデルを利用して、計画期間中の総消費額の最大化を目的関数とし、全産業平均CO2排出係数に対する削減制限が設けられる場合の中国の最適成長経路を求めた。その結果からわかったことは、全国平均係数で考える全国モデル場合、全産業平均CO2排出係数の削減目標を達成するために、中国の産業構造の調整を行う必要があり、その場合、経済成長がある程度遅くなる。中国レベルで産業構造の調整による全産業平均CO2排出係数の削減ポテンシャルは最大27%である。また削減年率2%、すなわち10年で総生産あたりCO2排出量を20%削減させる場合、約5.8%の平均経済成長が達成できる。

世界最大の人口数を有する広大な中国において、経済発展レベル、気候条件、地理位置、自然資源などさまざまの内部多様が存在し、拡大しつつある経済発展の地域間格差は、社会の安定と成長の持続可能性を損なっている。

全国を一律平均にするのでは、このような格差の現実が反映されない。本研究ではモデルの中で、地域間格差を議論するために、全国モデルをベースに中国多地域多部門動学モデルを開発した。ここでは、地域ごとの投入係数行列、消費率と消費構造、エネルギー消費とCO2排出係数などが使われ、各地域の輸出入のほかに、地域間の移出入で表現される国内貿易が新たに加えられた。各地域の生産は地域内の固定資本ストックによって制限され、消費はその地域の生産から算出される。多地域モデルを用いた計算では、全国レベルでの産業構造調整以外に、産業の地域間配置の調整が可能になった。

図1と図3を比べると、地域間の格差を考慮して、全国レベルでの産業構造変化に加えて、地域間の産業配置を調整できる多地域多部門動学モデル場合、全産業平均CO2排出係数の削減目標を達成するために、全国の産業構造の調整よりも、産業の地域配置の調整が有効的であることが分かる。全国レベルでの産業構造の調整を行うほかに、各産業の生産をより付加価値の高く、CO2排出係数の低い地域へ集中させる産業の地域配置の調整も可能になったことで、より高い全産業平均CO2排出係数削減目標が達成でき、同時に全体の経済成長率の減少が緩和される。この場合、全産業平均CO2排出係数は最大47%削減できる。

しかし、全体の経済成長とCO2排出係数削減だけを追及する時、生産が排出係数の低い先進地域に集中しがちで、地域間の格差が広がる恐れがある。

本研究では、中国国内先進地域の技術が他地域に移転できるようにすることで、生産の集中を回避する選択肢を提供し、国内先進技術移転の効果を評価した。また、先進国のより進んだ技術として、日本の技術を選び、中国への導入を可能にし、その効果を検討した。

試算の結果で、中部沿海地域非金属鉱物産業技術の他地域への移転が行われることによって、中国の全産業平均CO2排出係数の削減ポテンシャルは48%まで上昇した。また、技術移転による生産の分散で、CO2排出係数削減目標が厳しくなった場合の地域間格差の広がりも緩和された。

また、非金属鉱物産業における国内先進技術移転に加えて、日本非金属鉱物産業技術の中国へ導入によって、中国の全産業平均CO2排出係数削減ポテンシャルはさらに50%まで上昇した。CO2排出係数削減目標が高くなる場合の地域間格差の拡大もさらに緩和された。

ただし、CO2排出係数削減目標が低い場合、全体の経済成長に対する追求の影響が大きく、経済性の影響でCO2排出係数の低い技術が導入されるとは限らない。

本研究を通じて、産業構造、産業配置の調整、そして先進技術の導入によって、経済成長とCO2排出削減を両立させる同時に、地域間格差の縮小も可能であることが分かった。ただし、環境によい技術を導入する際、経済性と環境性を総合的に考慮する必要がある。

図1 全産業平均CO2排出係数削減制限による産業構造の変化(全国モデル)

図2 多地域モデルの地域区分と各地域の一人あたりGDP

図3 全産業平均CO2排出係数削減制限による産業構造の変化(多地域モデル)

図4 多地域モデルと全国モデルの経済性比較

図5 技術移転後の各地域の非金属鉱物産業の生産

(a)国内先進技術移転のみ

(b) 国内先進と日本技術両方移転

図6 国内、国外技術移転による地域間格差の変化

審査要旨 要旨を表示する

中国経済は近年目覚しい経済発展を遂げているが、経済成長に伴い、エネルギー消費とCO2排出の増加、環境破壊の深刻化など多くの問題が発生している。また、経済成長自体も対外貿易と外資に大きく依存しており、中国国内における地域間、都市と農村間などの格差がますます拡大している。現状のままでの経済成長は様々な面においてすでに限界を迎えつつあり、持続可能な成長とは言い難く、経済と社会、環境との調和が取れた成長への転換が強く求められている。本研究では、最適経済成長に関するターンパイク理論を応用し、エネルギー消費、CO2排出の削減などを目的に、地域間格差を考慮しながら、中国の最適成長経路を探求した。

