学位論文要旨



No 123915
著者(漢字) 佐々木,伸
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,シン
標題(和) メダカゲノム配列の解読およびメダカゲノムで見られるゲノム進化とヌクレオソーム構造の同期現象について
標題(洋) Medaka Genome Sequencing and Synchronization between Genome Evolution and Nucleosome Structure in Medaka Genome
報告番号 123915
報告番号 甲23915
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第381号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 情報生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 浅井,潔
 東京大学 教授 高木,利久
 東京大学 教授 森下,真一
 東京大学 准教授 中谷,明弘
内容要旨 要旨を表示する

メダカは日本の研究者によって確立された多くの近交系統や収集された野生集団があり、発生学および生物学の研究に用いられているモデル生物である。本論文では、近交系メダカHd-rRのDNAからホールゲノムショットガン法によって約10.6 倍分の塩基配列をシークエンシングし、それらをアセンブルすることでメダカゲノムのドラフト配列を決定した。このドラフト配列の塩基単位での精度は約99.96%あり、またグローバルには、近交系メダカHNIとのパネルを用いたマッピングにより、約700メガ塩基長と推定されるメダカゲノムの真正クロマチン領域に対して89.7%を方向および順序づけてマップした。このように今回解読したメダカゲノムは現在決定された魚類ゲノムの中では最も高度に配列決定なされており、生命科学研究におけるモデル生物としてのメダカの研究を加速し、魚類全般の研究におけるリファレンスとなる一方、哺乳類その他の生物との比較ゲノム研究においても重要な基盤データとなると考えられる。

高精度にゲノム解読を行ったHd-rR 系統の他に、HNI 系統からも約2.8倍分のDNA配列をシークエンシングし、ゲノムアセンブリを行った。この2つのメダカの系統は約400万年前に分岐し北日本と南日本に地理的に隔絶されている。2つの決定されたゲノム配列同士を比較したところ、1645万個の塩基置換(3.42%)および285万個の挿入欠損変異(0.59%)の差違を見つけた。

これらのゲノム間の差違とゲノムのコンテキストの相関性について解析を行い、遺伝子領域の保存傾向やコドンの同義置換/非同義置換の傾向については、既存の研究と一致する結果を得た。一方、Hd-rR より収集した5' SAGE タグによって同定した転写開始点とゲノム間の差違との間にはこれまでに報告されていない現象、転写開始点より下流の約200塩基の周期を持った塩基置換率の低下と挿入欠損変異率の上昇を発見した。

この現象は転写開始点の下流(転写領域)に特異的であり、ゲノム上の距離的には近傍である転写開始点の上流では観察されない現象であることから、転写メカニズム自体に密接に関連していると考えられる。転写機構と関連し、ゲノムの変異機構に関わるシステムとして転写共役修復機構が挙げられるが、他の生物で研究されている同修復機構に関連する遺伝子群の相同遺伝子群がメダカゲノム中に存在することと、同修復機構によって生じるとされている転写領域におけるシトシンとチミンの存在比の偏り現象がメダカにおいても見られることを確かめ、本論文で発見した現象の原因メカニズムの候補の一つとして報告する。

また200塩基の周期性はDNAをパッケージングするヌクレオソーム構造との関連性が考えられ、DNAとヒストンタンパク多量体との結合モチーフを用いた計算機的なヌクレオソーム存在確率の推定を行った結果、ヌクレオソームとDNAとの結合位置と塩基置換率の振動現象には関連性が見られる一方、挿入欠損変異率の振動現象についてはヌクレオソームの位置との関連性は低く、転写開始点からの距離と転写頻度が強く関連していることが分かった。

本論文で報告する現象は、以下の3点においてより深い理解を得る手がかりを与える発見である。

(1)塩基置換と挿入欠損という変異のパターンごとのそれらを生じるメカニズムとDNA修復機構の違いについて

(2)ヌクレオソームとゲノム進化の関連性について

(3)転写とDNA修復それぞれの機構と遺伝的淘汰について

本論文でのメダカゲノムの解析により得られた結果より、上記の機構についての考察を行う。

(以上)

審査要旨 要旨を表示する

論文提出者の佐々木伸は、笠原雅弘と共同で30億塩基対クラスのゲノム解読を可能にする全ゲノムショットガン型アセンブラの研究開発に取り組み、我国が主体となって進めたメダカ、カイコ等の生物種のゲノム解読計画に大きく貢献した。このような大規模ゲノムを対象としたゲノムアセンブラの研究開発は我国最初の試みであった。本博士論文では、こうして解読されたメダカゲノムの塩基置換および挿入変異について詳細な解析を行い、以下に述べるような興味深い性質を報告している。

メダカは日本の研究者によって確立された多くの近交系統や収集された野生集団が保存されており、発生学および生物学の研究に用いられているモデル生物である。特に近交系はハプロタイプ間の違いが少ないため、ゲノム解読にとっての撹乱要素が抑えられる利点がある。そこでメダカゲノムプロジェクトでは2つの近交系 Hd-rR とHNIの解読を行なった。本論文では、両系統が日本列島の分水嶺により約4百万年前に分岐して以降に蓄積された塩基レベルの変化を詳細に分析している。その結果、1645万個の塩基置換(3.42%)および285万個の挿入欠損変異(0.59%)の差違を見つけた。両系統が交配可能であり種として同一であることを考えると、その塩基置換率は非常に高い。いままで知られている脊椎動物の近縁種の中では最も高い。さらに、この2つの近交系に加えて、東アジア地区に分布している5系統のゲノムを部分的に解読した。その結果、地域的隔離と塩基置換の状態が明確に対応していること、言い換えればゲノムをプローブすることにより、どの地域に生息するメダカの系統であるか否かを判定できることを示した。

以上は、塩基変化をゲノム全域で調べた結果であるが、塩基変化はゲノム全体で均質的に起こるわけではなく、局所的に選択的に発生している。特に遺伝子の転写を制御している領域周辺での塩基置換の様子を調べることは、進化が遺伝子発現に及ぼす影響を考察するための研究材料を提供する。メダカゲノムプロジェクトでは、5'SAGE法により約100万タグの転写開始点が収集されており、このような研究を進める上で十分な情報が得られていた。解析の結果、転写開始点より下流の約200塩基の周期を持った塩基置換率の低下と挿入欠損変異率の上昇を発見している。この現象は転写開始点の下流(転写領域)に特異的であり、その原因を考察した結果、転写共役修復機構の関与を示す間接的証拠である転写領域におけるシトシンとチミンの存在比の偏り現象を報告している。一方、200塩基の周期性を説明するために、DNAをパッケージングするヌクレオソーム構造との関連性を調べている。計算機的なヌクレオソーム存在確率の推定を行った結果、ヌクレオソームとDNAとの結合位置と塩基置換率の振動現象には関連性が見られた。しかし、挿入欠損変異率の振動現象についてはヌクレオソームの位置との関連性は低く、転写開始点からの距離と転写頻度が強く関連していた。

なお本論文の一部は、小原雄治、武田洋幸、森下真一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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