学位論文要旨



No 123925
著者(漢字) 大竹,洋平
著者(英字)
著者(カナ) オオタケ,ヨウヘイ
標題(和) 社会関係における意思決定と集団行動の数理的研究
標題(洋)
報告番号 123925
報告番号 甲23925
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第170号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 教授 杉原,厚吉
 東京大学 准教授 鈴木,秀幸
 東京大学 准教授 河野,崇
 東京大学 講師 増田,直紀
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,人間行動における生物心理社会的(bio-psycho-social) 相互作用についての理論的解明を目的とする.相互作用は,社会関係が生じる様々な場面に存在し,研究対象は,個人ないし集団の意思決定や社会的行動など多岐にわたる.さらに,人間行動や社会現象に関する研究は,様々な複雑性をはらんでいる.そのため,その複雑性に起因する困難を乗り越えねばならない.それを解決するために,本論文では普遍性・一般性の高い数理モデルを用いて研究を進める.

人間行動やその集合的な振舞いとして得られる社会行動は,人間行動諸科学にわたる学際的研究分野である.心理学,人文地理学,政治学,経済学,社会学,教育学,文化人類学,生態学など様々な学問分野において,それぞれのスタイルで研究が進められてきている.

よって,これまで人文社会科学系の諸領域が個別の学問観から切り出していた手法を,分野横断的に選択・導入することで,社会現象の統一的な理解を進める.

それら多くの研究を取り込んで,人間行動を複合的に理解するためには,生物心理社会モデルという視点が提案されている[Engel, 1977].

・Biological(生物的)な側面については,人口学的ないし進化学的観点を考える.

・Psychological (心理的) な側面については,非合理性ないし個性について考える.

・Social (社会的) な側面については,人間関係ないし社会的なネットワークについて考える.

このような視点を具体化するには,高い一般性・普遍性を持つ数理モデルを用いた統一的な研究が必要となる.

個体間相互作用を記述する方法論としては,ゲーム理論[Von Neumann and Morgenstern, 1944] がよく知られている.本論文の多くの章でも,ゲーム理論とそれを基礎にした手法を用いる.

さらに,人間行動・社会現象は複雑なシステムであり,様々な複雑性を持つ.

1. 構成要素の多数性による複雑性,

2. 時間的に変動することによる複雑性,

3. 空間的なネットワーク構造を持つことの複雑性

などである.これらは,人間行動や社会現象のモデル化や解析などの研究を困難にさせている要因でもある.よって,本論文では,これらの複雑性を解消するために,それぞれの複雑性に対応した数理手法の適用によるモデル化,ならびに,それら数理科学的手法の発展を考察する.必要な数理手法を考えると以下のようになる.

1. 構成要素の多数性を記述する,多変量解析,システム理論的取り扱い,など.

2. 時間的変動を記述する,非線形・高次元力学系理論,進化ゲーム・動学ゲームのようなゲーム理論の動的な取り扱い,など.

3. 空間構造を記述する,グラフ理論,ネットワーク理論,偏微分方程式系,など.

このような複雑性を扱える数理手法を,学問分野を越えて適用し,既存の学問分野とは違った観点からの研究提案を行う.

さらに,具体的な数理手法とともに,システム理論という思考法をも含めて考える.構成要素が多数ある場合,その一つ一つの振舞をみるというミクロな視点だけでなく,その全体としての振舞をみるマクロな視点も重要となる.Bertalanffy は,その著書General System Theory の中で,化学反応や機械論として捉えた生命システムや,社会システム,心理学・精神医学においても,一般システム理論を用いて研究を進めることが重要であるとしていた.本研究で人間行動を考える際にも,個体間相互作用のようなミクロな視点で研究することから始めた上で,それによって生じる社会関係の分析のようなマクロな視点を持って研究を進める.

本論文で取り扱う対象は,大きく以下の四つに分けることができる.

Α. 人口学の基礎理論整備

Β. 協力行動の進化ダイナミクスによる理解

Γ. 集団内の意思決定システム

Δ. 社会関係ネットワーク

本論文の構成は,以下のように6 章である.

第1 章「総論的序文」では,人間行動および社会現象のような対象が内包する複雑性について論じ,それらの複雑性を解消するための数理手法について論じる.さらに,人間行動諸科学を包括する視点でみたときに重要性の高い研究分野を抽出し,本論を構成する各テーマの関係をまとめる.

第2 章「近隣との関係から考察する人口動態の法則」はΑに対応し,人間行動の最も基本的な性質である生物学的観点に注目し,人間行動の集合的振舞いとしての人口現象を扱う.第一原理による導出,という手法を用いて,個体間相互作用から人口の時間発展を表現する差分方程式を導く.それによって,これまで導出されてこなかったHolling のタイプIIIに分類される方程式の導出に成功した.さらに,その方程式の解の安定性と分岐解析を行い,生態学的な絶滅と存続の双安定性について議論した.

第3 章「集団内分散からみる協力の進化」はΒに対応し,人間行動の中でも心理学的に注目されている協力行動を扱う.進化ゲーム理論を用いた離散時間力学系を用いて,有限反復囚人のジレンマゲームで表される協力行動の時間変動を解析する.進化のシミュレーションと集団内分散の解析によって,差分方程式の解の安定性と分岐構造を解析し,協力行動を存続させる要因としての進化的変異,集団内多様性の重要性を明らかにした.

第4 章「投票制度への比較の観点の導入」はΓに対応し,人間行動の社会的観点に注目して,集団内の意思決定システムとしての投票行動を扱う.協力ゲーム理論の中の投票ゲーム(単純ゲーム)と個人の影響力を測る投票力指数を用いる.この投票力指数の用法を拡張し,集団全体の評価に対するバンザフ指数の適用可能性を議論した.さらにその適用例として,個人の影響力が等しい場合の投票制度を比較し,多数決という制度における個人の意見の反映のさせやすさを明らかにした.