以下に各章の要旨を示す。

第1章では本研究の背景と目的を述べた。

第2章では、経済の最適成長とターンパイク理論についてまとめた。特に、経済成長理論の基礎について述べた後、動学的産業連関モデルにおけるターンパイク理論の内容と、既往の研究における当該理論の利用の動向について述べている。そして、中国経済へのターンパイク理論の応用可能性を検討し、本研究の新規性について説明した。

第3章では、1990年代以降を中心に中国の経済発展とエネルギー需給、CO2排出の関係について調査分析した。特に近年目覚しい成長を続けている中国経済のマクロ的な状況、エネルギー消費量及びCO2排出量などに関する統計データを収集整理し、それらの変化を定量的に分析した。また、将来の中国経済の動向、エネルギー消費及びCO2排出に影響を与える中国政府のエネルギー・環境政策の動向についても説明を加えた。

第4章では、産業連関表を中心に中国経済のデータベースを整備し、ターンパイク理論の中国への初歩的応用として、中国の全国平均係数を利用した一国多部門動学モデルを開発した。さらにこの動学モデルを用いて、中国経済のターンパイク経路を計算し、これと実際の発展経路を比較した。また、生産あたりCO2排出量を低減する制約を加えた場合のモデル計算をおこなった。その結果、中国一国モデルでは、産業構造調整による生産あたりCO2排出量を年あたり最大3.3%まで低減できることを示した。

第4章までの分析で、中国全体が単一の経済構造をもつものとしてモデル化したときの発展状況やターンパイク経路が明らかになった。しかしながら、現在の中国には経済状況の異なる多くの地域があり、地域間格差も拡大しつつある。

この問題に鑑み、第5章では、生産と消費などの面における中国の地域間格差の歴史と現状について調査検討を加えた。中国の地域間格差をタイル尺度で測り、中国を代表的な8地域に分類した場合、所得・消費水準については地域内格差よりも地域間格差の方が大きいと結論付けた。このような地域間格差の拡大は、中国の持続可能な発展を妨げる要因となりうる。

第6章で上記の地域別の所得・消費、産業構造、エネルギー利用効率などの違いを考慮した中国多地域多部門動学モデルの開発をおこなった。さらに、開発した多地域多部門動学モデルを用いて、改めてターンパイク経路を評価し、生産あたりCO2排出量を低減する制約を加えた場合のモデル計算をおこなった。その結果、中国多地域多部門動学モデルでは、生産あたりCO2排出量を年あたり最大4.6%低減することが可能となり、CO2削減による経済損失も中国一国モデルより小さくなることを示した。これは、地域ごとの産業構造の違いを考慮することにより、各地の環境比較優位な産業を活かすことができるからである。すなわち、CO2制約を厳しくするにつれて、各地の環境比較優位な産業への集中度を高めることにタり、経済損失が緩和されたものである。

第7章では、中国多地域多部門動学モデルにおける最適成長経路と地域間所得・消費格差の関係について分析した。特に、CO2制約を厳しくするにつれて、地域ごとの環境比較優位な産業のシェアが増加する結果として、地域間所得格差が拡大する傾向があらわれた。そこで、中国内および他国からの省エネルギー・低CO2排出な技術を移転することにより、CO2制約を厳しくした場合でも、所得格差の拡大を緩和できる可能性を検討した。

その結果、適正な技術移転たよって、所得格差の拡大を緩和しつつ、経済成長とCO2排出の抑制を両立できることを示した。

第8章では、以上を総括し本論文の結論を述べている。

このように、本研究では、経済発展レベル、産業配置、消費性向等における中国各地域間の差異を分析した上で、生産と消費の両方から中国地域間格差を反映できる計画型多地域多部門動学モデルを開発した。そして、開発したモデルを用いて、産業の構造調整、地域再配置と地域間の製品・サービス交換による中国の最適成長経路を求め、社会と環境の視点から評価を行った。さらに、エネルギー消費、CO2排出の削減、格差の縮小などを目的に、技術移転などをも考慮に入れ、持続可能な発展により望ましい成長経路を検討し、その実現方法を提示した。

以上、本研究は、ターンパイクと環境比較優位の概念を中国経済に応用し、明示した内容がオリジナルであることに加えて、成長著しい中国における経済発展と環境との調和を提案するという社会的意義を持つものである。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク