学位論文要旨



No 123936
著者(漢字) 妹尾,拓
著者(英字)
著者(カナ) セノオ,タク
標題(和) スウィング動作に対する高速ダイナミックマニピュレーションの研究
標題(洋)
報告番号 123936
報告番号 甲23936
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第181号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 講師 並木,明夫
内容要旨 要旨を表示する

マニピュレーションはロボットの最も基礎的で重要な技能である.しかしコンピュータによるマニピュレータ制御の研究が50年以上経過した現在でも,人間と同等の運動能力を有した操りが実現されているとは言い難い.その一例として,従来のロボットは動作速度が遅いために人間のスポーツ時に見られるようなダイナミックな運動が困難であることが挙げられる.一般的に速い運動の制御ほど不安定かつ困難であることから,そもそも高速動作をマニピュレーションに適用することはほとんどおこなわれていなかった.そこで本研究では,高速化に主眼をおいたロボットシステム設計およびマニピュレーション方法を提案すると共に,スウィング動作に分類される「打つ」「打ち分ける」「投げる」というダイナミックマニピュレーションの実現を高速ハンドアームシステムによって試みた.

はじめに,運動系・感覚系の関係に着目し,高速性を追求したロボットシステムを構築した.高速マニピュレーションではロボットと対象物体とのあいだに生じる相互作用の不確実性が大きくなるため,ロボットシステムには運動部分のみならず認識部分の能力の高速化も要求される.一方,既存のロボットシステムはセンサの処理レートが非常に遅いといえる.たとえば視覚センサとして一般的に用いられているCCDはその処理速度が30Hzであり,ロボットアームの制御に必要なサーボレートが1kHz程度であることを考えると,センサ処理の遅れがボトルネックとなって運動能力を十分に引き出せていなかった.そこで本章では,画像取得および画像処理まで含めて1kHzで実行可能な視覚システムを導入することで,機械系のサーボ制御と同じサイクルタイムでセンサフィードバックをおこなった.これに加えて,運動系に関しても速度性能の優れたアームとハンドを導入している.特に多指ハンドに関しては,アームに搭載することを想定した軽量かつコンパクトな本体からは想像できないほどの高速な運動が可能となっている.このように機械システムの速度限界を追求するアプローチにより運動速度と反応速度を共に高速化していくことで,対象物体の運動の予測に基づく従来のロボット制御とは異なって,高速に運動している物体に対してロボット自身も瞬間的に反応しながらマニピュレーションが可能なシステムを構築した.

次に,本研究で対象とするダイナミックマニピュレーションに共通のスウィング動作について解析した.動作速度の高速化に関する一般的なアプローチとして,動作全般に関するトルク時系列軌道を最適化計算により求める方法があるが,この方法は内部のダイナミクスを陽に扱っていないために高速な運動を生み出している本質的な要素を理解しづらい.そこで本章では人間のスウィング動作で観測される運動を参考にして効率的な高速スウィング動作を実現するために,キネティックチェーンという平面的な運動連鎖と多軸回転運動の3次元的な慣性力伝播の2つの運動を直交に組み合わせた軌道モデルを提案した.そして高速動作を生成する要因を基底関数という表現で抽出し,関節角度レベルで腕の運動を記述することを可能にした.また,基底関数を波動と見なしたときの重ね合わせや位相遷移について考察して,モデルの妥当性を確認した.このスウィング動作に対して以下のキーテクノロジーを統合することで,3つの高速ダイナミックマニピュレーションを実現した.

1つ目は,高速センサフィードバックを導入することにより,手先の速度を高速化する動作と対象物体の運動をリアルタイムに追従する動作から構成されるハイブリッド軌道生成アルゴリズムを提案した.手先速度に対する関節速度の影響やリンクごとの慣性負荷に依存する動きやすさを考慮することにより,2つの動作を直交に分解して各自由度へ分散させて制御することで高速かつ滑らかな腕の運動を目指した.実験では人間がランダムに投げたボールをマニピュレータが打ち返すバッティングタスクを実現した.また動力学解析をおこない,高速にスウィング動作しているマニピュレータが対象物体の変動に対して十分追従可能であることや,時間遅れによる制御誤差が生じた場合でも追従動作によりそれを補償できることを確認した.

続いて2つ目は,高速運動の極限的な接触状態である打撃制御を導入したマニピュレーションをおこなった.ここでは衝突現象をマクロに表現したニュートンの反発係数に基づく3次元剛体衝突モデルのもと,摩擦による滑りの影響を小さくしたうえで打撃制御可能な範囲を大きくする戦略として,並進速度・回転姿勢直交型のマニピュレータの運動計画を提案した.また,衝突時の腕の姿勢変化や速度変化に対する打球制御への影響をシミュレーションすることで,対象物体の軌道変動に対しても打撃制御が有効であることを確認した.この実験でも前述のバッティング動作と同様に高速視覚フィードバックを用いることで,人間が投げたボールをマニピュレータが目標の打球到達地点へ打ち返す打ち分け動作を実現した.

