学位論文要旨



No 123924
著者(漢字) 田辺,良則
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,ヨシノリ
標題(和) 様相論理の充足可能性判定手続きと検証問題への応用
標題(洋) Satisfiability Judgments of Modal Logics and their Application to Verification Problems
報告番号 123924
報告番号 甲23924
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第169号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 コンピュータ科学専攻
論文審査委員 主査: 国立情報研究所 教授 本位田,真一
 東京大学 教授 米澤,明憲
 東京大学 教授 石川, 裕
 東京大学 講師 細谷,晴夫
 東京大学 教授 竹内,郁雄
 東京工業大学 教授 米崎,直樹
内容要旨 要旨を表示する

様相論理を用いて,XML文書をはじめとする木構造を扱うシステムを解析する研究が行われている.このような解析を可能とする鍵になるのは,充足可能な論理式は木構造によって充足される,という性質であり,これは木モデル性と呼ばれている.最小の様相論理Kをはじめとするいくつもの様相論理がこの性質を持っている.木モデル性により,木構造の性質を記述するために論理式を使うことができる.また,木モデル性は充足可能性問題が決定可能であることを証明する際にも重要な役割を演じる.

本論文では,必ずしも木構造ではないグラフ構造に関する解析に応用可能な様相論理について研究することを主目的とする.あつかう論理は,解析したいグラフ構造の性質を記述できるだけの表現力を持つ必要がある.また,充足可能性問題が決定可能であること,さらに,実用的な応用を想定すれば,効率的な充足可能性判定手続きが存在することが要求される.

上述の条件を満たすため,様相論理Kに対して,以下の拡張を行う:(a)不動点演算子μおよびvの導入.ただし,不動点演算子のネストにある種の制限を設ける.この導入により,到達可能性など,応用上頻繁に現れる性質が記述できるようになる.(b)ノミナルと呼ばれる原子論理式の導入.この導入により,木モデル性が失われる.木構造以外のグラフを記述するための鍵となる拡張である.(c)逆様相の導入.論理の記述力が増加する.また,検証問題への応用において必要になる,グラフを変換する操作に関する最弱事前条件が,逆様相を用いた論理式で記述できる。(d)関数型クリプキ構造への制限の導入.この制限は,ある種のグラフ,たとえばプログラムのヒープ構造などを扱う際に必要である.

以上の導入は,おのおの独立に行いうる.解析したいグラフの構造や操作に応じて,適当な組み合わせが考えられる.しかし,その任意の組合せが応用可能なわけではない.上記(a)から(d)までのすべてを導入した論理の充足可能性判定問題は,決定不能であることが知られている.しかし,3種類を導入した論理はどの組み合わせでも蹴って可能である.本研究では,応用上重要な3つの組み合わせに関して,具体的な判定手続きを与え,その正当性を証明する.この判定手続きが適用可能であるためには,不動点演算子のネストに制限が必要であるが,この制限によって,従来知られている手続きに比較して計算量が小さくなっており,効率的な実装が可能である.このため,以下に述べるような,応用が実現可能となる.

論文の後半では,様相論理の充足可能性決定手続きを応用した,2つの分野の検証問題を扱う.ひとつの応用分野は,シェープ解析である.手続き型プログラム言語におけるポインタ操作における,データ構造の形状に関する検証を行う枠組みを構築する.前述のある組み合わせに関する充足可能性判定手続きを用いて,ツールを実装し,いくつかの検証問題が解けることを示す.検証問題には,シェープ解析における検証手段の実効性の目安となる例題であるDeutsch-Schorr-Waiteマーキングアルゴリズムと呼ばれるアルゴリズムの正当性の検証を含む。もうひとつの応用は,一次元セルオートマトンである.セルオートマトンのなす無限遷移系の性質を検証するために,様相論理を利用した有限抽象遷移系を構成する方法を与え,これに基づいた実装を行う.

審査要旨 要旨を表示する

従来、グラフ構造により意味論が与えられる論理体系として、様相論理が知られている。特に、Kと呼ばれる様相論理をはじめとして、木構造をモデルとする様相論理の体系は決定可能である。その充足可能性判定手続き、すなわち与えられた論理式が整合的かどうかを判定する手続きは、木構造の解析に広く応用されている。しかし、モデルが木構造に限定されない様相論理体系は必ずしも決定可能ではないため、一般のグラフ構造の解析に様相論理を適用することは行われて来なかった。

そこで本研究では、様相論理Kの決定可能な拡張を提案し、その充足可能性判定手続きとその正しさを示している。さらに、その手続きを木構造に限らないグラフ構造の解析に適用することにより、プログラムの検証やセルオートマトンの解析といった、有益な応用が可能となることも示している。具体的には、Kに対し次の4種類の拡張方法を考える:(i)グラフ構造の解析機能を強化するための、不動点演算子μおよびν の導入、(ii)木構造以外のグラフを扱うための、ノミナルと呼ばれる原子論理式の導入、(iii)プログラムの検証に必要な、逆様相演算子の導入、および(iv)ヒープのような特別なグラフ構造を扱うための、関数型クリプキ構造への制限の導入である。しかし、これらすべての拡張を実施した様相論理は決定不能であることが知られている。一方本研究では、拡張を3種類に絞った場合のうち、応用上重要な3つの組み合わせに対し、従来よりも効率的な充足可能性判定手続きを与えている。そしてその正当性を証明することにより、それらの決定可能性を示している。さらに本研究では、以上で示した様相論理の拡張の充足可能性判定手続きに対し、以下の2件の応用事例を示している。1件目は判定手続きのシェープ解析への応用、すなわちポインタ操作を含んだプログラムの検証への応用である。なお具体的なプログラムとして、Deutsch-Schorr-Waite (DSW)マーキングアルゴリズムを検証している。2件目はセルオートマトンの解析である。

