学位論文要旨



No 123912
著者(漢字) 中田,早耶
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,サヤ
標題(和) 消費者の選好を考慮した住宅の間取り情報の有効な縮約方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123912
報告番号 甲23912
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第378号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 石川,徹
内容要旨 要旨を表示する

本研究では消費者の選好を考慮した住宅の間取り情報の有効な縮約方法に関する分析を行った。

本研究では住宅の間取り情報を対象とする。ここでいう住宅の間取り情報とは不動産広告や不動産検索サイトなどに掲載されている間取り図から得られる情報のことである。例えばある物件の広告には間取り図とともにnLDKや駅徒歩何分や価格などが掲載されているが、この場合nLDKのみが住宅の間取り情報となる。

一般的に住宅の間取り情報は「nLDK」や「~m2」という情報である。この研究で用いる「nLDK」とは「nK」「nDK」「nLDK」といった情報の種別のことをいう。(分析によってそれに「ワンルーム」が加わる。)

それ以外の情報は各物件によって「カウンターキッチン」や「ウォークインクローゼット付き」などとそれぞれの物件の売りになるもののみが掲載されていたり、検索サイトで検索のオプション機能として「バス・風呂別」など設備に関するものが扱われていたりするのみである。

そこで本研究では住宅の間取り情報としてより有効なものを提案することを目的とする。ここで住宅の間取り情報にとっての「有効」とは、効率的に早く消費者の住みたい物件を探し出す手がかりとなるものであるべきであり、また消費者にとって重要なものであるべきである。また、多くの消費者の場合予算に制約があるため、その制約によっていくつかの条件を犠牲にしなければならない。従ってそのような制約によって選別する場合に役立つような情報でなければならない。

そこで本研究では第2章で効率性について、第3章で重要性について、第4章で制約条件によるトレードオフ関係について明らかにする。

本研究では主に首都圏の中古物件を含んだマンションデータを用いる。詳しくは第2章のデータの説明を参照されたい。このデータを用いる理由としては、これまで行った研究及び本研究の4.2.1と4.2.2と参考文献1ではリクルート社の雑誌「住宅情報」に掲載された住宅のデータを用いたが、住宅の場合、新規のものはある程度の面積になると典型的な間取りに集約されてしまい、多様性に欠けるということがある。また、マンションの新規のデータも「住宅情報」に掲載されたものは首都圏の新規のものはタワーマンションや大規模のものが多いために偏った分析になってしまうと思われる。「住宅情報」以外に間取り図がわかりやすくかつ多く掲載されたものは少なく、また建築系の雑誌に住宅が掲載されているものもあるが、本研究で目的とする消費者の選好を考慮するという観点からは一般性ということが必要になってくるのに対して、建築家が建てた物件が主であり独創性に富むことから本研究には適さない。

また環境学的観点からは、中古物件も含んだデータを用いるということは、研究結果にはそれらの特徴が反映される。従って、消費者が新規の物件という理由からだけでなく、間取りを様々な視点から検討し、間取りが良ければ中古物件も購入の対象になるきっかけになり、少しでも環境的に貢献できるのではないかと考えたからである。

さらに、分析の過程において住宅が敷地の要素に加えて、建物の配置や形状といった要素が多いのに対して、マンションの方が間取りに影響する要素が主に専有面積と開口部と少なく、条件がわかりやすいからである。また、首都圏におけるマンションでは制約条件が厳しいものも多く、第4章でおこなうトレードオフ分析に適しているのではないかと考えた。

間取り図から情報となるような形に変換するためには間取り図から定量的な値または記号を抽出する必要がある。その手順を間取り図の縮約と定義する。

まず、第1章の住宅の間取り情報と定量化手法では、既存の住宅の定量化研究の手法のまとめを行い、それらが住宅の間取り情報という観点からは不足していることを明らかにした。次に、グラフ理論を用いた住宅または建築の定量化の既存研究のまとめを行い、その有用性を示唆した上で、学術的な研究であることから、消費者にとっての情報としてはわかりにくいという問題点を指摘した。そこで、住宅の間取り情報の現状を主にウェブ上から得られた情報をもとに把握し、様々な住宅に関するサイトで新しい試みがなされつつあることを紹介した上で、住宅の間取り情報としては未だにnLDKという表記が標準となっており、その一方で昨今の住宅ではnLDKの型だけでは表せないものも多く、またnLDKの型にはまらない住宅に対する潜在的ニーズがあることを指摘した。

