学位論文要旨



No 123914
著者(漢字) 岡田,欣也
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,キンヤ
標題(和) 初期脊椎動物の2度のゲノム重複による機能的革新
標題(洋) Functional innovation facilitated by two rounds of whole-genome duplication in early vertebrates
報告番号 123914
報告番号 甲23914
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第390号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 情報生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森下,真一
 東京大学 教授 服部,正平
 東京大学 教授 浅井,潔
 東京大学 准教授 中谷,明弘
 東京大学 客員准教授 ポール,ホートン
 総合研究大学院大学 教授 颯田,葉子
内容要旨 要旨を表示する

ゲノム重複は大量の余剰遺伝子を生産することから、生物の大規模な適応進化を可能にするという仮説が長く唱えられてきた。様々な真核生物ゲノムにおいてゲノム重複が観察されているにも関わらず、これらのゲノム重複と進化的な飛躍を結びつける直接的な関連性を同定することは難しい。

ヒトを含む脊椎動物は、中枢神経系、獲得免疫系、腺下垂体を介した内分泌系などの多くの洗練されたシステムを有している。これらのシステムは脊椎動物において広く保存されている一方、無脊椎動物では存在しないことから、初期脊椎動物においてこれらのシステムが成立したと考えられている。また同時期において、初期脊椎動物は2度のゲノム重複を経験したことが近年明らかになっている。この系統学的同期から、2度のゲノム重複が脊椎動物の機能的複雑化に貢献したという仮説が導かれてきた。本論文では、2度のゲノム重複と脊椎動物固有システムの成立が同期していたことに注目し、これらの関連性について検証する。本論文の主要な結果を以下に示す。

1.獲得免疫系成立時における2度のゲノム重複の進化的役割

獲得免疫系のシグナル伝達に関わる多数の遺伝子に着目し(獲得免疫系関連遺伝子と呼ぶ)、獲得免疫系関連遺伝子とそのパラログによるペアの大半がヒトゲノム中に存在するパラロゴン(共通祖先に由来すると考えられるパラロガスな領域ペア)の一部であったことを明らかにした。また、ショウジョウバエとの外群比較法を用いた解析は、獲得免疫系関連遺伝子が2度のゲノム重複以前では神経系で機能していたという仮説を統計的に支持した。これらの結果は、2度のゲノム重複が、(1)祖先神経系で使われていた多くのシグナル伝達系遺伝子を重複させる役割、そして、(2)得られた重複遺伝子が協調して獲得免疫系における新たな機能を獲得する進化を促す役割、を担っていたことを示唆する。

2.腺下垂体を介した内分泌系成立時における2度のゲノム重複の進化的役割

腺下垂体の発生後期に必須である転写因子をコードする遺伝子に関しては、これらの遺伝子とそのパラログによるペアの大半がパラロゴンの一部であったことを示した。すなわち、これらの遺伝子が2度のゲノム重複の結果、獲得されたことを示唆している。さらに、視床下部からの指令を各周辺器官に伝達する役割を担う腺下垂体ホルモンとその受容体の遺伝子ファミリーに着目し、これらのファミリーに存在する大半のパラログペアがパラロゴンの一部であったことを明らかにした。すなわち、これらのファミリーの拡大に2度のゲノム重複が貢献していたことを示唆している。これらの結果は、腺下垂体を介した内分泌系の成立に必要不可欠である腺下垂体の転写因子、ホルモン、それらの受容体をコードする遺伝子を生成する役割を2度のゲノム重複が担っていたことを示唆する。

本研究により、脊椎動物固有システムの成立における、2度のゲノム重複の進化的な役割を提唱することができた。

審査要旨 要旨を表示する

中枢神経系、獲得免疫系、腺下垂体を介した内分泌系などのシステムは脊椎動物においては広く保存されている一方で、無脊椎動物では存在しないことが知られている。そこで、これらの洗練されたシステムが初期の脊椎動物において獲得されたのではないかという推測がなされている。一方、初期脊椎動物ではゲノム全体が倍加する現象が2回起きたという説(2R-WGD, Two rounds of whole genome duplication)が 1970年に大野、1994年にHollandらにより唱えられた。そして近年進展した様々な脊椎動物ゲノムを比較した結果、2R-WGDを支持する証拠が多数示されている。2R-WGDは遺伝子およびその制御領域をもコピーするため、脊椎動物の遺伝子セットの機能を複雑化し、さまざまな環境への適用を可能にし、種の繁栄をもたらしたと考えられている。本論文では、獲得免疫系、腺下垂体を介した内分泌系の遺伝子に注目して、2R-WGDがもたらした影響を詳細に分析し、以下の新しい成果を得ている。

1.ヒトの獲得免疫系関連遺伝子のパラログ(2R-WGDが生みだした同一遺伝子のコピーが派生した遺伝子)が、ヒト染色体上で固まってブロックのように存在している状態(パラロゴン)にあり、脊椎動物の祖先型から保存されてきたことを示した。2R-WGDが獲得免疫系遺伝子を増やし、さらに新たな機能を獲得するのに重要な役割を担っていたことを示唆した。

2.腺下垂体の発生後期に必須な転写因子、腺下垂体ホルモンとその受容体の遺伝子ファミリーのパラログがパラロゴンをなすことを明らかにし、2R-WGDが果たした役割を示した。

以上のように、膨大な量のゲノムデータを情報解析することより、2R-WGDが特定の遺伝子群の機能の複雑化に寄与したことを本論文では明らかにした。

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