論文は、以下の7つの章から構成されている。

第1章では、まず本論文の研究背景として、応用上の目的であるプログラムの検証における課題として、ポインタを含むような現実的なプログラムの検証の難しさを述べている。次に、前述のKの拡張の充足可能性判定手続き、およびプログラム検証への応用として、自動的なシェープ解析手法、ならびに人手を介したより効率的なシェープ解析手法を提案している。そして別の応用として、一次元セルオートマトンの解析を挙げている。次に、これら充足可能性判定手続きの提案と、プログラム検証への応用の理論とツールの実装が、本研究の独自な貢献であることを主張している。本章の最後に、本論文の構成を示している。

第2章では、本論文で使用する様相論理について、Kの構文論と意味論、前述の4種類の拡張、および決定可能性と木構造との関係について詳述している。意味論では、頂点には要素論理式の成否情報を、また辺にはラベルを付加したグラフ構造である、Kripke構造に基づく意味論を説明している。構文論では、命題論理に対し、Kripke構造のラベルmの付いた辺を通った先の全ての、あるいはある頂点で成り立つ、ということを表す様相演算子を追加した体系を定義している。

第3章では、前述した、様相論理体系Kとその拡張の充足可能性判定手続きについて説明している。基本的には伝統的な判定手続きであるタブロー法に基づいた手続きである。通常のタブロー法では、論理式の集合を頂点とするグラフを作成する。一方本論文では、各頂点を、論理式に∞(無限大)を含む数値を割り当てる関数の組とする。これにより、各ノードにおいて、要素となる論理式の証明にかかるステップ数を記録することができる。またその他にも各種の独自の工夫を施すことにより、対象とするKの各拡張の充足可能性判定を可能としている。本章では、本手続きの健全性と完全性、および計算コストの理論的分析と実験による分析を示している。

第4章では、充足可能性判定手続きを利用したシェープ解析を詳述している。まず、ポインタの形式モデル、CやJavaと同様なポインタ操作が可能な簡単なプログラミング言語PML、およびPMLの性質を記述する言語を紹介している。次に、前述の判定手続きの応用により、検証に必要な最弱事前条件を導出する手続きを示す。そして、それを用いてプログラムの抽象的状態遷移系を生成し、線形時相論理(Linear Temporal Logic, LTL)の式で与えられた要求仕様を満たすかどうかを検証する手続きを示している。さらに、この手続きを実装したMLATツールを紹介し、ツールの利用例を示している。MLATの実装では、十分な記述能力を保ったまま、使用する様相論理をCTL (Computational Tree Logic)に制限するなどの効率化を行っている。最後に、シェープ解析手法として既存のものを紹介し、本論文の手法がそれらのものより効率的であることを主張している。

第5 章では、前章の述語抽象化手続きで導出した状態遷移系が過大なため、人手でサイズの小さい遷移系を作成し、その作成した遷移系の正しさを確認する方法を説明している。そしてその手法をDSWマーキングという、検証が難しいことで知られるアルゴリズムに適用し、実際に検証を実行した実験結果を示している。

第6章では、一次元セルオートマトンの解析への応用を説明している。まずセルオートマトンの説明をした後、その解析のために用いる論理体系2LTLを提示している。そして、無限個のセルからなるオートマトンを、有限の抽象セルからなるオートマトンに変換することにより、元のオートマトンの性質の解析を行う手法を示している。そして、いくつかの例に適用した実験結果を示し、解析が現実的な時間で可能なことを示している。

第7 章では、本論文のまとめを行った後、次のような将来の課題を挙げている。まず決定手続きの改良のため、二分決定グラフ(Binary Decision Diagram, BDD)や、ブール代数式の充足可能性判定手続き(SAT solver)の利用を示唆している。次に、プログラムの検証の改良のため、反例の利用や述語の選択方法の改善という方針を挙げている。さらに、定理証明系との統合や、検証可能な性質の範囲の拡大を課題として示している。

以上のように本論文は、応用的に重要な様相論理の効率的な充足可能性判定手続きを、ベースとなるタブロー手法で扱うデータを独自拡張するという、独創的なアイデアで確立し、これにより、従来よりも効率的な判定手続きを実現した。さらにその応用として、シェープ解析、すなわちポインタを扱うプログラムの検証手法として、従来よりも効率的な手続きを確立することにより、プログラム検証技術の実用化の可能性を高めた。さらに、DSWマーキングという、検証が難しいことで知られるアルゴリズムに適用し、その有効性を示した。加えて、無限サイズのセルオートマトンの解析手法を確立した。この手法は物理系や生物系への応用が可能であり、これらの分野における新たな解析手法の可能性を秘めている。

本論文は、以上のような独自かつ先進的な成果を挙げたものであり、審査委員会は、その独創性、有効性は、博士号に十分値するものと判断した。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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