最後に3つ目として,多指ハンドによる対象物体のコントロールを導入することで,速さだけでなく器用さも追求したマニピュレーションの実現を目指した.ここでは指先リンクの運動が与える並進速度や並進加速度への影響を考慮すること,および腕の高速スウィング動作によって出現する指先での慣性力を巧みに利用することで,接触状態から非接触状態への状態遷移の制御をロバストにおこなう方法を提案した.また,ボールのリリースタイミングや接触力の時間変化を解析することで,本戦略の妥当性を確認した.実験では,高速にスウィングしながらマニピュレータが目標地点へ向かってボールを投げるスローイング動作を実現した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「スウィング動作に対する高速ダイナミックマニピュレーションの研究」と題し,7章より構成されている.本論文は,運動速度と反応速度の高速化を追求した高速ロボットシステムを構築し,スウィング動作を軸とした3種類のダイナミックマニピュレーションを実現した成果が示されている.

第1章は「序論」であり,従来のロボットマニピュレーションの課題を整理し,その問題点を指摘したうえで,高速ロボットシステムの有用性を述べている.また,ダイナミックなマニピュレーションにおける高速化の意味を定義している.

第2章は「高速マニピュレーションシステム」と題し,高速に運動している対象物体に対して瞬間的に反応するマニピュレーションが可能なロボットシステムについて述べている.このロボットシステムは,手先最高速度6m/sのロボットアーム,0.1秒で180度開閉可能な多指ハンド,フレームレート1kHzの時間分解能を有したアクティブビジョン,多数の入出力ポートを備えたリアルタイム制御システムから構成されている.運動系のみならず認識系も高速化するという設計指針のもと,画像処理まで含めた視覚システムの処理速度を機械制御に必要なサーボレートと同等の1kHzまで引き上げることで,認識・運動能力を十分に発揮することを可能にしている.

第3章は「波動伝播に基づく高速スウィング動作」と題し,高速動作を実現するためのスウィング動作に関するモデルを提案し,シミュレーションにより検証を行っている.人間のスウィング時に観測される運動を参考にして,キネティックチェーンという平面的な運動連鎖と3次元的な多軸回転運動の慣性力伝播という(近似的に)直交する2つの運動を組み合わせた運動方程式を導出している.構築したモデルから,体幹から手先へ向けた力の伝播に大きく影響する要素を基底関数という表現で抽出し,それをタイミングよく重ね合わせることで手先速度の高速化を可能にしている.シミュレーションにより,体幹で発生したトルクが手先へ伝播していく効率的な高速スウィング動作を実現できることが示されている.

第4章は「ハイブリッド軌道生成に基づくバッティング動作」と題し,スウィング動作と同時に高速センサフィードバックによる追従動作を導入するための手法を論じている.手先速度に対する関節速度の影響やリンクごとの慣性負荷に依存する動きやすさを考慮することにより,スウィング動作と追従動作を直交分解して制御するハイブリッド軌道生成アルゴリズムを提案している.対象物体の軌道パターンに対するマニピュレータの運動を解析し,高速にスウィングしている最中の対象物体の軌道変化に対するマニピュレータの追従範囲や,時間遅れで生じた制御誤差に対する許容時間などを導出し,タスクを遂行するのに十分な補償ができることを明らかにしている.さらに,この方法に基づく実験を行い,人間が任意に投げたボールをマニピュレータが打ち返すバッティング動作を実現している.

第5章は「衝突動作に基づく打ち分け動作」と題し,衝突動作を導入したスウィングマニピュレーションの手法を論じている.衝突現象をマクロに表現したニュートンの反発係数に基づく3次元剛体衝突モデルに基づき,摩擦による滑りの影響を小さくしたうえで,打撃後の対象物の軌道方向を制御すると同時に並進速度を大きくするための動作戦略を提案している.衝突時におけるマニピュレータの姿勢変化や速度変化に対する打撃制御への影響を解析し,対象物体の運動変化に対して視覚フィードバックにより打撃制御可能な範囲を十分に大きくできることを明らかにしている.さらに,この方法に基づく実験を行い,第4章で行ったバッティング動作を拡張した形式で,人間が投げたボールを指定された目標位置へ打ち返す打ち分け動作を実現している.

第6章は「多指ハンド制御によるスローイング動作」と題し,アームによる高速スウィングと同時に多指ハンドによる動作を付加したマニピュレーションを行っている.ハンドと対象物体の接触モデルから接触力の時間変化および指上での転がり距離を解析し,その結果を利用して把持状態からリリース状態へ効果的に遷移するリリース制御の手法を提案している.リリースのタイミングと方向の制御がそれぞれ対象物の並進加速度と並進速度に大きく影響することを考慮し,アームの高速スウィング動作によって出現する慣性力を利用することで,リリースのタイミング制御に遅れが生じても投球方向をロバストに保つような特徴を有している.この方法を用いた実験では,アームが高速にスウィングした状態で目標地点へ向けて多指ハンドでボールを制御するスローイング動作を実現している.

第7章は結論であり,本研究の成果がまとめられている.

以上要するに,本論文は,高速ダイナミックマニピュレーションにおいて,新たな設計思想に基づく制御手法を提案し,実際にその手法を用いたロボットシステムを構築し,いくつかの実験によって,その有効性を実証したものである.これにより,ロボットシステムの高速動作の可能性が,となる.特に,従来にない高速動作の実現は,ロボットの可能性を飛躍的に高め,様々な応用を可能とするものであり,関連する分野の発展に貢献するとともに,システム情報学の進歩に対して寄与することが大であると認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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