No | 123916 | |
著者(漢字) | 日暮,美穂 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒグラシ,ミホ | |
標題(和) | ハブタンパク質の一時的な相互作用を可能にする構造的要因 | |
標題(洋) | Structural analysis of transient hub proteins | |
報告番号 | 123916 | |
報告番号 | 甲23916 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第382号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 情報生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景及び目的 多くのタンパク質は他のタンパク質と相互作用することでその機能を発揮する。タンパク質間相互作用には安定(stable)な相互作用がある一方で一時的(transient)な相互作用も存在し、特に後者はシグナル伝達等の重要な機能の基盤となることが知られている。また、一時的な相互作用をするタンパク質の中でも、複数のタンパク質と相互作用をすることができるものが存在し、そのようなタンパク質の多くはタンパク質相互作用ネットワーク上でハブとなるためハブタンパク質(hub protein)と呼ばれている。これらのハブタンパク質は欠損すると多くの場合致死性を示すことから、生体内で重要な役割を果たすと考えられている。また、ハブタンパク質は形状の全く異なる複数のタンパク質と特異性を保ったまま相互作用をすることができ、その相互作用は可逆的で、結合と解離を繰り返すことが可能である。 近年ハブタンパク質の表面が非ハブタンパク質の表面に比べて多くの決まった三次構造を取らないdisorder領域を持つことが報告された。この結果からタンパク質結合部位にあるdisorder領域が複数のタンパク質との一時的な相互作用に寄与しているという説が受け入れられつつある。しかし、本研究での調査の結果、先行研究で定義されたハブタンパク質の中には超分子複合体のサブユニットのように複数のタンパク質と安定な結合をするstable hub proteinが2割程度含まれていることがわかった。先行研究における解析ではstable hub proteinが統計に影響を与えてしまい、本来注目すべき、一時的な相互作用をするハブタンパク質(以降sociable proteinと呼ぶ)の性質が反映しきれていない可能性がある。そのため、本研究では構造データベースを用いたsociable proteinの抽出と、それらの相互作用に寄与する構造的基盤の研究を行った。 本研究では構造データベースを元に抽出を行なったが、先行研究で大規模実験により検出された相互作用データ及び遺伝子の共発現データを元に、複数のタンパク質と一時的な相互作用をするタンパク質('date' hubと呼ばれる)と複数のタンパク質と安定な相互作用をするタンパク質('party' hubと呼ばれる)の分離が試みられている。さらに、近年それらに対しdisorder領域の予測を行なった結果、'date' hubは'party' hubよりも有意に多くのdisorder領域を持つことが報告された。この主張が本研究で得られた結果を支持しなかったため、これらの先行研究の結果の検証を行なった。 2.方法及び結果 PDBに登録されているX線結晶構造解析で構造決定された高解像度(3.0Å以下)の68474チェインから配列冗長性を除いた6398チェインの各々についてPDB中で異なる結合状態の有無を調べ、3つ以上の結合状態を持つものをsociable protein、単一の結合状態しか見つからなかったものをnon-sociable proteinと定義し、両者の比較を行なった。また、先行研究との比較のため、non-sociable proteinのうち結合するタンパク質が3種類以上存在するタンパク質を抽出し、stable hub proteinとした。結果、86チェインのsociable protein、1013チェインのnon-sociable protein、46チェインのstable hub proteinを得た。 それらに対し、PrDOSサーバーを用いてアミノ酸配列からdisorder領域の予測を行い、相互作用部位に占めるdisorder領域の割合の比較を行なったところ、sociable proteinとnon-sociable proteinでは有意な差が認められなかった(Fig.1)。それに対し、stable hub proteinは他より多くのdisorder 領域を持つことがわかった。 この結果は、先行研究で示唆されていたhub proteinのdisorder領域の多さはstable hub protein由来であることを示唆するものであり、従来の相互作用部位にあるdisorder領域がhub proteinの複数のタンパク質との一時的な結合に寄与するという説を支持するものではなかった。 相互作用部位におけるdisorder領域の割合に差が見られなかったことから、他の構造的特徴の比較を行なった結果、構造全体の柔軟性に差があることを見いだした。PDB中のidentity 90%以上の近縁タンパク質の全てについて構造変化の指標であるRMSD (root mean square deviation)の計算を行なった。その最大値であるmaxRMSDを構造全体の柔軟性の指標として調査を行った。その結果、sociable proteinはnon-sociable protein及びstable hub proteinよりもはるかに高い構造の柔軟性を持つことが明らかになった(Fig. 2)。 