消費者にとって良い間取り情報とはどのようなものか、という観点からは効率性が高いこと、消費者にとっての重要性が高いこと、かつそれらの情報を選ぶ際にはトレードオフ関係が生じることから、その関係性がわかるような情報であることが必要であると考えた。そこで、本研究では大きく分けて3つの分析を行い、1つめは住宅の間取り情報を効率性という観点からのみ定量化するもの、2つめは消費者にとって重要なことは何かということを実験結果から明らかにするもの、3つめは住宅の間取り情報でトレードオフ関係にあるものは何かということを明らかにするものである。

1つめの分析である第2章の情報エントロピーを適用した住宅の間取り情報の効率性の定量化では、住宅の間取り情報に情報エントロピーという概念を適用し、情報の効率性の定量化を行った。この分析手法は住宅の分野ではこれまでみられず、極めて新規性の高い研究であるといえる。研究結果としては、nLDKよりも効率性の高い情報とその組み合わせを提案することができた。

2つめの分析である第3章の消費者の選好に着目した住宅の間取り情報の重要性の定量化では大きく分けて2つの実験と分析を行った。実験には95名もの被験者のデータが得られ、心理実験としては極めて多い数のものとなったことから、グルーピングなどの分析が可能になった。1つめでは消費者に間取り図に特徴付けを行って分類をしてもらい、そのパターンから消費者が間取りを分類する際には何を重視しているかを明らかにした。また被験者のグルーピングとその属性の分析も行い、グループによって特徴付けや属性に違いがあることを明らかにした。2つめは消費者に設定条件を決めた上で、どのような間取りが好ましいかを順位付けしてもらい、その結果から消費者の選好の傾向を明らかにした。また1つめと同じく、被験者のグルーピングとその属性の分析も行い、グループによって好みや属性に違いがあることを明らかにした。

3つめの分析である第4章の制約条件による間取り情報のトレードオフの関係性の分析では、3種の住宅の間取り図データを用いて住宅の間取りに関する指標と面積との関係を明らかにした上で、トレードオフ分析を行った。データは新規の戸建て物件、新規のマンション物件、そして実際に取引された中古物件を含むマンションのデータの3種である。特に実際に取引された中古物件を含むマンションのデータは1500件もの間取り図から指標の入力を行い、これまでの研究ではみられない膨大な量のデータであり、かつ第3章の結果から重要であるという結果が出た指標を含む貴重なデータである。分析の結果からは、データによる違いが明らかになるとともに、中古物件を含むマンションの物件においては部屋数と部屋の合計面積に対するLDKの面積の割合、LDKの広さと個室の広さ合計、廊下に接続する部屋の数の割合とLDKに接続する部屋の数、部屋数と部屋の平均面積がほとんどの面積帯においてトレードオフ関係にあることが明らかになった。これらは当たり前の結果のように思えるが、平均だけでみるとわからなかった関係性であり、またこれだけ実際の住宅には多様性があることを裏付ける結果である。さらに、消費者にとってはマンションを購入または借りる際には、これらトレードオフ関係にある情報を入手し、選択しなければならないということである。

これらの3つの分析を踏まえて、第5章では抽出された間取り情報の表記方法の提案を行った。

まずは、これまでの分析結果の整理を行い、そこから特に重要と考えられる指標を抽出し、それらをどのように表記するかという提案を行った。その上で、提案された記述方法の妥当性を検証するために、第3章の実験結果との関係を調べ、また効率性を検証するために第2章で用いた情報エントロピーを適用し、分析を行った。結果、新しい表記方法は妥当でありかつ効率性の面でもnLDKより優れているということが明らかになった。

今後の発展性として、研究結果の応用としては住宅の検索エンジンサイトや住宅の表記の新たな標準的方法として用いることが考えられる。

第2章の分析の発展性としては、第3章や第4章で重要とされた情報についても効率性を定量化するということが考えられる。第3章の発展性としては、設定条件の変更、間取り図の変更、被験者の変更によってまた新たな知見が得られると思われるので、今後は例えば住宅の専門家を被験者にする、実験対象をマンションではなく戸建て住宅でも行う、などが考えられる。

また、第4章の発展性としては、今回得られた中古物件も含むデータはマンションのものであったので、戸建ての中古物件も含む多くのデータを用いて分析を行いたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、消費者の選好を考慮した住宅の間取り情報の有効な縮約方法に関する分析を行ったものである。

