学位論文要旨



No 123935
著者(漢字) 佐藤,尚
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タカシ
標題(和) ブレイン・マシン・インタフェースに向けた神経電極位置調節装置および神経信号抽出法に関する研究
標題(洋)
報告番号 123935
報告番号 甲23935
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第180号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 講師 鈴木,隆文
 東京大学 講師 川上,直樹
 東京大学 講師 高橋,宏知
内容要旨 要旨を表示する

本論文はBrain Machine Interface (BMI)において必要とされる脳神経活動の計測に着目し,計測用デバイス及び計測した信号から神経活動を効率的に抽出する信号処理法に関し研究開発を行った結果をまとめた論文である.

第一章は緒言であり,本論文の研究を行なう背景を述べている.福祉応用と脳機能解明の両面から社会に貢献すると考えられているBMIの紹介を行い,その実現に向けて必要な研究を各要素技術にまで分解し整理している.BMIの研究開発の一環として,基礎技術のひとつとなる神経信号計測に関する問題に焦点を当て,安定した神経信号計測技術の開発がBMIの発展に大きく貢献することを論じた.本論文においてその神経信号計測の改善する技術を開発する意義を主張し,本論文の位置付けを明確にしている.

第二章において神経信号計測の現状を述べ,自由行動下の状態にあるラット等の小動物から神経細胞外記録によって長期安定して神経信号を計測する為には,複数の電極それぞれに対して電極先端と神経細胞の位置関係の調節を行えるデバイスである神経電極位置調節装置(マルチドライブ)が重要であることを述べている.しかし,従来の方式では電極の位置調節を可能とする電極は手動での位置調節が必要であり,実験効率を押し下げていることを述べ,その解決に向けて新たに液圧駆動方式による神経電極位置調節装置を提案している.

新しく開発した液圧駆動式による電極位置調節装置は,各電極に対し作動液を独立して供給できる機構や,導電性作動液を信号線に用いるなどの工夫を施し,従来にない新たなデザインとなっている.新しく開発した神経電極位置調節装置が機能することを,電極位置の推定や調節精度,作動液の信号伝達性など各機能の観点から評価し,最後に実際にラットに埋め込むことにより神経信号が計測できることを示した.多チャンネル化,小型化と電極位置調節の自動化が並立できない現在の電極位置調節装置の限界を超えられる可能性のあるデバイス開発を行なった成果をまとめた章である.

第三章は計測した神経信号から神経発火活動を抽出するスパイクソーティングに関する研究をまとめた章である.BMIにおいて神経信号計測を行なう場合,ノイズに対して頑健かつ高速な神経信号抽出法が必要とされる.本章ではノイズ耐性の強い方法の一つであるテンプレートマッチングに着目し,テンプレートマッチングが抱える計算量の高さを軽減する方法を提案している.

具体的にはSequential Similarity Detection Algorithm (SSDA) 法の枠組みに従い,SSDA法に新たにカイ2乗分布に従う残差の増加曲線を設定し, Davies-Bouldin Validation Index に基づきテンプレートウィンドウ内の計算順序を設定する方法を提案している.本手法により,スパイク検出の誤り率を抑えつつも,テンプレートマッチングにおけるウィンドウ内計算の途中で計算を切り捨てることにより計算負荷が軽減できることを示した.予期せぬアーチファクト混入が存在しうるBMIの計測環境でも実用的に動作することを示すため,BMI評価用のラット実験フィールドを製作し,自由行動下にあるラットが実験フィールド中でレバー押しタスクを行なっている際の神経信号を計測し提案手法を適用した.その結果,提案手法によって多チャンネル電極から神経信号を抽出できることを示した.

第四章は本論文を総括する章である.BMIの発展の為に脳神経系から長期安定的に直接信号を計測する必要があるという観点に立ち研究を行なった.本論文では神経信号を長期的に計測することを可能とする神経電極位置調節装置の開発と,安定的に神経活動の発火活動を抽出するテンプレートマッチング法の高速化手法を提案し,それぞれを検証することによってBMIにおける神経信号計測の発展に貢献することができたと結論付けている.今後の課題として位置調節の限界や,テンプレートマッチングに内在する問題もとりあげるとともに,BMIの閉ループ化や特定細胞の長期計測などの今後の展望も踏まえたうえで,更なる研究の進展が望まれると論じ,本論文のまとめとしている.

審査要旨 要旨を表示する

本論文はBrain Machine Interface (BMI)において必要とされる脳神経活動の計測に着目し,小型動物用の計測電極及び計測した信号から神経活動を効率的に抽出する信号処理法に関し研究開発を行った結果をまとめた論文である.

第一章は緒言であり,本論文の研究を行なう背景を述べている.福祉応用と脳機能解明の両面から貢献すると考えられるBMIの紹介を行い,その実現に向けて必要な要素技術を整理している.要素技術の中でも特に神経信号計測に関する問題に焦点を当て,自由行動下にある小形動物から一次元運動の運動情報を取得でき,かつ簡易に長期計測可能な神経信号計測技術の開発がBMI研究の発展に大きく貢献することを論じた.その目的に必要な計測システムの仕様を策定し,小型軽量20チャンネルの独立駆動型の電極と耐ノイズ性の高いテンプレートマッチングの高速化により,計測系の実現を目指すこと本論文の目的として明確化した.

第二章において,自由行動下の小動物から長期安定して神経信号を計測する為には,複数の電極それぞれに対して電極先端の位置の調節を行えるデバイスである神経電極位置調節装置(マルチドライブ)の現状を述べ,小型軽量かつ自動化可能な電極がないことを論じている.本論文の目的に照らし,新たに液圧駆動方式による神経電極位置調節装置を提案している.

新しく開発した液圧駆動式による電極位置調節装置は,各電極に対し作動液を独立して供給できる機構や導電性作動液を信号線に用いるなどの工夫を施しており,従来にない新たなデザインとなっている.開発した神経電極位置調節装置が機能することを,電極位置の推定や調節精度,作動液の信号伝達性など各機能の観点から評価し,最後に実際にラットに埋め込むことにより神経信号が計測できることで示した.多チャンネル化,小型化と電極位置調節の自動化が並立できない現在の電極位置調節装置の限界を超える電極の開発,検証を行った章である.

第三章はBMIにおいて神経信号計測を行なう場合,第二章において開発した電極でも解決できないノイズに対処する為に必要とされる頑健かつ高速な神経信号抽出法に関する研究である.ノイズ耐性の強い方法の一つであるテンプレートマッチングに着目し,テンプレートマッチングが抱える計算量の高さを軽減する方法を提案している.

具体的にはSequential Similarity Detection Algorithm (SSDA) 法の枠組みに従い,SSDA法に新たにカイ2乗分布に従う残差の増加曲線を設定し, Davies-Bouldin Validation Index に基づきテンプレートウィンドウ内の計算順序を設定する方法を提案している.本手法により,スパイク検出の誤り率を抑えつつも,テンプレートマッチングにおけるウィンドウ内計算の途中で計算を切り捨てることにより計算負荷が軽減できることを示した.実際の計測環境においても動作することを示すため,BMI評価用のラット実験フィールドを製作し,自由行動下にあるラットがタスクを行なっている際の神経信号を計測し提案手法を適用した.その結果,提案手法によって多チャンネル電極から神経信号を抽出できることを示し,処理に必要とする計算量もウェアラブルCPUに実装できる範囲に収まる可能性を示した.

第四章は本論文を総括する章である.本論文ではBMIの発展の為に脳神経系から長期安定的に直接信号を計測する必要があるという観点に立ち,神経信号を長期的に計測することを可能とする神経電極位置調節装置の開発と,安定的に神経活動の発火活動を抽出するテンプレートマッチング法の高速化手法を提案し,BMIにおける神経信号計測の発展に貢献することができたと結論付けている.今後の課題として2章,3章の技術を統合したワイヤレス計測システムの開発をあげ,それらを統合することにより,当初目的である小型動物用の計測システムを構築できる可能性をラットレバー押し運動の推定結果を例に論じている.今後の展望としてBMIの閉ループ化や特定細胞の長期計測など,計測システムの完成により更なる研究の進展が期待できるとし,本論文のまとめとしている.

本論文はBMI研究を発展させるに当たり必要となる計測技術に関し,実用的な視点をもちつつも新たな手法を導入した研究である.その新奇性と実用可能性はBMIの発展に多大なる貢献を果たしたと考えられる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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