さらに、sociable proteinの構造の柔軟性の基盤となる構造的特徴を探索すべく、タンパク質コアに存在する残基同士の相互作用及び原子パッキングの比較を行なった。その結果、sociable proteinのコア残基同士の水素結合数は他に比べて有意に少なく(Fig. 3)、原子パッキングは他に比べて有意に粗いパッキングであることがわかった。以上から、これらのsociable proteinの際立った構造的特徴が高い構造の柔軟性の基盤となることが示唆された。 また、本研究で得られた結果が相互作用データと遺伝子の共発現データを用いた先行研究の結果と一致しなかったため、検証を行なった。先行研究で同定された'date' hub及び'party' hubに対してdisorder領域の予測を行なった結果、確かに'date' hubは'party' hubに比べて有意に多くのdisorder領域を持つことがわかった。しかし、先行研究で用いられたものと同じ相互作用データから、少ない種類のタンパク質としか相互作用しないnon-hub proteinを抽出し、disorder領域の予測を行なったところ、non-hubと'date' hubでは有意差が見られなかった(Fig.5) 。また、'party' hubのリストを調べた結果、データセットの扱いや大規模な相互作用検出実験の性質に由来するバイアスが'party' hubのdisorder含有量を下げる原因となっていることが明らかになり、先行研究の筆者らによるdisorder領域が'date' hubの持つ複数のタンパク質との一時的な相互作用に寄与するという主張を支持しなかった。 3.まとめ 複数のタンパク質との一時的な結合を可能にするのは構造全体の柔軟性であり、先に示唆されていた局所的な柔軟性を与えるdisorder領域ではないことが明らかになった。また、hub proteinのdisorder領域の多さはstable hub protein由来であり、同じハブタンパク質でも安定な相互作用をするものと一時的な相互作用をするものでは構造的基盤が異なることが示された。さらに、これらの基盤となる構造的特徴はコア残基の水素結合数の少なさと粗い原子パッキングであることが明らかになった。本研究の結果からこのような際立った構造的特徴がsociable protein の構造の柔軟性の基盤となり、ひいてはこのタンパク質の柔軟性がシグナル伝達等、生体にとって重要な役割を果たすためには必要であることが示唆される。 Fig.1 相互作用部位に占めるdisorder領域の割合 Fig.2 構造全体の柔軟性 Fig.3 コア残基の平均水素結合数 Fig.4 原子パッキングの比較 Fig.5 disorder領域の割合の比較 | |
審査要旨 | 本論文は大きく分けて3つの部分からなる。第1部で一時的な相互作用をするハブタンパク質の同定法の開発、第2部で一時的な相互作用をするハブタンパク質の構造的特徴に関する解析、第3部でその構造的な特徴を生み出す要因に関する解析と考察について述べている。 ハブタンパク質は、タンパク質間相互作用ネットワークに於いて重要な位置を占めるタンパク質で、複数のタンパク質と相互作用することができる。ハブタンパク質は、シグナル伝達系では情報の分岐点になるタンパク質であり、その生物学的な重要性は極めて高く、ハブタンパク質をハブタンパク質たらしめる要因を明らかにすることは、タンパク質間相互作用ネットワークを理解する上で欠かすことの出来ない重要なステップである。しかしながら、これまでの研究ではハブタンパク質を同定するために、相互作用の時間的変化を一切考慮せず単にタンパク質相互作用ネットワーク上の接続数から定義されていた。そのため、超分子複合体のサブユニットがハブタンパク質として認識されてしまうと言った大きな問題があり、本来の意味でのハブタンパク質の解析の統計的な解析は殆ど行なわれていなかったのが現状である。 それに対して本論文では、相互作用に関する時間的な情報を、タンパク質の立体構造データベースPDBを用いて補完し、一時的な相互作用をするハブタンパク質(transient hub protein あるいはsociable protein)を同定する新しい方法を提案している。また、その方法により同定されたsociable proteinの構造的特徴を明らかにする解析についても述べられている。その解析の結果、sociable proteinと、常に同じタンパク質と安定な相互作用をするnon-sociable proteinでは、実際に観察される構造の柔軟性に大きな差が見られることを明らかにしている。また本論文の第3部では、第2部で明らかにされたsociable proteinの高い構造柔軟性を可能にする要因の探索が行われている。その結果、構造内部の残基同士の水素結合が少ないことと、内部のパッキングが比較的粗である点を統計的な解析から明らかにしている。また、構造の柔軟性が単独の構造に起因していることを明らかにするために、基準振動解析による構造揺らぎの解析も行っている。その結果、sociable proteinでは最低振動モードの寄与率がnon-sociable proteinに比べて非常に低く、sociable proteinは多様な低振動モードを持っている事を明らかにしている 本論文で報告された一連の成果は、相互作用ネットワークの理解につながるものであり、その際に用いられた手法や解析結果は、論文提出者によって新たに考案された方法と知見であり、十分な新規性を有すると判断する。本論文の一部は石田貴士博士、木下賢吾博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。 | |
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