第5 章「ネットワーク解析における集中性・不平等性を測る指標の適用可能性」はΔに対応し,社会関係を記述する上でも注目されているネットワーク解析手法を扱う.考察する対象は社会全体の集中性を測るのに使われてきた統計量であり,ネットワーク解析におけるcentralization と収入分布の解析のためにつくられたジニ係数である.これらを個体レベルの中心性指標に分解して比較することで, centralization が捨象している要素を明らかにするとともに,centralization の一般化としてのジニ係数の位置づけを与え,ネットワーク解析における様々な指標の重要性を指摘した.

第6 章「統合的ならびに結論としての議論」では,以上の結果をふまえて,まとめと議論を行う.人間行動諸科学を統合するための別の視点から議論しなおすとともに,このような学際研究における数理手法の重要性を示し,本論文の意義をまとめる.

これらによって,人間行動とその結果として起こる社会現象をモデル化し解析することで,社会科学的重要性を提起する.さらに,複雑性を扱う数理手法の観点に着目して得られた研究方法論は,対象やスケールが異なっても適用できるため,個別の人間行動についてのモデル化や解析をも促進し,人間性の本質という興味深い現象への理解を深めることになる.社会現象の統一的な理解と複雑数理モデルの開発との両方が進むことになる.

審査要旨 要旨を表示する

人間行動やその集合的な振舞いとして得られる社会行動は,人間行動諸科学にわたる学際的研究分野である.心理学,経済学,社会学,生態学など様々な学問分野において,それぞれのスタイルで研究が進められてきている.さらに,それら多くの研究を取り込んで,人間行動を複合的に理解することが求められており,そのためには,高い一般性・普遍性を持つ数理モデルを用いた統一的な研究が重要となる

さらに,人間行動・社会現象は,様々な複雑性を持つ.構成要素の多数性による複雑性,個体間の相互作用による複雑性,時間的に変動することによる複雑性,空間的なネットワーク構造を持つことの複雑性などである.これらの複雑性を考慮して,行動をモデル化して解析するためには,それぞれの複雑性に対応した数理科学的手法を発展させることが求められている.

本論文では,構成要素の多数性を考慮するシステム的思考にもとづいて,個体間相互作用を記述するゲーム理論,時間的変動を記述する力学系理論,空間構造を記述するネットワーク理論などを用いて,人間行動とその結果として起こる社会現象をモデル化し,社会科学的重要性を提起する解析を進めている.

本論文は,「社会関係における意思決定と集団行動の数理的研究」と題し,6 章より成る.

第 1 章「総論的序文」では,人間行動および社会現象のような対象が内包する複雑性について論じ,それらの複雑性を解析するための数理手法について論じている.さらに,人間行動諸科学を包括する視点でみたときに重要性の高い研究分野を抽出し,本論を構成する各テーマの関係をまとめている.

第 2 章「近隣との関係から考察する人口動態の法則」では,人間行動を最も基本的な生物学的観点からモデル化する,人間行動の集合的振舞いとしての人口現象を扱っている.第一原理による導出,という手法を用いて,個体間相互作用から人口の時間発展を表現する差分方程式を導いている.それによって,これまで導出されてこなかったHollingのタイプIIIに分類される方程式の導出に成功している.さらに,その方程式の解の安定性と分岐解析を行い,生態学的な絶滅と存続の双安定性について議論している.

第 3 章「集団内分散からみる協力の進化」では,人間行動の中でも心理学的および経済学的に注目されている協力行動を扱っている.進化ゲーム理論を用いた離散時間力学系を用いて,有限反復囚人のジレンマゲームで表される協力行動の時間変動を解析している.進化のシミュレーション数値解析と集団内分散の解析によって,差分方程式の解の安定性と分岐構造を数理的に調べ,協力行動を存続させる要因としての進化的変異,集団内多様性の重要性を明らかにしている.

第 4 章「投票制度への比較の観点の導入」では,人間行動の社会的観点に注目して,集団内の意思決定システムとしての投票行動を扱っている.協力ゲーム理論の中の投票ゲーム(単純ゲーム)と個人の影響力を測る投票力指数を用いている.この投票力指数の用法を拡張し,集団全体の評価に対するバンザフ指数の適用可能性を議論している.さらにその適用例として,個人の影響力が等しい場合の投票制度を比較し,多数決という制度における個人の意見の反映のさせやすさを明らかにしている.

第 5 章「ネットワーク解析における集中性・不平等性を測る指標の適用可能性」では,社会関係を記述する上でも注目されているネットワーク解析手法を扱っている.考察する対象は社会全体の集中性を測るために必要な統計量であり,特にネットワーク解析におけるcentralizationと収入分布の解析のためにつくられたジニ係数に着目して解析している.これらを個体レベルの中心性指標に分解して比較することで, centralizationが捨象している要素を明らかにするとともに,centralizationの一般化としてのジニ係数の位置づけを与え,ネットワーク解析における様々な指標の重要性を指摘している.

第 6 章「統合的ならびに結論としての議論」では,以上の結果をふまえて,まとめと議論を行っている.人間行動諸科学を統合するために多様な視点から議論しなおすと共に,このような学際研究における数理手法の重要性を示し,本論文の意義をまとめている.

以上を要するに,本論文は,2章と3章で既存のモデルを改良して詳細な解析を進めるとともに,4章と5章では既存研究の概念に対して新たな発想を導入したものであり,人間行動科学の既存の学問分野にはなかった観点を数理手法によって研究したものである.これは数理情報学上貢献するところが大きい.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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