第1章の住宅の間取り情報と定量化手法では、既存の住宅の定量化研究の手法のまとめを行い、それらが住宅の間取り情報という観点からは不足していることを明らかにした。次に、グラフ理論を用いた住宅または建築の定量化の既存研究のまとめを行い、その有用性を示唆した上で、消費者にとっての情報としてはわかりにくいという問題点を指摘した。そこで、住宅の間取り情報の現状を主にウェブ上から得られた情報をもとに把握し、様々な住宅に関するサイトで新しい試みがなされつつあることを紹介した上で、住宅の間取り情報としては未だにnLDKという表記が標準となっており、その一方で昨今の住宅ではnLDKの型だけでは表せないものも多く、またnLDKの型にはまらない住宅に対する潜在的ニーズがあることを指摘した。

消費者にとって良い間取り情報とは、効率性が高いこと、消費者にとっての重要性が高いこと、かつそれらの情報を選ぶ際にはトレードオフ関係が生じることから、その関係性がわかるような情報であることが必要である。そこで、本論文では大きく分けて、住宅の間取り情報を効率性という観点からのみの定量化する、消費者にとって重要なことは何かということを実験結果から明らかにする、住宅の間取り情報でトレードオフ関係にあるものは何かということを明らかにするという3つの分析を行った。

1つめの分析である第2章の情報エントロピーを適用した住宅の間取り情報の効率性の定量化では、住宅の間取り情報に情報エントロピーという概念を適用し、情報の効率性の定量化を行った。この分析手法は住宅の分野ではこれまでみられず、新規性の高い研究である。研究結果としては、nLDKよりも効率性の高い情報とその組み合わせを提案している。

2つめの分析である第3章の消費者の選好に着目した住宅の間取り情報の重要性の定量化では大きく分けて2つの実験と分析を行った。95名の被験者のデータを用いた。1つめでは消費者に間取り図に特徴付けを行って分類をしてもらい、そのパターンから消費者が間取りを分類する際には何を重視しているかを明らかにした。また被験者のグルーピングとその属性の分析も行い、グループによって特徴付けや属性に違いがあることを明らかにした。2つめは消費者に設定条件を決めた上で、どのような間取りが好ましいかを順位付けしてもらい、その結果から消費者の選好の傾向を明らかにした。また1つめと同じく、被験者のグルーピングとその属性の分析も行い、グループによって好みや属性に違いがあることを明らかにした。

3つめの分析である第4章の制約条件による間取り情報のトレードオフの関係性の分析では、3種の住宅の間取り図データを用いて住宅の間取りに関する指標と面積との関係を明らかにした上で、トレードオフ分析を行った。データは新規の戸建て物件、新規のマンション物件、そして実際に取引された中古物件を含むマンションのデータの3種である。特に実際に取引された中古物件を含むマンションのデータは1500件もの間取り図から指標の入力を行い、これまでの研究にはない大量のデータであり、かつ第3章の結果から重要であるという結果が出た指標を含む貴重なデータである。分析の結果、データによる違いが明らかになるとともに、中古物件を含むマンションの物件においては部屋数と部屋の合計面積に対するLDKの面積の割合、LDKの広さと個室の広さ合計、廊下に接続する部屋の数の割合とLDKに接続する部屋の数、部屋数と部屋の平均面積がほとんどの面積帯においてトレードオフ関係にあることが明らかになった。このことから、実際の住宅には多様性があることを裏付けている。さらに、消費者にとってはマンションを購入または借りる際には、これらトレードオフ関係にある情報を入手し、選択しなければならないことがわかる。

これらの3つの分析を踏まえて、第5章では抽出された間取り情報の表記方法の提案を行った。これまでの分析結果の整理を行い、そこから特に重要と考えられる指標を抽出し、どのように表記するかという提案を行った。その上で、提案された記述方法の妥当性を検証するために、第3章の実験結果との関係を調べ、また効率性を検証するために第2章で用いた情報エントロピーを適用し、分析を行った。結果、新しい表記方法は妥当でありかつ効率性の面でもnLDKより優れているということが明らかになった。

以上新規性が高く、学術的貢献は十分に認められる。

なお、2~4章の分析は、浅見泰司、石川徹との共同研究部分も含まれているが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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